硝子戸の外へ。

優しい世界になるようにと、のんびり書き綴っています。

「スロー・バラード」

2020-09-30 16:26:52 | 日記
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「けどさぁ、子供が出来たら、おじいちゃんとおばあちゃんが子供の面倒見てくれるやん。あれなくなったら、嫁さん一人で子育てせなあかんくなるやん。それは、だいじょうぶなんかなぁ」

「日本経済がもっと豊かになったら、医療や福祉といった公共サービスも充実してくるから、子育てはそういった機関に頼れるようになるよ。実際、欧米諸国はそうなりつつある」

「そんなもんかぁ、けど、それって、共働きていう前提やろ」

「もちろんそうさ。女性のキャリアアップも、これからの時代だろ」

「けどさぁ、うちの会社、結構大っきいけど、えらいさん男ばかりやし、労働組合のえらいさんも男ばっかりやで。そんなとこに女の人が入ってくってほんまに出来るん? 」

「・・・今は無理だけど、そのうち、できるようになるさ」

 確かにそうなんやろうけど、世の中て、戦争でもおこらんかぎり、いきなり変わらんやろし、子供産めるのは女の人だけやし、いとこのねーちゃんが言うとったけど、子育てて、休みなしやし、それを他人に頼るには、結局、お金がいるという事やし、休みなしにまかせるんやったら、それだけお金がかかるという事になる。
それに、子供を他人に預けて、バリバリ働くより、『お嫁さんになりたい』っていう子には、逆に、生きづらくなるんちゃうかと思たら、なんか、もやっとしたもんが残った。それなら、ようじはどうするか聞いてみたなった。

「ようじはどうするん? 」

「スロー・バラード」

2020-09-29 09:06:35 | 日記
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「なぁ。浩二はさ、田んぼ、継ぐの?」

「そうやなぁ。親が継げって言うてるから継ぐと思うけど、親は嫁が来たら田んぼ手伝わせるとか、家のしきたり守ってもらうとか言うてて、俺一人の問題やったらかまへんけど、街暮らしの女の子が彼女になったら、そんなん、できるやろかて思てる・・・・・・。ようじはどう思う? 」

 すると、そういう事で思てたことがあるんか、すぐに答えを言うた。

「その子次第な所もあるけれど、多分無理だろうな。昔は結婚したら実家に戻ってくることは恥って言われてて、我慢して辛い思いをした人が多いって聞いてるけど、今時、そんな価値観で、若い人縛れると思ってる方が間違い。もし、それでも、浩二の彼女に我慢をさせると言うなら、いくら浩二の事が好きでも、親が二人をダメにすると思う。逆に、気の強い子だったら、浩二の親が我慢を強いられる立場に追いやられるようになると思う。」

「う~ん。それは、あんまりええ事ないということなんかな? 」

「いいことないよ。好きな彼女と結婚したのに、親のいう事を優先するってことは、彼女の事は親の次って事になる。それって、誰のために結婚したのって事になるだろう。それで、彼女は幸せになると思う? 浩二の事を好きになった子を守れるのは浩二だけだぞ。浩二がどうしても家を守りたいって言うなら、それを受け入れてくれる子でないと誰かが不幸になる。凝り固まった考え方をしてる親に、考え方変えろって言うもの無理だろう。だから、親が元気な内は親と離れておくのがお互いの為だと思うよ。」

「スロー・バラード」

2020-09-28 20:58:01 | 日記
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「実はな、あの子、皆でおる時は、キツかったけど、たまたま二人になった時、話したら、普通の女子やったのには驚いたわ。時々、ふふふっ笑ってくれるのを見てたら、告白したら付き合ってくれるんちゃうかと思う位やったで」
「マジで!!  お前っ、そういうことは、早く言わないと! 俺なんか相手にされないと思ってたよ。」
「今となってはお互いさまやな」
「お前、わざとだろ」
「そこまで頭、ようないわ」
「それで、優子ちゃんが、どうしたって? 」
「そうそう、高校中退して、東京へ出たらしい。なんや、下校中にスカウトされて、芸能人になるみたいなことを聞いたで」
「マジで! もっと、話しとけばよかった」
「ほんまやな~」
「いや、俺は東京で出会えるかも」
「そんなん、会っても知らんぷりされてしまうで。それに、芸能人になったら、業界の金持ちが野球選手と付き合うにきまってるやん」
「ボケ! 俺の夢壊すなよ! 」
「悪い悪い。けどさぁ、俺らの小学校の同級生の男子は、なんかしらんけど、結局、中学の時、誰も彼女出来やんだな。」
「それ、言うかぁ~」

田んぼの真ん中にある交差点の信号が赤に変わった。この辺も車が増えて、地元の人の要望で去年ついたって聞いたけど、こんな田舎にいるんかなぁと、思ってた。
ギアをニュートラルにして、信号が変わるのを待つ。カーラジオからは、最近放送し始めた、県初のFM局が、光GENJIのパラダイス銀河を流していた。
その間、ようじは窓の外の田んぼをじっと見ていて、信号が変わると同時に、呟くように言うた。

「スロー・バラード」

2020-09-27 17:11:55 | 日記
                      12

「で、ひさしって、どこの高校入ったっけ? 」
「マキノや」
「たしか、ヤンキーばっかの高校だったっな」
「そうそう、そこでな、ケンカめっちゃ強い奴がおってさぁ。ひさしが、登校初日にイキって、そいつに、ガンつけたやろって、いちゃもんつけたんやって。けど、そいつ、何も言わんと、いきなり、ひさしの顔面に一発パンチいれて、終わったんやって」
「へ~。すごい奴がいたんだな。」
「そらそうやで。相手は、ブラックピエロの隊長やってて、パトカー囲んで、皆で、ひっくり返したっていう伝説を作った男やってさ、そいつ、1年の時に、3年の人に、目ぇつけられて、呼び出されて焼き入れられる所やったんやけど、逆にボコボコにされて、先輩、そいつが族の隊長やってること知らんだらしくて、ブラックピエロの名前だしたら、先輩たちも、もう手が出せられやんようになって、なんでか、その事が先生に洩れて、一発で退学や。そんな奴やで、やくざも早々にスカウトしに来たって聞いたわ」
「こわっ。相手は選ばないとなぁ。」
「ほんまやで。それでさぁ、ひさし、しばらく、そいつのパシリやらされて、そいつが退学する前に、ヤンキーもやめて、転校したって聞いたわ。けど、その話聞いて、なんか胸がスッとしたわ」
「ああ、分かる。それ」
「そういえばさぁ、スカウトと言えばさぁ、中学ん時さぁ、優子ちゃんておったやろ。ヤンキーの。聖子ちゃんカットがすげーかわいかった子」
「おおおっ。優子ちゃん。俺、ひそかに好きだった。」

そう言うと、浩二はにやにやしながら、自慢するように話をつづけた。

「スロー・バラード」

2020-09-26 19:27:47 | 日記
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それと同時に、自転車に乗って校区外にまで行くようになった俺らは、電車やビルがある街へ出てくと、ヤンキーの兄ちゃんに、訳の分からんまま、いちゃもんつけられて、殴りかかられて、その度に必死で逃げていた。そんなことを想い出してたら、ようじが中学の時の、なっともならんヤンキーの名前を出した。

「そういやさ。ひさしって覚えてる ? あいつ、今何してんのかな。」
「俺、あいつのおかげで散々やったわ。」
「あいつ、ほんまに面倒くさかったな。すぐ力で押してくるしな。」
「ほんまやでぇ。俺さ、中三の時にさぁ、ひさしがさぁ、そん時、付き合ってた浜中の女子に、浜中のヤンキーにちょっかい出したで、落とし前つけるっていうて、浜中の奴らとケンカするで、お前もついてこいて言われてさぁ」
「迷惑な話だな。タイマンで済むことなのにな。俺、そん時、学校休んでて、ラッキーだったの覚えてる。」
「お前、ほんまラッキーやったで。チャリで30人くらいで浜中まで行ってさぁ。知らん奴とケンカするのってあほらしいと思とったけれど、断るとあとが面倒やろ。それで、行ったはええけど、パトカーが待ち構えとってさぁ、クモの子を散らすように退散したわ。」
「それで、どうなった? 」
「ケンカに行った全員、親と一緒に体育館に呼ばれて、ポリさんと生活指導の先生に、えらい怒られたわ。それで、内申書に傷がついて、希望の高校あかんだんやわ。」
「けど、お前さ、内申書の前に点数たりなかっただろ。」
「お前なぁ~。それは、言うたらあかん ! 」

俺らは爆笑した。そして、ひさしの話題は高校時代へと伸びた。


「スロー・バラード」

2020-09-25 17:47:54 | 日記
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それがどういう訳か、たまたま久美ちゃんの友達がバスの窓を見てて、次の日、「ふざけやんといて!」って、すごい怒られた。それを境に、久美ちゃんとも気まずくなって、なんとなく話もせんようになってしもた。ほんまに、ほろ苦い青春の思い出や。

「久美ちゃんの友達から、えらい怒られたで。ほんま、おちこんだわ」
「悪かったな。マジだったもんな」
「ほんまやでぇ。俺、ずっと引きずっとるもん」
「あれ、今だから言うけど、あと一押ししたら付き合えてたかも」
「えっ、どういうこと? 」
「久美ちゃん。お前の事、気にしてたよ。これ、久美ちゃんの部活の友達情報」
「なにっ! まじで!! 早よ、言えよ~」
「残念やったな。お前だけ彼女出来るのってあかんと思った」
「お前~。最悪やな~」
「まぁ、もう済んだ事だから諦めろ」
「いやいや。まだ、4年前の出来事やん。チャンスあるんちゃう? 」
「それはないな。なぜなら久美ちゃん。来年結婚するぞ。情報は、町の噂を握っている隣のおばちゃんからだから間違いない」
「あほ~。もうええわ~」
「まぁまぁ、そう落ち込むな。東京で彼女が出来たら、彼女の友達紹介するから待ってろ」
「そんな遠いとこまで、遊びに行けるか! 」

 俺らは、また大笑いした。けど、中学はなかなか大変やった。小さい田舎の町の、小さい時から知っている人しか知らんかった俺らにとって、4つの小学校の生徒が一斉に集まった中学では、人が多すぎて、なかなか、なじめやんだ。
それでも、海沿いの団地に住んでいる子らは、凄く進んどったから、俺らも続けとばかりに、急に、たばこ吸ったり、お酒飲んだり、シンナー吸うたり、香水付けたり、エナメルの細いバンドに入ウエストの太いズボンはいたり、エロ本回し読みしたりした。それは、今までになかった遊びやったから、刺激があって本当に面白かった。

「スロー・バラード」

2020-09-24 20:09:53 | 日記
                       9

目の前に90度に曲がったカーブがせまってくると、ようじは、カーブを指さし、大声で、

「浩二! あのカーブで幻の多角形コーナリングみせてくれ !」て、言うた。

「あほかっ! そんなことしたら、車、壊れるわ。」

そうは言うても、腕の見せ所や。峠で鍛えたブレーキングと、ヒールアンドトゥで、ギアを落とすと、2T-Gがグワンと音を立て、KYBのスポーツサスとピレリ―の60タイヤを履かせたカローラは、レールの上を走る様に向きを変えた。いつもおもうけど、この瞬間がすごく気持ちええ。

「おおおっ。すごいな。さすがサーキットの犬。」
「あほっ。誰が犬や」

ようじは、ほんまにおもろい。東京に行ってしまうのがつくづく残念やと思う。

カーブを曲がり、橋を渡って、田んぼの真ん中の道をちょっと進むと、隣の小学校区へ入った。
すると、ようじが変な事を言い出した。

「浩二。あの青い屋根の家。誰の家か覚えてる? 」

青い屋根の家。それは俺の初恋の女子、久美ちゃんの家。こいつ、失恋したのを覚えててて、その話をぶり返すんやなと思た。

「お前、嫌な奴やな」

ようじは大声で笑った。やっぱりなと思た。

「すまん。あれは俺たちが悪かった。」

あれは、中三の時やった。俺と、ようじと、カズキと、マサヒロで、バスに乗って街の模型店へ行った時、バスの中で、「あっちむいてほい」で負けた奴が、好きな女子は誰かって、言わなあかんようになって、負けてしもた俺は、真剣に「久美ちゃん」と言った。そしたら、皆が冷やかし始めて、しまいには、朝からずっと雨降りで、曇ってた後ろの窓に、ようじとカズキが、ふざけて、アイアイ傘を書いて、俺と久美ちゃんの名前を書いた。

「スロー・バラード」

2020-09-23 19:56:18 | 日記
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「じつはな、あきよちゃんの話しはまだあるんやけど、聞きたい? 」
「うわっ、なにっ。話す気満々! 」
「・・・別にええんやで、話さんでも」
「すまん。俺が悪かった」
「まぁ、許したるわ。でな、あきよちゃんなんやけどな、俺らが高1の時に、霞市で、小学生の子が行方不明になった事件あったやろ」
「3年位前の事件だろ。あの時、びっくりするくらい警察いたし、新聞もテレビのニュースもその事件をずっと取り上げてたからな。たしか、あれって、まだ、未解決だったな。それと、あきよちゃんと、どういう関係が? 」
「そこや」
「そこて? 」
「あきよちゃんな、高校3年生の時、部活の練習試合で、事件があった場所の近くの高校へ行ったんやって。そんでな、その帰りのバスん中で、池のある公園の横を通った時にな、『あの森の向こうに、あの女の子がおる。早よ見つけてて、言うてるよ』って言うたんやって」
「・・・・・・。いやっ、ちょっと待ってくれ。その話しは大丈夫なのか? 」
「まぁ、最後まで聞けよ。それでな、それを聞いた、部活の子達もさすがにびっくりして、あきよちゃんの力、知ってる子と、次の日の放課後、警察に行って、その事を言うたんやって」
「そっ、それで」
「けど、誰も信じてくれやんだんやって」
「それでおしまい ? 」
「そやで。どうなんそれって、思うやろ。けど、科学的やないし、根拠もないから、それで終いや」
「・・・・・・なんか、ヘビーだな。」

そう言って、ようじは難しそうな顔をした。まぁ、俺もこの話を聞いた時、ちょっとビビったけど。

「スロー・バラード」

2020-09-22 17:01:05 | 日記
                       7

 それで、あきよちゃん、どうするんかなぁて、見てたら、ちょっとびっくりしたんやけど、友達のときこちゃんに誘われて、すごい楽しそうに俺らに両手を振って川向こうのお墓まで歩いて行った。
あきよちゃんの噂知ってる子らの中には心配してる子もいたんやけど、テレビでやってた事がほんまに起こるやろかと思てる子の方が多くて、皆ドキドキしながら二人の帰りを待ってたら、肝試しから帰ってきた二人はなんか様子が変やって、それでも、誰かが、いつものように冗談で「どうやった! 」って聞いたら、あきよちゃん、真面目な顔して、

「あかん。あそこに近寄ったら。あれは、危ない。ほんまに、もう行ったらあかん」

と、言うた。それを聞いた俺らは、怖なって、誰からともなく「もうやめよ」となって、その場で解散になった。最後に、あきよちゃんが、皆に、「家に着いたら、塩を体に振って清めてもらってな」て言うから、ますます怖なって、その日の夜はなかなか寝れやんくて、外にある汲み取りのトイレに行くのが怖かったっていうのは今でも強烈に残ってる。

「そんなことあったんやな。俺、その年、母さんの実家へ遊びにいってたからなぁ」
「おおっ、そうそう、ようじ、あの時、おらんだな。その年から、肝試しなくなったんやで」
「そうだったのか。けど、あきよちゃんて可愛いかったけど不思議な子やったな」
「そうやなぁ・・・・・・。そうそう、さらに不思議やったんは、あの後さ、あきよちゃんにさ、誰も、あの肝試しの日に何があったかって、聞こうせえへんだ事やな。ときこちゃんだけが知ってるはずなんやけど、ときこちゃんにも誰も聞かんだな」
「なるほどな。でも、何でだったのかな。小学生の頃って、お化けとか霊とか、めっちゃ興味あったのにな」

すると、浩二は声のトーンを下げて、俺の興味を引いた。


「スロー・バラード」

2020-09-21 19:47:12 | 日記
                      

「そういやぁさ。また、突然なんやけどさ」
「ん? 」
「夏の夜で思い出したんやけど、ようじさぁ、祇園さんの肝試しって、おぼえとる? 」
「ああっ。たしか、川向こうのお墓まで行って帰ってくるやつじゃなかったっけ」
「そうそう、毎年、4年生以上が参加できるってルールでさ。」
「俺、一回、行ったかな。夜道歩くだけだけど、面白かったような気がする」
「あれっ。ようじ、しらんだっけ? 」
「えっ。なにを? 」
「そうかぁ。知らんかぁ。まぁ知らん方がええのかもしれんけどな」
「そんなこと言われたら、気になる。で、なにがあったの? 」
「実はな・・・・・・」

 毎年恒例の肝試しは、線香花火の燃えカスでくじ作って、二人で、川向こうのお墓の前のお地蔵さんに手を合わせて帰ってくるっていう、簡単なものやった。けど、田舎やで、街灯あらへんし、しかも、川沿いの道やったから真っ暗でふつうに怖かった。
単2電池2本の懐中電灯だけがたよりで、行って、帰ってくるだけなんやけど、戻ってきたペアに、「どうやった! 」と聞いて、「怖かったわ! 」とか、冗談で「火の玉見たわ」とか「墓石が光ったわ」とか言って、次の組の人をビビらせて、面白がってた。

けど、6年生の時の肝試しを境に、やらんくなったきっかけは、それまで、祇園さんに来たことがなかった同級生のあきよちゃんが来ていた事やった。

 あきよちゃんは少し変わった子で、女子の間の噂では、小さい時から、俺らには見えやんものが見えるらしいて言われていた。けど、それはあくまでもうわさで、ホンマかどうかは分からんから、もし、あきよちゃんが『ほんまもん』なら、「木曜スペシャル」の、霊とかの特集でやってたことが本当に起こるんと違うやろかと思て、俺は、ひそかに「あきよちゃん肝試しに参加せんかなぁ」と思てた。

「スロー・バラード」

2020-09-20 19:55:13 | 日記
                      5

「夜なら、ばれへんからって言うてたけど、結局、ばれてしもたんやったな」
「まぁ、ルールを守らない俺らが悪いから仕方がないよ。けど、夜のプールで泳ぎ出したのは誰なんだろう?」
「2個上のひろき君や」
「ああっ、ひろき君」
「けどさぁ、ひろき君さ、ばれへんのをええ事に、調子に乗って、飛び込み始めたんやって。あれって大きい音するやん。『ザッボーン!』 て。周り田んぼやし、あの頃ってクーラー付けとる家って、まだなかったやろ。どこの家も網戸やったで音が聞こえたらして、どっかの人が電話したらしいわ。それで、先生が代わりばんこで夜回りするようになったんやって」
「まじでかぁ、けど、ひろき君。どうして飛び込みだしたんだろう」
「それなっ、後で聞いた話なんやけど、なんか、ふるちんで飛び込んだら気持ちよかったんやって! 」

それを聞いたようじは思いっきり笑った。

「そうかぁ。笑えるなぁ。けどさ、夜のプールは、俺たちで終わっておいてよかったと思うよ」
「そやな。けどさぁ、あんなに念入りに懐中電灯照らされへんだら、ばれへんだかも」
「まぁな。だから、あの時は潜れば、切り抜けれるって誰もが考えたんだろうな。今思えば、あほやけど」
「そうそう。それで、次の日、校長先生のとこへ謝りに行ってなぁ」
「そうそう。校長先生に『また、お前らか、中学になってもあかんやつやな』て、怒られたっけ」
「そうそう。なんか、中学生やのに小学校の先生に怒られてさぁ。なんか気まずなって、すぐ解散したもんな」
「よくおぼえてるなぁ。でも、あの頃の夏の夜って、そんなことくらいしか楽しみなかったしな」
「そやったなぁ・・・・・・。けど、それでも十分楽しかったわ」
「たしかに、退屈はしてなかったな」

俺ら二人は、小学生の時、悪戯ばっかりしてて、何回も校長先生に怒られた。
けど、そん時は、悪気もなかったし、自分らが面白いと思う事をやってただけで、周りに迷惑をかけてる自覚がなかっただけなんやけど、今思うと、ほんま、先生に悪いことしたと思う。

「スロー・バラード」

2020-09-19 16:35:37 | 日記
                      4

 夏休みの間だけ、ここの卒業生で、中二までやったら、担任の先生に話しとけば、プールに行ける事は出来たんやけど、中学生になっても小学校のプールに行くのはカッコ悪いと思て、誰も言わんだ。けど、ほんまはプールで泳ぎたいと思てて、その時にちょうど、夜のプールで泳いでるという先輩の話を聞いてきたイトウが、「そやで大丈夫なんとちゃう?」て言うたもんやから、その場にいた俺と、よーじと、イトウ、マサカズ、キヨヒコは、その夜に、海パンを履いてプール前に集まった。

「ほんなら、行こか。」

暗闇の中で、誰かが言うと、俺らは一斉に緑のフェンスによじ登り、プールサイドへ降りると、Tシャツを脱いで、静かにプールへ入った。

「これ、気持ちええなぁ」
「ほんまや」

 はしゃぎは出来へんけど、自由に泳げたし、仰向きに浮かぶと、星が一杯見えて、潜ると暗い水の中で月の光がゆらゆら揺らいで見えた。これまで、日中のプールしか知らんかったから、夜のプールもなかなかええなと思った。
けど、30分もしたら身体が冷えてきて、「あかん。もう寒いで上がろに」て、誰かが言うと、みんな一斉に上がって、日中に焼けついた暖かいタイルの上に寝転がって、中学の女子の話や、将来の話をした。
そんな夜が、何回か続いたんやけど、それが、ある日、あかんようになった。
その日も、いつものように、静かに泳いでたら、プールの前に車が止まって、懐中電灯を持った人が下りてくると、こっちを照らした。

「やばい。みんな潜れ! 」

その声と同時にみんな焦って潜ったけど、懐中電灯の光が近づいてくると、潜っている僕らを照らして、先生らしき人が、

「こらぁ!! お前ら、なにやっとるんや! プールからはよ出よ! 」

て、えらい剣幕で怒鳴った。俺らは、もうあかんと観念して、ゆっくり顔をあげて、皆で顔を見合わせると、誰からともなく「すんません」と言って、うなだれながらプールから上がった。
そこで、散々説教をされてから、「お前ら、ここの卒業生やろ。明日の朝、校長室に来い。」て、言われて、やっぱりあかんことしたらばれるんやなて思た。

「スロー・バラード」

2020-09-18 20:36:45 | 日記
                       3

川沿いの県道に出る。この道も、確か俺が3歳くらいまで、土の道で、ガタガタやったけど、その頃からあった桜並木は今年も満開になってた。ちょっと肌寒いけど、ええ天気や。
俺は、ギアを素早くシフトアップしながら一気に加速させた。最初からついてた大型マフラーと、変えたばかりの、エアフィルターと大型キャブレターが空気を吸う音は、ほんまにしびれる。ようじもクルマが好きな時があったからそれが伝わってた。

「レーシングカーみたいな音するね。峠とか走りに行ってる? 」
「まあな。峠はなかなか面白いで。最近はジムカーナも始めた。」
「おーっ。車好きは健在みたいだな。なんだったっけ、あの漫画」
「サーキットの狼や」
「あーそうそう。「将来、早瀬左近になる」って宣言してたな。それで、早瀬左近と同じのポルシェカレラ買ったん? 」
「・・・お前、いやみやろ」
「あ、違った。カローラ・・・・・・。」
「それ、完全に嫌味やな」
「嘘。怒んなよ。けど、テクニックは早瀬左近なみだろ? ちょっと、この先の急カーブで多角形コーナリングしてみて」
「あほかっ。それは風吹裕也の技や! てか、あんなことできるかい! 」
心地ええボケと突っ込み。ようじはほんまに面白い奴やと思た。

田んぼと山ばっかりの景色の左側の奥の方に俺らの通た小学校が見える。その校舎の横には、緑色のフェンスに囲まれたプールがあって、そのプールで最後に泳いだんは、中学1年の夏休みやった。

「なぁ。覚えとる? 中1の夏休みにやらかした、プール事件」
「ああっ、覚えてるよ。あほだったけど、面白かったな」

ようじの言う「あほだったけど」は、今になってやっと「その通りやな」と思えた。
単純やった俺らは、クーラーもまだ珍しい物で、夜になっても暑かった中一の夏休みに、誰かが、「夜に小学校のプールに泳ぎにいかへんか」と言うたのが事件のきっかけやった。

「スロー・バラード」

2020-09-17 17:29:19 | 小説
                      2

「急に頼んで悪いな」
「きにすんな。なんや、荷物はそれだけか? 」
「そう。これだけ」
「嘘やろ! それに、今時、マジソン・スクエアガーデンて! 」

思わず、ツッこんだけど、色あせて変色したスポーツバッグが、よお似合っとった。

「モノもちがいいと言ってくれ」
「なんか、ちょっとダサない? 」
「そう言う浩二がダサい。今は、これがナウい。」

そう言って、ようじは笑っていた。

「大学受かったんやってな。おめでとう。みんな無理やろって言うてたで。」
「予想を覆す。それが、俺。」
「いやぁ~。かっこええなぁ。なんやろな、その自信。『トップガン』のトム・クルーズみたいやな。」
「お前、それ、嫌みか。」
「あほやなぁ、ほんまの事やん。けど、ほんまに駅まででええん?なんなら、新幹線乗り場まで高速飛ばしてくで。」
「ありがとう。けど、駅まででいいよ。電車の方がカローラより早いし。」
「・・・・・・・降りてくれるか? 」
「嘘。浩二のカローラは最高」
「わかってくれとったらええ」

一年ぶりくらいの再会やったけど、冗談を言い合うと、すぐにあの頃に戻った。俺は、ギアを一速に入れ、クラッチをつなぎ、また、家と家の間を車がぎりぎり通れる幅の道をゆっくり走り出した。
 いつも思うけど、もうちょっと道を広げてくれたら皆が助かるのに、この辺の人はブロック塀の方が大事やで、何ともならんのやろな。

「寒かったら、窓閉めてくれよ。」
「おおっ。あれっ、パワーウインドない。」
「うるさいわ。そんなもんいらん。腕の力で回すんや。」

最近の車はパワーウインドが標準装備されてて、この手回しで窓を開け閉めするって言うのも、いつか、懐かしいなって思える時が来るのかもしれん。

短編「スロー・バラード」

2020-09-16 17:22:48 | 小説
俺はこの町がわりと好きや。けど、同級生はあんまり好きやないらしい。

 確かにつまらん田舎町やけど、ばぁちゃんの話では、大昔は、コメ作りで栄えてて、古い街道が町の真ん中を通ってるから、大名行列が通ったとか、人や牛車がいっぱい通ってて、にぎやかやったって言うてる。
 その名残やったのかもしれんけど、小学生の頃までは、医者も交番も床屋も酒屋も魚屋も駄菓子屋もあって、この街ですべての事が済んでた。けど、最近は、新しい国道ができて、クルマも人も通らんようになって、交番もなくなって、お店も商売が難しなってきて、開いてる店は一軒だけになってしもた。その代わり町は静かなった。
それを、近所のおじさんおばさん達は喜んでるけど、同級生は、不便やとか、退屈やとか、いつかは出てくて言うてて、具合悪いことなってる。
俺は、よそのことは分からんし、車があるから不便はないし、長男やで、出てこと思たことはない。街というとこは、たまに遊びに行く位がちょうどええし、この町で面倒やなと思うのは、道幅が狭すぎるという事位や。


 愛車をこすらんように、なんとか、ブロック塀や牧垣に囲まれた道の曲がり角を曲がると、コールタールが塗られた壁の木造平屋の横に農舎がある家が見えた。その家の前で車を止めてクラクションを鳴らすと、友達のようじはガラガラと硝子戸を開けて、爽やかに手を挙げながら出てきた。
短髪の髪に、フライトジャンパー、白いTシャツにストーンウォッシュのジーンズ、靴はコンバースのオールスター。手にはスポーツバックが一つ。なんか、去年観た「トップ・ガン」のトム・クルーズみたいで、ちょっと笑ろた。

「久しぶり。無理言ってごめんな」
「おおっ、ひさしぶりやな。まぁ、乗れよ」

 ようじは、小学一年生の時、関東の方から引っ越してきた。俺らにとって標準語聞くのは新鮮で、最初は変な感じやったけど、一学年、一クラスしかない町やから、2年になった頃には、ようじも少しずつこっちの方言が出来るようになって、それをええ感じで使うから、面白いなってなって、いつの間にか友達になってた。
中学まではよう遊んだけど、高校は別々で、お互いに部活やら高校の友達との付き合いが増えて、あまり会わんようになって、高校を卒業してからは、ようじは予備校、俺は会社の人との付き合いが増えて、会わんようになってしもた。

 そやけど、昨日の晩、久しぶりにようじから、「東京へ引っ越すことになった。もし、明日暇だったら駅まで送ってもらえるかな ?」って電話がかかってきた。俺は、なんかうれしなって、直ぐに「ええよ。で、何時頃がええん? 」と、引き受けた。

 ようじは、小学校の時から勉強出来たけど、東京の大学は難しいやろと誰もが思てた。でも、さすがは、ようじ。一年浪人して、合格した。
俺らの同級生の中で、進学したのは、親が学校の先生の子や、医者の子だけで、後は、地元の会社や隣の町の会社へ就職してた。それは、皆、親が農業やってるから手伝わなあかんようになってたからやけど、多分、本音は、今は仕方がないと思てる人の方が多いんやと思う。だから、ようじとつねあきは自分の力で未来をこじ開けてかっこええなと思った。

 変なもんやけど、町の噂て言うのは、農業手伝えて言うてるわりに、ちょっとええ大学に入ると、あそこの息子さんは勉強がよう出来る子やとええ噂になった。反対に、勉強できへんのに、出てゆくと、あそこの息子はあかんと酷いうわさをされる。ようじの事も、浪人を決めた時、あそこの息子さん浪人やてって、ひそひそ言うてた。そんな親たちの話を聞くと、ホンマあほらしなる。

「すまんな。」

そんな噂も跳ね返したようじは、照れくさそうにそう言うと、カローラクーペの助手席側ドアを開けて、くたびれたシートにドスンと座った。