ブルーベリーが好きなわけ  202

2023-04-27 18:19:25 | 小説

春というより、初夏の陽光に輝く海を、渚は長い間、黙って眺めていた。

星は、渚の様子を、少し離れたところから見守るように、立っていたが、日が傾き始めると、

「少し、冷えてきたみたいだから、お茶でも飲みに行こう」と、渚を促した。

鎌倉方面に戻り始めた頃から、道が込み始めて来た。

「平日でも、結構混むんですね。」と、心配する渚に、

星は、「大丈夫だから」と一言いうと、脇道に逸れ、山道の途中にある、お洒落な建物の横の

駐車場に車を止めた。

一見、個人の邸宅のように見えた建物は、フレンチレストランなのだと、星が渚に教えてくれた。

二人が、店に入ると、すらりとした中年の女性が出迎えてくれた。

星とは顔なじみらしく、お久しぶりですねと、声を掛けた。

海の見える窓辺の席に案内された星は、「ここのチーズケーキ、美味しいんだよ。」と、渚に勧めた。

運ばれてきた白い皿の中央にレアチーズケーキ、横には、ブルーベリーソースが、添えられている。

渚は、思わず、笑ってしまった。

星は、突然笑い出した渚に「何か、可笑しい?」と、怪訝そうに尋ねた。

「星さんって、本当にブルーベリーが好きなんだなと思って・・・。」

「ああ、子供みたいだって思ったんだ・・・。」

星は、ちょっと照れたように、何時か、ブルーベリーが好きなわけを、話さなきゃねと言った。

 


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海へ  201

2023-04-21 03:01:21 | 小説

車は、海へと走り出した。

沿道には、つつじの花が、白、オレンジ、ピンクと競うように咲いている。

カーラジオからは、気だるい女性の歌声が、途切れ途切れに流れている。

「こんな事、聞いて良いのか分からないけど、空とは、どうなっているの?」

さりげなく、星が渚に尋ねた。

渚は、少し躊躇してから「多分、終わったんだと思います。」と、歯切れ悪く答えた。

星は、困ったように「ちゃんと、話し合ったの?」と、聞いた。

「神戸に、空君が行ってから、一度も会ってないんです。ラインは、しょっちゅ来るけど、何時も忙しそうで・・・。」暫く間が空いてから、星が、良く話し合った方が良いよと、重ねて言った。

「空君の周りには、何時も取り巻きがいて、私がいなくても、ちっとも寂しそうじゃないんです。」

そう言ってから、遠くを見るような悲し気な眼差しをした。

星は、「これから行くところは、昔、渚ちゃんと同じ名前のホテルが、あった所だよ」と、空の話題を

そらすように、楽し気に、話しかけた。

渚が、何時か読んだ小説の話を、星にしたことがある。

星は、それを、覚えてくれて、車を海に走らせたのだろう。

カーラジオから流れる曲は、いつの間にか、アップテンポの男性ボーカルの曲に変わっていた。


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何かが変わっていく  200

2023-04-14 11:35:49 | 小説

ワイシャツの袖をたくし上げた星が、店に入って来た。

マスターに挨拶した後、渚の姿を認めると、渚ちゃんもいたんだと、言った。

「お袋が、爺ちゃんが呼んでるっていうから、慌ててきたんだけど、用って何?」と、加藤のおじいちゃんに尋ねた。

「お前、この後、忙しいの?」と、理由を言わずに、おじいちゃんが、星に聞いている。

わけがわからない様子で、星が「特別忙しいわけじゃないから、用事があるなら付き合うよ。」と、言った。

マスターが、星のアイスコーヒーを作りながら、二人のやり取りを、おかしそうに聞いている。

渚が、あきれて「私の事なら大丈夫なんで、仕事に戻ってください」と、口を挟んだ。

おじいちゃんから事情を説明された星は、アイスコーヒーを美味しそうに飲み干し、「渚ちゃんは、何処に行きたいの?」と、渚に、話しかけた。

渚が、何度遠慮しても、加藤のおじいちゃんが、「星の気が変わらないうちに、何処かに行っておいで」と言って二人を嗾けた。

星は、渚のバッグを持つと、さっさとドアの方へ歩いて行く。

コーヒー代を払わなきゃと言う渚に、爺ちゃんが、払ってくれるから大丈夫だと言って、ドアを開けて、待っている。

てっきり、仕事があると、断られるものだと思っていた渚は、少し戸惑いながらも、星の優しさに甘えることにした。

 


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こんな良い天気なのに・・・。 199

2023-04-09 13:19:27 | 小説

渚ちゃんが、久しぶりにやって来た。

白いシャツの上に羽織ったターコイズブルーのカーデガンが、鮮やかだ。

店に入ってくるなり、「マスター、アイスカフェラテお願い。」と、叫んだ。

マスターが、とりあえず水を渡すと、「もう、喉が、カラカラで」と、マスターから渡された水を、一気に飲み干した。

その様子を見ていた加藤のおじいちゃんが、声を立てて笑った。

「自転車漕いできたら暑くて、ペットボトル、入れたつもりでいたら入ってなくて・・。」と言って、照れ笑いした。

「こんな良い天気なのに、どこかに出かけないのかい?」と加藤のおじいちゃんに言われ、たまにはのんびりしようと思ってと、答えてる。

渚ちゃんは、マスターの作ってくれたアイスカフェラテのグラスに、持参のマイストローを指すと、

美味しそうに飲み始めた。

加藤のおじいちゃんのスマホが、鳴った。

娘さんかららしく、マスターの店に来るように言ってと、言っている。

マスターが、どなたかいらっしゃるんですかと、尋ねた。

「星が、珍しく家に来たみたいで、こっちに来るように言ったんだ。星が来たら、何処かに連れて行ってもらったら良いよ。」と、渚ちゃんに言った。

渚ちゃんが笑って、「ダメですよ。星さん、仕事中ですよ」と、断った。

「仕事も良いが、若いもんが、仕事、仕事なんて言ってるうちに、私みたいな年寄りになっちゃうんだから、仕事なんて、たまには、さぼればいいんだ」と、言い放った。

マスターも、「星君も、たまには、息抜きが必要ですよね」なんて言っている。

そんなこと言ったって、星が仕事をさぼるなんて渚には、想像もできない。

ドアが、開いた。

 

 

 


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