みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

賢治関連七不思議(千葉恭に関連して、#1)

2017年07月11日 | 賢治に関する秘密?
 過日、ある方から、
 どうして千葉恭については、賢治も賢治周縁の人も誰一人として何ら一言も言及していないのでしょうか?
と問われた<*1>。

 確かにその通りで、例えば「校本年譜」の大正15年7月25日の項には、
賢治も承諾の返事を出していたが、この日断わりの使いを出す。使者は協会に寝泊まりしていた千葉恭で六時頃講演会会場の仏教会館で白鳥省吾にその旨を伝える。
              <『校本宮澤賢治全集第十四巻』(筑摩書房)>
というように記載されていて、千葉恭は宮澤家の別宅に当時寝泊まりしていたということであるし、【千葉恭の賢治関連文献】としては、
(1) 「宮澤先生を追ひて」<千葉恭著、『四次元4号』(昭和25年1・2月、宮澤賢治友の会)>
(2) 「宮澤先生を追つて(二)」<千葉恭著、『四次元5号』(昭和25年3月、宮澤賢治友の会)>
(3) 「宮澤先生を追つて(三)―大櫻の實生活―」<千葉恭著、『四次元7号』(昭和25年5月、宮澤賢治友の会)>
(4) 「宮澤先生を追つて(四)」 <千葉恭著、『四次元9号』(昭和25年7月、宮澤賢治友の会)>
(5) 「宮澤先生を追つて(五)羅須地人協会と肥料設計」<千葉恭著、『四次元14号』(昭和25年12月、宮澤賢治友の会)>
(6) 「宮澤先生を追つて(六)羅須地人協会と肥料設計」<千葉恭著、『四次元16号』(昭和26年2月、宮澤賢治友の会)>
(7) 「羅須地人協会時代の賢治」<千葉恭著、『イーハトーヴォ復刊2号』(昭和30年1月、宮澤賢治の会)>
(8) 「羅須地人協会時代の賢治(二)」<千葉恭著、『イーハトーヴォ復刊5号』(昭和30年5月、宮澤賢治の会)>
(9) 「賢治抄録」<千葉恭著、『宮澤賢治研究』(草野心平編、筑摩書房発行(昭和33年)>
というような数多くの文献が存在していてしかも引用されているというのにもかかわらず、一方でこれらの年譜を含め『旧校本全集』にも『新校本全集』にも、千葉恭自身についての記載は一切ないからである。千葉恭は、その出身地も、一体賢治とどれくらいの期間一緒に寝泊まりしていたのかさえも含めてそれらには一切記載されていないのである。全く奇妙なことである。

 しかし私は、拙著『賢治と一緒に暮らした男―千葉恭を尋ねて―』において、
・千葉恭の出身地
・千葉恭が穀物検査所を辞めた日、復職した日
・千葉恭が松田甚次郎を下根子桜の別宅で直に見ていた日
・千葉恭は賢治から肥料設計をしてもらったこと
などを明らかに出来たし、
 千葉恭が賢治と一緒に暮らし始めたのは大正15年6月22日頃からであり、その後少なくとも昭和2年3月8日までの8ヶ月間余を2人は下根子桜の別宅で一緒に暮らしていた。
という仮説も検証出来た。すなわち、
 巷間、宮澤賢治は「羅須地人協会時代」の2年4ヶ月を独居自炊生活したと言われているがそうとばかりは言えず、同時代のかなりの長期間(同時代の約三分の一の長き)に亘って千葉恭という人物と一緒に暮らしていたと、限りなく高い蓋然性で言える。

 どうやら、「羅須地人協会時代」の賢治は厳密には独居自炊であったとは言えなさそうである。すると逆に、
 もしかすると、賢治周縁の人たちは千葉恭について意識的に無視してきた、という可能性が否定できない。
ということがおのずから導かれる。それは、賢治周縁のある一人が千葉恭が下根子桜の宮澤家別宅に来ていたということを裏付ける証言をしているからことなどからもなおさらに窺える。

<*1:註> このことに関しては、拙著『賢治と一緒に暮らした男―千葉恭を尋ねて―』を宮澤賢治研究の第一人者のお一人A氏に謹呈したところ、
 これまでほとんど無視されていた千葉恭氏に、御著によって、初めて光が当たりました。伝記研究上で、画期的な業績と存じます。それにしても、貴兄もお書きになっておりますが、当時身辺にいた人々が、どうして千葉氏に言及していないのか、不思議ですね。
というように、同様な疑問をA氏も呈しておられた。

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