硝子戸の外へ。

善いことも悪い事もわけ隔てずよく見聞きし、考え、足らない事を知り、恥をかきつつのんびりと独り言をつぶやいてます。

証人喚問。

2017-03-23 21:11:17 | 日記
今日行われた籠池さんの証人喚問のニュースを観て驚いています。

質疑応答という形をとっているけれど、結局、「誰が嘘をついているか」に尽きてしまう。

もっともらしい事をおっしゃっているけれど、嘘つきな人がいるという事でしょう。

この事は、入学予定だった子供たちの記憶に深く、且つ鮮明に残るでしょう。

嘘をついた、ズルをした大人たちの為に、振り回されたことを。

精神的成長とはなんと困難である事だろうか。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

施設内での高齢者虐待問題を考える。

2017-03-22 20:38:40 | 日記
介護施設の職員による高齢者への虐待が過去最多という記事を読んで個人的な意見を一石。

そもそも高齢者介護という仕事は、身内が引き受けていた仕事でした。それを社会保障という形にして社会が引き受ける事で、新たな雇用を生み出し、女性の社会進出を促すことになりましたが、もともとが家事であったので、基本、医療行為を除く直接身体に関わる事や、生活に関わる事に関しての特殊な技能や知識は必要ありませんでした。しかし、それでは職業として成り立ちにくいので、国家資格として、介護福祉士を導入する事になりましたが、公的な効力を有していない空虚な資格でしかありませんでした。

虐待を無くすことは、個人の考え方による所が大きく、内戦やテロやいじめをなくす事と同じ構造を持っているので、学術以前の問題であり、無くすためには、他者を無条件に受容しなければなりませんが、それには精神的成長が必要であり、それは個人の気持ちに根差しているものなので、嫉妬や執着、虚栄心の強い人が多ければ多いほど、虐待を無くすことは出来ません。
それがどれほど困難であるか。現在、地球上で起こっている内戦やテロ、社会的格差の問題を見れば大変困難な問題であることが分かります。

社会制度の中なのだから、法的に抑制すればなくなるのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、それならば、介護という仕事に従事する者すべてが公的に設けられた知識や技能に留意し、自身の血肉にして行けることをを前提にしなければなりません。また、雇用側もしっかりした対価を得るためのハードルを設けて、他者を愛する事の出来る人達ばかりを雇用できればよいけれども、それでは、雇用を減少させることになり、皮肉なことに、政府が掲げた介護離職0とう目標に対して逆行させる事になります。

虐待問題を減少させるには、政府は資本の大きな所ばかりに対価が流れないような法改正をし、事業主は、利益の公平分配を心掛け、高齢者から何かを学びたい、社会的弱者に手を差し伸べる事を苦としない人、弱者が連帯し共存してゆく為に力を合わせられる人のみを意図的に雇用できる構造にしないと効果的な歯止めはかけられないと思うのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

話題のニュース。

2017-03-20 18:17:33 | 日記
森友学園と豊洲移転問題のニュースで気になった事柄から少し妄想してみました。

連日のニュースを観ていて、責任の所在を明らかにしようとしている人達の論調から安倍首相を辞任に追い込みたいという気持ちがとても伝わっていますが、政権奪還や個人的な正義感がその原動力になっていると考えると、誰のためになっているのかが分かりづらくなる気がします。
また、アメリカという国と連携してゆかなければならない現状から察すると、安倍首相を辞任させることに成功したとしても、トランプ大統領との関係を今以上に維持できる逸材はいるのでしょうか。次の首相選を狙えるように法的整備を行ったのだから、足をすくわれる前に諸問題は早急に片付けたいという心情は、南スーダンで行われていた自衛隊のPKO活動からの撤収に表れていると思いますが、この場合、誰が総理になっても誰が防衛大臣になっても、同じような追及がなされ、同じような答え方しかできないのは想像がつきます。
それでも、責任を追及し辞任に追い込むことを是とする考え方は上手く呑み込めません。
もし強引に辞任に追い込みたいのであれば、政権を奪還したいのであれば、順番として、まずトランプさんを辞任させなければ、財界が納得しないと思います。
そう考えると、アメリカの民主党と民進党は水面下で現大統領と現首相を辞任させようという共同戦線が水面下で張られているから、責任の追及を行っているのではないかと邪推してしまうのです。
でも、歴史的に見て、主なる人物を暗殺、失脚させ、その後、国は良くなっていったかを考えると、少し憂鬱な気持になるのです。

そして豊洲移転問題ですが、浜渦元副知事さんが、質疑に対し「東京ガスとの交渉をまとめてくれたと称賛された」と発言されていて、少し思ったのです。
新聞記事から読み取ると、飛んではみたものの、上手く着地できそうにない交渉を軟着陸させた浜渦さんの手腕を考えると、到底凡人には出来ない事であるから称賛するけれども、発言から察すると、称賛した人物が、移転する事により大きな益を得た人物なのだと思う。
しかし、それはどれだけ追及しても明らかにならない事であり、決して触れる事の出来ない事であるから、やはり、「小田原評定」と化し、時間の経過とともにうやむやになってしまうのだと思うのです。

そして、この問題が表面化したのは、誰かの手によって辞任に追い込まれた人々が意図して託した未来の結果なのかもしれません。

白か黒か。時に人はその色をはっきりさせる為に莫大なエネルギーを注ぐけれども、大きな力の前では、はっきりさせることは出来ないというのも、歴史が物語っているのではないかと思うのですが、それでも、私達は生きてゆかねばならないのは確かな事なのです。

政治を司る人達へ。僕たちの言葉は届いていますか?
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

分配。

2017-03-09 20:51:08 | 日記
最近、ヤマト運輸の残業代未払いと労働条件を見直しと再配達の有料化を検討するというニュースが流れていた。

最初はぼんやりと聞き流していたのですが、場面が変わり、再配達の有料化について若い女性が強く反対していた所で、はたと目が覚めた。

なかなか厳しいユーザーの意見ではありましたが、サービスを満たすにはユーザーの意見を酌まなければ企業として成り立たないのも事実です。

しかし、このまま要求ばかりしていてもいいものだろうかと少し考えてみたのです。

受取人が指定した時間に指定した配達先にいて受け取れば損失は出ませんが、再配達となれば、2度手間になり、一回目の配達の労働は損失となります。

再配達を行うことは、企業としてはサービスであったかもしれませんが、「損失」ですので「時間外労働」になり、残業が付いたとしても、配達員の個人負担には変わりありません。

過酷な競争社会で、人手不足に陥っていても、ネットユーザーは増え続けているのですから、マンパワーに頼らざるを得ないサービスは限界点に到達してしまいます。

もし、両者の幸福度を維持しようとするならば、受取人は指定した時間と場所を厳守するか、二度手間を取らせたのは受取人であるのだから、有料で再配達をしてもらうという考え方は、サービスを受け続けてゆきたいという欲求を持続する為には最も適した方法ではないかと思う。

私だけが得をしたい。という不寛容な考え方が蔓延すれば、サービスを支える人たちもその考え方に追随し、いずれいなくなってしまうのではと思うのです。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

作家さんだから。

2017-03-04 20:38:14 | 日記
昨晩のニュースで石原さんの会見を観ていた。内容はぼんやりしたものだったけれども、席を立ち去る時に報道陣に向け「どうもありがとう。皆さんも割り切れないでしょうが・・・」と呟いたことに、作家さんであることを感じた。

それは、作家さんなのだから、自身が発信する言葉に対して、読む人や観る人受信できるように言葉を配慮する事が出来るのだから、自身の答弁が、聞いている側に理解されない事を十分に理解したうえで、意図を以て去り際に呟かれたのだろうと思うと共に、作家さんであるから、この後、事態は小田原評定と化してしまうだろうというメッセージも込められたのではないかという気がしてなりません。

また、昨日の朝、職場のテレビで、小池百合子さんが有働さんや井ノ原さんとお話している姿を観て、この日に朝の番組に出られるという事は、NHKさんは小池さんをバックアップしてゆく方に舵を切ったんだなあと感じた。それは、遠回しに現在の与党で権力を持つ人も小池さん寄りに回ったほうが後々利がよいと考えたからだろうと考えられます。

そして、大きな公共事業であるから、大きなお金が動いていて、その大半の利益を享受した人は、けっして表には出てこないはずだから、表に出られる小さな利益を受け取った人に責任を転嫁して幕引きになるのではないかと思うのですが、それは結局、「皆さんも割り切れないでしょうが・・・・・・」で落ち着くという事になってしまいます。

なんだかなぁ。






コメント
この記事をはてなブックマークに追加

愛国心とは。

2017-03-02 21:47:21 | 日記
偏った教育方針や学園建設の用地問題がニュースや国会を賑わしている。ある議員さんは「アッキード事件」と揶揄していたけれども、それは、「あなたはもう終わりですよ」というメタメッセージを首相に送っているようなものであるから、言葉に対して鋭敏であったなら大変不快に感じたでしょう。
しかしです。他にもっと議論せねばならない事案は多くあるはずなのに、なんでこうなるのかなと思わずため息。

さて、今日思ったのは、国会での議論ではなく、偏った教育方針の方です。

教育勅語や特定の政党を支持する発言を運動会で暗唱する児童の姿を観て「これぞまさしく日本人の日本人による日本人の為の愛国心だ」と感激する人がいるかもしれない。

でも、愛国心と言うのは、天皇皇后両陛下が行っておられるように、困っている人の声に耳を傾けたり、手を差し伸べたり、人の為に命を落とした魂を鎮魂する為に祈る事が、愛国心なのではないでしょうか。

国土や政府を護る事は大切です。でも、国は豊かな土地の上に人が住まない限り国として成り立たちません。たしかに、隣人を愛する。忖度する。困難を極める事だと思います。それでも、天皇皇后両陛下は投げ出しませんでした。それは税金で生活している義務感があるからだと考える人もいるでしょう。

それなら、もっと権力に物を言わせて、独裁者の如く、周りの人達を振り回しているはずです。

それをなさらなかったのは、国を愛していらっしゃるからであるからであり、それが、愛国心の本質ではないかと思うのです。

う~ん。考え方が偏っているかなぁ・・・・・・・。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加