読書日和

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「光待つ場所へ」辻村深月

2014-07-12 11:36:11 | 小説
今回ご紹介するのは「光待つ場所へ」(著:辻村深月)です。

-----内容-----
大学二年の春。
清水あやめには自信があった。
世界を見るには感性という武器がいる。
自分にはそれがある。
最初の課題で描いた燃えるような桜並木っも自分以上に表現できる学生はいないと思っていた。
彼の作品を見るまでは(「しあわせのこみち」)。
文庫書下ろし一編を含む扉の開く瞬間を描いた、五編の短編集。

-----感想-----
この作品はスピンオフとのことです。
物語は以下によって構成されています。

冷たい光の通学路Ⅰ
しあわせのこみち
アスファルト
チハラトーコの物語
樹氷の街
冷たい光の通学路Ⅱ

「冷たい校舎の時は止まる」「スロウハイツの神様」「ぼくのメジャースプーン」「名前探しの放課後」「凍りのくじら」からのスピンオフとなっています。
このうち私が読んだことがあるのは「ぼくのメジャースプーン」「凍りのくじら」の二作品です。
ちなみにチハラトーコの物語に赤羽環(たまき)という脚本家が出てくるのですが、この人は「島はぼくらと」にも登場していました。
辻村作品は作品同士が少しずつリンクしていると聞きますが、ほんとにそうだなと思いました。

私が読んでいて一番惹き込まれたのは「しあわせのこみち」でした。
主人公は清水あやめ、T大学文学部二年生。
『造形表現』という科目の初回の説明で、教授から受講条件として「絵画でも写真でも映像でも、塑像(そぞう)でもなんでもいい。作文だって、詩だっていい。世界を表現してみせろ。才能を見せてみろ」と課題が出されます。
清水あやめは大学の桜並木の絵を描き、自分の書いた絵が受講者の中で一番の出来だろうと確信。
しかし、教授から最初に「抜きん出ている作品」として紹介されたのは、法学部の田辺颯也(そうや)のビデオ作品。

そんなバカな。この大学には文学部はあるものの、芸術学部はない。専門的な勉強を積んでいる人間が、私の他にいるとは思えなかった。

清水あやめは随分と動揺していました。
また清水あやめには自惚れたところもあって、
世界を強く見るのには、能力がいる。感性という武器がいる。そしてその武器を持っている人間は選ばれた一握りの人間たちだけだろうと思っていた。
とも語っています。
それでいて、自分に自信を持てていないところもあって、
絵が全てだと思えない。昔からそうだった。美大に行く覚悟がなかったのと同じように、私には何もない。絵画の技術が向上した今も。
とも語っていて、何だかややこしい人だなと思います
自分でもそれが分かっているようで、自分のことを「イタイひと」と評していました。
美大を舞台にしての、同格の相手との戦いならともかく、圧勝だと思っていた舞台での敗戦は思いのほかショックだったようで、その気持ちは何となく分かります。

私は何になりたいのだろう。どこへ行きたいのだろう。
これもよく分かる気持ちです。
自分に自信がなくなったり目標を見失ったりするとこんな気持ちになります。

ただ清水あやめが絵が好きなのは本当で、内藤絵画教室という美大生も通う絵画の教室に通っています。
そこそこ仲が良い高島翔子という都内にある美大に通う二年生と話をしながら、清水あやめは美大についての思いを述懐します。
高校時代、美大に進学するかT大を受験するかで迷った経験のある私にとって、美大というのは覚悟の必要な場所だった。その道で生きていく覚悟がなければ、選ぶことのできない進路。

あと印象的だったのが、田辺颯也との以下の会話です。
「清水さんは?鷹野にちょっと聞いたけど、絵描いてるんだって?」
「はい、一応」
愛想笑いを浮かべながら、自分で無意識につけてしまった「一応」が後から胸にこたえた。

ふいに口をついて出た「一応」という言葉に、自信のなさが現れていると思いました。
ちなみに鷹野博嗣(ひろし)という人と清水あやめは高校の同級生で、辻村深月さんのデビュー作「冷たい校舎の時は止まる」に登場していたようです。

物語の途中からは田辺颯也との会話がメインになるのですが、その中で印象的だったのは以下の言葉でした。
「努力もしないで、何もしないでただ地位だけ欲しがったり、いつか自分が何者かになれると確信したり、その逆で始めてもいないのに諦めてる人たちが世の中にはたくさんいる。
「いつか自分が何者かになれると確信したり」は、10代の頃はよくそんなことを思っていたなと思います。
そして「始めてもいないのに諦めてる」は今でもよくあって、たしかにやってみなければ分からないと思います。
先入観で可能性を閉ざしてしまうのは、ちょっと勿体無いかも知れません。

もうひとつ印象的だったのが以下の言葉です。
「友達って定義にはいろいろあるだろうけど、友達が成功したときにそれを素直に喜べるのが、俺にとっての友達だ」
これはすごく心の深くに染み込んでくる言葉でした。
友達が成功して輝いているのを見ると、やっぱり焦る気持ちがあるのです。
「関係が浅い友人同士ならきっと何でもないことだけど、関係が深くなればなるほど難しい」とも語っていて、なるほどなと思いました。
素直に喜べる人でありたいと、思います。

そしてラストで田辺颯也が清水あやめに語った「最優秀賞、受賞おめでとう」の言葉。
田辺颯也は素直に「おめでとう」と言ってくれました。
自分で自分を天才というほど、ものすごく傲慢でプライドの高い部分のあるこの人のこの言葉は、圧倒的な重みを持っていました。
「素直に喜ぶのは関係が深くなるほど難しい」と言っていた言葉は、この場面へとつながっていきます。


もうひとつ、「樹氷の街」についてもご紹介します。
この作品では「凍りのくじら」に出てきた松永郁也が大活躍します。
同じく「凍りのくじら」で主人公だった芦沢理帆子や、特殊な環境の郁也の家で家政婦をする多恵さんも登場。
「凍りのくじら」と強くリンクしていました。

「樹氷の街」は中学三年生たちの物語。
合唱コンクールに向けて課題曲「大地讃頌(さんしょう)」と自由曲「樹氷の街」の練習をしています。
しかしピアノ伴奏の倉田梢の演奏がなかなか上達せず、仲の悪い女子グループからは不穏な空気が漂っています。
そこで指揮を担当する天木は松永郁也にピアノの伴奏を代わってもらうことを考えます。
松永郁也は著名な指揮者である松永純也の息子で、天才的なピアノの技量を持っています。
そして郁也にピアノを教えてもらおうと倉田梢に提案した時、この人は意地で「いい」と言ってしまっていました。
この意地で拒否してしまう心境、よく分かります。
素直に「それでお願い」と言うのは意外と難しいです。
「課題曲は倉田梢にそのままやってもらうが、自由曲は松永郁也に頼むことにもう決めた」と告げられた時のプライドを粉砕された取り乱しようもまた印象的でした。
この人はもともと課題曲の「大地讃頌」に苦戦しているくらいで、それを遥かに上回る難易度の「樹氷の街」を弾くなど到底無理だったのだから、松永郁也に代わってもらえて良かったはずなのに、心境的にはそうはならないんですよね。
問答無用で自分が降ろされたことにひどくプライドを傷つけられたようで、激怒して涙を流しながら天木のもとを去っていきました。

しかし倉田梢が偉かったのはそこでは終わらなかったことです。
きちんと自分のピアノの現実を受け止め、不貞腐れずに前を向き、松永郁也に課題曲の面倒を見てもらうことを了承しました。
これはまさしく青春物語だなと思います
郁也の成長した姿も見ることが出来たし、すごく良い物語で楽しめました


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