読書日和

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「凍りのくじら」辻村深月

2014-06-09 23:52:30 | 小説
今回ご紹介するのは「凍りのくじら」(著:辻村深月)です。

-----内容-----
藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。
高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。
戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。
そして同じ頃に始まった不思議な警告。
皆が愛する素敵な”道具”が私たちを照らすとき―。

-----感想-----
芦沢光、25歳。
自然を撮ることを中心に活動する新進気鋭のフォトグラファー。

芦沢理帆子が紹介される時、よくこのような紹介文になります。
著名な写真家であった芦沢光は理帆子の父で、理帆子はその名前を継いで二代目・芹沢光となりました。

ここから物語は理帆子が高校二年生だった頃の回想に入ります。
この手法は以前読んだ「ナラタージュ」(著:島本理生)が思い出されました。
冒頭に少しだけ現在の話があって、そこから過去にあった話へと遡っていく手法です。
「凍りのくじら」における過去の話ではそれぞれ章のタイトルがドラえもんの道具の名前になっています。
第1章 どこでもドア
第2章 カワイソメダル
第3章 もしもボックス
といった感じです。
どの章でもその道具にまつわる話が会話の中で出てきたり、理帆子の心の中で語られたりします。

高校二年生の理帆子は、周りを冷めた目で見ていて、どこか馬鹿にしています。
友達たちと話していても、理帆子は心の中で
彼らの横に腰を下ろしながら、私はこの中で自分一人だけが「違う」ことを思い出していた。
と冷めた目で友達たちを見ています。
また友達たちと付き合うに当たって、不文律を心の中に持っていました。
不文律その②では
自分が一人「違う」ことはこの場所では絶対に伏せる。彼らにわからない言葉や熟語は使わないし、必要以上に自分の意見も言わない。意見や感想っていうのは、それを受け止めることができる頭を持ってる人間相手じゃなければ、上滑りして不快なだけだ。
と語っていました。
随分上から目線で周りを馬鹿にしているなと思います
ただその後に出てきた
今日を楽しく生き抜くために。不文律、その③。とりあえず、笑っとけ。
は印象的な表現でした。
これは意外とそのとおりな部分もあると思いました。

理帆子は藤子・F・不二雄先生を尊敬しています。
そして藤子・F・不二雄先生が遺した言葉に以下のようなものがあります。

『ぼくにとっての「SF」は、サイエンス・フィクションではなくて、「少し不思議な物語」のSF(すこし・ふしぎ)なのです』

理帆子はこの言葉の影響で、その対象人物にスコシ・ナントカと心の中で名前を付けています。
例えば
Sukoshi・Fungai(少し・憤慨)
Sukoshi・Fuan(少し・不安)
などです。
その人物の特徴に合ったスコシ・ナントカになっています。
理帆子は自分自身にもスコシ・ナントカを付けていて、それは
Sukoshi・Fuzai(少し・不在)
です。
『どこでもドア』を持つ私は、屈託なくどこのグループの輪にも溶け込めるが、場の当事者になることが絶対になく、どこにいてもそこを自分の居場所だと思えない。それは、とても息苦しい私の性質。
常に冷めていて、なかなか厄介な性格をしているようです。。。

そんな理帆子に影響を与えたのが、三年D組の別所あきら。
別所あきらは新聞部で写真を撮っていて、理帆子に写真のモデルになってほしいと頼んできます。
とてもニュートラルで、人に取り込まれない別所あきらに理帆子が付けたのは、
Sukoshi・Flat(少し・フラット)です。
SF(少し・不思議)にちなんで、全て「少し・フの付く言葉」にしていますが、これだけフの付く言葉を揃えるのは凄いなと思いました。
別所あきらが相手だと理帆子の話し方は一気に変わります。
普段友達と話している時のようにバカなふりなどしないし、無理して会話をおちゃらけた感じにもしないし、頭の良さをフルに出して思いのままに喋っている印象を受けました。
これが妙な鎧を脱ぎ捨てた理帆子の本来の姿なのだと思います。

理帆子の母は癌で、理帆子が中学三年生の時から入院しています。
医者に二年持てば良いほうと言われ、もうすぐ二年が経とうとしています。
父親の光も癌で、闘病していたものの死期を悟ったのか5年前のある日突然、失踪してしまいました。
これは理帆子が不憫だなと思いました。
どこか冷めた性格に、少なからず影響を与えたのかも知れません。

冷めていて偏屈なところのある理帆子と対照的だったのが友達の美也(みや)。
自分自身をバカと言っていますが、その言葉には計算されたところがなく、凄くストレートで素直です。
「いやいや、困った時はお互いさまですよ。だってうちらトモダチじゃん」
「嘘って、ついたらいけないんだよ。リホちゃんはそればっかりだ。教えて欲しかったよ、うちら友達でしょう?頼ってくれなきゃ、ダメじゃん……」
二人の考えていた「友達」の重みの違いに、胸が痛みました。

そして、理帆子に忍び寄るストーカーの影。
理帆子の元彼氏の若尾大紀、この人物が次第に暴走していきます。
自分で理帆子のことを振っておきながら再び近付いてきて、何かと理帆子と連絡を取りたがります。
すごく傲慢で思い上がりが激しく、自分以外の周りを馬鹿にしたような男でした。
こんな男からの連絡など無視すれば良いのに…理帆子はついつい、送られてきたメールに返信したり、掛かってきた電話に出てしまいます。
自分と似た性質を持つ若尾に、興味が惹かれてしまうようです。
これが致命的な間違いでした。
理帆子は若尾の暴走ぶりをどこか見下して見てみて、どうせ若尾では一線は超えられない、大したことは出来ないと高を括っていましたが…それが甘かったです。
思い詰めたストーカーがどれほど危険なものか、理帆子は分かっていませんでした。
カオリという友達からの「電話も着信拒否にして、もう連絡を取るな」という忠告も無視して若尾とのつながりを断ち切らずにいたため、自業自得でこの展開を招いてしまいました。
物語の終盤は修羅場のような展開が待っています。

激動の高校二年生。
回想の始まりが6月で、回想の終わりが10月。
この4ヶ月ほどの間に理帆子は良くも悪くも中身の濃い、色々な経験をしました。
生涯忘れることはないと思います。
そして二代目・芦沢光を名乗ることを決意するきっかけになったであろうエピソードもありました。
理帆子を残して失踪してしまった父ですが、最後はその父が理帆子を守ってくれたことが嬉しかったです。


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2 コメント

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こんばんは。 (栄子ママ)
2014-06-14 21:22:59
はまかぜさん、本の紹介、楽しみに読ませていただいています。

唐突ですが
≪栄子ママのお箏教室≫が10周年を迎えます。
お祝いと記念に?!ご縁のある方たちに
揺れ動いた高校2年生を思い出してもらいました。

7月11日を過ぎて・報告します。

いつもありがとうございます♪
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栄子ママさんへ (はまかぜ)
2014-06-15 14:05:47
10周年を迎えられるのですか!
おめでとうございます

揺れ動いた高校2年生、たしかにこの頃は色々なことがありますからね。
感受性も豊かで、段々大人になっていく過渡期です。

7月11日が10周年の日ということでしょうかね。
ご報告楽しみにしています
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