アイスも色々  210

2023-06-30 17:32:59 | 小説

「おお、白クマ、ピーナッツチョコも捨てがたい」南条君は、袋の中を、のぞきこむなり、どのアイスを選ぶか迷っている。

久実さんが、「お腹を壊さないなら、両方食べれば」と言った。

ほんとにと言いながら、マスターの出してくれたクリスタルの皿に、2本のアイスを取り分けて、ごきげんだ。

渚は、カップのバニラ、新人は、雪見だいふくを、選んだ。

加藤のおじいちゃんが、「ところで、新人さんのお名前は?」と、尋ねた。

渚が、新人に代わって、「桜田リンちゃんです」と、紹介した。

リンちゃんも、渚に続いて、よろしくお願いしますと、深々と頭を下げた。

加藤のおじいちゃんも、自分の事を「加藤のおじいちゃんです」と、自己紹介した。

南条君が、「不動産会社の会長だよ。」と、付け足すと、もう引退した、ただのじじいだよと言って、皆を笑わせた。

マスターが、アイスラテを皆に配ってくれた。

「仕事は、慣れた?」久実さんが、リンちゃんに尋ねた。

リンちゃんは、何時も主任に怒られてばかりです。と言って、困ったような顔をした。

「主任って?」久実さんが聞くと、南条君が「伊達っち、うるさくて」と、リンちゃんを庇った。

渚も、「私も新人の頃、良く怒られたから、あんまり気にしない方が良いよ」と、言った。

リンちゃんは、自分が言ったことを忘れたかのように、雪見だいふく美味しかったですと、久実さんにお礼を言って、口の端についたアイスを、キャラクターデザインのハンカチで拭いた。

加藤のおじいちゃんが、「アイスも人も、色んな種類があるからさ、良く味わってみないと、わからないよ。」と、含蓄のある言葉を呟いた。


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歯に沁みる  209

2023-06-28 17:04:48 | 小説

久実さんが、仕事帰りに店に寄った。

アイスクリームを買ってきたと言って、カウンターに紙袋を、ドサッと置いた。

どれでも好きなの取って下さいとヤマさんや加藤のおじいちゃんに勧めたけど、二人共、食べたいのは、山々だけど、歯にしみるから遠慮しておくとのことで、マスターだけが、後で頂くと言って、カップアイスを選んだ。

久実さんは、「せっかく買ってきたのに・・・。」と、言いながら、後でだれか来たら上げてと言って、

マスターに冷蔵庫に仕舞って置いてと頼んだ。

ヤマさんが、「ほんとに、申し訳ない、気持ちだけ頂くね。」と、言ってまだ仕事が残っているからと帰って行った。

久実さんが、アイスコーヒーを飲みながら、チョコレートアイスを食べる様子を見て、加藤のおじいちゃんが、若いっていいねとうらやましそうに言った。

久実さんが、「若いなんて、ここ最近誰も言ってくれないから、ちょっと嬉しい」と言って、笑った。

ドアが開いて、南条君が、やって来た。

あとから、渚と図書館の新人も一緒にやって来た。

ボブスタイルの黒髪が、初々しいちょっと太めの女子だ。

三人を認めると、久実さんが「ああ、やっと歯にしみない人達がやって来た」と言って、歓喜した。

三人は、久実さんの言っている意味が分からなくて、フリーズしている。

マスターが、冷蔵庫からアイスの袋を、取り出して、皆の前に置いてくれたのを見て、ようやく歯にしみない意味が、分かったみたいだ・・・。


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冬子さんの人生相談  208

2023-06-16 04:46:15 | 小説

久しぶりに伊達さんが、顔を見せた。

「あら、お久しぶりね。」冬子さんが声を掛けた。

「雨ばっかりで、気分も落ち込んじゃって・・・。」と、言いながらマスターにレモンスカッシュを、注文した。

マスターが、「仕事、忙しいの?」と、尋ねた。

「仕事も大変だけど、水川さんも、引っ越しちゃったし、親しい友達もいなくて、イライラしちゃって」と言った。

カウンターに、半月のようにスライスされたレモンが添えられたレモンスカッシュが、静かに置かれた。

レモンスカッシュを一気に飲みながら、伊達さんが、冬子さんに、尋ねた。

「私って、彼氏どころか、友達もいなし、ダメ人間ですよね?」

グラスを伝わる水滴を、指でなぞるようにしながら、悲しげに笑った。

「そんなことは有りませんよ。お友達だって、渚ちゃんや、南条君や、久実さん、椿さん、私だって、マスターだって、いっぱいいるじゃありませんか?」

マスターも、「あんまり深く考えすぎない方が、良いよ。」と、言った。

「友達なんてものは、そもそも、契約してなるものじゃないから、自分が友達だって思えば、友達なのよ。」

伊達さんは、冬子さんの言葉に、救われた思いがした。

一見、賑やかで悩みなんてなそうだって、他人に言われるけど、本当は凄く悩んでいた。

後輩の渚は、誰からも愛され、自分だけが疎ましく思われているようで、不安だった。

角度を変えて自分を見つめ直してみよう・・・。

そんな風に思えたのは、冬子さんのお蔭だと思う。  


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時代が悪い   207

2023-06-09 16:20:30 | 小説

何もかも時代のせいにしては、いけないんでしょうけど、この頃の日本は、ひどすぎるわね。

冬子さんが、マスターに語り始めた。

値上げ値上げが、毎月でしょ?

この間、スーパーに行って驚いたのよ!

卵が300円越えですよ。

サラダ油だって、500円近くに上がってましたよ。

年金は、上がるどころか、下がっているのに、食品や日用品は、上りぱなしですよ。

光熱費も上がるし、所得の多い方はいいんでしょうけど、年寄りは、死ねってことですかね?

私はまだ何とか一人でやっていけてますけど、老老介護やお一人で、親の介護をされている方の事件が、後を絶ちませんものね・・・。

「冬子さん世代だけじゃ有りませんよ。私だって、老後の事なんて、考えたくもないですよ。この間、市民税が、来たんですけど、又上がってましたよ。」

マスターも、冬子さんにコーヒーを運んできながら、ため息をついている。  ☕

でもね、この間テレビを見たら、美川憲一や、中尾ミエが喜寿のコンサートを開いたって話を聞きましてね、ちょっと元気がでましたよ。     

あの方たちって、私より一つ下なのよと、冬子さんが言った。

元気の秘訣を聞かれた美川憲一が、お洒落をすることだって答えてらしたわ。

私も、歌が上手だったら、もう少し違った人生が、有ったかしらね?と、尋ねた。

吹き出しそうになりながらマスターが、「私は、有名人の冬子さんより、今のままの冬子さんが好きですよ。」と、言った。

冬子さんが、こんな時代でも、社会の片隅でもう少し頑張って生きてみましょうかねと、呟いた。


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台風の朝  206

2023-06-02 06:50:35 | 小説

店の入り口に置いてある鉢植えの花を、片付けているところに、加藤のおじいちゃんがやって来た。

台風が、来そうだねと言いながら、店に入ってもいいかいと、マスターに聞いた。

「まだ、準備の途中ですけど、どうぞ中に入って下さい」とマスターに勧められ、大きな黒い傘を、ドアの傍にある傘立てに入れた。

マスターが、店の奥から大き目の白いタオルを持ってきて、加藤のおじいちゃんに渡した。

おじいちゃんは、タオルで、肩先に着いた雨の雫を拭いた後、カウンター席に腰かけた。

マスターは、こんな天気だから、どなたもいらっしゃらないと思いましたと言いながら、サイフォンのアルコールランプに、火を点けた。

「娘から、こんな日に出かけるんですか?って言われたけど、家で台風情報聞いてるより、マスターと、話してる方が、気が紛れて良いよ。」と、言った。

紫陽花の花が焼き付けられた大き目の☕に、コーヒーがたっぷり注がれ、おじいちゃんの前に、置かれた。

「この間、空が、久しぶりに神戸から帰ってきてね、仕事の合間に、寄ったと言ってたけど・・・。」

途中まで話しかけて、しばらく間があいてから、「爺さんが、口を挟むような事じゃないんだけど、渚ちゃんと上手くいってないらしくてね。」と、言うと再び黙ってしまった。

 


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