白木蓮 137

2022-02-26 17:24:42 | 小説

窓を開けると、眼下に公園の白木蓮が、かがり火の様に咲き始めている。

「良い部屋が、見つかって良かったですね。」

渚ちゃんの言葉に、キッチンから、伊達さんが顔を覗かせ、「最高でしょ」と、答えた。

テーブルに、紅茶とケーキを置くと、向いの椅子に腰かけた。

「加藤さんのお蔭で、こんな良い部屋見つけて頂いて、それに家賃まで安くしてもらって、

感謝しきれないわ。」

お礼に、星を部屋に呼びたいから、山吹も来て欲しいと、伊達さんから頼まれて、仕方なくマンションに来てみたのだが、本当に良い部屋だ。

リニューアルされた部屋は、住み心地の良さそうな落ち着いた感じがする。

暫くして、星が、早めに仕事を切り上げて、やってきた。

初め、星は、伊達さんの誘いを、仕事だからと、断ったそうだが、渚ちゃんも来るからと言ったら、じゃあ、ちょっとだけお邪魔すると、言ったらしい。

何だか伊達さんに、上手く利用されちゃったみたいだけど、職場で何かとお世話になっているので、

断れない渚ちゃんだった。

星は、ワインとチーズケーキを伊達さんに渡した。

伊達さんは、「却って、お気を使わせて申し訳ない」なんて、大人の挨拶をしている。

伊達さん手作りの料理が、テーブルいっぱい並べられ、話が弾んだ。

渚ちゃんが、気を使って、ちょっと用があるので、御先に失礼すると言うと、星も、「自分も、まだ仕事が残っているから」と、帰り支度を始めた。

伊達さんの、残念そうな様子を後目に、挨拶すると、渚ちゃんと一緒に部屋を出てしまった。

階段で、「星さんは、もう少し、居てあげれば良いのに・・。」と、渚ちゃんが、言うと、

「オレ、女の人と、二人だけなんて、苦手なんだよね。」と、ポツンと言った。

仕事で、様々な人に合ってるだろうに、星の意外な面を、見た気がして、渚ちゃんが、クスッと

笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 


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馬鹿だねえー   136

2022-02-20 06:58:35 | 小説

伊達さんの新しいマンションに、冷蔵庫を届けた帰りだと言って、ヤマさんが、店に寄った。

「ネットで買えば、安いのにさ、気を使わせちゃって何だか申し訳ないよ。」

「いいんじゃないの、そんなの分かったうえで、ヤマさんに頼んでるんだからさ」マスターが、軽く受け流す。

「マスター、悪いんだけど、今日はミルクティーにしてもらって良いかなあ・・。」

ヤマさんの言葉に、一瞬戸惑った様子のマスターだったけど、黙って、ティーポットを、温め始めた。

茶葉が、ポットに広がる様を眺めるヤマさんの様子が、何時もと少し違う。

「かみさんに、あんたって、ホントに馬鹿ねって、今朝言われちゃってさ、泣かれるより辛いよ」

先日、メンテナンス会社を経営している友人に、電気部門の責任者で来てくれないかと誘われたらしい。

「こんなご時世に、ありがたい話なんだけど、俺は、街の電気屋の親父でいたいんだよ。」

ヤマさんの想いは、マスターには、分かりすぎるくらい良く分かる。

自分が、自分らしく居られる職業を選択するって事は、贅沢な願いだって事も・・・。

甘いミルクティーは、ヤマさんの心の慰めになっただろうか?

 

 

 

 

 

 


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兄弟  135

2022-02-18 14:22:29 | 小説

昼間買って、食べ損ねた幕の内弁当を、温めようと、星がソファーから立ち上がった。

まるで、そんな様子を見ていたかのように、インターホンが、鳴った。

こんな時間に、この部屋を訪ねてくるのは、空か、宅配便くらいのものだ。

案の定、紙袋を提げた空が、カメラに映し出されてる。

ロックを解除すると、エレベーターに乗って、空がやって来た。

ドアを開けるなり、テーブルの上の弁当を見て、「そんな事だと思ったよ」と言って、紙袋から、ビーフシチューの入った容器を取り出し、キッチンのカウンターに置いた。

コートを脱ぐと、洗面所で手を洗い、シチューを温め始めた。

俺がやるからと言う星の言葉も聞かずに、紙袋の中から、レタスやアボカドを取り出すと、

手早く洗って、レタスは手でちぎり、アボカドは、真ん中に包丁を入れ、器用に皮をむいていく。

タマネギを刻み、酢とオリーブオイル、塩、コショウを混ぜ、あっという間にドレッシングも、完成させた。

リビングのテーブルに、温めたシチュー、サラダ、ベーグルサンドが、空の手によって、次々並べられていく。

「もう、いいから、座れよ」と星に促されて、やっとキッチンのイスに腰を下ろした。

こっちに来て、一緒に食べようと言う星の誘いに、俺は、もう家で食べたから、アニキが、食べればいいと、愛想がない。

冷蔵庫から、ジンジャーエールを取り出すと、貰うよと言って、一気に飲み干した。

星の食事の様子を、黙って見ていたが、「コンビニの弁当ばっかり食べてないで、たまには、ちゃんとしたものも食べなよ」と言い終わると、じゃあと言ってさっさと、帰ってしまった。

本当は、何か言いたいことが有って、来たんだろうに、結局空は、何も言わずに帰ってしまった。

空にビーフシチューを、届けさせた母(養母)の想い、仕事で毎日顔を合わせても、敢えて亡くなった母の話題に触れようとしない父(養父)の想い、何時でも包み込むように星を見守ってくれている祖父の想い。

例え、偽りの家族であり、偽りの兄弟であっても、星にとってかけがいのない人達であることに、違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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アルハンブラの店先で  134

2022-02-16 15:20:02 | 小説

二月も終わりに近づくと、いつまでも冬物を並べておくわけには、いかない。

ショウケースのディスプレイを、春物に変える作業をしている久実さんに、

水川黎が、手を振った。

「どうしたの?」久実さんの問に、「春らしいワンピースを、探しに来たんです」と答えた。

もう少しで、ディスプレイが終わるからと言う久実さんを残して、水川黎は、店の奥へと入って行った。

春らしいパステルカラーのワンピースが並ぶコーナーに、足を止めると、淡いグリーンのワンピースと、クリーム色のワンピースを、手に取った。  

後からやって来た久実さんが、気に入ったのがあったら試着をするように、勧めた。

試着室のカーテンを少し開けて、黎が、久実さんを手招きした。

「どうですか?似合ってます?」クリーム色のワンピースを着て、恥じらう姿は、何時ものクールな感じの黎と、別人のように愛らしい。

クリーム色も悪くないけど、淡いグリーンのワンピースの方が、似合っていると言う久実さんの、アドバイスを受け、購入を決めた。

「何処かにお出かけ?」支払いの時、久実さんが、小声で尋ねた。

他の客に気取られないように黎も、小声で「見合いです。」と言って、いたずらっぽく笑った。

商品の入った紙袋を、黎に麗々しく渡しながら、後でマスターの店でねと付け足した。☕

 

 

 

 

 

 


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黄色い花  133

2022-02-13 07:49:26 | 小説

渚ちゃんが、花束を持ってやって来た。

「あら、何て綺麗な黄色だこと」  

何時もの席で、編み物をしていた冬子さんが、声を掛ける。

黄色のチューリップ、ミモザ、水仙、マーガレット、

見事な黄色のブーケだ。  

「本当は、白い花が良かったのかもしれないけど、白だと寂しすぎるような気がして・・・。」

マスターは、カウンターの下から白磁の花瓶を出して、「これに生けたらいいよ」と言った。

空から、星の母が亡くなったことを聞いた時、星に何もしてあげられない自分が、もどかしかった。

メールをするのも、ためらわれ、ただ、時が流れるのを、待つしかないのか考えた末に、花を買った。

「渚ちゃんの想いは、星君にもきっと伝わるよ」マスターが、☕を、置いた。

その言葉が、聞こえたかのように、星が、伊達さんと現れた。

驚いたような皆の視線に、伊達さんが、事の成り行きを説明した。

カウンターに置かれた花瓶に目を止めた伊達さんが、「ワーッツ、春が来たって感じ」と言った。

理由を知らない人の目には、黄色の花は、そんな風に映るのかと複雑な思いの渚ちゃんに、

星が、「黄色の花って、眺めていると何か癒されますね」と、明るく言った。

冬子さんが、重苦しい空気を破るように、「マスター、早くこの腹ペコさん達に、ナポリタンでも作ってあげて」と、マスターに頼んだ。    

 

 


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伊達さんの部屋探し  132

2022-02-10 06:01:36 | 小説

星に会えるのを、期待してなかったと言えば、噓になるだろう。

ただ、店に星の姿が無かったことに、少しほっとしたのも事実だ。

隣に高層マンションが出来てからは、陽の当たる時間が、極端に少なくなって、

大分前から引っ越しを考えていた。

契約更新前に、何とかしようと思って、星の不動産屋にやって来た。

若い男の店員が、伊達さんの姿を認めると、愛想の良い笑いを浮かべ、近づいて来た。

勤務先に近い、日当たりの良い部屋を探していると話すと、少し待たされた後に、何件か物件を、プリントして持ってきた。

都合が良ければ、今日でも内見出来る所が、何軒かあると言われ、見せて貰うことにした。

条件の良い所は、部屋代が高いし、値段を下げると、今住んでいる部屋と大差ないようで、決めかねて、店に戻って来た。

いつ戻ったのか、ツィードのジャケットを着た星が、店の奥から伊達さんに声を掛けた。

自分に幾つか、心当たりがあるから、次回の来店までに探して置くと言ってくれた。

お昼は、食べたかと聞かれたので伊達さんが、まだだと答えると、良かったらマスターの店に行かないかと誘われた。 

伊達さんは、舞い上がりそうな気持を抑えて、静かに同意した。

 

 

 

 

 


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突然の訃報  131

2022-02-08 07:00:37 | 小説

「マスター、悪いね、塩を撒いてくれないかね」

喪服姿の加藤のおじいちゃんが、入り口に立っている。

「どうなさったんですか?」

「星の母親が、突然なくなってね、婿と一緒にお別れしてきたところなんだよ。」

「星君は、一緒にいらっしゃらなかたんですか?」

加藤のおじいちゃんは、疲れたような足取りで、カウンターの高イスに腰かけた。

「誰に、似たのかね、あいつの頑固なところ・・・。」

マスターに勧められて、コーヒーを一口飲んだ後、深いため息をつく。

「私も、家族も、説得したんだが、自分の母親は、今の母(空の母)だけだって言ってね。

ついに、行かなかったんだよ・・・。」

「私に手紙をくれた時には、余命先刻されていたらしいんだ。」

「星君の気持ち、分からなくは、ないけど・・。」

肩を落とし、疲れのにじみ出た加藤のおじいちゃんを目の前にして、マスターは、なにも言えなくなった。

星の気持ちも、痛いほど分かる。

普段は、誰よりも思いやりがあって、大人の対応もできる彼が、頑なに母親との別れを拒んだ理由も・・。

暖房が、十分効いているはずなのに、この凍てつくような寒さは、何なのだろう?

 

 


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立春  130

2022-02-04 07:35:13 | 小説

どんより曇った空。

昨日、椿さんが、届けてくれたスーパーの恵方巻を冷蔵庫から取り出す。

少し硬くなった恵方巻に、包丁を入れ、皿に並べる。

残り物の白菜の味噌汁を温め、パックから、キムチを小皿に取り分ける。

モーニングセットには、ほど遠い朝飯。

加藤さんが見たら、何て言うだろうか、そんなことを考えながら、遅い朝飯に箸をつける。

ラジオのFMから、切ないような女性歌手の歌声が、流れてきた。

この歌、何だったっけ?

何度も聞いたことがあるのに、思い出せない。

「雪の華、懐かしい・・。」

久実さんだ。

店に行く前に、珈琲を飲みに寄ったと言った。

マスターの朝飯を見て、気の毒そうに微笑んだ。

「何時ものマスターからは、想像し難い朝ごはんね。」

「ひどいとこ見られちゃいましたね」

「でも、そういうマスターも、悪くないかな?珈琲は、ゆっくりで良いので、食べてしまってくださいよ」

慌てて、かたずけようとするマスターを静止して、久実さんは、カウンターから少し離れた席に座って、目を閉じた。

女性歌手の絞り出すような歌声が、心に響く。

マスターの味噌汁をすする音、キムチを噛む音が間奏曲の様に、秘かに聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 


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