雨が降っている。
ドアが開いて、渚ちゃんがやって来た。
「おはようございます。」
渚ちゃんの、元気な声がマスターの眠気を覚ます。
「早いね。」
「まだ開店前ですか?」
「そうだけど、うちはお客さんが来てくれた時間が、開店時間みたいなもんだからどうぞ・・・。」
tvでは、三年前の資産家殺人事件の犯人が逮捕された映像が、流れてる。
マスターは、サイホンのコーヒーをカップに注ぎながら、「良く捕まったよね」と、言った。
「そうですよね。一時は、tvでも騒いでいたけど、ここの所静かだったから、迷宮入りかなと思ってたのに・・・。」
サスペンス好きの渚ちゃんらしく、「SNSの解析とかに時間を取られてたみたいですよ」と中々詳しい。
「あのー、前に初任給が出たら、みんなにごちそうするって言ったの覚えてます?」
「ああ、そんなこと言ってたよね。」
マスターがさらっと言う。
「出たことは出たんですけど、今月は、まだ半分で、来月から一月分もらえるみたいなんです。」
「皆気にしてないから、大丈夫だと思うよ。」
「でも、それじゃあ私の気が済まないので、これ皆さんにあげて下さい。」
紙袋の中から、ラッピングされた包みを取り出した。
この間、久実さんの店で、買って来たんです。
何?
「ハンドタオルです。これから暑くなるから、良いかなと思って、ホントは、もっと良いものあげたかったんですけど、予算がなくて・・・。」
「そんな、無駄遣いしなくて良いのに、冬子さんも、加藤さんも渚ちゃんが元気で仕事しててくれれば、それだけで、喜んでいるからさ。」
「でも、気持ちなんで、預かって下さい。」
「じゃあ、預かるけど、小遣いは大丈夫なの?」 まだ、心配しながら漸く、マスターが受け取った。
「雨で、行くとこないから、今日、冬子さん達来そうなんで、早めに来たんです。」
「そうなんだ。若いのに、偉いよ。みんな、喜ぶよ。」
「あの~、空君の分もあるんで・・・。お昼差し入れして貰ったんで。」
「わかったよ、ちゃんと本人に渡すよ、それより自分で渡せば良いのに。」
「でも、なかなか会えないから」と、ちょっと淋しそうに言った。
渚ちゃんが、帰ったあと、昼近くなって、加藤のおじいちゃんと、空君が二人でやって来た。