失業 76

2021-05-31 15:29:50 | 小説

久実さんの、雑貨屋が、ついに閉店した。

注文したアイスラテを、美味しそうに飲む久実さんを見て、

「大丈夫なの?」とマスターが尋ねた。

「こうなるって、だいたい分かっていたし、仕方ないのかなあって・・・。

オーナーが、無理して退職金出してくれたし、失業保険も、貰えるから何とかなるでしょ?」

他人事みたいに話す久実さんの心中がわかるだけに、マスターも慰める言葉も見つからない。

「ごめんなさい、こんな時に・・・。」

渚ちゃんが、困ったように、「私、7月から正規採用が決まったんですと言った。」

良かったじゃない、と久実さん、おめでとうとマスター。

「良いのよ、私の事、気にしなくたって、渚ちゃんだって頑張ったんだから」と久実さんが、申し訳なさそうな渚ちゃんを気遣う。

「久実さんにだって、そのうち良いこともあるよ。」

奥の席から、加藤のおじちゃんが、声をかける。

私も、心当たりに、聞いてみるから、焦らないで、ゆっくりしたら良いよと言ってくれた。

亀の甲より年の劫。

加藤のおじちゃんは、普段あんまり口数が多くないが、こんな時には、頼もしい。

残りのアイスラテを飲み干した久実さんは、元気が出ましたと言って帰って行った。

 


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リップサービス

2021-05-29 14:47:18 | 日記

二日程前、ショップで、買い物をした。

フレンチリネンのストールが、気に入ってレジに並んだ。

レジの店員さんは、アッシュブラウンのショートヘアが良く似合う可愛いお嬢さんだ。

財布を出した時、あっつと小さな声を上げた。

何かなと思ったら、ターコイズが、お揃いなんですねと言われた。

たまたま、ターコイズブルーの財布と、バングルのターコイズが、重なったのを見て、

お洒落ですねと、褒めてくれた。  

実は、財布の色は、ただの偶然で、願わくば、左手のリングとバングルを、ターコイズで、揃え

ていたので、そこを褒めていただけると、もっとうれしかったのですが・・・。

でも、まあ、リップサービスと分かっていても、誰かに褒められるのは、悪くない 

 

 

 

 

 


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旅行に行きたいよ~

2021-05-26 18:01:22 | 日記

朝、勤務先の駅に電車が到着して、人混みであふれるホームに降り立った瞬間、

何故だか、急に飛行機に乗って旅がしたくなった。

言うまでもなく、この1年以上飛行機に乗って出かける旅どころか、電車の旅行も、日帰りバス旅行にすら、行ってない。

職場の同僚の中には、緊急事態宣言も、まん延防止も、無視して出かけている人がいるが、

何だか後ろめたくて、そんなまねはできない。

普段は、旅行の事を考えても、虚しいし、諦めているんだと思うけど、

ふとした瞬間に、旅に行きたくなる。

ゴールデンウイークに、去年クロアチアに一緒に行く予定だった友達から、メールがきて、

ほんとは、去年の今頃、クロアチアに行っていたはずだよねって、言ってきた。

彼女も、本当は、旅に出たいのだと思う。

そんな人は、いっぱいいるよね。

コロナは、何時になったら、終息するのだろうか?

ワクチン接種が、やっと始まったばかりだから、まだまだ時間はかかるんだろうな?

皆のがまんが、限界に達してるね。

 

 


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美女桜 75

2021-05-20 06:20:47 | 小説

アパートの庭に美女桜が、咲き始めたからと、冬子さんが、色鮮やかな黄色の花を持ってきてくれた。

「美女桜なんて、誰がネーミングしたんでしょうね?」

「マスターが尋ねると、昔のお公家さんかしらね?」

冬子さんが、楽し気に答えた。

「都忘れだとか、勿忘草、紫式部、敦盛草なんて花もあるでしょ?素敵なネーミングよね。」

運ばれたミルクティを見て、「マスターって不思議な方ね。」と言った。

「今日は、お紅茶が飲みたいなってぼんやり考えていたら、ミルクティが、出てくるんですもの。」

「何となくですよ。皆さんとは長い付き合いだから・・・。」

「ヤマさんや、アガサさんなら、この季節アイスコーヒーだとか、何となく分かるんですよ。」

クリスタルグラスに収まった美女桜は、二人の会話を聞きながら、うとうとと、夢の世界へ誘われていった。

 

 


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ああ、そうだったんだ・・・。 74

2021-05-13 14:40:19 | 小説

加藤のおじいちゃんが、黒い大きな傘を差してやって来た。

「何だか、降ったり止んだりだね。」と言いながら店に入ってきた。

「今日は、ちょっと冷えますね。」と、マスターが言った。

加藤のおじいちゃんは、マスターがコーヒーを入れる様子を、ぼんやりながめていたが、

「そう言えば、この間、孫がお邪魔したみたいで、久し振りにマスターのコーヒー飲んだら美味しかったって言ってたよ。」

「えっつ、孫って、空君じゃなくて?」

「空の兄貴だよ。学生の頃は、一緒に来た事あるんだけどさ、覚えてない?」

テーブルにコーヒーを運んできたマスターは、「ええ、ええ、今思い出しました。」と言った。

「最近は、婿(空君のお父さん)の仕事手伝ってるもんだから忙しいらしくって」と、加藤のおじいちゃんが付け足した。

「この間、いらしたお客さんが、どうも何処かで見たような気がしたんですけど、そうだったんですね。」

「住まいも、あいつはひとりで、マンションに住んでるから、なかなかこっちに来ないんだよ。

空から、マスターの話を聞いて、仕事の合間に寄ったみたいだよ。」

「どことなく、雰囲気は、空君に、似てるんだけど、言われないと分からないですね。」

「兄弟でも、似てないね・・・。」

「でも、優しいところは、そっくりですよ。」

「そんなに褒めても、何にもでないよ」と、加藤のおじいちゃんは、嬉しそうに笑った。

「不動産の仕事も、この時代大変でしょ?」

「まあね、もう、婿に任せているけど、景気のいい人がいる反面、店を閉店するだとか、ローン

の返済が出来なくて自己破産するだとか、色々あるよね。」

雨は止んだのだろうか?

少し開けた窓からは、道行く人の姿も見えない。

 

 

 

 


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崖っぷち 73

2021-05-11 04:37:42 | 小説

久し振りに、マスターの店を訪ねた。

店には、久実さんが来ていた。

窓側の席には、見知らぬ若い客が、ノートパソコンを広げている。

マスターが、アイスコーヒーを運んできた。

「もう、アイスコーヒーの季節ですね。」

久実さんが、声を掛ける。

「そうなの、暑がりだから、アイスコーヒーが飲みたくて来たのよ。」

私が答えると、マスターが、ちょっと笑った。

「そうだろうと、思ったよ。いつの間にか、春から初夏って、陽気になったものね・・・。」

「景気は、どう?」

「うちは、いつも崖っぷちだから、相変わらずと言えば、あいかわらずだよ」と、マスターが、答えた。

「うちもですよ。」久実さんが、同調した。

「雑貨屋なんて、生活必需品を扱ってるわけじゃないから、必要ないと言われれば、それまでなんですけどね・・・。

kixyasukidosonnだったり、ro-raasyureも、潰れてしまう時代ですからね。」

「雑貨やさんて、夢があるから私は、好きだけどな・・・。」

「皆が、そう思ってくれたら、良いんですけど、多分余裕がないんですよ、お金も、気持ちも。」

「嫌な時代だよね。」二人の話を聞いていたマスターが、ため息をついた。

「同じビルに、入っていた、手芸店と、クレープ屋も、先月閉店しましたし、うちもカウントダウンが、始まってます。」

話を聞いていたのか、窓側の席の青年が、突然話しかけてきた。

ごめんなさい、話が聞こえてしまって、と断ってから、「でもまだ、崖から落ちた訳じゃないんですよね?だったら、大丈夫ですよ、きっと何とかなりますよ。」

ある意味、無責任と言えば無責任な、他人事だからと言えば言えるけど、

爽やかな余韻を残して、青年は帰って行った。

マスターが、カップを片付けながら、何処かでみたようなと、独り言を言った。

 

 

 


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空君と渚ちゃん 72

2021-05-04 13:46:59 | 小説

マスターが、気を利かせて渚ちゃんにメールした。

店に、空君が来ているよ、と・・・。

オムライスを食べ終えた二人に、マスターが、コーヒーのお替りを配っていると、

ドアが勢いよく開いて、渚ちゃんが、駆け込んできた。

息が弾んで、額にうっすら汗を浮かべている。

渚ちゃんの様子に、空君が、大丈夫と言って駆け寄った。

「あ、全然大丈夫です]と言う言葉と裏腹に、慌てている様子がバレバレだ。

朝来た時は、ボーダーのTシャツを着ていたのに、フリルの付いたリネンのブラウスに着替えたらしい。

マスターが、渡したコップの水を飲みほした渚ちゃんは、漸く落ち着きを取り戻したようだ。

「渚ちゃん、有難うね、却って気を遣わせちゃったね」と、加藤のおじいちゃんが礼を言った。

「いいえ、もっと良いものにしたかったんですけど予算がなくて、ごめんなさい。」

「渚ちゃん、お昼は食べたの?」空君が聞いている。

「あっつ、まだですけど、後で家で食べるんで、お二人が来てるって聞いて、急いできたんで・・・。」

マスターは、二人とは送って無いぞと思ったけど、知らんふりしていた。

加藤のおじちゃんが、マスターにそっと、私は、先に帰るから、渚ちゃんにもオムライス作ってあげてとお金を払って行った。

空君が、渚ちゃんにアドレスを聞いている。

そんな二人を、横眼に見ながら、マスターは、再びオムライスを作り始めた。

窓から、爽やかな5月の風が入ってきた。

 

 

 

 

 


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空君と加藤のおじいちゃん 71

2021-05-03 07:13:42 | 小説

雨が少し小降りになった頃、空君と加藤のおじいちゃんがやって来た。

「マスター、空に何か食べさせてやってよ」、と加藤のおじいちゃんが言った。

「何が良いですか?」

テーブルを拭きながら、マスターが空君に尋ねる。

「オムライス、出来ますか?」

「出来ますよ、すぐ支度するから待っててくださいね」

「娘が出かけちゃって、朝飯兼昼飯なんだ。」

加藤のおじいちゃんが、ぼやく。

「俺が、作るって言ったんですけど、マスターに作ってもらうって、じいちゃんが聞かなくて・・・。」

「いいですよ、オムライスなんてわけないから。」

二人に、コーヒーを出してから、マスターは、さっそくオムライス作りに取り掛かった。

「そうだ、さっき渚ちゃんが来て、二人に預かりものしてるんですよ。」

「預かりものって?」加藤のおじいちゃんが、尋ねる。

「初任給が、出たからお礼だって言って、渡してほしいって頼まれちゃって・・・。」

「お礼なんて良いのに。」

「俺、何にもしてないのに」と、空君が呟く。

「差し入れのお礼だって、言ってたけど・・・。」

そうこうしているうちに、マスター特製のビッグな、オムライスが、出来上がった。

ケチャップがしっかりかかって、涎がでそうだ。

食べる前は、ちょっと量が、多すぎだと言っていた加藤のおじいちゃんも、しっかり完食した。

空君は、マスターのオムライスは、最高だと感激している。

マスターから、渚ちゃんのプレセントを受け取った二人は、却って気を使わせちゃったみたいだと言っていた。

加藤のおじいちゃんは、孫の嫁にしたいくらい、渚ちゃんは良い子だと褒めた。

それって、アニキの事、俺の事?

空君の質問に、どっちでも良いからさと言った。

爺ちゃんて、適当だよな、空君の一言に、加藤のおじいちゃんとマスターは、顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 


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