はじめまして

今回、新しくブログを開設しました。

生きているホシガラス その1

2010-12-20 11:35:16 | Weblog
 良く言われます。ブログは日記と同じで即日に載せるものだと。それならホシガラス
のこれは何でしょうか?
 兎に角、年末ともなれば人並みにそれなりに忙しいのです。気になりながら最近の
ホシガラスは目が疲れるのでついつい後回しになるのです。
 然し、立派に生きています。

 12月9日  晴れの日でしたが午後から風が出て来ました。

 午前中はグラゥンドゴルフ いつものように7+3ラウンドのプレーで5Kmの
ウォークとなりました。

 午後は、三浦一族についての講話、第三回目です。歴史作家の永井路子さんは北条と
三浦は対立していたと解釈していますが、今日の講師は吾妻鑑でもその事実は見当たらず
三浦義村は一貫して北条氏との連携を維持していたと話されました。
 頼朝存命中は政子との関係があっても北条を厚遇していませんでしたが頼朝死去後は
時政が台頭して来ました。三浦一族にとって頼朝亡き後は北条と友好関係を維持せざるを
得なかったのです。然し、この裏にも何かありそうです。歴史の面白さです。

 友人と待ち合わせて寒いので鍋を囲みました。

 12月10日  晴れですが寒くなりました。

 朝、起き抜けにPCを点けるとトラブルです。午前中一杯、修復にかかりました。
 最後はプロバイダーのOCNに助けて頂きました。若い女性がとても親切で長時間
遠隔操作で修復して下さいました。やれやれです。

 それから俳句の同人誌の原稿作成と送信、クラス会の写真プリント、雑用で22時
就寝です。

 12月11日  晴れの日ですが風があります。南風で気温が高くなるとの予報で
したが、それ程でもありませんでした。

 猛禽類の月例観察の日です。8時に集合なので7時半に家を出ました。

 メンバーは13名で四カ所に分かれて観察します。ホシガラスはA地点担当です。
 谷戸は静かに冬の陽を浴びています。



 まずは撥型の尾を翻して飛ぶ鳶です。



 葉を落とした枝にツグミが止まっています。傍を猛禽が飛んでいても平気です。

 

 翼の裏側に丸い斑点を持つノスリです。



 鳩と同じくらいのハイタカですが翼が大きいので鳩よりは大きく見えます。
 まさに雄姿です。



 ふと見るとカラスウリが、ぶら下がっていました。



 ハイタカより大きいオオタカですが、大空に単独で飛んでいると判別が難しい
です。観察者泣かせです。オオタカと信じて掲載しますが間違っていたらご指摘
下さい。







 鳥の識別には大きさ、色、腹部の縞模様、翼端の枚数 尾の縞数などが要点になり
ますが、大空で飛んでいるとなかなか判別出来ません。

 12月12日  晴れです。

 神奈川県内の東海道を歩く会で、今日は鴨宮から小田原経由で箱根湯本までです。

 集合場所の鴨宮は毎月、酒匂川BWの起点地でお馴染みの場所です。毎月見ていな
がら未だに解明していない何故か新幹線発祥の碑です。何時も慌ただしく出発するの
で、ついつい見落としてしまいます。何時かじっくり見ておきます。



 酒匂川から見る富士山もお馴染みの姿ですが、今日はすっきりと晴れて冠雪の富士
は日本のシンボルです。



 秀吉と一緒に北条攻めをした狸親父の家康が陣を張った跡は石碑と説明書きだけです。
 北条方の小田原城から見ると東側です。酒匂川を渡って間もなくでした。





 小さな山王川を渡ると直ぐに山王神社があります。昔は海岸近くに有ったようですが
荒波で崩壊したので北条早雲がこの地に1613年移築されたとのことです。
 海岸近くに有った時は星月夜の井が有り、井戸に写る月を賞でたとの事ですが今は偲ぶ
縁も有りません。



 東海道に出ると日本橋へ83Kmの標示があります。逆に見ると日本橋から83Km
約21里になりますので朝暗い内に日本橋を七つ発ちしても藤沢辺りで一泊しないと、
ここまで来られません。
 当時は品川辺りで遊び過ぎて、ここまでも来られなかった旅人が結構いたようです。



 間もなく小田原宿の跡で、これも標識だけです。ああ、そうか と言うだけです。



 唯の丘ですが蓮上院土塁跡です。北条方の防塁で1590年に豊臣・徳川連合軍
に備えたもので昭和34年に国指定の史跡として認定されました。



 北条一族の尊敬の対象となった北条稲荷です。



 庭には蛙石が祀られています。



 由来は説明書きをご覧下さい。



 間もなく小田原市街に入り、先ず名物の蒲鉾屋さんに入り物色します。
 ホシガラスは黒蒲鉾と塩辛と山葵漬けを買い今晩のおかずにしました。



 北条氏綱の時代に海中から出現した十一面観音を祀った松原神社ですが、観音様は
堂の中で拝観は不能です。



 小田原城近くの家並みの中に鐘楼がありました。何か判りません。お昼が近くなり
その方が気懸かりです。写しただけです。



 小田原城のお濠に着きました。深いのか藻が無いのか鴨は皆無でユリカモメだけが
群れていました。





 お濠近くの三の丸小学校は都市景観賞を獲得した綺麗な学校でした。この中の
体育館で小学生の外郎売りの口上を聴きながら昼食になります。楽しみです。



 都市景観賞の玄関です。



 小学校の正門も趣が有ります。



 都市景観賞の由緒書きです。



 校庭から見た長ーい校舎で、これだけの生徒がいるのか疑問になります。
 新型の二宮金次郎の銅像が建っていました。



 体育館に入れて頂き12時20分から外郎売りの実演が始まりました。
 まずは外郎太鼓です。リズミカルで勇壮さも少し入ったユニークな太鼓でした。



 後は本命の外郎売りの口上です。歌舞伎でも早口で9分はかかる難しい技です。
 最初は一人口上で、その後は一人ずつ交替で述べて行きます。
 全員、小学生で中には低学年の生徒もおりました。







 最後は神奈川の宿場を順々にパネルで標示し纏めて裏返すと小田原となり、拍手喝采
です。





 三の丸小学校を出ると近くに大きな藤棚がありましたが季節で無いので棚の藤だけ
です。花の季節には見事でしょう。



 小田原文学館と白秋記念館は紹介だけになりました。



 昔、軽便鉄道で箱根に通じていた鉄道の起点駅の、これも跡だけで国道縁にありました。
 人車鉄道と言われていたようです。



 板橋から風祭への途中に日本の電力王と言われた松永伝左右衛門氏の別荘跡を現在
松永記念館として開館していましたが、これも今回は紹介だけで興味あれば後日再訪
することになりました。建物はもとより紅葉が綺麗でした。







 9時半から歩き初めて、15時を回りました。冬の一日は短く陽は箱根の山に沈んで
います。風祭、入生田を過ぎると15時40分です。

 間もなく湯本の三枚橋を渡ると小田急の湯本駅が見えてきてほっとします。



 河原に下りるとアオサギ・ハクセキレイ・キセキレイ・セグロセキレイの姿が見られ
ました。
 16時近く終点で筋肉ほぐしの体操をして解散しました。来月は湯本から旧街道を歩き
箱根関所までです。全部山道とかで大変です。



 16時8分、湯本発の小田急で帰途に就きました。疲れました。