「マスター、悪いね、塩を撒いてくれないかね」
喪服姿の加藤のおじいちゃんが、入り口に立っている。
「どうなさったんですか?」
「星の母親が、突然なくなってね、婿と一緒にお別れしてきたところなんだよ。」
「星君は、一緒にいらっしゃらなかたんですか?」
加藤のおじいちゃんは、疲れたような足取りで、カウンターの高イスに腰かけた。
「誰に、似たのかね、あいつの頑固なところ・・・。」
マスターに勧められて、コーヒーを一口飲んだ後、深いため息をつく。
「私も、家族も、説得したんだが、自分の母親は、今の母(空の母)だけだって言ってね。
ついに、行かなかったんだよ・・・。」
「私に手紙をくれた時には、余命先刻されていたらしいんだ。」
「星君の気持ち、分からなくは、ないけど・・。」
肩を落とし、疲れのにじみ出た加藤のおじいちゃんを目の前にして、マスターは、なにも言えなくなった。
星の気持ちも、痛いほど分かる。
普段は、誰よりも思いやりがあって、大人の対応もできる彼が、頑なに母親との別れを拒んだ理由も・・。
暖房が、十分効いているはずなのに、この凍てつくような寒さは、何なのだろう?