はじめまして

今回、新しくブログを開設しました。

ホシガラス珍鳥を見に行く

2011-01-29 21:17:21 | Weblog
 1月28日 晴天が続きます。

 予てから珍鳥キガシラシトドと言うホオジロの仲間が来ているとの
情報を受けているものの他用でなかなか出掛けられず、漸く今日実現
の運びとなりました。
 江戸川を越えて千葉県へ出掛けました。8時に家を出て10時に現地
に着きました。
 既に帰る人がいるので聞くと今、丁度良い処に出たとのことで喜んで
引き揚げて行きました。

 現地には30人ほどのカメラマンが超望遠レンズの砲列を敷いています。

 何はともあれ、腰を落ち着けて待つことにしました。

 見られるのはクイナの仲間のオオバン(体長39Cm)だけです。



 葦原には、これも頬白の仲間であるオオジュリン(体長16Cm)が
飛び回っていて肝腎のキガシラシトドは、さっぱりです。
と思っていましたら、帰宅して写真を見ると河辺のオオジュリンと一緒に
キガシラシトドが偶然にも写っていました。最初の写真がそうです。







 1時間半待ちましたが出て来ません。その時ちらっと出ましたが葦原の中で
動いていて良く見られないうちに見えなくなりました。
 仕方なく近くを散歩しました。遠くにスカイツリーが見えました。



 早めにお弁当を食べて待機します。昼前後は鳥も動きが無くなります。
 朝の採餌で満腹になるのか、どの鳥も同じ傾向になります。

 相変わらず出てくるのはオオジュリンだけです。





 キリリキリリとカワラヒワが飛んで来ます。



 ウグイスが笹啼きをしながら、水辺を回っています。



 オオジュリンばかりが飛び回ります。



 13時過ぎにカメラマンが騒ぎ出しましたが、今度も葦原の中で良く
見えません。中には良い場所を確保した人は見えたようですが私には無縁
です。
 今日は空振りかなと思っていますと15時過ぎ漸く見易い場所に出て
呉れました。一斉にシャッター音が響きます。

 キガシラの名の元になる黄色い頭がちらっと見えます。嬉しくなります。
 体長17.5Cmカナダの太平洋岸からアリューシャンにかけて棲息し
日本では、これまで3例が記録されているだけのようです。
 共に春まで滞在して夏羽を見せて呉れたようです。今回もそれを願って
います。今は冬羽で頭の黄色も余り明瞭では有りません。
 鳥に興味の無い人から見れば特に綺麗な鳥で無く鳴き声が良い訳でも
無いので不思議に思う程、地味な何も変哲も無い鳥です。

 それでも暫くご覧下さい。























 同じような写真の連続で失礼しました。この間15分ぐらいです。
 一応、見られた撮れたと云うことで満足して引き揚げる事にしました。

 帰りがけにジョウビタキの♀が近くに来たので、おまけとしました。



 少し離れた処にオジロビタキの♀がいるとの事で、序でに行って見ました。

 その前に綺麗なツグミが出たので撮りました。



 オジロビタキは杭に止まったり葦に止まったりして空中の虫をフライング
キャッチしながら忙しく飛び回っています。





 ヒタキ類特有の大きな愛くるしい目をしています。
 
 少し寄り道をして駅へ向かいました。16時に現地を発って朝の逆コース
でラッシュにも逢わず18時過ぎに帰宅しました。

 満足な一日が終わりました。

 



 

ホシガラス動き出しました。

2011-01-24 13:20:56 | Weblog
 半月余、保管してある鳥の駄写真から少しでも小さな玉を見付けようと毎日
優先的に作業を進めて来ましたが、漸く目鼻が付いてほっと一息です。

 1月23日 神奈川県内の東海道を歩く会の最終コース箱根湯本から箱根
関所跡までに参加しました。
 
 と言っても前日、これまでの疲れからか朝から目眩と吐き気で苦しみ一日
外出せずに静養していましたので、安全を見て途中の難所はバスに乗る事に
しました。
 当初、その希望者は5~6人いましたが、いざとなると最終的には私一人に
なりました。お恥ずかしいことです。皆さん元気です。

 それでもその日は5時に起きて7時に家をでました。箱根湯本駅には8時半
頃に到着しました。
 スポーツ吹き矢仲間のU氏、K氏、Nさんと同行で楽しくなります。
 総勢23人との事です。

 9時、湯本駅からあじさい橋を渡った処で、まずは準備体操です。



 箱根町役場の横から階段を上ると東海道旧道になります。最初から急な勾配
を歩くと息が切れます。この先が思いやられます。山道は最初が辛い事は若い
頃から知ってはいても八十路の身体には応えます。




 間もなく早雲寺の境内に出ました。早くも紅梅が咲いています。



 大分迷いましたが、歳を考え皆さんにご迷惑をかけてもと思い難所を避ける
コースを選ぶことに決心しました。リーダーさんの一人とマンツーマンのご案内
にお願いしました。勿体ない事です。



 早雲寺で皆さんを見送り、二人で境内を拝観しました。この寺は後北条になる
駿河の油売り 伊勢新九郎のちの北条早雲の菩提を祀るお寺で境内には北条五代
の墓所がありました。

 秀吉の小田原攻めの際は、ここが本陣になったが小田原落城後は全部焼失され
現在の姿はその後、半世紀かけて再現されたようです。
 新九郎は隠居後、早雲と号したもののこの由来は近くを流れる早川の早と須雲
川の雲を合わせたものと伝えられています。
 北条の姓は子の氏綱以降と言われており、鎌倉時代の北条とは無関係です。

 早雲寺から1Km程進み、正眼寺に寄りました。ここには曽我兄弟の等身大の
観音像が納められている曽我堂や五郎の鑓突石や供養塔があります。

 この寺は嘗ては、勝源寺と書いたようです。



 曽我堂は外観を眺めるだけでした。



 鑓突石は何も変哲の無い石でしたが、何か謂われが有るのでしょう。遺跡とは
そんなもので詮索は省きます。



 墓地には江戸深川の材木問屋の豪商、冬木家の立派な墓所がありました。
 多少でも木材に関係があり、深川で仕事もしましたので関心を持ちました。



 寺の入り口には四等身の石大仏が安置されています。



 芭蕉の句碑があるとの事ですので探して探してやっと見付けましたが、句
は読めません。僅かに芭蕉翁の字が微かに見えます。

 山路来て なにやらゆかし 菫草  と有名な俳句が刻まれている事です
が、どうしても見えません。恐らく俳句をする人が何万人となく触って擦り
減ってしまったのでしょう。



 一通り、お寺の中を回って近くのバス停へ行きました。皆さんが元箱根に到着
するのは15時頃の予定なので、それに合わせなければなりません。
 10時14分のバスがあります。後2分で来ます。間もなく来ました。
 乗るとノルディックの若い女性の団体さんで満員です。初めてノルディックの
ストックを見せて貰い触らせて貰いました。軽くてストックの先が登山用とは違い
ます。

 20分程バスに乗り、樫の木平で下車しました。眺めの良い処です。
 10時40分です。



 遙かに相模灘が霞んで遠望出来ます。



 ふと見ると見晴らし茶屋の周りに雪が残っています。今年初めての雪です。



 其処からは、ゆっくりと歩きますが相変わらずの緩い昇りです。何しろ
最高点809mまでは登らなければなりません。ここは600mぐらいでしょうか。

 途中に親鸞上人が弟子と別れた場所との記念碑が有りました。



 やがて雪道になりました。



 11時10分頃、一応の目的地である甘酒茶屋に着きました。



 中に入るとランブを模した薄暗い電球が灯されており明るい処から入ると
暗く感じます。
 甘酒と胡麻かけのお餅を注文して休憩します。30分程休んで出掛けます。
 山道には一面の雪が残っています。滑らないように注意して歩きます。



 舗装道路を横切り再び旧街道に入ります。こんなコースを何回も通ります。
 じぐざぐに走る舗装道路を横切りながら往時を回想しながら歩きます。
 まだまだ緩い昇り勾配です。心肺に負担がかかりますが頑張ります。

 何しろ畑宿からの湯坂道の七曲がりの急坂を回避したので、こんな道で
へこたれてはいられません。昨日の体調不良は何処かへ消えています。
 


 雪混じりの石畳道が続きます。江戸時代から何万人、何十、何百万人の旅人が
それぞれにいろいろな思いを抱いてこの石畳を踏んで歩いて行った事であろうか。
 今日、私もその一人になって歩きました。



 天が石坂と言う2.4mほどの大きな石が道ばたに転がしてあるように
置かれています。天を覆う石と言うのが訛ったようです。天蓋でしょうか?



 やがて眺望が開けて上双子山が見えて来ました。



 双子山は上と下と二つあります。遠くから見ると二つの峰に見えますが
近くで見ると尾根続きです。説明板がありました。



 石畳に就いての説明板が日本語は勿論、中国語、韓国語、英語で書かれて
います。



 杉並木の始まりの道です。



 双子山の展望台からは駒ヶ岳も見えました。



 権現坂には箱根八里の馬子唄の碑があります。ここからは下りです。
 本当にやれやれです。地球の引力に逆らう事の辛さをしみじみと感じ
ました。

 箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川 とは有名な馬子唄
です。



 下りの道は雪に気を付けながら慎重に歩きます。心肺の負担は無くなりましたが
又一難です。

 13時頃、元箱根に降りました。流石に雪は有りません。観光客と全国各地の
ナンバーのクルマが行き交います。

 大きな杉並木が往時の面影を残しています。



 まだ時間があるので箱根神社へ行きます。

 境内には樹齢1200年、樹高35m、目周り6mの杉の大木が聳えています。
 801年、坂上田村麻呂が蝦夷平定の際と1057年、源頼義が安倍氏追討の際
先矢を献上したと伝えられる矢立ての杉です。



 箱根神社に参詣するには又、100段くらいの石段を昇ります。最後の昇り
と思って頑張ります。



 お寺には仏像と言う有形の信仰対象が存在しますが、神社の場合は無形の
存在です。神様が祀られている場所には何も無いのが神社で、総て儀式で納得
させられます。不思議な存在です。



 箱根神社は、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)咲耶姫命(このはなさくやひめの
みこと)彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと)の三神が祀られているとの事
です。今から2400有余年も以前の孝昭天皇の御代に創建されたとされています。

 一応は、お賽銭を上げて二礼二拍一礼をしてお詣りしました。

 境内には又、大きな狛犬が鎮座しています。何か由緒が有るようですが詳しくは
判りません。



 芦ノ湖から引き揚げられた樹木の化石が展示されています。これは、けけら木と
言われ、源実朝が歌を詠んでいます。

 たまくしげ 箱根のみうみ けけれあれや ふた国かけて なかにたゆたふ

 けけらぎ は計計良記 と書き、こころ の事だそうです。

 箱根神社の隣には九頭竜神社が祀られており、最近流行しているパワースポット
が有り特に若い女性に人気が有るとのことで参拝者は女性が列をなしていました。



 それもその筈で近くに大きな杉の木が有り、安産の杉とされていました。
 若い女性達が触っていました。パワースポットと言う事なので私も触って見ました。
 そのせいか疲れが残りませんでした。

 ぼつぼつ歩いている皆さんが近くまで来られるようなので集合場所となっている
恩賜箱根公園へ向かいます。

 テレビで良く見る芦ノ湖風景です。



 公園の池には氷が張っていました。



 14時10分に園内の休憩所に着きました。遅い昼食となりました。これまで
適当な場所が無かったので延び延びになっていましたが、暖かい部屋での食事に
ほっとします。

 15時頃、皆さんが到着し無事全員合流しました。

 休憩所から最後の芦ノ湖を写しました。曇って来ました。



 今回も県内東海道完歩の表彰が有り、15時36分に関所跡から小田原直行の
貸し切りバスで帰途に就きました。

 16時20分頃、小田原駅前で解散、我々四人は駅前の居酒屋で乾杯し二時間
程談笑して19時40分に帰宅しました。楽しい一日が終わりました。

 入浴して22時近くベッドに入りました。

 1月24日は、ぐっすりと7時近くまで眠り8時に起床しました。珍しい事です。

 10時間も眠ったことになります。矢張り疲れていたようです。
 一日のんびりと過ごし夜は平家物語の講座に出掛けました。

 末章の六代御前の条です。平家物語の中でも18ページを使い平家滅亡を
ミゼラブルエンドとして語っています。

 この講座も後、6回で4月には完了します。祇園精舎の鐘から始まって長い
物語でした。




元気に生きていますホシガラス

2011-01-17 15:06:58 | Weblog
 新年早々にブログを更新した後、半月以上もご無沙汰していますと或いは
倒れているのでは無いかと心配される向きもあろうかと思いますがホシガラ
スは今まで通り無事に生活しています。

 実は、昨年暮れまで9年間に亘って連載していました鳥の記事と写真が恥
ずかしながら今春には単行本として出版される事になりましたので、写真も
一新するべくこれまで撮り溜めた中から選別する作業に追われて年明けから
没頭していました。

 日程的に今月中には目鼻を付けなくてはと毎日PCと睨めっこです。
 目も疲れます。

 これまでの約6万カットの中から選別するので手間が大変です。
 このような事になるなど予想もしていなかったので日毎の分類で保存して
いただけなので、その中から選ぶとなると駄石の中から玉を探すようなもの
で苦労します。


 どんな事になりますか、仕上がってからのお楽しみです。
 具体化しましたら、改めてお知らせ致します。

 それまでは当分の間失礼いたします。

2011年の元旦を迎えたホシガラス

2011-01-01 17:21:01 | Weblog
 2011年が明けました。混迷を極める日本にも、まずは兎に角否応なく新しい年が
訪れます。今年はどうなるのでしょうか?考えてもどうにもならない事ですが、我々は
その日その日を時流に流されながら過ごして行くしかありません。

 ひたすら佳い年になるように祈るしかありません。この歳では、この才能では所詮
蟷螂の斧です。後、20年?耐えて生きて行くしかありません。

 兎に角、新年となりました。雪国の方には申し訳無いような暖かい好天です。

 暮れの30日、31日は慌ただしく過ぎました。重い腰を上げて掃除を始めます。
 掃除の前には先ず、片づけから始めますが、これだけで疲れてしまいます。

 最近は大晦日と言っても紅白は見る気がしません。唯、騒々しいだけで情緒も無いと
思うのは歳のせいでしょうか。
 ご近所の方から頂いた鬼平犯科帳の方が向いています。おせちも頂きDVDを見ながら
年越しのお酒を呑み乍らご馳走になりました。

 元旦の朝は、庄助さん宜しく朝寝をして7時過ぎに起き、朝風呂に入り、朝酒を呑み
ました。

 10時頃、恒例の初詣りに鶴ヶ岡八幡宮へ出掛けます。

 段葛から三の鳥居です。10時29分、まだそれほどの混雑ではありません。



 午前中は拝殿まで、すいすいですが舞殿付近からは規制がかかります。階段は仕切られ
て昇りますが二度目で昇れました。



 昨年倒れた大銀杏の一部からは勢いの良い新芽が伸びています。



 階段を上り詰め下を見ると一見大変な人出ですが、午後からは大変な人出になり
拝殿まで一時間はかかります。特に暖かく良い天気なので多くの人が各地から集まる
ことでしょう。



 型どおりにお詣りして出ると何時ものように、おみくじが結び付けられています。



 源氏池にはユリカモメとオナガカモが群れていました。



 一渉り眺めて、ぼたん園に入りました。
 いずれが菖蒲か杜若ではありませんが、見事な花です。看板のボタンです。



 暫く観賞することにします。



 何れも傘を差したり蓑で覆われたり大事にされています。





 ハシビロガモが一羽だけ浮いていましたが殆ど眠っています。浮寝鳥です。



 日中は小春日和ですが、朝は寒かったと見え薄く氷が張っていました。



 ハシビロガモが起きました。



 お昼が近いので、うなぎ屋の茅木屋の前はお客さんが列をなしています。



 二の鳥居の唐獅子さんも暖かい冬陽を浴びて少しのんびりに見えます。





 鎌倉駅前はぼつぼつ人出が多くなって来ていました。



 12時半頃帰宅すると、年賀状がごっそりと来ていました。元旦の大きな楽しみ
です。おやおや今年はもう失礼しようかと思っていた人からも来ています。
 慌てて差し出すことにして近くのポストへ持って行きました。

 そして元旦が過ぎて行きました。