また雨ね・・・。84

2021-06-29 06:22:37 | 小説

「梅雨だから仕方ないんでしょうけど、また雨ね・・・。」

雨の中、冬子さんが、やって来た。

雨が降ると、腰が痛くてと、こぼしながら手提げ袋から、紙包みをだして、マスターに渡した。

「何ですか?」

「松ぼっくりの、紫陽花饅頭よ。」

「いつもすみません。」

マスターが、包みを開けると、紫色と薄紅色の饅頭が、現れた。

「綺麗な色ですね。」

「餡は、白餡と紅芋餡ですよ」と、冬子さん。

マスターが、ほうじ茶を入れた。

「娘が、最近また、帰って来いって、うるさいのよ。」

「たまには、顔を見せて上げたら良いんじゃないですか?」

「そうじゃないの。もう一人暮らしは、止めて、同居しろって事なのよ。」

「冬子さんが、いなくなったら、皆が悲しむけど、娘さんの気持ちも、分からなくはないし・・・。」

それだけ言うと、マスターは黙って、カウンターを拭き始めた。

「年を取るって、嫌ね。今まで、普通に出来ていたことが、出来なくなったり、自分では、若いつもりでも、脳みそもいかれちゃって・・。」

冬子さんの愚痴は、いつまでも続く。

止まない雨のようだ。

そんな時、ドアが開いて、空君がやって来た。

冬子さんに挨拶した後、マスターに、にが~い☕淹れて貰えますかと、オーダーした。

 

 


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名前・・・。83

2021-06-24 17:41:27 | 小説

店には、マスターとヤマさん、加藤のおじいちゃんの三人。

このメンバーだけというのは、久し振りだ。

「ヤマさんのおかげで久実さんの仕事も決まったし、やれやれだね。」と、加藤のおじいちゃん。

「オレのおかげというより、カミさんのおかげかな?」とヤマさんが言った。

「それにしても、久実さん、ヤマさんの名前が山吹だって知らなかったみたいで、アルハンブラの社長に言われて、初めて分かったみたいですよ」と、マスターが言った。

加藤のおじいちゃんが、「この店では、ヤマさんで通ってるからね」と、笑った。

加藤のおじいちゃんに、お替りのコーヒーを注ぎながら、マスターが、「ところで、空君のお兄さんの名前が、思い出せなくて」と、尋ねた。

空君のお兄さんだから、陸とか、海とかかな?とヤマさんが、混ぜっ返す。

「せいだよ。星って書いて、せいって読ませるんだよ。」

「ああ、そうでした。星のきれいな夜に生まれたんでしたね。

マスターは、漸く思い出したと言った。

「星と空で、星空なんて、ロマンチックな名前だよね」と柄にもなくヤマさんが感動したように呟いた。

そんな空気を一変させるように、ヤマさんのスマホが、けたたましく鳴った。

「また、油売ってるんでしょ?」

奥さんの元気の良い声が、スマホから漏れてくる。

はいはいと言いながら、ヤマさんは、軽く手を上げて、店を出て行った。

 

 

 


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アルハンブラⅡ 82

2021-06-20 17:39:58 | 小説

アルハンブラの店の奥に、事務所はあった。

賑やかな店から想像していた雰囲気と違って、意外にシンプルだ。

デスクが三つと、簡単な応接セットが置いてある。

「山吹さんから、お話はだいたい伺っているわ」と履歴書に目を通しながら、

「明日から出社できる?」と、社長が久実さんに、尋ねた。

「あの~、採用して頂けるんですか?」

「ええ、あなたさえよければ、働いて頂けると助かるわ。」

細かい条件は、専務から説明してもらってよと、にこやかに微笑んだ。

「あなたが、駅中のショップで働いていた時、何度か、買い物したことあるのよ。

だから、あなたの仕事振りは、知っているわ。」

それだけ言うと、次の約束があるからと言って、久実さんを、専務に任せて、出て行ってしまった。

40がらみの痩せた専務は、社長の親戚だそうで、腰が低く、人当たりが良い。

初めの2か月は、店長見習いと言う事で、その後、本採用にするという願ってもないような条件だった。

専務が、経理と人事を担当しているそうだ。

店は、パート従業員がほとんどで、正社員は、数える程しかいないそうだ。

隣町にも、もう一店舗あるので、社長は、両方を行ったり来たりしているそうだ。

専務が、店を簡単に案内してくれた。

従業員が、年配の買い物客の、接客をしているところだった。

その様子を見て、久実さんは、肩の力が抜けていくような気がした。

頑張らなくて良いんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 


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アルハンブラ 81

2021-06-18 12:08:42 | 小説

「うちの来てませんか?」ジーパンにTシャツ姿のヤマさんの奥さんがやって来た。

「いくら連絡しても、電源切っちゃってて、こちらかなと思ったんですけど・・・。」と矢継ぎ早に言葉を続けた。

[今日は、まだいらしてませんよ。」と、マスターが答えた。

「あの~、アイスコーヒー頂けますか?」気を取り直したように、コーヒーを注文すると、

カウンターの足高のイスに腰かけた。

普段は、電気屋の店番をしていることが多く、マスターの店にもあまり来ないのに、余程の急用なのだろうか?

アイスコーヒーを一口飲むと落ち着いたのか、「うちのに話すより、マスターに話したほうが、早いわね。」と、話し始めた。

「久実さんが、仕事捜してるって聞いて、知り合いに頼んでみたのよ。」と、切り出した。

「マスター、アルハンブラ知ってるでしょう?」

「ええ、まあ、たまに靴下位買ったりしますよ。」

「久実さんが勤めていたお洒落な雑貨やには、程遠いけど、まあ、あそこも服飾雑貨の店じゃない。

アルハンブラの社長って、私の高校の先輩なのよ。」

「やり手の女社長よ、渚に言わせると、あそこの店で、買い物するようになったら終わりだねって、からかうけど、地元のおばさん御用達の店よ。」

「結構長く店長やってた人が、旦那の実家に帰っちゃうんで、後の人捜してる所なんだって・・・。

久実さんさえ良ければ、会ってみたいって言ってるもんだから。」

「いい話じゃないですか、兎も角、久実さんに連絡してみますよ。」

マスターが、電話すると、すぐそちらに伺いますと、弾んだ声で答えた。

ヤマさんからも奥さんに連絡があって、こちらに来るそうだ。

明日からは又、雨になるらしいが、今日だけは、晴れて窓から入ってくる風も心地よい。

ヤマさんの奥さんの前には、いつの間にマスターが置いたのか、ガラス皿の上のくず桜が、涼し気だ。  

 

 

 


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冬子さんの心配  80

2021-06-14 17:00:04 | 小説

「何だかムシムシするわね」と言いながら、冬子さんがやって来た。

「まだ梅雨に入ってないんですよね」と、久実さん。

「西の方は、早くに梅雨入り宣言したけど、こちらは、はっきりしないわね。

このイライラ感って、どなたかの発言を聞いている時の気分と同じよ。」

久し振りに、冬子さんの辛口発言が飛び出した。

「まあまあ、落ち着いてコーヒー飲んでください」と、マスターが、なだめる。

加藤のおじいちゃんも、笑っている。

「お若い方には、分からないでしょうけど、質問をはぐらかして、50年以上前の東京オリンピックの

思い出話なんかしちゃって、大丈夫?っていいたくなるわ・・・。

オリンピックやって、パンデミックが起きたらどうするつもりかしら?

ただ、ごめんなさいじゃすまないと思うけど・・・。」

「ほんとにね、空達みたいにリモートで仕事が出来る人は良いけど、電車やバスで、オリンピック期間に、移動する人は、大変だよね」と、加藤のおじいちゃん。

「うちは、皆さんのおかげでどうやらやって行けてますけど、飲食関係も益々、厳しくなるでしょうね。」

久実さんの買ってきたパンを、冬子さん達に配ると、話題は一時、パンの方に移ったけど、

近頃のコロナの感染者数の、減少が、変だと言う話題に戻ってしまった。

「去年、コロナが、流行り始めたころも、検査体制が整ってないとかで、実際の人数より少なく発表されていたけど、近頃の数もおかしいですよね。」と、久実さん。

「私は、終戦の年に生まれたので、戦争経験はないけど、両親から、戦争中の言論統制の話なんかは、聞いているわよ。そんな風に、誰かがコントロールしてるとしたら凄く怖いなって思いますよ。」

「うーん」と、加藤のおじいちゃんも、唸った。

「私は、冬子さんより少し上だけど、そういう難しい話より、ひもじい思い出の方が、強烈だよね。」と言った。

マスターと久実さんは、二人の話を聞いて考え込んでしまった。

ある意味、コロナも、ウイルスと人類の戦争と言えるかもしれない。

 


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疲れる・・・。79

2021-06-13 03:43:17 | 小説

温度が30度を超え、真夏のような暑さだ。

エアコンをつけ、空気清浄機も稼働させ、窓を少し開けた。

店の前に、打ち水をしたが、あっという間に乾いてしまった。

テーブルを、アルコール消毒していると、一人目の客が、やって来た。

久実さんだ。

手にレジ袋を、下げている。

早くからすみませんといいながら、店に入ってきた。

マスターが、コップに冷たい水を注ぎ、テーブルに置くと、

「これ、焼き立てのパンです。一緒に、食べませんか?」と言って、レジ袋を渡した。

袋の中には、チーズがゴロゴロ入ったチーズパンと、レーズンの食パンが、入っていた。

マスターが、パンを皿に載せ、コーヒーと一緒にテーブルに置いてくれた。

自分の分のパンとコーヒーは、カウンターに置いた。

コーヒーを一口飲んで、「ああ美味しい」と久実さんが言った。

一人で、部屋にいると、色んなこと考えちゃってと、付け足した。

マスターは、敢えて、何も尋ねず、チーズパンを口に運んだ。

「ここのチーズパンは、この辺では、一押しだねと言った。」

テレビからは、タレントだか何だかの結婚報道が流れていた。

相手は、違うだろと、突っ込みたくなる一般人らしい。

「無職の私とこの人が同じ一般人ですか?」

誰にともなく、疑問を投げかけて、久実さんが、乾いた笑い声をたてた。

疲れるよねと、マスターも同調した。

二人目の客は、加藤のおじいちゃんだ。

 

 


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ライバル出現 78

2021-06-11 18:16:40 | 小説

「あっつ、アニキ」と、空君が入ってきた先日の客に呼びかけた。

「マスターの店にいるってじいちゃんから聞いてきたんだ」とアニキと呼ばれた青年は答えた。

「先日は、どうも」とマスターに挨拶した。

「マスターも、この間は、気づかなくて失礼しました。」と言った。

「アイスコーヒー頂けますか?」

空君のおにいさんは、コーヒーを注文した後、空君の後ろの席に座った。

「仕事で、こっちに来たから、ついでにお前の顔見て行こうと、思ってさ。

この間は、会えなかったから・・・。」

「たまたま、出社してた日だったみたいだね」と空君が言った。

「彼女が出来たんだって?」と空君のお兄さんが、尋ねた。

「じいちゃんだよね、余計なこと言って」と、空君が笑って、否定した。

「まだ、彼女じゃないですよね、マスター」と、マスターに助けを求めた。

「さあ、どうでしょう?案外、加藤さんの言う通りかもしれませんね。」

マスターに冷やかされて、空君は、全く皆、適当なんだからと、残ってたアイスコーヒーを、一気に飲み干した。

まるで皆の噂話が、聞こえたかのように、ドアが開いて、渚ちゃんが、見知らぬ青年と、一緒にやって来た。

渚ちゃんは、空君を見つけて、こんにちはと、挨拶した。

連れの青年は、職場の先輩だそうで、昼休みにランチを食べに来たと言った。

マスターの、パスタが、美味しいと、渚ちゃんに勧められてやって来たそうだ。

笑うとえくぼが出来て、人懐こい誰からも好かれそうな青年だ。

渚ちゃんから、紹介された空君と、先輩の南条君は、笑顔で挨拶を交わしていたが、空君のお兄さんと、マスターは、軽く目配せした。

一瞬二人の間に、不穏な空気が流れたのを、決して見逃しは、しなかった。

渚ちゃんは、そんな二人の様子に全く気付かないらしく、「明太子パスタ出来ますか?」とマスターに、尋ねてる。

「はい、はい、急いで作りますよ」とマスターは、機嫌良く答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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雨・・・。 77

2021-06-04 12:18:48 | 小説

朝から雨。

誰かの涙のように、悲しみが降り続く。

マスターが、豆を焙煎していると、空君が久し振りにやって来た。

「良い香りですね。」

コーヒー好きには、たまらない香りだ。

「そうでしょ、私は、この香りが好きで、コーヒー屋のおやじになったんだから。」

「そう言えば、マスターって、前は、会社員だったんですよね。じいちゃんから聞いたけど、エリートだったって。」

「エリートは余計で、只の会社員ですよ。」

コーヒーカップの横に置かれた皿に、ナッツチョコが載っている。

「今日は、何だかチョコ食べたい気分ですよね。」

空君が、関心したように呟く。

「この店の常連の人たちがいつも言っているけど、マスターって、皆が何も言わなくても、

何が飲みたいとか、何が食べたいとかわかるのが、不思議で・・・。」

「そんなことないですよ。今日は、チョコが食べたいって思ったから、ちょっと疲れた時には、チョコが欲しくなるでしょ。」

雨、珈琲、chocolateか、と空くんが呟いた。

「久実さんの事、渚ちゃんから聞きました。」

「そうなんだよ、職が決まるまで、ゆっくりするって言ってたけど、家賃だの生活費だの、

黙ってたって、お金は、出ていくからね。

じいちゃんも心配してて、仕事見つかると良いですよね。」

「うちが、忙しい時だったら、仕事見つかるまでバイト頼むんだけど、今は、こんな状態だからさ、」

マスターも心配してる。

ドアが開いて、この間のお客さんが、やって来た。

 

 

 

 

 

 


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