何を見ても何かを思い出す

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地上の星を守る

2016-07-24 00:25:55 | ひとりごと
「星守る犬」(原田マハ 原作・村上たかし)の表紙をめくると、「星守る犬」の説明書きがあることは「ずっと一緒に星旅する私達」で書いた通りだ。

星守る犬<星守る犬>とは、『犬が星を物欲しげに見続けている姿から、手に入らないものを求める人のことを表す』 そうだ。
可愛いどんぐり眼で星を見つめていた我がワンコは、きっと金星を手に入れ我家へ帰還したと信じているのだが、この文言から、ある番組とそのテーマソングを思い出した。

「プロジェクトX~挑戦者たち~」 「地上の星」(作詞作曲 中島みゆき)
もうひと踏ん張りすれば大きな成果があがる、とか、努力は実ると素直に信じていたあの頃、「プロジェクトX」は大のお気に入りの番組だった。
欠かさず見ては一頻り感動し、その余韻にひたりながら風呂で「地上の星」を歌い、明日への英気を養っていた頃があった。
だが、努力が必ずしも報われるわけではないと思い知った頃、番組が終わり、自分を鼓舞するために歌うことは少なくなり、ホロ苦さだけが残っていたが、久しぶりに「地上の星」を思い出させる本を読んだ。
「レーザー・メス 神の指先」(中野不二男)
本書は、人類が初めて月に降り立った瞬間から、その技術を医療分野に活かせないかと考えた脳外科医・滝澤利明氏と、滝澤氏に協力して開発に乗り出した町工場の物語である、と書けばピンとくるように勿論「プロジェクトX」でも取り上げられている。

滝澤医師には2歳年下の弟がいたのだが、弟が生まれた昭和13年は全国的にポリオが大流行しており病院は幼い患者で溢れかえっていた。それは滝澤の父が勤務する長岡日赤病院も例外ではなく、おそらく父が持ち帰ったウィルスに弟は感染し、後々まで右足が麻痺するという後遺症が残ってしまったのだ。
ポリオという病気は、病状で弟を苦しめただけでなく、家族に微妙な影を残し続けたのだろう、滝澤が脳外科医を目指したのは「麻痺を治したい」「麻痺の原因である神経細胞を学びたい」「神経の総元締めである脳を治したい」という願いからだった。

滝澤医師と協力してレーザーメスの開発を手掛けたのは、「第二のソニー」を掛け声に頑張る町工場だった。
優秀な技術者たちは給料の遅配にも負けず生活を切り詰め研究に没頭し、素晴らしい技術で業界をリードしていたが、それを利益に換算することには、あまりにも素人だった。技術者のみの集団から生まれた価値判断は商業活動では通用せず、ついには倒産してしまうのだが。
そこに救いの手を差し伸べた製薬会社の社長・持田もまた、一途で剛毅な人だった。
持田は、第二次世界大戦で無二の親友を喪っていた。京大(薬学部)卒業後に肺結核を患い療養所に入らざるをえなくなった持田に対して、東大で学び医師になった親友は軍隊とは相いれない性格だったが軍医となり、北方海域で戦死してしまう。この親友の最後の手紙を受け取った時期と、肺の四分の一を切除した時期が重なったため、親友の最後の手紙の言葉はその後の持田の人生を導くものとなるのだ
『僕は思うのだ。僕達は大いにやらなくてはいけないと』
自らが受けた手術や痛みを分かち合う患者の声が突きつけてくる『医学はそれ単独では成り立ちえない。広範な科学全体の進歩なくしては、望めない』という事実は、持田に医療進歩のためなら利益を度外視してでも研究を進めさせようとするが、その熱意の源にはいつも、亡き親友の言葉があったのだ。

優れた外科医であるために多忙を極める滝澤が、鬼気迫る迫力でレーザー・メスの開発に協力し又それゆえに高度な技術を要求するのに対し、持田製薬の技術者たちは見事に応え、着想・開発から6年の時をへて、ついに日本のかなり前をいっていたアメリカを上回り世界一ともいえるレーザーメスが完成した。
それまで脳外科医の手術を阻んできた大量出血の問題が、レーザーメスでは格段に減少するため、他では手術不能と宣告された患者が次々と滝澤のもとを訪れ完治していくところで、本書は終わり、私のなかでは「地上の星」が高らかに鳴り響いていた。

久々にスカッとした作品を読むことができ元気をもらえた同時に、佃(「下町ロケット ガウディ計画」(池井戸潤))の言葉も思い出し、反省している。

「下町ロケット ガウディ計画」も、心臓手術に必要な弁を町工場が請け負う話だが、そのなかにある町工場の社長・佃の言葉は印象に残っている。
『これは、単なるビジネスじゃない。
 綺麗事かもしれないけれど、人が人生の一部を削ってやる以上、そこに何かの意味がほしい』

レーザーメスや心臓の人工弁をつくる「地上の星」とは比ぶべくもないし、人生の一部を削ってまで打ち込んでいるとまでは言えないが、仕事であれ何であれ、物事に取り組むときは誠実であることは心がけているつもりだ。だが、私の頑張りなど意味を求めようにも高が知れているのは、この年になれば痛いほど分かっているので、頑張る人「地上の星」を人生の一部を削って応援しつづけたいと、思っている。

ところで、「地上の星」には「(地上の星を覚えることなく)人は空ばかり見ている」という歌詞があるように、手に入らないものに焦がれて星を見るのは犬ばかりでないことが分かる。だが、「星守る犬」が一ページ目で解説する『(星守る犬とは)犬が星を物欲しげに見続けている姿から、手に入らないものを求める人のことを表す』という意味だけではないはずだ。
本書には、『「守る」っていうのは、実は「じっと見続けている」っていう意味なんだよ』という言葉がある。
それを「物欲しげ」と受け留めるか、「そこに愛がある」と感じるかは、対象と自分との関係性にもよるかもしれない。

人が空や星を見上げる時、おのずと大切な人の幸せを願う気持ちや、先に逝ったものを懐かしむ気持ちになると思う。

私はワンコと一緒に見つめた犬星やオリオン座を見続けると思うし、その時ワンコが私達を見守り続けてくれていると感じることができると、確信している。