コンビニで・・・。175

2022-09-30 17:12:05 | 小説

図書館近くのコンビニで、久しぶりに星を見た。

イートインコーナーで、サンドイッチを、頬張りながら、コーヒーを飲んでいた。

渚に気付くと、軽い笑みを浮かべた。

「もしかして、お昼ですか?」渚が尋ねると、困ったように、昼を食べ損ねて、と答えた。

コンビニの壁時計の針は、5時を既に、過ぎている。

星の隣に座っていた学生が、気を聞かせて、席をずれてくれた。

渚は、礼を言って、星の隣に、腰かけた。

何時も爽やかな星が、髪が、乱れて緩めたネクタイのせいか、酷く疲れて見えた。

「父の事、本当にお世話になりました。」改めて、お礼を言うと、当然のことを、しただけだからと言った。

「お仕事、忙しいんですか?」渚が、尋ねると、食べかけのサンドイッチを、コーヒーで、流し込むように食べ、少し咽た。

渚が、見かねて、背をさすると、「ごめん」と、言った後、未だ仕事が、残っているからと言って、店を出て行ってしまった。

余所余所しい星の態度に、狼狽え、遠くなって行く後ろ姿を、ぼんやり眺めた。

 


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秋の訪れ  174

2022-09-21 20:40:16 | 小説

何日も降り続いた雨が上がって、久しぶりの青空が、顔を覗かせた。

朝は、涼しいというより、肌寒い位だった。

漸く、長かった夏に、別れを告げられそうだ。

マスターが、店の前を掃いていると、久実さんが、やって来た。

ジーンズの上に、茶色のカーデガンを、羽織って、大き目のトートバッグを、手にしている。

「コーヒー、頂けますか?」

コーヒーを注文した後、バッグから、ファション雑誌を取り出すと、熱心に、読みだした。

「今日は、お休み?」マスターの問いに、「ええ、お休みなんで、ネイルサロンに、言って来た帰りなんです。」と、答えた。

久実さんの、形良い指の先は、シルバーのネイルが、施されている。

「ごめん、無粋なもんだから、気づかなくて・・・。」

マスターが、謝ると、「仕事柄、ちょっとした気遣いなんです。」と言って、手をひらひらさせて見せた。

秋になったら、☕が、余計美味しく感じると言いながら、再び雑誌に、見いっている。

マスターは、FMラジオの、音量を少し低く、調整して、厨房に入って行った。


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涼風   173

2022-09-11 17:06:22 | 小説

今朝は、随分涼しくなったわね。

冬子さんが、リネンのブラウスの上に薄手のショールを、羽織ってやって来た。

「こんなに涼しいのは、久しぶりですね。」

コーヒーカップを洗いながら、マスターが答えた。

「涼しくなったせいか、モンブランが、無性に食べたくなって、駅前のケーキ屋さんで買って来たから、一緒に頂きましょうよ。」と、ケーキの入った箱を、カウンターに置いた。

マスターは、「今、コーヒー、用意しますから少し待ってください」と、言いながら、サイフォンの様子を気にしている。

「ゆっくりで、良いわよ。」

冬子さんは、何時もの席に、よっこいしょ、と言いながら腰を、下ろした。

「加藤さんの分も、買って来たんですけど、今日は、未だいらしてなかったのね」と、残念そうだ。

☕を、運んできながら、そのうち、いらっしゃいますよと、マスターが言った。

マスターの言葉が、聞こえたかのように、ドアが開いて、ネイビーのボーダーシャツを着た加藤のおじいちゃんが、現れた。

「二人で、私の噂でもしなかったかい?やたらくしゃみが、出てさ」と、加藤のおじいちゃんが、言ったものだから、マスターと冬子さんは、吹き出してしまった。


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さざ波  172 

2022-09-04 19:53:34 | 小説

ヤマさんが、退院して、シンガポールの空に初めて、事の流れを説明した渚。

空は、驚いて、何でもっと早く、連絡してくれなかったのかと、渚を責めた。

渚が、一番つらい時に、傍にいて上げたかったとも言ってくれた。

空の言葉に感謝しつつも、すぐにでも帰ると言う空に、大丈夫だから、仕事を頑張ってと、告げた渚自身、自分の気持ちが、分からなくなっていた。

渚が、一番つらかった時、ヤマさんが生死の境をさまよっていた時に、傍にいてくれたのは、空ではなく、星だった。

空の代わりだからと言って、仕事の合間を縫って、病院の事務手続きや、母の送り迎えまでしてくれたのは、星だった。

勿論、加藤のおじいちゃんの心遣いもあっただろうけど、誠意を込めて渚や母を助けてくれた。

それなのに、ヤマさんが、退院してからは、仕事が忙しいからと言って、渚から、明らかに距離を取ろうとしていた。

そんな気遣いが、余計、渚の気持ちを、波立たせた。

 


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ヤマさん、帰還  171

2022-09-02 17:35:26 | 小説

マスター、逢いたかったよー。

何日ぶりだろうか?

ヤマさんが、店にやって来た。

入院前より、大分頬がこけて、やつれた感じがしたけど、声は、以前のように、張りがあって、

活舌も、はっきりしている。

マスターは、不覚にも、涙が出そうになるのを、必死に、こらえた。

その様子を見て、ヤマさんが、「マスター、ごめん」と、謝った。

「皆に、心配掛けちゃって、倒れた時は、オレも終わりだなって思ったんだけど、又会えてうれしいよ」と、しみじみ言った。

店にいた、加藤のおじいちゃんと、冬子さんも、ヤマさんに駆け寄って来て、背中を抱きしめた。

「何はともあれ、ヤマさんが、元気になってくれて良かったよ。」と、加藤のおじいちゃん。

冬子さんは、ただうなづいてヤマさんを、優しく見つめている。

マスターが、「珈琲、淹れたから、飲んでから、ゆっくり話を聞かせて」と、言った。

「かみさんが、作ったから上手く出来てるかどうか、分からないけど、赤飯、皆さんでって、寄越したもんだから」と、風呂敷包みをほどいて、重箱をテーブルに置いた。

作りたてなのか、懐かしい小豆の匂いがした。

 

 


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