満開の桜  144

2022-03-31 17:41:58 | 小説

図書館の近くにある公園の桜が、満開になった。

勤務を、終え、先輩の南条と一緒に、満開の桜の下を歩く渚ちゃんの肩に、ヒラヒラと、桜の花びらが、舞い降りてくる。

「これだけ温かいと、すぐに花、散りそうだね」と、南条が、呟く。

「明日は、温度が、下がるみたいだから、案外持つかもしませんよ」

渚の言葉に、もう一度、桜の木を見上げて、その美しさに、見とれている南条は、何時ものはじけた彼とは、別人の趣だ。

何か、桜に、思い入れが、あるのだろうか?

「帰りに、マスターの店に寄ろうと、思うんですど、先輩も一緒に、行きますか?」

渚が、誘うと、暫く店に、行ってないから、一緒に行こうかなと言った。

二人は、休暇中の伊達さんが、店にいるとは、予想もせずに、ドアを、開けた。

ドアを、開けた瞬間に、レモンイエローのカーデガンを羽織った伊達さんの姿が、目に入った。

まずい所に来たなと思いつつ、二人は、仕方なく店の中に、入った。

マスターが、暫くぶりだねと、南条に、声を掛けた。

冬子さんが、ちょうど良い所に、来たわねと言いながら、言葉とは、裏腹に、困ったような顔をしているのを、二人は、見逃さなかった。

 

 

 

 


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どうしたらもてるのかな? 143

2022-03-25 14:16:45 | 小説

「困ったものね、こんなばあさん捕まえて、もてるコツを、教えて何て言われてもねぇ・・・。」

冬子さんが、伊達さんの相談に、困り果てている。

伊達さんに、珈琲を運んできたマスターも、「私達には、縁遠い話ですからね。」と、ニヤニヤしてる。

「誰か、お友達とか、ああ、久実さんとか、渚ちゃんに、相談なさった方が、よろしいんじゃないの?」

伊達さんは、「久実さんは、兎も角、山吹には、絶対相談したくない。」と、言い放った。

冬子さんが、驚いて、「渚ちゃんと、喧嘩でもしたの?」と尋ねた。

「だって、山吹だけが、もてるんですもの、特別美人って訳じゃないのに。」

「確かに、特別美人じゃないかもしれないけど、渚ちゃんは、明るくて、誰にでも親切だから、好感をもたれるわよね。」

冬子さんの言葉に、耳を傾けながら伊達さんは、余計に落ち込んでしまったみたいだ。

「たまたま、周りの人が、渚ちゃんびいきだったとしても、伊達さんだって、仕事が出来て、後輩思いだし、面倒見も良いから、好かれると、思うよ。」

と、マスターが、助け舟を出した。

「皆に、もてなくたって良いんです。たった一人にもてさえすれば・・・。」

伊達さんが、星に好意を持っていることは、マスターも、気づいては居た。

ただ、こればかりは、マスターもどうしてあげる事も、出来ない。

 

 

 


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懐中電灯 142

2022-03-20 12:01:06 | 小説

ヤマさんの店に、久実さんが懐中電灯を買いにやって来た。

普段は、あまり売れもしない懐中電灯が、この間の停電のせいで、あっという間に、在庫が、無くなってしまった。

そのことを、ヤマさんの奥さんが、久実さんに話している所に、ヤマさんが、帰って来た。

「懐中電灯、持ってたんですけど、いざ使おうとしたら、電池入れっぱなしにしといたせいか、使えなくなちゃって・・・。」

久実さんの話を聞いて、ヤマさんが「ちょっと待ってってよ。」と、いって倉庫のほうへ入って行った。

ヤマさんの奥さんが、お茶を淹れて久実さんに、勧めてると、ヤマさんが、ほこりの被った箱を持って、現れた。

ほこりを祓い、中から赤い懐中電灯を取り出すと、乾電池を入れて、スイッチを入れて見ている。

「大丈夫なの?」と言う奥さんの心配を他所に、懐中電灯の灯りが、辺りを、明るく照らした。

何度か、on、offを繰り返していたヤマさんが、「大丈夫そうだけど、これ、持ってってみる?」と、久実さんに、尋ねた。

久実さんが、「職場の人が、100金に、行ったけど、売れきれだったって聞いたんで、ヤマさんの所に来たんですけど、本当に、助かりました。」と、感激している。

「御いくらですか?」と、尋ねる久実さんに、「じゃあ、100円貰っとこうかな?」と、ヤマさんが言った。

どう見ても100円でなんか、買えそうもない立派な品物だ。

それなのに、ヤマさんの奥さんが「あんたって、ケチね、そんな古い物のお金取るなんて」と、ヤマさんを、怒っている。

「ただでも良いんだけど、只より高い物はないって言うだろ。只だと、却って気を遣うと、思ってさ。」

ヤマさんの心遣いに、久実さんも、頭が下がった。

今では、絶滅危惧種みたいな、人の良い夫婦が、羨ましくなった。

部屋に帰って、赤い懐中電灯を、試しに点けてみると、一人暮らしの部屋が、優しい光に、包まれ、

気持ちまで、和らいだ。  

 

 


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れんげ畑Ⅱ  141

2022-03-16 17:37:35 | 小説

「そう言えば、あの時、自転車に載せてきてくれたのは、空君でしたっけ?」

ヤマさんが、思い出したように、加藤のおじいちゃんに尋ねた。

「嫌、空じゃなくて星だったと思うよ。私が、渚ちゃんを助け起こした所に、ちょうど星が、学校帰りに、通りかかって、自転車に載せたんだと思うよ。」

「そうでしたっけね。空君だったら、赤い糸で結ばれていたんだって話になりますけど、それじゃあ、出来過ぎですもんね。」自分で言っておきながら、照れるヤマさんに、マスターが、「ヤマさんって見かけによらず、ロマンチストだからね。」と、からかった。

「見かけによらずは、ひどいや。長居すると、マスターに、からかわれるから、退散しなくちゃ」と、言ってヤマさんは、帰って行った。

「あの頃は、素直な中学生だったんだけど、もう今では大きくなりすぎて、私の言う事なんか、聞いてくれなくてね。」

マスターには、加藤のおじいちゃんが、何を言いたいのか、聞かなくてもわかる。

もうすぐ、亡くなった星の母親の四十九日が、やって来る。

多分、星は、納骨にも、立ち会わないつもりなのだろう。

「ホットケーキでも、作りましょうか?」

敢えて、そのことには、触れずに、話をそらそうとするマスターの心遣いに、加藤のおじいちゃんも、気づいたのか、「そうしてくれると、嬉しいね。」と、答えた。

 

 


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れんげ畑  140

2022-03-12 09:16:02 | 小説

「去年の春には有ったと思うんだがね・・・。」

加藤のおじいちゃんが、話しているのは、近くにあったれんげ畑の事だ。  

「コンビニの傍にあった畑の事でしょ?」ヤマさんが、尋ねる。

「春になると、散歩の途中に、あのれんげ畑を見るのが、楽しみだったんだけど、いつの間にか無くなってしまったね」

「あの辺りは、建売りが、やたら増えましたものね、私も毎年、春にはあそこを通るの楽しみだったんですけどね。」マスターも、残念そうだ。

気づかないうちに、街は少しづつ変わって行く。

古くからあった広大な屋敷も消え、木々はなぎ倒され、花は、踏みにじられ、何事もなっかたように、

日々の暮らしは、続いていく。   

「そう言えば、渚が小学生の頃、れんげ畑で転んで、泥だらけになっちゃって、加藤さんに家まで送ってもらったことが、ありましたね。」と、ヤマさんが、昔を懐かしむ。

「そうだったね、そんな事もあったよね。」と、加藤のおじいちゃんも、うなづく。

マスターが、二人のカップに、淹れ立ての珈琲を注ぐ。

 

 


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値上げ  139

2022-03-08 10:02:30 | 小説

「何だか、暑かったり、寒かったりだね。」

そう言いながら、加藤のおじいちゃんがやって来た。

「この時期は、陽気が落ち着きませんね」と、マスターが相槌を打つ。

手に下げた紙包みを、マスターに渡しながら、「松ぼっくりで、うぐいす餅を買って来たんだけど、今月から値上げをしたって、奥さんに、謝られちゃったよ。」と、加藤のおじいちゃんが、言った。

二人のやり取りを、聞いていた冬子さんが、「何でも、値上げ、値上げで、私みたいな年金暮らしの年よりには、たまったもんじゃ、ありませんよ。」と、ぼやいた。

「値上げの理由は、わかっていても、厳しいですね。」

加藤のおじいちゃんに、☕を運んできながら、マスターもため息をつく。

「コーヒー豆も、上がったんじゃないのかね?」

加藤のおじいちゃんの言葉に続いて、冬子さんが「遠慮しないで、値上げしてちょうだいよ、何年も値段据え置きのままでしょ」と、言葉を添えた。

「出来れば、値上げしたくないと思っていたんですけど・・・。」

マスターの様子を見て「100円値上げで何とかなるかね?」と、加藤のおじいちゃんが、提案した。

「それじゃあ、皆さんに申し訳なくて」と、煮え切らないマスターに、「無理してこの店が、潰れたら、私達行き場を失うわ」と、冬子さんが、後押しする。

看板が、無くて、メニューもない、材料費は、値上がりし、客足も伸びない。

それでも、この店を必要だと、思ってくれる人が居る以上、もう少しだけ、続けて行こうと、マスターは、思った。

 

 

 

 


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トートバッグ  138

2022-03-02 08:08:16 | 小説

三月に入って、春めいた陽気になって来た。

ドアを開けると、冬子さんと久実さん、それに見慣れぬ客も居た。

マスターが、いらっしゃいと声を掛けた。

久実さんが、渚ちゃんの肩に掛けたトートバッグを見て、「ミーのバッグ可愛いわね。」と、褒めてくれた。

冬子さんも、「ムーミン谷のミーね、渚ちゃんに似合ってるわよ」と、口を揃える。

伊達さんのマンションを訪ねた帰りに、「心配かけたから」と言って星から貰ったものだ。

通勤に使っているお気に入りのトートバッグが、大分色褪せてきて、そろそろ、新しいのを買おうと、思っていた矢先だった。

ただの偶然だったのだろうか?

それとも、傷んだトートバッグを、星は気づいていたのだろうか?

目の前に珈琲が置かれて、はっとする渚ちゃんに、「悩み事?」と、マスターが尋ねた。

「そんなんじゃないんですけど・・・。」

冬子さんが「若い時は、いっぱい悩めば良いのよ、急いで結論を出すことは、ないのよ。」と、意味深な発言をした。

「川沿いの梅、今年は、もう散り始めましたね。」見知らぬ客が、支払いをしながらマスターと、話している。

毎年、この時期に、梅を見に来るのだとか・・・。

 

 


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