逝きし世の面影

政治、経済、社会、宗教などを脈絡無く語る

モニタリングポストの高所設置(線量を低く操作する文科省)

2011年05月26日 | 放射能と情報操作

『百葉箱と気象庁とモニタリングポスト』

気象庁発表の温度や湿度は、世界共通の環境で計られることが原則であり、測量場所はコンクリートで無く芝生など露地上の(世界気象機関の規則では地上1.25~2.0mの高さ)地上高1・5メートルで測定することになっている。
観測地点が別々の条件で計られたのでは測定値が比較検討出来ないので、観測条件の一致はこれ等の測定の鉄則であり、条件が違いすぎる高いビルの屋上で計るのは正確な測定値とはいえない。
測定地点の設定条件を無視して、他と『測定値』を比べるなど不正確すぎて話にもなりません。
科学的に見て不真面目で不正確。邪道である。
ところが我が日本国では、その邪道が『放射能』では許されているらしい。
全国のモニタリングポストの公表されている結果だが、人体の身長である1メートル(子供)から2メートル以内(大人)で計測していないので、信用出来ない不真面目な値である。
茨城県水戸市約2.7mが一番低いが、設置されているのは土壌汚染が無いコンクリートの上であり、これでは気象庁の温度の測定方法とは大違いで放射線量の測定値は必ず低くなる。 
次に低い観測地点は千葉県市原市であるが地上からは約6~7mと、ほぼ電柱のテッペンの高さ。
その他はもっと高くて大概が埼玉県さいたま市、東京都新宿が18m、群馬県前橋市、栃木県宇都宮市で20m、神奈川横浜市は23mもの高さであり、これでは通常の6~8階立てビルの屋上と同じである。
何とかして『出来る限り低く』放射線量の数値が出るようにとの関係者の涙ぐましい苦心の跡が偲ばれるが、科学的調査などとは無縁の『原発安全神話』の変形の単なる悪質な印象操作以外の何ものでもない。

『測定高さが違う=値が違う』放射線量測定法

毎日毎日メディアには『何県何市、○○マイクロ・シーベルト毎時』などと各地の放射線量の測定地点と放射線量が記入されている。
文部科学省からの委託で自治体が行っている放射線量の測定結果だが、何と文部科学省によると測定値とは特定地点限定であり、『同一地点での日々の変化をみるもの。』であるとしている。
間違っても、我々一般市民の常識である温度や湿度などの気象庁のデーターのような種類の、『他の地区と数値を比較するもの。』では全く無いのである。
何ともはや、言葉を失う。
呆れ果てた不真面目な態度であり、『これが日本国の文科省の実体なのか』と思うと、真底情けない話である。
文部科学省のするべき本来の『仕事』とは何か。
普通に考えれば文科省は未成年の子供達を相手にしているのですよ。
文科省には、『子供達を如何にして放射能汚染物質から守るか』との視点が欠落しているのではないのか。
日本国の文科省大臣や官僚たちが、『我々大人には自分で自分を守れない子供たちの命と健康を守る責任が有る。』との発想からなら、同じ放射性量の測定値でも、人体への影響では、1mの高さ、児童では0.5mの高さ、地面では0.01mでの測定方法が優れている。
福島県の福島市や郡山市などの校庭の放射線量の測定では、地面0.01mの地点での測定値は1mの高さと比べ、3~7倍の驚くべき測定数値であった。
この放射線量の測定結果から子供達を守る為に郡山市当局は自主的に、市独自の判断で5~10cmの表面土砂の撤去を行っているのです。

『大地震大津波でも死者ゼロ』

3・11大震災当日の悲惨極まる惨状の中でも一つの素晴らしい出来事が起きていた。
歴史的な大津波で被災した500弱の保育園で、園児の犠牲者は一人も出ず全員が安全な場所に退避して無事だったのです。
2万4千人が死んだ大災害の真っ只中での、この宮城岩手福島三県での保育園児の死者ゼロの快挙の原因ですが、保母さんなど保育園関係者が、『自分では逃げれない』(自分の身を守れない)幼い園児の命を守る責任は全面的に『大人である自分達に有るのだ』との考えが徹底していたかららしい。
日頃からの保育園関係者の『心構え』が、今回の大災害時に大きくものをいった。
これは普通の震災被害者とか貧困問題、果ては人質事件でもマスコミなどで良く語られる『自己責任論』とは対極に有る思考方法です。
考えさせられますね。
20キロ圏の強制避難区域以外で、チェルノブイリなら強制避難地域以上の放射能汚染地域に暮らす7万人に対する今までの(自己責任による)自主的避難とはエライ違いです。
目に見えず匂いも無いので普通の方法では感知できない『放射能汚染の被害』では、我々一般市民と政府、安全院、東電、原発企業、原子力学会などでは保母と園児に近い『力』の差が有る。
自己責任論の正反対の『一般市民の命を守る全責任は自分達に有る』との考えで、日本政府は対処して欲しいものですが、困ったことに如何も今はその様には見えないですね。
前もって『危険性を知らせる』どころか、その反対の何とかして『放射能は安全である』と市民に信じ込ませようとしているだけである。
ところが政府やマスコミが主張する様に本当に『放射能は安全である』なら、実際に福島第一原発20キロ圏で行われた出来事(強制避難や立ち入りの禁止、防護服とマスク)とは辻褄が合わない。
ほとんど同じ放射線量の数値であるのに、20キロ件圏の内側(放射能は危険)と外側(放射能は安全)では政府の発表や方針は大きく違いすぎて正反対に見える。
20キロの『内』と『外』、政府の方針や態度がダブルスタンダードで、この二つにはまったく整合性が無いのです。
ですから、必ず何れか一方が全くのデマか悪質な印象操作であると断定出来るが、果たして、何れで有るのか。

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12 コメント

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Unknown (ttt)
2011-05-26 11:43:28
こんにちは。

この問題は本当に深刻ですね。
文科省をはじめ、政府は保証、補償を少しでも安くすることだけを考えてこのようなことをしているのですが、極めて視野の狭い思慮の浅いやり方です。

「国が発表する放射線量が信用できない」ということは「国が信用できない」ということと同じです。
子供は敏感に感じ取ります。
国は、テレビは、大人は、ウソをつくのだと。
これではこの先、国のために税金を納めようという気には決してなりません。
年金・医療保険なども同じです。
今、政府がやっていることは国家と国民が離婚する道を進んでいると思います。

戦後、金儲けだけを唯一の目的として生きてきた国家の矛盾がここに結集していると感じます。
返信する
東電が破綻すると…神話 (黒マグロ)
2011-05-26 15:03:40
政府が指名した原子力損害賠償紛争審査会のメンバーには、田中俊一 前原子力委員会委員長代理、山下俊一 長崎大学教授、米倉義晴 放射線医学総合研究所所長や 鎌田薫早大総長、大塚直早大法務研究科
高橋滋、一橋大学法学教授、
中島肇桐蔭横浜大学法科大学院
野村豊弘学習院大学法学部教授、
能見善久学習院大学法務研究科教授
ほか経済産業省に近い法律家が並んでいるとされています。東電の株、社債に公務員共済が多額の資金を突っ込んでいるから、破綻処理をしないのだ、という噂も有るようです。経済産業省の現役官僚 古賀茂明氏の東電処理案、いわゆる古賀ペーパーは発送分離、地域独占の廃止、東電の経営責任を問う内容で、高く評価されていました。しかし、政府は経済に与える影響を勘案するとかで、税金と電気代を上げて、賄うような東電救済策を出しています。被害者が切り捨てられるシナリオが出来上がっているんじゃないでしょうか。
東電を破綻させると、経済、産業が大混乱になるとの説はどの程度、当たっているのでしょう。漠然とした質問ですみませんが、ご意見、お聞かせ下さい。
返信する
集団(代表)訴訟 (Saito)
2011-05-27 09:37:12
トーデン・政府の隠蔽工作の破れ目が誰の眼にも明らかになりつつある中、それではどうしたらいいか、多くの人が思考停止状態で、不安の中に暮らしています。それをよい事に、「一億総懺悔」的な増税論とか横行している。

この際、政府に頼っていてもモルモットにされるだけ。なので、国民の側から責任者たちを訴えたらどうでしょうか?

たとえば、米国などでよく行われるClass Action Lawsuitです。日本では集団(代表)訴訟と呼ばれています。被害者が広範に渡る場合、その人たちが集団で、加害企業(たとえば、アメリカの場合、対タバコ産業の訴訟が有名)を訴えるもので、訴訟側は多数なので、一人ひとりが負担する費用はごく少なくて済みます。そして、優秀な弁護士を雇えます。これは、米国企業などが最も恐れるものです。

だれか、法律に詳しい人間、弁護士が良いと思いますが、旗を振れば、福島だけじゃなく、全国的に参加者(いわゆる風評被害者も可)が増え、天文学的になると思います。誰か始めませんか?
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宮城岩手福島三県での保育園児の死者ゼロの快挙 (JUNSKY)
2011-05-27 10:02:34
 政府や東京電力や原子力『安全保安』院や原子力『安全』委員会の、人を喰ったような無責任な対応や発表と対極をなす、
素晴らしい保母(保父)さん達の責任をもった捨て身の対応が、この嬉しい結果に繋がったということは、Negativeなニュースばかりの中では特筆すべきものですね。

 それにしても、こどもの生命を守るべき本家本元の文部科学省が百葉箱とは全く異なる地上何十mもの「任意の」高所で測定していたなんて、唖然とします。 (もっとも戦時中は「子供」の生命を差し出すのが文部省の使命だったんでしょうが・・・)

 昨日の、自主的に放射能レベルを測定している人たちを追跡したTVニュースでは、地上付近の草むらは数mも離れていない舗装道路と比べて何倍もの放射線レベルであることを紹介して公式発表の問題点を追求していました。
 しかし、この自主測定結果は民間人の任意データとして行政(避難措置や除染など)には活かされないことも告発していました。

 公式発表と民間人の任意測定結果のどちらを信用するかは、それこそ『自己責任』に委ねられているようです。
 もはや、どちらを信用すべきかは明瞭ですが!
返信する
tttさん、コメント有難う御座います (宗純)
2011-05-27 10:08:15
投稿された全てのコメントは不掲載のものも含めて大事に残しているのですが、当ブログではタイトルが無いとUnknownと表示されます。
管理上タイトルが必要であり、何でも結構ですからタイトルの記入を忘れないようにお願い致します。


それにしても政府やマスコミの態度ですが、支離滅裂で到底まともとは言えない。
不思議な状態です。
今度の福島第一原発事故では、今までの日本では通常なら数ヶ月に1っ回程度しか行わない程度の、意味不明の誤報や情報の隠蔽、悪質な情報操作や、印象操作の類のプロパガンダが連日連夜行われているのですよ。
そもそものこのブログの最も大きな主題は、プロパガンダ論なのですが、幾らなんでもこれ程続くと美味し過ぎるご馳走の数々で、今では食傷気味であり栄養の取りすぎの消化不良。
当ブログでは普通なら問題点をじっくりと推敲してから記事にしているのですが、こうもマスコミや政府が見え透いた嘘八百を恥ずかしげも無く出し続ける異常事態である。
ブログ書く内容が次々と出てきて、いまでは完全なるメタボリックシンドローム状態なのです。
これはもう、間違いないでしょう。
幾らなんでもこれだけ連続しません。
『最高責任者には、責任が無い』日本社会ですが、明らかに歴史の転換点だけに起きる異常事態であるのは間違いないようですよ。
それも価値観の転換を含む50年、100年に一度の大事件が今正に起きつつ有るようで、楽しいような恐ろしいような。
今日の日本のマスコミとか政府の信用度が低下する異常事態は66年前の敗戦(帝国の崩壊)に匹敵する不思議過ぎる話なのです。
今では普通の市民でも政府やマスコミが嘘をついているらしい(大事な事柄を隠している)ことは感づいている。
3・11以前と、今とを比べてみれば、その違いは驚くべきものですよ。
ただ66年前とか、他の国の革命前夜とは大違いで市民は漠然とした『不安』では有るが、明確な『不満』のレベルには達していない。
そのために石原慎太郎や橋下撤などの口先男の右翼的な言説に惑わされている。
変わりそうだがなかなか変らない欲求不満状態が続く今の現状にとどまっている。
困ったことに、本当の地獄を見ないと普通の一般市民では、なかなか目が覚めないのです。
私の父親は広島県の呉市と町村合併で一緒になった島部出身なのですが、この呉市とは東洋一の海軍工廠があった場所であり、皆さんご存知のように広島市には大本営もあったので『軍都』とも呼ばれていた。
網元の跡取りの御曹司だったのですが社会主義にこって勘当になり故郷を石もて追われたトラウマからか自分自身の故郷の『広島県の連中は自分の頭の上に原爆を落とされてもまだ気が付かない阿呆ばかり』と悪口三昧、毒づいていたが、人々が変らないことに苛立っていたのでしょう。
今度の原発事故の最後の結末ですが、全ては日本人がこの悲惨でもあり、子供騙しの見え透いた嘘の連続で馬鹿馬鹿しくも有る事故事件からどれだけの教訓が導き出せるにかかっていっるでしょう。
その意味では66年前よりも随分日本人は利口になったと期待したいですね。
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日本長期信用銀行と同じ (宗純)
2011-05-27 10:59:24
黒マグロさん、コメント有難う御座います。

東京電力が賠償金の負担に耐え切れず、倒産すると会社が今まで出していた株式や社債が紙切れになりますね。
東電の株や社債を沢山持っているもの(銀行など金融機関や大手企業、投資家)が弱るだけで、電力会社自体は会社更正法により企業再生されることは間違いないでしょう。
ですから東電が倒産しても電力は供給され続けて、我々一般利用者の利便性には何の関係もありません。
この東京電力の話は日本長期信用銀行の破綻の話と良く似ています。
幾ら国策会社であったとしても、一民間企業に8兆円の国費を投入した挙句にアメリカのハゲタカファンドに10億円の捨て値の只同然に売却して日本国は最終的に4~5兆円の大損してしまった。
普通の銀行なら預金者保護の名目も立つが、この銀行は預金者は無くて、各種の色々な債権を販売して資金を調達していたので、所謂銀行預金者はゼロであり、債権者とは全員が大手銀行とか投機筋。
融資していた銀行団の利益を守る為に、投資家達をを当時の自民党小渕内閣が救ったことになりますね。その分国が損をした。
何のことは無い。長年アメリカ連邦政府がFRBに対してわざと自分が損をして大儲けさせていた構造的な詐欺行為と同じことを、このときは日本も行ったのです。
資本主義を健全に維持する為には矢張り、倒産させるべき企業は倒産させる『資本主義のルール』を大企業や銀行にも守らせる必要があるでしょう。
ソ連が崩壊した大きな原因の一つがこの『債務超過の赤字企業の存続』だったのですね。
これを行うと資本のモラルハザードが起きてしまうのですよ。
日本では個人とか中小企業に対しては厳しい資本主義のルールが適用されるのだが、この日本長期信用銀行(東京電力?)のような大企業に対しては旧ソ連と同じような絶対に倒産しない社会主義だったのですね。今の日本経済の低迷の原因の一つがこの不透明な犯罪的処理による資本主義のモラルハザードが有ると思われるのです。
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絶対的な統一基準 (もえおじ)
2011-05-27 13:38:35
放射能測定地点の設定条件に関しては、測定位置の高さだけでなく、測定機器や測定方式の違いの問題もあります。 これらを操作すると最大で3~4倍の測定値の違いが出るようです。 測定方式(測定機器)と測定位置の基準を守ることは、健康被害を防ぐ観点のみならず、将来の健康被害評価の判断にも結びついてくるので、絶対に遵守してもらわなければ困ります。

実は、健康被害の基準として、「1年に1ミリシーベルト以上は危険性がある」とする場合の根拠は、子供の場合の統計的なデータに基づいているですが、大人なら「1年に10ミリシーベルトまでは大丈夫」という統計的な話とは条件が異なります。 基準や条件を変えると、逆の結論が出てしまいます。

また、被災地では放射能の被爆問題以外でも、他の有害物質による健康被害が考えられます。 特に、壊れた家屋に使用されていたアスベストの飛散による健康被害の危険性があるのですが、測定はおろか議論さえされていません。 アスベストと中皮腫などの肺がんの因果関係は立証されているのですが、被害認定が難しい。 C型肝炎被害の場合などと同じく、被害者の数が多くなると被害を救済することが困難になります。 その意味でも、将来の被爆補償に関する絶対的な統一基準が必要なのです。
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宝籤もたまには当たることも有るが (宗純)
2011-05-27 15:39:35
Saitoさん、コメント有難う御座います。

布川事件など、当該裁判官の一人でも普通の平均的な大人の常識的な判断力さえあれば冤罪は防げたのです。
ところがこの一般人の知性の水準に無いのが悲しいかな今の司法の限界です。
一審も二審も最高裁も『お上の言うことは正しい』との判断基準でしか無かったのですね。だから無実の被告が無期懲役の厳罰に処せられたのです。
原発問題では唯一金沢地裁判決だけが科学的に正しい判断をしていましたね。
志賀原発2号機運転差し止め訴訟で、
北陸電力志賀原発2号機(石川県)の運転差し止めを求めて地元住民らが金沢地裁に提訴。
06年3月の判決で井戸謙一金沢地裁裁判長は、想定する地震への過小評価や国の耐震指針の不備を理由に初めて原発の運転差し止めを命じた。
今から考えればこの判決は真っ当な正しい判断で有ることは誰にでも判ります。
ところが控訴審で北陸電側が逆転勝訴して、昨年10月に最高裁で確定している。
この正しい判断の金沢地裁裁判長(当時)の井戸謙一弁護士の話は、毎日新聞2011年5月21日付け記事、
『急接近:井戸謙一さん 原発の運転停止求めた判決の思いとは?』
として掲載されていますが、読んでみるとあまりに当たり前の判断であり、間違いは全く無い。
宝籤でもたまには当たるのですね。
原発ですが、今動いているものは車でも何でもすぐには止まらない。
ところが原発は2年ごとに定期検査で必ず止まるのですからこの時に政府や県知事が運転再開に反対するだけで日本中の原発は止めることが可能なのですね。
浜岡原発も今は止まっているがあくまで一時中止であり、廃止ではない。関係市町村や県の態度でまだまだ予断を許さないでしょう。
地震大国の日本では、北陸電力志賀(しか)原発2号機運転差し止め訴訟の再来は十分可能性が生まれてきています。
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極悪高木義明文科大臣に天誅を (宗純)
2011-05-27 16:14:05
JUNSKYさん、コメント有難う御座います。

幼稚園は文部省で、保育園は厚生省の管轄と違っているのですが、
それにしても今の日本の文部科学省の不敗堕落は凄まじい水準であり到底許される限度を超えています。
子供達の命と健康を守る責任は自分たちに有るのだとの当然の考えが薬にするほども無い。日の丸君が代の強制(国家を守るのだとの思惑)を優先させているのですよ。
今の民主党内閣の歴代文科相は日本の政党グループの中では自民党右派よりも右であるといわれている旧社民党グループですね。
今の木 義明大臣は長崎1区選出なので66年前には原爆の投下された長崎市が選挙区ですね。
チェルノブイリは広島型原爆の400倍の汚染物質を撒き散らしたのですが、それなら福島県はチェルノブイリの40倍の猛烈な数値ですよ。
何やら体罰を受けた野球部など体育系クラブとか親から体罰を受けた子供が順送りで、理不尽な体罰を繰り返す『不幸の手紙』の放射能版なのでしょうか。
悲しい話ですね。
実は文部省の大臣とは、他の省庁と比べて持っている利権が大きく無いので政治家のランクとしては、それほどの大物大臣ではなくて比較的小物が任命されるのです。
そして以前の自民党時代でも文部大臣の椅子は中山成彬などに代表される札付きのゴロツキとか極右の指定席だったのです。
上が上なら下もそれに倣うので、矢張りキャリア官僚も『子供の命と健康を守るのが自分達の使命だ』などの人材ではなくて、その正反対の『日の丸や君が代を守るのが自分達の使命だ』と思っている勘違い連中が大勢いるのでしょうね。
このような不敗堕落した文部科学省など有るよりもない方が余程、世のため人のため、子供達のためです。
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放射能は怖いのか、怖くないのか (宗純)
2011-05-27 16:54:22
もえおじさん、コメント有難う御座います。

そもそも放射線被害ではどれだけで被害が出るかの数値が急性障害では100ミリシーベルトで閾値があることが判っている。
ところが晩生障害では閾値が無い(少量でもそれなりに危険がある)とするのが学会の定説らしいですね。
今の文科省の『何とかして数値を小さく測定する』との非科学的で不真面目な態度は論外ですが、
同程度の放射線数値でも一方は手袋を三重にして防護服を着ているのに、立ち入り禁止地域外では子供達は無防備では話が合わず到底合理的とは言えない。
避難区域の内外の区別ではなくて、正確な細かい線量測定の結果による区別が必要でしょう。
NHKの特集番組での地上での地道な放射線測定で判った事実では同じ地域でも、場所により大きく測定値にばらつきがあり、複雑なまだら模様にホットポイントが存在しているらしいのです。
地域によって汚染濃度の違いが大きいのです。
また個人差も多きいのでは無いでしょうか。
1976年度以降、労災認定された原発労働者10人のうち累積被曝線量は最高が129・8から最低ではたったの5・2ミリシーベルトだったらしいですよ。
この記録された被曝線量ですがガンマ線だけを測定して、人体によりダメージが大きいアルファ線やベター線は測定出来ない致命的な欠陥があるのです。
基本的に外部被曝量は正確に測れるが、問題が大きいにも拘らず内部被曝を測ることが出来ない仕組みが大きく影響している可能性がありそうなのです。『ホールボディーカウンター』(WBC)は一般に内部被曝を調べるものとされているが、アルファ線やベータ線などは飛ぶ距離が短い為に測定出来ないので、実際の内部被曝量は、WBC測定値の3~5倍程度との指摘もあります。
湾岸戦争時の米兵の湾岸症候群は劣化ウラン弾が高温で燃焼した後の微小粉塵吸い込んだ内部被曝が原因ではないかとの説が有力でしたが、肺の深部に吸い込んだ場合には体外からは放射線量の測定が出来ないのです。
ですから20ミリシーベルのなどはとんでもない数値であり、福島県の子供達は出来る限り、数値を低くする努力が是非とも必要であるでしょう。
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