何を見ても何かを思い出す

He who laughs last laughs best

誤診とその元を正せ

2016-05-03 14:05:05 | 
「ワンコが舞い降りる夜」で、「天久鷹央の推理カルテⅡ」(知念実希人)について書いたので、続けて「天久鷹央の推理カルテⅢ」についても書いておくが、登場人物の性格と設定から作者のネーミングの意図を探る傾向がある私的には、あまり好ましい感じがしない「Ⅲ」であったので、最近増加の一途をたどっている「心の病」の話についてだけ、記しておく。

平成24年、厚生労働省がそれまでの4大疾病(脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病)に加えて、新たに精神疾患を加えて「5大疾病」とする方針を決めなければならないほどに、「心の病」を患う人は増え続けている。
それは、現代病とはストレスを原因とする病気と云われるほどのストレス社会が一番の問題ではあるが、精神科受診の敷居が低くなったため正式に診断を下される人数が増えたという事情もあるようだ。
しかし、そのなかには意外に見立て違いが含まれているのかもしれないと思わせる話が、「天久鷹央の推理カルテⅢ」にあった。

Karte01「閃光の中へ」
天才診断医の鷹央が精神科部長のもとで研修していた時のこと。
精神科部長が重症の鬱病と診断し入院させていた患者がいたが、鷹央はその患者のコレステロール値と前脛骨の軽い浮腫を見るなり、精神疾患ではなく甲状腺機能低下にともなう抑うつ症状だと診断する。その診断にそって、飲んでいた無駄な抗鬱剤を全て中止し、代わりに甲状腺ホルモンを投薬するなり一日で劇的に改善した、というエピソードが導入部分にあるが、これこそが作者の主張なのだと思われる。

本編は「呪いの動画」を見て線路に飛び込んだ女子高生を、鷹央&小鳥遊のドタバタコンビが診断する話だが、とにかく精神科部長の見立て違いを強調している。
高3の受験生である真冬(双子の妹)は、男を理不尽にふった女子だけが呪われるという「呪いの動画」を見るなり線路に飛び込み怪我をしてしまう。
怪我の程度はともかく自殺未遂と認定されたために、閉鎖病棟に隔離されてしまうが、真冬は、「死にたいと思ってない、自殺なんかしていない、「呪いの動画」を見るなり変な声が聞こえて、気がついたらフラフラ歩きだしていた」と主張する。
が、双子の姉が推薦で早々と進路先を決めているのに対して、妹の真冬は寝る間を惜しんで努力しているが志望校の合格圏内に入っていない。加えて、二股を掛けられていたと知り同級生と別れたばかりだったという客観的状況から、精神科部長は、受験と失恋によるストレスが嵩じた発作的な自殺未遂と診断して閉鎖病棟へ入院させる。当然のことながら、「呪いの動画」は自殺しそこなった言い訳、動画から聞こえた変な声は幻聴としかみなしていない。
だが、鷹央は違う。
まず「呪いの動画」なるものを自ら見てみるのだ、そして、それが原色の色使いの激しい光で満たされたものであり、しかも死を連想させる映像が差し込まれている事(サブリミナル効果)を発見する。
その激しい光の点滅と双子の姉の証言などから、それがストレスによる発作的自殺未遂ではなく、「てんかん」発作によるものだと証明するのだ。
もし、精神科部長の診断だけを信用しておれば、閉鎖病棟に入れられたまま受験の機会も失い、失意のなかで本当の精神疾患を発病したかもしれないし、「てんかん」という持病を知らないまま生きていれば、違う状況でやはり命の危険にさらされたかもしれない。

精神科医の誤診の責任は重い。


Karte02「拒絶する肌」
ある日、「男の人が怖いんです」という女性・雅恵が精神科部長のもとを訪ねてくる。
聞けば、中学校から大学まで一貫して女子高で過したため同世代の男性と話すことすらなく成長したという。銀行に就職し、初めて男性と会話しやがて付き合う男性ができたが、手が触れられるだけなら兎も角、それ以上に進もうとすると、体がおかしくなるという。
『なんと言いますか・・・・・そういうことをしようとすると、まず触れられたところが痒くなるような気がします。そして、そのうち息苦しくなって、ひどい時だと意識が遠くなることも・・・・・」
患者のこの訴えに対し、精神科部長は優しく言うのだ。
『あなたの症状は「男性恐怖症」と呼ばれるものだと思います。あなたは、えー・・・交際を進める途中で失敗してしまったことや、苦痛を感じてしまったことを切っ掛けに、男性に病的なまでの恐怖を抱くようになってしまった。医学的には不安障害に分類される症状です。それほど珍しい症状ではありませんよ』
『もちろん治療はできます。基本的には認知行動療法という心理療法に、補助として抗不安薬などの薬物療法を併用しています。一瞬で劇的に改善するわけではないでしょうが、治療を続けていればきっと良くなっていきますよ』
精神科医の優しい言葉かけと、診断がついたことから患者は安堵し、しばらく経過観察として入院することになるのだが、そこで思いがけない発作が起こり、謎究明の鷹央の出番となるのだが。
これも、やはり不安障害に分類される男性恐怖症などではなかったため、患者が真の病名を知らずに放置しておけば、違う状況で命を落とすことになったかもしれないし、間違った病名を信じたまま男性と関わることなく一生を送らねばならなかったかもしれないのだ。

精神科医の誤診の責任は重い。

次世代ラインナップを頭から信じて「精神科医の誤診の責任は重い」などと書くのは軽率だという意見もあるだろうが、本書は現役の医師が書いているので、信憑性が高いと思われるのだ。
世はストレス社会ときているし、傍目にも明らかに悩みが深いと感じられる人も多い。その客観的状況を重視しすぎるために、肝心の’’体’’を診るということが疎かになっていないかと、この2編を読んで気になった。

精神科医が誤診するほどのストレスがキツイ状況は当然改善されなければならないが、間違った診断で間違った治療を続けておれば、病は治るはずもなく、そのうち本当に心の病になってしまうし、真の病気を治療していないのだから、いずれ真の病気のせいで命を失いかねない。

やはり、精神科医の責任は重い。

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