硝子戸の外へ。

善いことも悪い事もわけ隔てずよく見聞きし、考え、足らない事を知り、恥をかきつつのんびりと独り言をつぶやいてます。

可決するならば。

2015-08-25 21:46:08 | 日記
昨日の新聞の一面で安全保障関連法案に反対するデモンストレーション活動が大きくなっていると取り上げられていました。その記事を読みこのままではいけないと思う人が増えてきているんだなと思いつつも、民衆の声に対しての政府の動きが鈍いように思います。もしかするともう法案が可決する方向に進んでいるからかもしれません。

そこで、もし可決させるなら、発動させる前に、日本と言う国を代表する人達に、整えておいてほしい事があるのです。これは個人的な思いだけれど必ず行ってほしいのです。

それは、靖国神社で旧幕府軍の兵士や奥羽越列藩同盟の兵士や新選組、彰義隊の兵士、西郷さんや乃木さん東郷さんなど、今の日本の土台の為に命を懸けた人たちへの弔いと鎮魂を行ってほしいのです。

それが法案にどう関係があるのかと思う人が多いと思うけれども、僕個人としては、それができないというならば、できない理由を並べるのなら、日本国の責任者として、海外に自衛隊員を出兵させる資格などないと思うからなのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

おもひでぽろぽろ

2015-08-21 21:16:04 | 日記
おもひでぽろぽろを観ています。 この作品は映画館で観たのですが、その日、偶然にも僕が愚図だったばかりに別れた彼女と入れ違いで出会いました。彼女は新しい彼と一緒にいたのですが、すごくうれしそうに「やぁ。」と言って挨拶をしてくれました。すると、隣の彼氏の顔が少し曇りましたが、僕もつられて「やぁ」とあいさつしました。そんな思い出のあるいわくつきの作品でもあるのです。

だから、僕にとって画面に映し出される風景は、当時の「おもひで」でもあるのです。プッシュフォン式の有線電話。ブラウン管のテレビ、大きなラジカセ、ブルートレイン、0系の新幹線、伊藤博文の千円札。もうどれも見る事がなくなりました。そういえば、おもひでぽろぽろを観た映画館もなくなってしまいました。世は移り変わってゆくものですね。

でも、変わらない事も発見しました。まず、美術です。今見てもこの作品の背景がとても好きです。そして近藤善文さんのキャラクターデザインが好きです。

そして、この作品の世界観も好きです。でも、あの頃の印象とはずいぶん違い、なんだか小津作品の影響を受けているのではと感じました。

もしそうだとしたら、小津作品のように普遍的な物語が描かれているので、平成生まれの人たちが27歳になる現在において、分かりづらい背景かもしれませんが、時間をかければじわりじわりと感じられるようになる作品ではないかと思うのです。


主人公の彼女はもう50歳半ばくらいだろうか。彼女は今でも田舎暮らしを好きでいてくれているだろうか。実家に帰郷した際「やっぱり東京はいいねぇ」と言ったりしていないだろうか。大きくなった子供たちは「東京に行く」といって故郷を離れてしまってはいないだろうか。

田舎での生活は戸惑いもたくさんあったと思うけれど、今も自然豊かな山形で幸せに暮らしていてほしいなと思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「風立ちぬ」 アフタースカイ。

2015-08-16 20:26:12 | 日記
昨年、ジブリ作品「風立ちぬ」のその後を描くにあたり、いろいろ調べていたら、以前より三重県鈴鹿市に飛行場があったのは新聞記事を読んでいて知っていたけれど、堀越二郎さん達が開発した零戦などの製造を含めた軍事基地があったことを改めて知ることになりました。

そこで、サイクリングに出た際、少し足を延ばしその地を訪れてみたところ、その地は、防災時の広域避難所の機能も備えた「桜の森公園」という市民の憩いの場と、(鈴鹿市南玉垣町にあります。国道23号線沿いなのでとても分かりやすいです。)鈴鹿医療科学大学のキャンパス、太陽光発電システムに姿を変えていたけれども、公園の隅に鈴鹿海軍航空基地跡地であることが記されている碑が立てられていた。

命のやり取りをする為の準備の場が、防災や医療という人を救うための場に変わっている。時代とは不思議なものだと思いながら碑を読んでいると、キャンパスに通う学生さんたちが楽しそうにおしゃべりしながら、横の歩道を歩いて行った。

今の時代は今の時代で生きにくい世の中であるかもしれないけれど、僕たちはこれを幸福だと感じてよいのではないかと思う。





コメント
この記事をはてなブックマークに追加

70年談話

2015-08-15 20:54:49 | 日記
昨日の夕方、寝転がりながら妻と二人で70年談話を聞いていた。24分にも及ぶ談話の後、妻は「長すぎるね」と言った。その意見に同意した後、僕は「揚げ足を取られないようにするためには、この長さは必要だったんじゃない。当たり障りがなかったしね」と言うと、「そうねぇ。浅く広くって感じだった。でもそれでいいのよね」とバッサリ切り捨てた。

ニュースを観てこんなやり取りをする夫婦なんて、客観的に見れば、本当に嫌な夫婦だなと思う。

いや、そんなことではなくて、(苦笑)70年談話を聞いて思ったことを一石。

敗戦国はいつまで謝り続けなければならないのでしょうか。当事者でなくても、当事者がいなくなっても、敗戦国は謝り続けなければならないのでしょうか。

同じくらい人命を失っているのに、なぜ謝り続けなければならないのでしょうか。

それは戦争を始めたからでしょうか。その罪は末代まで続けられなければならないのでしょうか。それが本当に正しい事なのでしょうか。

それならば、極東の小さな島国の中で小競り合いを続ける髪を結った農耕民族に無理やり開国を迫った人たちに罪はないと言えるのでしょうか。

執着や念というものは受け継がれなければならぬものなのでしょうか。

だとすれば、勝者にならねばならぬと思う人が出てきても不思議ではない。

なぜならば、執着や念は受け継がなければならぬものなのだと思わせるからである。

そう考えると、どこかで互いに権利を放棄しなければ、本当の平和というものは来ないのだと思う。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

大人はそうして尊敬されなくなってゆく。

2015-08-11 20:42:15 | 日記
某学習塾の合宿で盗難事件が発生したニュースを観ていて思ったことを一石。

まず、責任者がインタビューで、今回の原因について「フロントに預けるというプロセスを怠った」と弁明したことに驚いた。なぜ、怠ってしまったのであろうか。

子供たちから私物である携帯を預かったにもかかわらず、プロセスを怠るというのは、大人たちがどこかで子供たちを見下していて、勉強を教えてやるのだという気持ちが慢心を生み、決して困難ではない初歩的なプロセスを怠らせたのだと思う。また、子供達には両親が存在しているのだという意識があれば、細心の注意を払ったはずであるからその意識さえも希薄であったのだろう。

今回の事件をうけて、子供たちは勉強を教えてくれる先生でも社会的なミスをするのだと思ったのではないだろうか。さらに事が大きくなれば保護者に謝罪をする場面を目にするであろうから、進学のために人一倍勉強している子供たちならば、この事件を通して勉強ができるだけでは駄目なんだと気づくだろう。そして、どんなに知識があっても、初歩的なミスで多くの人に迷惑をかけてしまう大人を彼らは尊敬しなくなるだろう。しかも愛着のある携帯電話が盗まれたのだから、純粋であるがゆえに講師に対して念を抱くものも少なからずいるだろう。

さらにドライな子供たちは「あんな大人にはなるまい」と、冷淡な目で大人たちを見下すだろうと思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

残暑見舞い申し上げます。

2015-08-07 19:47:26 | 日記
照り付ける太陽の下、久しぶりに自転車に乗った。海岸線を走ると、海水浴を楽しむ家族の姿が見えたが、田園が続く道では、稲穂が黄金色に染まり始め、十分に実った田んぼでは稲刈りが始まっていた。木々から聞こえるアブラゼミやクマゼミの鳴き声の中にはツクツクボウシの声が混じっていた。

暑い日が続いているけれど、暦の上ではもう立秋。子供の頃は夏ってとても長く感じたのに、大人になると時間が足早に過ぎてゆくだけなので、意外とつまらないものである。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

おこり地蔵

2015-08-06 21:58:14 | 日記
この絵本に出会ったのは本当に最近で、表紙の絵に引かれ、何気なく手に取りページを開いて読んでゆくと、たちまち物語の世界観に引き込まれ、不覚にも最後のページに涙したのです。

これまで、本や映像などで広島の出来事を見てきたけれど、この物語に涙する感性が身についたのは、直接体験した生身の人達から話を聞いたからだと思うけれど、そこには本や映像ではたどり着けない感覚があるのではないかと感じたのです。

そう考えると、「おこり地蔵」の世界観は子供達には理解しづらい物語であるので、いずれその世界観が理解できるような環境を大人である人達が築いてゆくことが大切なのではないかと思ったのです。

思想の偏りは十分自覚していますが、それでも、おこり地蔵と言う絵本は、できるだけ多くの人に読んでみてほしいと思うのです。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

平和を願うことは・・・・・・。

2015-08-04 19:04:01 | 日記
自民・武藤氏、ツイッターで安保法案反対の学生団体批判

この記事について思ったことを一石。

「利己的個人主義がここまで蔓延した戦後教育のせいだろうが、非常に残念だ」という議員の認識は、安保関連法案の抗議運動の動機として、後々の私達個人個人の生活に深くかかわってくることなので、ありうることかもしれないが、今、自衛隊員の皆さんが戦闘地域に赴き、戦闘活動に参加することを抑止することは、誰かの恋人や家族を戦場に送らない活動であり、有事や自然災害の時には命を懸けて私達を助け護ってくれる心強い人達を守る活動であるのですから、利己的個人主義思想とは言い難いと思うのです。

そして、個人的な思想であるけれど、恒久平和の望むことが残念だと言われたことが、残念でならないのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加