久しぶりに電車に乗る。梅雨の晴れ間、車窓から見る緑はとても青々と美しい。隣に座っていた女性は音楽を聴きながら本を開いていた。電車に乗る際は文庫本をショルダーバックに忍ばせてくるのだけれど、今日はぼんやりと電車に揺られてゆこうと思って持ってこなかった。手持ち無沙汰になって、電車の中央にぶら下がっている広告をじっくりと読む。
電車に乗る事が滅多にないのでこれも新鮮であるが、座席から見える広告はすぐに読み切った。隣の女性は、静かにゆっくりとページを進めている。どうしても活字が気になる。
横目でちらりと、且つ、ざっと拾ってみる。すると、登場人物は聞き覚えのある人物であり、時代背景もざっくりと理解していたので、興味が湧いた。
女性は膝の上で本のページをめくってゆくのであったが、途中でうとうととして手が止まった。本の内容は伝記であることは確かであるが、本のタイトルが気になる。
なんとかわからないかなと思案を巡らしていると、電車は終着駅に近づいてきた。女性は本を閉じ膝の上にちょこんと乗せてあったカバンにしまった。このままではと焦る。
しかし、見ず知らずの人に、しかもうら若き女性にいきなり本のタイトルを聴くのはナンパのようで気が引ける。しかし、続きが気になる。声をかけたとしても引かれてしまう可能性が高い。
電車が止まりそうになる。ここは勇気をもって聞くべきだと自分に暗示をかけ、隣の女性の肩を指で突く。イヤホンをつけているからこの方法がベストであろうと思ったが、これも大変危険性の高い事に気づく。しかし、女性は丁寧にイヤホンを耳から外すと、こちらを見て、
「どうしましたか? 」
と、爽やかに返事をしてくれた。振り向いた女性の可愛さに少しときめきながらも、勇気を振り絞って、
「突然すいません。今読まれていた本のタイトルを教えていただけませんか? 」
恥ずかしさもあって、ちょっと声が上ずってしまった。嫌がられはしないだろうかと心配したが、女性は笑みを浮かべ、カバンに入れたハードカバーの本を取り出し、ブックカバーを取って見せてくれた。ちらちらと観ていたのが分かっていたのかもしれないなと、安堵したあとにさらに恥ずかしさがこみあげてきた僕は、
「ちょっと読ませていただいて、とても面白そうな本だったからすごく気になって、すいません」
と、言い訳をすると、女性は満面の笑みを見せ、
「すごく面白いですよ」
と、応えてくれた。僕は軽く会釈をし「ありがとう読んでみますね」と返事をした。
二人は席を立つと、別々の扉へ向かい下車した。改札口に向けてプラットホームを歩く人の波に、一瞬彼女の姿を探したけれどもうどこにも見当たらなかった。
しかし、タイトルは覚えた。本屋に入って歩いていると、なんと、そのタイトルの本は文庫本となり平積みになっているのを発見した。
「あった! 」
手に取り、しばらく宝物を見つけたような喜びと幸福感に包まれる。
原田マハさんの「暗幕のゲルニカ」である。
帰りの電車の中で、ページを開く。やはり面白い。時を忘れどんどんページが進むこの感じがとても好き。
こんな禁じ手は行うべきではないが、何処の誰かも分からないおじさんに対して親切に「その宝物」を分けてくださった可愛い女性さん。
本当にありがとう。今、物語の中を歩いていますよ。
電車に乗る事が滅多にないのでこれも新鮮であるが、座席から見える広告はすぐに読み切った。隣の女性は、静かにゆっくりとページを進めている。どうしても活字が気になる。
横目でちらりと、且つ、ざっと拾ってみる。すると、登場人物は聞き覚えのある人物であり、時代背景もざっくりと理解していたので、興味が湧いた。
女性は膝の上で本のページをめくってゆくのであったが、途中でうとうととして手が止まった。本の内容は伝記であることは確かであるが、本のタイトルが気になる。
なんとかわからないかなと思案を巡らしていると、電車は終着駅に近づいてきた。女性は本を閉じ膝の上にちょこんと乗せてあったカバンにしまった。このままではと焦る。
しかし、見ず知らずの人に、しかもうら若き女性にいきなり本のタイトルを聴くのはナンパのようで気が引ける。しかし、続きが気になる。声をかけたとしても引かれてしまう可能性が高い。
電車が止まりそうになる。ここは勇気をもって聞くべきだと自分に暗示をかけ、隣の女性の肩を指で突く。イヤホンをつけているからこの方法がベストであろうと思ったが、これも大変危険性の高い事に気づく。しかし、女性は丁寧にイヤホンを耳から外すと、こちらを見て、
「どうしましたか? 」
と、爽やかに返事をしてくれた。振り向いた女性の可愛さに少しときめきながらも、勇気を振り絞って、
「突然すいません。今読まれていた本のタイトルを教えていただけませんか? 」
恥ずかしさもあって、ちょっと声が上ずってしまった。嫌がられはしないだろうかと心配したが、女性は笑みを浮かべ、カバンに入れたハードカバーの本を取り出し、ブックカバーを取って見せてくれた。ちらちらと観ていたのが分かっていたのかもしれないなと、安堵したあとにさらに恥ずかしさがこみあげてきた僕は、
「ちょっと読ませていただいて、とても面白そうな本だったからすごく気になって、すいません」
と、言い訳をすると、女性は満面の笑みを見せ、
「すごく面白いですよ」
と、応えてくれた。僕は軽く会釈をし「ありがとう読んでみますね」と返事をした。
二人は席を立つと、別々の扉へ向かい下車した。改札口に向けてプラットホームを歩く人の波に、一瞬彼女の姿を探したけれどもうどこにも見当たらなかった。
しかし、タイトルは覚えた。本屋に入って歩いていると、なんと、そのタイトルの本は文庫本となり平積みになっているのを発見した。
「あった! 」
手に取り、しばらく宝物を見つけたような喜びと幸福感に包まれる。
原田マハさんの「暗幕のゲルニカ」である。
帰りの電車の中で、ページを開く。やはり面白い。時を忘れどんどんページが進むこの感じがとても好き。
こんな禁じ手は行うべきではないが、何処の誰かも分からないおじさんに対して親切に「その宝物」を分けてくださった可愛い女性さん。
本当にありがとう。今、物語の中を歩いていますよ。