羊日記

大石次郎のさすらい雑記 #このブログはコメントできません

無痛 1

2015-12-17 20:00:20 | 日記
「彼は自首するつもりだったんだ」早瀬に詰め寄る為頼。「あいつはまた人を殺す。南サトミだってどうなったか」「あの子は家で預かっている! イバラ君が連れてきたんだ、助けてくれと。なのにお前はっ!」為頼は早瀬よ肩を押して去った。早瀬は応援を呼んでから白神にも知らせた。為頼が診療所に戻り、菜見子達に事態を話すと、立ち聞きしていたサトミが動揺し診療所を飛び出そうとした。菜見子と和枝が押さえ、呼吸器の発作を起こしかけた為、サトミは寝室に運ばれていった。
翌日になってもイバラは見付からず、白神の病院では他に仕切る者が見当たらなくなったこともあり、橋本の指示で患者の転院が進められていた。横井は院長室に来たが白神は居らず、連絡もつかなかった。為頼は早瀬が診療所に来ると早速イバラについて口論になった。「これを見ろ」データを見せ、イバラが操られていた可能性が高いことを話した。「白神が石川一家を?!」今度は白神に怒りの矛先を向けるのかと諭そうとする為頼に「そのデータ、コピー取っておいて下さい」早瀬は言って、白神のさらなる身辺調査に出掛けて行った。為頼はメモリを手にしていた。
イバラは川から岸にたどり着いていたが、自分の傷口を見て顔を歪め「ああぁッ!!」叫んでいた。白神の病院に来た為頼。茫然と院長室に居る横井。横井が全て承知の上で看過していたと認めると「あなたみたいな優秀な人は、どこへ行っても立派な仕事ができただろうに」為頼はメモリを机に置いて、出て行った。横井はハンガースタンドに掛けられた白神の白衣に近付き、身を寄せた。帰宅した為頼。夕食の支度ができたと和枝はサトミを呼びに行った。菜見子は石川妻の手記を手に取り、石川が幸福な家庭を築きながらサトミを追い詰めたことを改めて話した。
「完璧な先生なんて、いないのかもしれませんね。
     2に続く

無痛 2

2015-12-17 20:00:10 | 日記
でもこの先生が、少しでもサトミちゃんに手を差し伸べていてくれたらって」和枝と階段を降りてきたサトミは話をその聞いていた。夕食はすき焼きだった。「おいしい」サトミは微笑んで食べていた。
イバラは一人、廃屋のような所でサンドウィッチを食べていた。ふと見ると蟻が左手に付いている。イバラの手の上を歩き回る蟻。それを不思議そうに見詰めるイバラ。蟻はイバラの手を離れ、どこかへ歩いて行った。サンドウィッチを取り落とし、自分の両手を見て、手を握り締めるイバラ。開いた左手を窓から差す日に掲げてみた。左手の指を奇妙に強張らせるイバラ。人のようだった。
院長室でメスを手に、横井が自殺しようとする中、菜見子から電話の掛かってきた署の仁川は飲んでいた茶を吹いた。「熱っ?!」間近を通り掛かった太田は被害を受けていた。「何があったんですか?」「高島先生が来るんやっ!」仁川は大張り切りだった。署に来たサトミは菜見子と為頼の付き添いで早瀬に石川一家殺害について話し始めた。「石川先生の家を見付けたんです。先生の家から、楽しそうな家族の笑い声が聞こえてきて、殺したいって思った」カッターナイフを持って敷地に侵入した帽子を被ったサトミ。だが、中ではイバラによる石川一家の殺戮が既に始まっていた。
窓の外で固まって見ていたサトミ。全てが終わると、サトミは逃れようとして庭の木の枝に帽子を掛け、取り落とし、室外機の陰に隠れた。物音に窓から顔を出したイバラは「あの時のあの人はとても怖くて」サトミの帽子を拾って血塗れの部屋の床に捨てはしたが、庭を探し回るまではしなかった。「でも、本当はあんな人じゃない。あの人は、悲しくて、寂しい人で、それがわかったからついていった」「メスで脅されたんだろう?」「そんなことされてないっ! あたしは何も怖くなかった!」興奮し出すサトミ。
     3に続く

無痛 3

2015-12-17 20:00:03 | 日記
「あの人は優しい人、私を助けてくれた!」「だけど、人を殺した」「あの人のこと、殺さなきゃならないんですか? なんで殺さなきゃならないんだよ?!」早瀬に掴み掛かるサトミ。為頼達に引き離される。「なんでそんなことするんだよ?! やめろよっ! なんで殺したんだよ?!」叫ぶサトミ。早瀬は部屋を出た。
菜見子にサトミを連れ帰らせ、為頼は喫煙室で自分で自分の頭を軽く打って俯いていた早瀬に話し掛けた。「薬のせいだったってことは間違い無いだろう」「ええ。俺はこのヤマが片付くまで、絶対刑事を辞めません」早瀬は喫煙室から出て行った。菜見子とサトミが診療所に帰ってくると、横井が来ていた。横井は最初は大人しくしていたが白神の話になると「返して下さる?」豹変し出した。「白神院長はあんな人じゃなかった。完璧な、崇高な人だった。あなた達が現れてから変わってしまった」「だとしたら、白神先生は人のせいで変わってしまう方だったんですね。完璧な人間なんていないと思います」例によって素で相手の逆鱗に触れる菜見子。横井は鞄からメスを取り出し無言で菜見子に振り下ろそうとした。菜見子と和枝の二人掛かりで止める。
サトミも来てしまったので慌ててサトミを遠ざける和枝。揉み合いになり、和枝は横井に振り払われた。「邪魔ばかりしてっ!」菜見子を追い詰める横井。そこへ為頼が帰ってきて横井の腕を取った。「やめろ!」横井の犯因をを見る為頼。「何やってんだ!!」メスを取り上げ、横井を張り倒す為頼。横井は這いつくばって絶叫した。それから逮捕された横井はパトカーで連行されて行った。「知らない内に憎まれていた。そういうことは、きっとよくあることなんです。でも、逃げないで、ちゃんと向き合わないといけないのかもしれませんね」短期間で何度も襲われた菜見子は達観したように言った。
     4に続く

無痛 4

2015-12-17 19:59:53 | 日記
病院に戻った白神は机の上に返されていたメモリを手に取っていた。翌日? 早瀬は白神についてわかったと為頼に電話を掛けたが、当の為頼は白神に呼ばれ、病院に会いにゆくという「ちょっと待って下さい!」電話は切れてしまった。「くっそぉっ!」早瀬は聞き込みを放り出し、駆け出した。
白神の待つ、院長室に来た為頼。白神はメモリを手土産に海外で無痛治療の研究をしようと誘ったが、為頼は即、断った。「あなたはこの話を断れませんよ」為頼の妻のことを持ち出す白神。「私が本当に救いたいのは家族です。痛みは、本人のみならず、付き添う者に忘れ難い苦痛を与えます。一生忘れられない苦痛です」この段階でも案外簡単に動揺する為頼。「私はあなたと、無痛治療を完成させたいんです」「ずっと考えていた。どうしてそんなにも、あなたが無痛治療にとらわれているのか? あなたも、亡くなった弟さんを片時も忘れられないはずだ。その心臓が、そこで動いている限り」ここで早瀬が銃を手に入ってきた。「わかったんです」白神の弟、玲児は恋人を石川に奪われていた。「それでイバラ君に薬を飲ませて?!」驚く為頼。「石川一家を悪い奴らと吹き込んだんだろう?」笑い出す白神。
「何がおかしい? お前がやったことは、殺人以上に恐ろしい犯罪だっ!」銃を構える早瀬。止める為頼。白神は弟の玲児は健康だが心が弱く、白神は心は強いが心臓が弱かったと語り「優しい玲児はよく言っていました。『兄さんに僕の心臓をあげたら、無敵になれるのに』馬鹿馬鹿しい話です。ネパールへ行き、自ら遭難した。失恋で自殺。脳死状態の玲児は、まるで心臓を差し出してくれているようだった。為頼先生、あなたも、死んだ奥さんと一つになれるとしたら、自分の一部として、共に生きていけるとしたら? 玲児の診察眼は元々私より確かでした。
     5に続く

無痛 5

2015-12-17 19:59:42 | 日記
弟と一体になったおかげで、私は強くなったんです」「私はこの能力を特別な能力だとは思っていない。犯因症が見えるようになったのも刑務所の医務室に勤務していた経験則からだ。私は特別じゃない。あなたも特別じゃない!」否定する為頼。
早瀬はなぜそこまでして石川一家を皆殺しにまでしたのかと問うた。「飛び切り、理不尽な死を与えたかったんです。だって、玲児が死ぬなんて、理不尽じゃないか」「そんな理由でお前はッ!」激怒する早瀬を止め、為頼は白神に向き直った。「愛する者の死は、どんな死に方をしたって理不尽だ! あなたは、脳死状態の弟を自分が殺したと思っているんだ。白神先生、痛みから解放されたかったのは、あなただったんですね」これにまた笑い出す白神。
「欺瞞ですよ。私は弟の心臓が欲しかっただけだ! 健康な体を得て、思うがままの人生を生きたかっただけだっ! 欺瞞だと教えてくれたのは、石川彰子のあの文章ですよ。大切な人、大切な場所。まるで運命のように結婚し、子供を作り、幸せ一杯の家庭を築いた。完璧な幸福。そんな文章を、あの女は世間にまで公表した! 他の男に心を奪われて、玲児をあっさり捨てたことはどうなったっ! 人の心を踏みにじった上で、完璧な幸せを自慢する。私はそんな人間に報復しただけだ」早瀬は我慢ならなくなり、銃を構え、為頼が止めても止まらなかった。
犯因症が出ている。「どうです? これが人間の本性ですよ? 生きていることは醜い」白神は早瀬の手を取り、自分の胸に向けさせた。早瀬は銃を逸らし、院長室の窓を撃った。笑う白神に為頼が「人間は醜い! だが、諦めるつもりも無い。恨みも憎しみも、痛みも哀しみも、乗り越えてゆけるのが人間だと思いたい。悪意を向けられれば報復せずに立ち切りたい。死ぬまでそう思い続けるのが、人間だと思いたい。
     6に続く