硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

その根拠の是非は。

2023-01-30 21:21:32 | 日記
ラジオのニュースを聞いていて、ふと思った。

コロナワクチン接種を否定している人々に対して、「科学的根拠がない」と一蹴されていたようであるが、コロナワクチンの科学的根拠は本当に正しいものなのだろうか。

「我々の言う事が信じられないのか」と凄まれて、反論できない立場ならば、その「科学的根拠」は科学的に精査されていないものであるとも言える。

双方とも「科学的根拠」のないまま、言い争いになってしまえば、力のある方に寄り切られてしまうのは自然である。

真相は分からないが、すべてが曖昧のまま国民全体を巻き込んで進んでしまっている状況は、先の戦争の末期と変わらないのではないかと思った。

芸術が爆発していた!!

2023-01-24 09:48:47 | 日記
愛知県立美術館で開催されている「岡本太郎展」へ行く。

物心ついた時から「岡本太郎」はあった。記憶にはないが「大阪万博」には行っていて、できたばかりの「太陽の塔」を見ているようである。
しかし、岡本太郎の作品には「なんだか怖い」という意識があり、好きになれなかった。

歳を重ねるにつれ、感性も変わり、芸術に目を向けるようになりはしたが、それでも岡本太郎の前衛的な作品群には「なんだか気味悪く怖い」と言うイメージを払しょくできずにいた。

そして、今回、妻の勧めで行くことになったのであるが、大変心を揺さぶられた。
幼い頃、CMの影響を受けて「芸術は爆発だ! 」と、冗談で言っていたことがあったが、彼の作品は本当に爆発していた。

うねうねした曲線は、目には見えないエネルギーの放射線であろうと思われるし、フォルムを無視して事象を感覚で再構築する表現方法はシャーマニズムに通ずるように思う。

そして、自身の作品を「呪術である」と言葉にしているのをみて、大きくうなずく。

幼い頃に抱いた「なんだか怖い」と言う感覚は、正解だったのである。

歳を重ね、様々な芸術や文化に触れていないと、岡本太郎の内なる「爆発」の断片を観る事は出来ないのだという発見は、僕の心を激しく揺さぶり、作品を見るまなざしが、すっかり変わっている事に気付いた。

昨日の答えは・・・。

2023-01-08 22:15:31 | 日記
今朝の新聞を読んでいて、思わず腑に落ちた。

毎週日曜日に掲載されている書評の記事の中に、スピノザの言葉を見つけた。

曰く「我々は神の存在について知らないから、いかなあるものについても確実であり得ないのではなくて、神の何たるかを知らないが故にいかなるものについても確実ではあり得ないのである」

人の行いや発言に対して疑問を持った時、常に答えてくれるのは、今は亡き賢者が残した言葉である。

パスカルもスピノザも、今の世を観て嘆息しているのではないだろうか。

分からない事が多すぎる。

2023-01-07 21:21:28 | 日記
クリスマス停戦とはなんだろう。
彼は何に祈りを捧げているのだろうか。
罪のない人々の死体を積み上げる事が、隣人を愛する事なのであろうか。
主が憎しみ合いをつくる事をお望みになられたのであろうか。
分からない事が多すぎる。
そして、誰もその疑問に答えてはくれない。