はじめまして

今回、新しくブログを開設しました。

ありがとうございました

2011-05-15 00:00:49 | Weblog
ホシガラスは5月11日、19時43分、天高く飛び立ちました。
今まで、ブログを読んでいただいた皆様、ありがとうございました。

酒匂川探鳥番外編

2011-04-22 18:29:26 | Weblog
 毎月定例の小田原市酒匂川探鳥のホシガラスにとっては番外編とも言うべく
或るグループの探鳥会に参加しました。

 4月22日 折悪しく天気は曇り空です。雨の心配は無いようなので安心して
歩きました。

 時節柄、冬鳥と夏鳥の端境期で鳥は少なく寂しい風景でした。
 何時もより集合時間が一時間近く遅いので少し楽です。

 10時近く堤防に上がると春霞で無く曇り空の下で全体に靄っています。
 ツバメが低く水面すれすれに飛んでいます。気圧が低いので餌になる虫が低く
飛ぶ為、ツバメも低く飛び回ります。恐らく明日は雨でしょう。

 電線にも止まって盛んに鳴いていました。尾が長く胸が赤いと♀に人気がある
ようです。



 初夏の訪れを伝えるセッカの声が聞こえましたが、姿は見られませんでした。

 昨年秋の台風で水量が増し洪水の影響で上流からのゴミが河川敷の立ち木に絡み
流が悪くなると言う理由で、すっかり草木が刈り払われたので殺風景な中でキジが
啼きました。はきだめに鶴ならぬ、掃き溜めにキジです。



 ダイサギは嘴が黒くなっていますが、まだ黄色い個体もいました。



 コサギが餌を狙っています。



 アオサギは何も考えず超然としています。



 ダイサギに比べるとコサギは遙かに小型です。ダイサギ91Cm、コサギ60Cm



 鴨類は殆ど北国へ向かいましたが、何時も早く来て遅くまで居るヒドリガモ
は、まだ残っています。



 曇り空なので酒匂川も淀んでいます。



 昨年生まれのウミネコやセグロカモメが少し残っています。北に向かうには
幼かったのか何か事情が有ったのでしょう。



 旅鳥のムナグロが見られました。全部で三羽いました。そのうちの一羽です。









 空にはヒバリが囀っていました。





 やがて地上に降りて来ました。



 鳥影は少ないようでしたが、纏めると44種になりました。
 来月は夏の風物詩であるコアジサシが飛び交う事でしょう。そして沖合には
オオミズナギドリが舞っている事でしょう。いよいよ夏本番になります。
 楽しみでもあり、さぞかし暑くなる事でしょう。




世の中、サクラ、サクラ、桜です。

2011-04-14 19:22:15 | Weblog
 東日本大震災の被害を他所に自然の力は春爛漫を告げています。
 何処を見ても桜、桜、桜です。

 近くの公園へ出掛けて見ました。正に桜の世界です。









 クヌギの花穂もいっぱい下がっています。



 そして又、桜です。







 被災地の方達も安心して、このような桜を賞でる日が一日も早く来る事を祈念
しています。

ホシガラスのお花見

2011-04-11 15:52:21 | Weblog
 今年の春は一進一退で暖かくなったと思うと急にストーブが欲しいような寒の戻り
が有ったりで、なかなか本格的な春が来ませんでしたが4月に入ると漸く遅い春が訪れ
るようになりました。

 4月4日 友人のグループが毎年開催している作品展が大震災の余波で落ち着かず
行きそびれていましたが遂に4日が最終日なので別の友人を誘って出掛けました。

 北鎌倉駅を降りると円覚寺が有ります。春の日射しの下で明るく見えます。



 紫陽花が咲く頃、賑わう明月院も今はひっそりです。その近くの道では道祖神が
祀られています。



 辛夷が満開でした。



 4月10日  鎌倉は桜が満開となり、正に春爛漫です。鳶も嬉しそうです。





 地元の探鳥グループに参加しましたが、冬鳥が去り夏鳥はまだと言う端境期の
為、鳥は居ません。時折アオゲラが啼いたり鶯・目白が啼くくらいです。
 今日はもっぱら花見です。

 住宅地では格好の良いスェーデンの名車VOLVOのスポーツタイプが駐車し
ていたので持ち主に無断でパチリしました。



 いつものコースで佐助稲荷の道に入ります。





 ここも満開の桜です。



 佐助稲荷の鳥居道に入ります。



 奉納する鳥居は一基30万円とのこと。幟は5千円で一対で1万円と書かれて
いました。本殿の周りにも沢山の幟が献上されています。



 崖にはイワタバコが青々と繁っていました。紫の花が待ち遠しいことです。



 佐助稲荷はその昔、源十郎なる魚屋さんがある日犬に追われた狐を助けた処、
その夜、狐が恩返しに訪れ魚を扱うより大根を植えなさいと教えるので源十郎
さんは半信半疑ながら大根を栽培するようになりました。
 その当時、鎌倉に疫病が蔓延し多くの村民が苦しみましたが源十郎さんの大根
を食べると忽ちのうちに快癒するので源十郎さんはお金持ちになりました。
 その御礼にこの地に稲荷明神を祀ったのがこの佐助稲荷になったとのことです。



 ここには霊狐泉と言う湧き水が有り、水源になっています。



 周辺もサクラ、サクラです。



 源氏山には直径10Cm程の椿も咲いていました。



 菜の花も満開です。



 葛原ケ丘神社も桜に覆われています。花見客も賑わっていました。



 頼朝像の丘でも花見客が思い思いに宴を張っています。



 探鳥は適当に切り上げて有志で花見に出掛けました。それぞれの持ち寄りで
食べ呑み喋って16時頃、陽が傾くまで楽しく過ごしました。



 頭上もサクラです。



 名前を教えて貰いながら忘れてしまった紫色の草も咲いています。
 誰方か教えて下されば今度は忘れませんので宜しくお願い致します。
 ごく普通の何処にでも有る草花のようです。時々耳にしますが思い出せません。



 レンギョウも満開です。



 そして最後もサクラで今日一日が終わりました。



 

ホシガラスの怒り

2011-04-04 10:00:13 | Weblog
 4月4日  我が家の狭庭に夏みかんの木が二本ありますが毎年沢山の夏みかんが
下がります。不精者のホシガラスは肥料も与えず、ほったらかしにしていますが結構
甘くて多くの人に好まれています。
 今年は少ない上に、これまでぼたぼたと落ちて、その都度二つに割って針金に差し
メジロやヒヨドリの餌にしています。





 例年、ゴールデンウイークに収穫しますが今年は30か40個ぐらいしか収穫出来ない
ようです。これからも毎日のように落ちるので更に減るかも知れません。


 それはさて置き、今回の大震災で地震と津波の上に原発事故で多くの不安を日本だけで
なく全世界にも与えています。

 そんな時に世の中に大きな影響を与え兼ねない発行部数の多い週刊誌が事もあろうに
知られざる秘密的に暴露記事を特集しています。
 その上、富士山が爆発するとか、大きな地震がまだ来るとか確証の覚束ない記事を大き
なタイトル付きで書いています。勿論、ホシガラスはそんな雑誌を買う気は有りません。

 いくら言論の自由と言う時代とは言え、余りにも単に売らんかなの無責任な態度には
腹立たしくなります。

 こんな時だけに、多くの人に安心感を与えるような科学的に確証の有るデーターを
挙げて説明することがマスコミとしての責務と思います。

 原発事故が人体に影響が出るような風評は、くだらない芸能人の暴露記事とは違
います。

 選挙の事前報道にしても徒に予測を書き立てれば、ましてや無党派層の多い現在、
多くの選挙民に影響を与える事、大です。それでは正しい選挙にならないと思います。

 マスコミが国民に与える影響は大きなものが有るだけに単なる風評で無く確証の
有る報道をするべきです。

 仮に原発事故が社会的に悲惨な影響が出るよう事態の場合、その発表は政府に任せ
るべきです。この点、政府にもくだらない報道記事を放任している責任があります。

 規制は無理にしても指導すへきです。

 履き違えた自由主義が、やがては日本を滅亡に追い込む事にもなりかねません。

 くだらない無責任な報道記事に惑わされないように呉れ呉れも注意したいものです。


葛西臨海公園を歩くホシガラス

2011-04-02 15:55:06 | Weblog
 4月1日  漸く春の兆しが感じられます。花粉情報は非常に多いとのことなので
瞼に塗布薬を塗って出掛けました。マスクは眼鏡が曇るので敬遠します。

 鳥見のお仲間に誘われましたので、大災害の事は心に留めそれはそれとして、こちら
まで打ちひしがれていても仕方ないので気持ちを転換させて出掛けました。

 10時半頃、京葉線の葛西臨海公園駅に着きました。春休みにも拘わらず子ども達
は少なめです。日本一を自負する観覧車は回転しています。

 園内に入ると直ぐにオナガの声がします。三羽ばかりが梢にいます。
 姿は良いのに声がカラスの仲間だけに悪く損しています。





 植物も春を迎え生き生きと輝いています。トサミズキです。



 サンシュも黄色く咲いています。



 アセビ(馬酔木)は枝いっぱいに白い花を付けていました。



 コブシも少女のような可憐な花を咲かせています。



 池にはキンクロハジロとホシハジロが春の陽を浴びてのんびりと浮いています。
 ホシハジロの♀が泳いでいる後ろから♂が追いかけて行きます。離れ過ぎているので
一緒に撮れませんでした。先ずは♀です。



 その後、5m程の距離をおいて♂が待って下さいとばかりに追いかけて行きます。
 春です。



 アオサギが新しい命を育んでいます。嘴がピンクに染まっています。



 歩いていると木立の中のクヌギの花穂をマヒワが啄んでいます。今冬はマヒワを多く
見ました。暫く眺めます。









 遊歩道の傍らではレンギョウが、零れるばかりに咲いています。



 海の見える場所ではユリカモメが群れています。頭を黒くして夏羽根の準備をして
いますが、まだ完全な黒でなく斑です。今に黒い頭巾を被ったようになります。
 後、数日の事です。春の陽を浴びるとどんどんと黒くなります。



 遠くにハジロカイツブリが見えますが余りにも遠いので眺めるだけにしていますと
次第に近くでも浮いたり潜ったりする姿が見えるようになりました。



 顔の横面に扇のようなリボン状の羽根を見せます。番いで手前が♂です。



 仲睦まじく一緒に潜ります。



 直ぐ近くにも来て呉れたのでパチリです。



 日本一の大観覧車と菜の花畑です。



 ここには二つの人工渚がありますが、東なぎさは立ち入り禁止なので鳥達が
楽園として多数見られますが遠いのが残念です。
 西なぎさから見ているとダイシャクシギが現れました。



 このシギは鴫類では大きくて体長が60Cmも有ります。やがて水際に降りて
出てきた風を除けて居眠りしたり欠伸をしたりして長閑に佇んでいました。



 そこへ又、ハジロカイツブリがやって来ました。体長31Cmで冬鳥ですから
やがて北国へ去って行くのでしょう。つかの間の夏羽根です。



 東なぎさの向こうには何万羽というスズガモの群れが浮いています。
 東京湾だけで数十万羽のスズガモが飛来しているようです。この鴨もやがて北の
アリューシャンやカムチャッカからシベリア目指して繁殖の為に去って行く事でしょう。



 無数のスズガモに見とれていますと、渚の石垣にハマシギの小集団が見えました。



 このシギも間もなく北帰行を始める事でしょう。岸辺もだんだん寂しくなります。

 何を思ったのかスズガモの♂が近寄って来ました。体長45Cmとやや大型鴨です。



 沖に、飛鳥Ⅱクラスの超大型客船が浮いています。



 気水池には鳥の姿が無かったものの、午後になったら少しは何か戻って来ているのでは?
と淡い期待を抱いて再び行って見ました。その手前でアオジが何か啄んでいました。



 気水池には期待も空しく矢張り鳥の姿が有りません。聞く処に依りますとオオタカ
が近くに居て小さな鳥達は全部逃げてしまったとの事です。
 然し、オオタカの姿は見えません。

 今日一日の暖かさでサクラも漸く少し綻んで来ました。



 道ばたにはハナニラが咲いています。



 紫色のハナニラも傍で咲いています。



 淡水池の小島ではアオサギの夫婦が巣作りに余念がありません。



 太陽も大分西に傾き、16時近くなりましたので引き揚げる事にしました。
 遠くにスカイツリーが霞んで見えます。



 今日見られた鳥は、カイツブリ類3種、サギ類3種、鴨類10種を含めて44種
でした。

 4月2日  この処、停電も無く空は晴れています。

 久しぶりにスポーツ吹き矢に出掛けました。約3週間ぶりなので狙いが定まらず
失点が多くスコアも良くありませんが、それでも段位並みには纏められました。

 夕方には余震が有りました。まだ完全には落ち着きません。

 何時になったら以前の平和が戻るのでしょう。自然の力は凄いものです。



 

ホシガラスの体力測定

2011-03-31 16:18:37 | Weblog
 3月30日 桜はまだですが、暖かい夜明けです。友人から誘われて県西部の矢倉岳へ
鷲鷹類のクマタカ観察に出掛けます。一昨年秋に出掛けた後、二度目です。

 82歳に間もなくなので山登りには多分の不安が有りましたが。ゆっくり登れば?と思い
おっかなびっくりで主目的のクマタカを二の次にして自分の体力測定を目的に出掛けました。

 7時に藤沢に集合し友人のクルマで三人で出発しました。途中、渋滞もなく8時半には
足柄峠に到着しました。

 これから登る矢倉岳が遠望出来ます。標高870mの小さな山ですが緩い登りの後、急な
登りが二カ所あります。



 足柄峠は既に600m近くありますが、そこから100mぐらい下り、それから登るので
標高差は370mぐらいで山歩きをしている人にとってはハイキング並みです。
 8時45分、スタートします。
 最初の下りが勿体ない感じですが、適当な足慣らしにもなります。
 杉・檜の造林地を黙々と歩きます。時折キクイタダキらしき声がします。



 歩き始めて一時間、いよいよ急な登りにかかります。慎重に足場を選んで登りますが、下り
が心配になります。

 地球の引力に逆らうのが、こんなにも辛いものかとつくづく感じます。

 二カ所の急な登りを無事に踏破して標高870mの山頂に10時17分到達しました。
 春の霞で富士山は見えず、周囲の山々もぼーっと霞んでいます。ホオジロがいました。

 箱根の金時山が見えます。



 山頂の標識です。



 山頂は1000㎡(300坪)もありましょうか?山相応の広さです。一角に地元の
ライオンズクラブが設置した展望台が有ります。秋のサシバの渡りの際は賑わいます。



 お昼近くなりますと足柄峠からと矢倉澤方面からハイカーが登って来ます。
 6グループ20人ぐらいになりました。



 北斜面の向こうには丹沢山塊が連なっていますが雑木林で見えません。雑木林は春の
気配が漂っています。



 クマタカはなかなか現れて呉れません。大陽が雲に隠れると寒くなります。
 姿が見えたと思うとトビだったりオオタカだったりで主役は何処にいるのでしょう。
 寒いのと退屈するので、うろうろとします。小さな祠が祀られていました。



 漸くめぼしい鷲鷹と思いましたらノスリでした。折角ここまで来て何も撮らないのも
残念なので写しましたが遠いです。



 13時半まで待機することにしていましたが、後ろ髪を引かれる思いで14時まで
延長しましたものの肝腎なクマタカは遂に現れて呉れませんでした。同行した友人は
10回来ていますが、たっぷり見られたのは2・3回とのことで僅か二回では無理です。
 次のチャンスを待ちます。鳥見を初めて間もなくの頃、丹沢のヤビツ峠で飛んでいる
姿を見て、何と美しい鳥であろうと思ったものでした。それだけにもう一度再見したく
機会を待ち続けて来ました。

 13時55分、下り始めました。登り以上に慎重に脚を運びます。



 二カ所の急な下りも無事に過ぎて楽な下り道を歩きます。木の間越しに輝くばかりの
新緑が春の陽に映えていました。



 15時半近くスタート地点の足柄峠に戻りました。雲が時々大陽を隠したものの天気
はまづまづでした。名残の矢倉岳をもう一度眺めます。



 15時45分、帰途に就きました。

 何はともあれ目的のクマタカには会えませんでしたが、まだまだこのくらいの山なら
疲れを感じる事無く登れる自分の体力に改めて自信が持てました。

 3月31日  いろいろな事があった3月も今日で終わりです。

 午前中グラゥンドゴルフに出掛け、11ラウンドプレーして6Km近く歩きました。

 明日から4月。明るい月日を目指して被災地のご苦労を偲びながら元気で生きて行き
たく思います。

動き出したホシガラス本文。

2011-03-28 18:27:36 | Weblog
 3月27日 晴れのち曇り一時小雨あり

 気晴らしも兼ねて月例の酒匂川へ出掛けました。まだ寒い風が吹いています。
 富士山はすっぽりと雲に覆われています。それでも14人が参加して下さいました。嬉しいことです。

 堤防に出て吃驚です。ダムの下流両岸ともブルトーザーが入り、草も木も刈り払われています。これでは川の鳥は兎も角、小鳥類は隠れる場所もなく安心して棲めません。

 噂に聞くところによると花園にするとか。単なる噂で有ることを願って止みません。

 僅かに残った小さな木にモズが止まっていました。



 隠れ場所の無い原でもキジ♂がうろうろしていましたが、それ以上ののろまのホシガラスには、ちらっと見えただけで写真も撮れません。動かない植物は楽です。
 春の日射しを浴びて菜の花が満開です。



 酒匂川の川面にオオバンが泳いでいました。



 何時も鳥がいないので見過ごしていた浄水場のドックに珍しくヨシガモの番いが見られました。♂だけ撮りました。雌は離れていたのでカットしました。決して野暮な計らいでは有りません。


 
 種類は判りませんがサクラも咲いていました。花の世界には春が訪れています。



 オオバンが見られた後、バンも見られオオバン・コバンと何か裕福になったような気分です。ハクセキレイが横切って行きます。



 藪椿が可憐な花を付けています。



 鳥が少ないので予定行程が早く進み、早すぎるかなと案じていると幸いにもカワアイサの
番いが出たり、クイナが顔を出すので足並みが遅くなりました。
 とは言え、最近めっきり目が悪くなったホシガラスにとっては何時も遅れを取り写真も撮れません。ぼつぼつ鳥見の第一線から引退でしょうか?

 昼食場所にしている勝福寺に12時近くに着きました。イチョウの梢ではアオサギが巣作りに余念がありません。



 ♂は繁殖羽となる冠羽をなびかせています。



 近くの支流にはコガモの番いが仲良く泳いでいます。どうやらこの夫婦は婦唱夫随のようです。その方が平和で良いのかも知れません。



 マガモも見られましたが、手前のはどうも雑種のアヒルのようです。



 飯泉橋を渡ると珍しくタシギが見られます。何時もいるのでしょうが、岸の窪地に隠れているので見落としているのでしょう。



 ダム湖ではカルガモ以外の鴨類は見られず水深も大部分が数センチぐらいで鴎類も浮きながら休むより、しゃがんでいる感じです。中にシロカモメを見付けました。中程の白い個体がそうです。



 昨年9月の台風被害の後、河川敷のグラゥンドは冠水で使用出来ず人影も無く芝生は鳥達の
楽園です。ツグミ・ムクドリ・ヒバリ・タヒバリが草むらの虫を漁っています。ヒバリです。



 何か金属的な音がします。鷹匠でしょうか?単なる趣味でしょうか?男性が鷹を調教していました。聴くとヨーロッパチョウゲンボウとのことです。正式な名称では有りません。恐らく亜種か俗称でしょう。日本のチョウゲンボウより小型です。



 腕に止まらせて呉れました。





 中洲にはハマシギが四羽程残っていましたが遠いので敬遠しました。コチドリ・シロチドリもいました。コチドリです。



 コサギも繁殖期を迎え男っぶりを磨いています。冠羽を輝かせて優雅に歩いています。



 草地ではまたまたヒバリです。ヒバリとセキレイ科のタヒバリとの区別は遠いとなかなか難しいです。ヒバリは繁殖期になると冠羽が鶏冠のように出ますが今はまだです。



 9時から15時までの6時間で57種の鳥に出逢えました。幸せなひとときでした。
 気分的にもプラス方向に転換出来ました。



 


ホシガラス動き出しました。それまでのこと

2011-03-28 12:59:51 | Weblog
 3月11日の東北関東大災害から約2週間、毎日のように来る余震と停電で毎日落ち着かないが続きました。
 何も纏まった事に手が着かず運動不足と、このまま何もしないで居ると痴呆になるのではと思う程でした。

 12日、やっとの思いで帰宅し夜には15日に予定している亡き妻の二十三回忌法要の為に来宅する長女を迎えました。

 13日、今回の災害で開催が危ぶまれていた、はかま満緒氏の 笑いと健康 と題する講演
を藤沢市産業会館へ聴きに行きました。
 笑う事によって体内の循環が良くなり健康に効果が有るとの内容は事新しい話では有りませんが病は気からとか、末期癌の患者が気を取り直してエヴェレストの登頂し病を克服した話は成る程と思いました。
 毎日、報導される被災地のニュースを見続けていると被災地の方々には申し訳有りませんがそれはそれとして心からお見舞いしますが反面、憂鬱になって来ます。
 人生は常に明るく前向きで無ければいけません。

 14日、夜中の2時に、帰国する次女がミラノから電話を架けて来ました。
 これも法事に帰国する為、パリからウィーン経由で今日の8時半頃、成田へ着く予定でしたが運行の都合でウィーン→ミラノ→成田に変更になったので遅れるとのことでした。
 何は兎も角、無事に帰国して呉れれば結構ですが現在の交通事情では成田まで迎えに行く事が出来ません。

 今まで他人事に感じていた花粉症が遂に私にまで波及してきて目が痒くてなりませんので病院へ行き診察を受け、クスリを処方して貰いました。

 帰りにスーパーへ寄ると主要な日用品の棚はがらがらでレジは長蛇の列でびっくりです。

 仙台に住む友人に電話が漸く通じ、聞くと電気も水道も出ないとの事。部屋中散乱した物を後片づけしてお風呂の汲み置きの水で掃除しているとの事でした。彼は奥さんが入院しており
独り暮らしで家事一切を担当しているので苦労しています。お見舞いし激励してあげました。

 15時過ぎに成田に着いたとの電話でほっとするものの電車は不通なので18時過ぎの空港バスのチケットを買ったとのことでした。
 21時頃、藤沢まで迎えに行くと間一髪、丁度次女がタクシーに乗る所でした。

 6年ぶりの父娘の再会です。温かい気持ちに浸れました。

 15日、起きると電車が動いているようなので昨日、今回の法事をお寺と相談して一応延期する事にして親戚にも連絡したものの出来るなら折角なので法要して貰うべくお寺に連絡して
予定通り実施することにしました。但し、親戚は交通事情で無理なので我が家の家族だけでお参りすることにし東京田端へ向かいました。

 亡き妻の二十三回忌も無事に済ませ長女夫婦と次女の四人で銀座に出て会食しました。

 今日も強い余震を感じましたが停電は無く平穏に過ぎました。

 16日、通常なら吹き矢の日でしたが停電の事も有り会場の大家さんの休業もあり休会です。
 出版社から野鳥の写真の修正希望が有り、再び在庫から探し出し点検していると停電となり中断です。15時頃、通電したので再開し出版社に電送しました。

 長女は以前から予定していた四国旅行に明日出発するので羽田近くへ移る為、戻って行きました。一つの別れが心の中を冷え冷えと横切って行きます。明日からは次女と二人です。ここでも辛い別れが待っています。後10日です。

 17日、グラゥンドゴルフの日ですが何故か気が進まずやめました。
 午前中に停電、そして夕方から二度目の停電。ローソクを持ち出して暗い中を、ジーッと耐える。ストーブが消えるので寒いこと。それでも被災地の事を思えば贅沢は言えません。

 18日、朝からの停電。10時に通電し、午後も実施の予定でしたが中止になり、ほっとしました。次女が運転免許証の書き換えに二俣川に出掛けましたが一部書類が足りないのでFaxで送信して欲しいと連絡があったものの間もなく停電が予定されているので大急ぎで送信するべく気もそぞろで作業すると運良く停電が中止になり無事送信出来てほっとしました。
 次女も書き換えの手続きも無事に終えて夕方帰宅し万々歳です。

 19日、町内有志の集まりに参加し、こんな時でも頑張りましょうと乾杯しました。
 今日から世の中は三連休とかですが被災地の事を思うと、そんな気になれません。

 20日、娘と久しぶりに鎌倉を歩きました。楽しい一日でした。今日も停電無しでほっとします。

 21日、一日中冷たい雨が降り続いていました。被災地の苦労を偲びます。

 福島の南相馬市に居る友人との電話が繋がりました。彼は病気持ちなので原発30Km圏内にいるのに屋内待避しているとのこと。水・電気は不自由無いようですが店が無いので買い物が出来ず買い置きの物が無くなったら避難しなくてはならないと言っていました。
 いずれにしても大変な事でお気の毒です。私としては身体大事に頑張って下さいとしか言え
ませんもどかしさです。

 22日、今日も雨降りです。9時50分から停電です。寒い一日を送ります。
 それでも時折、友人からお見舞いの電話を頂くと温かくなります。

 23日、原発の事故で放射能の危険が野菜や水道水にも出ているとニュースが報じるものの余りに過剰に報道すると混乱するばかりで、ましてや挙げ句の果てに長時間服用しなければ人体に影響ありませんと言われても不審感は拭えません。
 報道にも気を付けて貰いたいものです。

 24日、日一日と娘との別れが迫って来ます。
 久しぶりにグラゥンドゴルフに出掛けます。気晴らしです。10ラウンドプレーしましたので約5Km歩いた事になります。
 18時20分から停電なので明るいうちに布団を用意して寝ることにしました。布団の中で
携帯ラジオを聴きます。今日は20時に通電してほっとしました。

 25日、今日は停電も強い余震も有りませんが、福島の原発事故の修復は難航しているようです。大体が役人の天下りが知識も無くトップにいる事業体は、こんな大事故の際に対処にぬかりが出るものです。こんな面からも役人天国の日本を改革していかなければ何時までも同じ
過ちを繰り返し国民が迷惑を蒙るばかりです。

 26日、いよいよ今日が最後の日となりました。娘の希望で江ノ島一周を歩きました。

 27日、昨日予約しておいたタクシーが4時45分に迎えに来て呉れました。
 今朝は3時起きです。娘と最後の朝食をして藤沢へ向かいます。5時15分のバスで娘は成田へ行きました。別れは一瞬が良いと思います。空港での別れは、余韻が残りなかなか発ちがたく寂しさが助長されます。
 薄明るくなった道をとぼとぼと帰る我が身に思わず老いを感じます。

 さて、タイトルの趣とは大分前置きが長くなりましたが、これからが本番です。

 本番の本文に続きます。

 



 

 

2011年の春は間もなくです。

2011-03-26 17:21:58 | Weblog
 生涯忘れる事の出来なくなった2011-3.11の大災害は国民全員の背筋を
伸ばす事になりました。

 地震だけならまだしも、大きな津波とそれに加えて原子力発電の事故は正に三重
苦となっています。

 ホシガラスの居住する地区は計画停電の第一グループに入っているので時々3時間
程の停電を体験しています。

 アフリカには、ポレポレと言う言葉があります。のんびりゆっくりと言う意味です。
 夜が明けたら起きれば良い。大陽が沈んだら寝れば良い。のどが渇いたら川の水、
お腹が空いたら有る物を食べれば良い。何も慌てる事は無い。ゆっくりのんびりと
生きて行けばこの世は天国だ、と言う事です。

 文化の違いが有るので必ずしも総て納得は出来ないと思いますが、この文明社会に
於いても時には原始に戻る必要が有るのでは無いでしょうか?

 今、日本は大きな反省点を迎えています。

 こんな時にスーバーの開店を待って日用品や食べ物を買い漁る浅ましさには呆れる
ばかりです。結果は全部を使い切れず賞味期限を超過して無駄に捨ててしまうのが落ち
です。食料自給率が50%を切っている日本人として恥ずべき行為です。

 戦争と戦後を体験しているホシガラスにして見れば、食べ物が無ければ食い延ばしで
我慢し、極端には一日二日は食べなくても死なないと思えば気は楽です。
 ましてや現在はスーパーに行けば主要食糧が無くても、代用になる物は豊富に有り
ます。決して慌てる事は有りません。
 被災地の事を思えば、その他の地域の生活は天国・極楽です。

 大事な事は正しい情報を信じて、いたずらに流言飛語に惑わされないことです。

 電力が足りなくなるのは当然で、電車の間引きや大都会のネオンの自粛、必要以上
の照明の節約は当然の事です。

 今は自粛したものの球団のオーナーがナイター中止に反対したり、政党挙げてこの
国難とも言うべき災害に対処すへきなのに面子にこだわり続ける心の狭さには平成の
時代の人材不足を嘆かざるを得ません。

 昔シェークスピアは、どんな嵐の夜でもやがては明るい朝が来る、と言っています。

 阪神淡路の大震災は今回の東北関東大震災に比べれば津波・原發の被害が無いので
規模的には小さいものの人口密集地に発生したので産業・行政に多大な影響を及ぼし
ましたが今では完全に復活しました。

 この体験を活かして今回も勤勉で粘り強い日本人だけに必ず日ならずして復興への
槌音が聞こえる事を信じています。

 人生常に前向きに生きましょう。

 我が家の庭の被寒桜も満開となりました。