みちのくの山野草

みちのく花巻の野面から発信。

県道12号花巻大曲線を北上(8/31、サワギキョウ)

2016-08-31 15:36:24 | 花巻周辺
 この8月31日、県道12号花巻大曲線を北上し最後は鉛温泉附近まで行ってみた。 《1 あれっ》(平成28年8月31日撮影) 《2 もしかすると》(平成28年8月31日撮影) 《3 やっぱりサワギキョウだ》(平成28年8月31日撮影)  道路からかろうじて見えたのはこの一本だけだったけど、おそらく近くにもあるのだろうが、探し回るのは止めた。そんなことをすれば周りを破壊することは必至だから。 . . . 本文を読む
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危うさがもっと増した『新校本年譜』379pの「推定」

2016-08-31 13:00:00 | ・昭和2年の賢治
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》  何んのことはない、今回の「推定」については、『新校本年譜』は単に「可能性がある」ということを安直に「推定」と言い換えているだけの、羊頭狗肉に過ぎない。そして今回のことのみならず、「旧校本年譜」や『新校本年譜』はこのようなすり替えが散見されるのである。 たとえば、「昭和4年の露宛書簡」や「一九二八年の秋の日の下根子桜の訪問」などのように。 ******* . . . 本文を読む
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昭和2年の露とちゑとそして賢治

2016-08-31 09:00:00 | 検証「羅須地人協会時代」
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》  上田哲は論文「「宮沢賢治伝」の再検証(二) ― にされた高瀬露―」の中で、高瀬露の同僚の菊池映一氏の次のような証言を紹介している。  露さんは、「賢治先生をはじめて訪ねたのは、大正十五年の秋頃で昭和二年の夏まで色々お教えをいただきました。その後は、先生のお仕事の妨げになっては、と遠慮するようにしました。」と彼女自身から聞きました。             . . . 本文を読む
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国際研究大会エクスカーション(8/29)

2016-08-30 09:00:00 | 賢治関連
 この度、「宮沢賢治生誕120年記念第4回国際研究大会」があり、その3日目、8月29日(月)にエクスカーションが行われた。  そのうちの「1日コース」の様子である。  出発はJR花巻駅を9:00。その後大迫まで行き、 《1 石川旅館跡》(平成28年8月29日撮影) 《2 賢治の常宿》(平成28年8月29日撮影)  石川旅館は、宮沢賢治が大迫を訪れるたびに投宿した旅館。大正~昭和初期は高級旅館と . . . 本文を読む
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大正末期の早池峰登山の仕方

2016-08-29 09:00:00 | 早池峰山
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 どうやら、宮澤賢治は大正13年や同14年に早池峰山に登っていたと考えられる。では今と違って交通の便の悪かった当時、賢治はどのようにして早池峰に登ったのだろうかと思っていたところ、たまたま大正15年7月1日付『岩手日報』に次のような記事が載っていた。  變化に富む神秘的な   靈山早池峯    駒鳥の唄ふ森林地帶と     珍しい植物帶 登山も山の變化が乏し . . . 本文を読む
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大正末の稗貫・和賀の小作料

2016-08-29 08:30:00 | 賢治の稲作指導
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 先に〝「濁酒に関する調査(第一報)」より〟において、岩手県の小作料の割合は   高収穫田  五十六パーセント   普通収穫田 五十四パーセント   低収穫田  四十七パーセントであったということを知ったところだが、大正15年7月29日付『岩手日報』には次のような見出しがあった。     汗だくだくで土地賃貸調べ      花巻税務署下では小作料が平均五分 . . . 本文を読む
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下根子桜(8/24、後編)

2016-08-29 08:00:00 | 下根子桜八景
 さて懸案の課題は解決したので、後は安心をして周辺を彷徨いた残りの報告である。 《1 ミズヒキ》(平成28年8月24日撮影) 《2 ヒカゲ?イノコズチ》(平成28年8月24日撮影) 《3 ミズタマソウ》(平成28年8月24日撮影) 《4 チヂミザサ》(平成28年8月24日撮影) 《5 ナンバンハコベ》(平成28年8月24日撮影) 《6 ミヤマイラクサ》(平成28年8月24日撮影) 《7 . . . 本文を読む
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さらに増した『新校本年譜』379pの「推定」の危うさ

2016-08-28 15:32:26 | ・昭和3年の賢治
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 この度、大正15年8月18日付『岩手日報』を見ていたならば、次のような新聞報道があった。  稗貫郡下に稻熱病發生 被害水田約十町餘 氣候が最大原因 (花巻)本年は氣候に激變が多かつた關係上か稗貫郡内の水田中に稻熱病がボツボツ發生し被害水田十町餘にわたる模樣である、郡農會あたりの調査によると宮野目村が最も多く、ついで、八幡、八重畑、花巻川口町 . . . 本文を読む
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斑目著『雨ニモマケズ』の「内山照子」は捏造

2016-08-28 08:30:00 | ・濡れ衣を着せられた高瀬露
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 さて、私は何故、  読んで直ぐに、ああまたもやここにも誰かと同様な創作の臭いがぷんぷんすると思った。のだろうか。それは、斑目は同書の「あとがき」で、  この出版についていろいろとお骨折りをくだすつた組坂氏のご友情を謝し、また佐藤隆房著『宮澤賢治』、森荘已池著『宮澤賢治』に二著に負ふところが多かつたことを述べ、あはせてその無禮をおわびいたします。と述べている . . . 本文を読む
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下根子桜(8/24、前編)

2016-08-28 08:00:00 | 下根子桜八景
 さて懸案の課題は解決したので、後は安心をして周辺を彷徨いた。 《1 》(平成28年8月24日撮影) 《2 ハハコグサ》(平成28年8月24日撮影) 《3 エノキグサ》(平成28年8月24日撮影) 《4 ナツズイセン》(平成28年8月24日撮影) 《5 ニラ》(平成28年8月24日撮影) 《6 コバノギボウシ》(平成28年8月24日撮影) 《7 おっと、珍しや、白花のツユクサ》(平成2 . . . 本文を読む
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藤原嘉藤治の「音楽結婚」報道

2016-08-27 09:00:00 | 本当の賢治を知りたい
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 この度興味深い新聞報道を知った。それは大正15年9月28日付の『岩手日報』に、  藤原先生の音樂結婚    本縣師範出の天才音樂家- 本縣師範出の天才音樂家として知られてゐる、縣立花巻高等女學校音樂教諭藤原嘉藤治氏(三一)は降るやうな緣談をよそに、三十歳の今日まで、獨身生活をつゞけて來たがいよいよ十月の吉辰を選び音樂結婚をするといふので、若い女學生達か . . . 本文を読む
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斑目榮二著『雨ニモマケズ』の内山照子と賢治

2016-08-27 08:30:00 | ・濡れ衣を着せられた高瀬露
《創られた賢治から愛すべき真実の賢治に》 この度ある方から、斑目榮二の『雨ニモマケズ』に高瀬露のことが載っているということを教えていただいた。早速古書店から手に入れた。その表紙が上掲の写真である。 内山照子  同書には次のようなことが書かれていた。  松の林の丘の上の家つどいくる人人は、日一日とふへていつた。  その土くさい人人のうちに、ときをり、華やかな色調をそへて、若い婦人がまじるやうになつ . . . 本文を読む
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やっと判明(それはオオブタクサだった)

2016-08-27 08:00:00 | 下根子桜八景
 昨年下根子桜で正体が不明のものを見て長らく気になっていた。それは、以前〝下根子桜(10/7)〟で投稿した《1》~《3》であり、今年になってからも下根子桜のみならずあちこちにそれはあることに気付いていた。  そして過日「イギリス海岸」近くで見たのが〝「イギリス海岸」へ(8/21)〟でも投稿した、 《21 これもオオブタクサ?》(平成28年8月21日撮影) であり、何故そう思ったのかというと、近く . . . 本文を読む
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「川ふたつ」の賢治詩碑(小瀬川・落合橋傍、8/23)

2016-08-26 08:30:00 | 賢治関連
 花巻温泉道路を自転車で温泉に向かっていたところ、瀬川に架かる落合橋の傍に初見の賢治詩碑があった。今までここに賢治の詩碑があるなんて全く知らなかった。 《1 「川ふたつ」の詩碑》(平成28年8月23日撮影)   川ふたつ   ここに集ひて   はてしなく   萌ゆる水沫    宮沢賢治        心平          書 《2 裏碑》(平成28年8月23日撮影)  続きへ。 前へ 。 . . . 本文を読む
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釜淵の滝周辺(8/22、後編)

2016-08-26 08:00:00 | 賢治関連
 この8月23日に訪れた釜淵の滝周辺の花等の続きである。 《1 ナンブアザミ》(平成28年8月23日撮影) 《2 キツネノボタン》(平成28年8月23日撮影) 《3 ホツツジ》(平成28年8月23日撮影) 《4 コシロネ》(平成28年8月23日撮影) 《5 ノダケ》(平成28年8月23日撮影) 《6 アケボノソウ》(平成28年8月23日撮影) 《7 ノコンギク》(平成28年8月23日撮 . . . 本文を読む
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