読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
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「トラペジウム」高山一実

2021-09-26 15:48:56 | 小説


今回ご紹介するのは「トラペジウム」(著:高山一実)です。

-----内容-----
高校1年生の東ゆうは「絶対にアイドルになる」ため、己に4箇条を課して高校生活を送っていた。
「SNSはやらない」「学校では目立たない」「彼氏は作らない」「東西南北の美少女を仲間にする」……?
努力の末、”輝く星たち”を仲間にした東が、高校生活をかけて追いかけた夢の結末とは。
人気アイドルグループ・乃木坂46から初の小説家デビュー作。
現役トップアイドルが、アイドルを目指すある女の子の10年間を描いた感動の青春小説。

-----感想-----
乃木坂46の高山一実さんはアイドルであるとともに、文才もあるようです。
私が手にした「トラペジウム」の文庫本は本編の文章が約250ページあり、アイドルとして多忙な中で書くデビュー作をこの規模の作品にするのは大変なことではと思います。
真に文章が好きで、文才も持っていないとやれないことだと思います。




(乃木坂46の高山一実さん)

冒頭、主人公の東ゆうが「半島」の南端にある西南テネリタス女学院という私立の高校を訪れるところから物語が始まります。
どこの半島かは書かれておらず、高山一実さんの出身地でもある千葉県の、房総半島かなと思いました。
ゆうを不審に思った女子生徒が声をかけてくる場面で、「まるで穴の開いた靴下を見るかのような酷い目つきでこちらを見据えてくる。」という比喩表現がありました。
珍しい表現だと思い、「駄目だこりゃ、使い物にならない」ということかなと思いました。

女子生徒との場面においてゆうの言葉や行動には不遜さが出ていて、負けん気の強い性格の印象を持ちました。
次の文章が特に印象的でした。
テネリタスの意味がラテン語で”優しさ”というのが本当なのであれば、あのお嬢様は退学処分にした方が良い。アイロニー女学園を設立し、早急に転校手続きをさせよう。
アイロニーとは皮肉という意味で、意地の悪い皮肉を言ってきた女子生徒へのこの文章は面白いと思い、センスの良さを感じました。

文章の軽妙さには史上最年少芥川賞作家綿矢りささんのデビュー作「インストール」が思い浮かびました。
また文章表現の特徴は芥川賞(純文学小説)よりも直木賞(エンターテインメント小説)に向いていると思いました。
この先経験を積めばノミネートの可能性があるのではと思います。

ゆうはひょんなことから、テニス部の華鳥蘭子という「わたくし」や「~ですわ」口調が印象的なお嬢様と友達になります。
家に帰ったゆうが地図を広げる場面で「伊能忠敬顔負けのお手製地図」と言っていて、なかなかの自信家だと思いました。
また携帯電話に華鳥蘭子を「南」という名前で登録したのを見て、東西南北の方角に友達を作ろうとしているのが分かりました。

序盤を読んで、サクサク読んで行ける印象を持ちました。
文章にはどこかギャグの雰囲気もあり、楽しく読める文章は良いなと思いました

ゆうは次に西の方角にある”西テクノ工業高等専門学校”に行きます。
この高専には大河くるみというNHKロボコン(ロボットコンテスト)で有名になった人が居て、その子に会いに来ました。
ゆうは工藤真司という男子の好意でくるみの元まで案内してもらいます。
しかし友達になりたいと思いあれこれ話しかけるゆうに戸惑ったくるみはその場を立ち去ってしまいます。
思い通りに行かなかったゆうは次のように胸中で語ります。
「理想は一人で描くもので、期待は他者に向けてするものだ。もう期待をすることはやめよう。」
印象的な言葉で、他者が期待のとおりに動くとは限らないと思いました。
他者には他者の考えや事情があり、ゆうに合わせて動くわけではないです。

くるみは地元では有名人ですが自身の存在が知れ渡っていることを喜んではおらず、その思いは終盤まで尾を引くことになりました。
僻見(びゃっけん。ゆがんだ考えのこと)という普段身の回りで目にしない言葉が登場しました。
「トラペジウム」を執筆時の高山一実さんは22~24歳の時期で、その年齢でこんな言葉を使えるのが凄いなと思いました。
幸いシンジの取りなしもあってくるみと仲良くなることが出来ます。

ゆうは”喫茶室BON”という喫茶店でシンジと会い、城州の東西南北から一人ずつ集めてアイドルグループを作りたいという思いを語ります。
作品タイトルの「トラペジウム」はオリオン座の中にある四重星の名前のことで、東西南北の4人を指しているのだと思います。
さらにゆうは、可愛い子を見るたびにアイドルになれば良いのにと思うもののきっかけがないと思われ、自身がそのきっかけを作ってあげると語っていました。
私は相手が本当にアイドルになりたいのかを見ていなくて独善的だと思いました。

新年になります。
城州地方は北に行くほど街が栄えているとあり、やはり北部にディズニーランドを持つ千葉県がモデルかなと思いました。
ゆう、蘭子、くるみの3人で本屋に行くと、かつて小学生の時にゆうと同じクラスだった亀井美嘉が居て、ゆうは顔を見ても誰か分かりませんでしたが美嘉の方は覚えていて話しかけてきます。
美嘉は心の問題を抱えていて、昼間は中高一貫の城州北高校に通いながら、放課後にババハウスという何らかの問題を持つ子を支援するボランティア施設に通っています。
「嫌われる才能を持って生まれてしまった」とあったのが印象的でした。

ゆうの高校での場面があり、クラスの話好きの女子によって他校のくるみや蘭子と会っていたことが広められていました。
ゆうはクラス内での人間関係を「最低限嫌われないように立ち振る舞ってきたつもり」と語っていましたが、気の遣い方が持ち前の傲慢さで少しずれているように見え、「美人だけどいけ好かない奴」くらいに思われていそうな気がしました。

ゆう、くるみ、美嘉の3人でパンケーキを食べに行きます。
美嘉からボランティア活動に興味はないかと言われ、ゆうは美嘉がボランティアをしている話を聞いて、「北」に住んでもいる彼女が最後の一人に相応しいと思います。

ゆうはさっそくババハウスで子供達に英語の勉強を教えるボランティアをします。
小学4年生から約5年間カナダに住んでいたとあり、それで英語が得意とのことでした。
乃木坂46には生田絵梨花さんという帰国子女がおり、もしかすると身近にあるそういった例から着想を得たのかなと思いました。

ゆうは”にこきっず”というババハウスのボランティア団体の活動を利用し、”にこきっず”のブログに4人全員で載って注目を集めることを計画します。
ゆうの計画は打算的であるとともに「地道」で、漠然と有名になろうとはしておらず段階を踏んで世に出ることを狙っていて、現実は簡単には行かないのをよく分かっているのだと思いました。

春を迎えゆうと美嘉は高二、蘭子とくるみは高三になります。
ボランティア団体のイベントに参加し、車イスの人を支えながら山登りをします。
ゆうは事前に蘭子とくるみを連れてくると聞かされていなかった代表の馬場に苦言されて気が重くなります。
突然2人が来たので山登りの段取りにも狂いが生じ、ゆうは2人から白い目で見られて気まずくなります。
それでも山頂で2人が許してくれているのが分かると、それまで喉を通らなかったご飯が突然美味しくなっていて、「わだかまりがなくなるとご飯も美味しくなる」という心境はよく分かりました。

また山頂でサチという車イスの少女と蘭子、くるみ、美嘉が仲良く話しているのを見て、ゆうは次のように思います。
この時、西南北はサチを中心としていた。やっと動いた歯車に石が詰まったようでいい気はしない。
この心情には二つのことを思いました。
一つは自己中心的だなと思い、3人をサチに取られる嫉妬が滲んでいると思いました。
もう一つはそれまでのわだかまりからやっと立ち直ったのだから、水を差されたくない思いがあるように見えました。
そして共通しているのは「東西南北の4人」へのこだわりが強いことだと思いました。

くるみから誘われ、3人は西テクノ工業高等専門学校の文化祭「工業祭」に行きます。
サチも工業祭に来ていて、ゆうがサチを見つけて機嫌が悪くなっていたのが面白かったです。
しかしサチに無邪気にお礼を言われた場面で心境の変化があったようで、作品全体を通して腹黒い印象の強いゆうにも心根の優しさはあるのだと思いました。

地元の翁琉城(おうりゅうじょう)がテレビに出ることになり、ゆうは翁琉城でボランティアをしてテレビに映ろうと考えます。
ボランティアの話を聞くために翁琉城に行った時、「指定された時刻よりきっかり5分早く着くことができた。ひときわ日本人レベルの高い行為といえるであろう。」と語っていました。
「ひときわ日本人レベルの高い行為といえるであろう」の言い回しはよく出てきたなと思いました。
ゆうのキャラともよく合っていて秀逸だと思います。

城内にある日本刀は名前が「蛍丸国俊(ほたるまるくにとし)」とありました。
人の名前が刀に付けられることはあり、私は新選組副長、土方歳三の愛刀「和泉守兼定(いずみのかみかねさだ)」が思い浮かびました。
調べてみると鎌倉時代後期の刀工・来(らい)国俊が実際に「蛍丸国俊」という刀を作っていて、太平洋戦争終戦後の混乱で行方不明になった幻の刀であることが分かりました。
そこに注目して作品内に登場させるのはセンスがあると思います。

ゆうは伊丹という77歳のボランティア男性から、スペイン人に「加賀まりこ」とは言わないほうが良いと教えてもらいます。
なぜ人の名前が禁句なのか調べてみると、スペイン語ではとんでもない意味になるのが分かり、高山一実さんはよくそんなことまで知っているなと驚きました。
頭の良い人だと思いました。

後日、東西南北とシンジの5人でボランティアをします。
そこにテレビ局の取材が来ると聞かされ、AD(アシスタントディレクター)の古賀という24歳の女性がやって来ます。

番組が放送されるとゆうは一時的に周囲から注目されますが、一週間経つと代わり映えのしない日々に戻っていて、そのことに憤りを感じていました。
「夢というものはどうすれば叶うのか本気で考えた。」とあり、真剣に有名になりたいと思っているのが伝わってきました。
ゆうは翁琉城でのボランティアがこれ以上役に立たないと見るや、伊丹と疎遠になりボランティアにも行かなくなり、計算高さがよく分かる場面でした。

作中で計算高さを描いているのは、私は良いと思います。
「綺麗事」で自動的に注目を集めて世に出て行けるとは思えないです。
ただしアイドルは本来清純さを売りにしているので、それとは真逆の計算高さ、腹黒さはネタでもない限り決して人前で見せてはいけないのだと思います。
演じきることもまたアイドルに必要な資質なのかも知れないと読んでいて思いました。

転機が訪れ、東西南北の4人は古賀が新たに受け持つ番組の1つのコーナーに出演することになります。
放送が始まると4人は世間からほんの少し需要を得ます。
やがてゆうは古賀のツテでマルサクトという芸能事務所の遠藤というお偉いさんと話をして貰えることになります。

物語終盤は一気にアイドルらしくなって行きました。
シンジがゆうに「翁琉城をまんまと踏み台にして」テレビに出るようになったなと冗談めかして言っていたのが印象的で、的を得ていました。
腹黒さをやんわりと教えてくれる友達の存在は貴重な気もしました。

ゆうが「必死なのはいつも自分だけ」と憤る場面がありました。
私はそれを見て、他の3人はゆうに巻き込まれていて心持ちが違うからだと思いました。
計算高く常に成功するための策を考えているゆうと違い、のし上がって行くという覚悟がないのだと思います。
「アイドルの使命は自分のパーソナルプロデューサーを担い続けることだった。」というゆうの言葉は、高山一実さんのアイドル経験による実感ではと思いました。


作品を手に取った当初は、東西南北の4人でもっと大々的にアイドルとして活躍していく物語をイメージしていました。
しかし読み始めてみるとゆうの仲間集めから始まり、策を練って地道に存在を知ってもらおうとしていて、そう簡単にはスターダムにのし上がれないのだと思いました。
高山一実さんの「アイドルとして成功するのは簡単ではない」というメッセージのようにも思いました。
私は2作目もアイドル関連のお話になっても問題ないと思うので、また高山一実さんの書いた小説を読んでみたいです


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「響け!ユーフォニアム3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」武田綾乃

2021-09-19 10:46:18 | ウェブ日記


今回ご紹介するのは「響け!ユーフォニアム3 北宇治高校吹奏楽部、最大の危機」(著:武田綾乃)です。

-----内容-----
猛練習も日常となり、雰囲気もかなり仕上がってきた矢先、北宇治高校吹奏楽部に衝撃が走った。
副部長で、部の要と言える三年生のあすかが、全国大会を前に部活を辞めるという噂が流れてきたのだ。
母親との確執から、受験勉強を理由に退部を迫られているらしい。
さらには、楽器に対する複雑な心境をあすかは久美子に打ち明ける。
はたして大会の行方はーー。
”吹部”青春エンタメ小説の決定版!

-----感想-----
この作品は「響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部へようこそ」「響け!ユーフォニアム2 北宇治高校吹奏楽部のいちばん熱い夏」の続編となります。

プロローグは子供時代のあすかがユーフォニアムと出会った場面でした。
このシリーズでは作中で重要な役回りになる人がプロローグに登場する特徴があります。

北宇治高校文化祭での吹奏楽部の演奏で物語が始まります。
京都府立北宇治高校吹奏楽部は二週間前の8月25日に行われた関西吹奏楽コンクールで見事に全国大会への出場資格を手に入れたのでした。
演奏後のミーティングで、部長でバリトンサックス奏者の小笠原晴香から9月末に出演する京都駅の駅ビルコンサートに福岡県の清良女子高校も出演することが語られます。
吹奏楽部は全国大会の常連でもある超強豪校で、演奏したCDを販売した際には売り上げランキングの上位に入り、定期演奏会のチケットは即日完売とあり、物凄い学校だなと思いました。
福岡県に実在する「精華女子高校吹奏楽部」がモデルと思われます。

ミーティングは部長の小笠原と副部長でユーフォニアム奏者の田中あすかによって進行して行きました。
控え目で人を引っ張って行くのにあまり向いていない小笠原と対照的に、あすかは清良女子高校出演でざわつく部員達を難なく静かにさせていました。
本人は部長就任を断りましたが、あすかの方がリーダーに向いていると思う象徴的な場面でした。

主人公で一年生、ユーフォニアム奏者の黄前久美子は関西大会が終わってから部員達の音楽への意欲がどんどん高まっていると胸中で語ります。
吹奏楽部の意識が大きく変わったのは明らかに顧問の滝昇先生の影響でした。
久美子は滝がなぜ休日を返上し、スパルタ指導で憎まれ役になってまで私達に尽くしてくれるのかと疑問に思います。

高校は夏休みが終わって二学期に突入しました。
夏休みの間は部活のことだけ考えていれば良かったのが、再び授業と両立させないといけなくなりました。
それをきついと捉えるか、もっと練習時間を確保したいと捉えるかの意識の差が、演奏力の差になるのだろうなと思います。
一年生でコントラバス奏者の川島緑輝(サファイア、本人はこの名前が嫌いでみどりと呼ばせている)が、全国大会のほうがそれまでの大会より次に進めるかを気にしなくて良い分伸び伸びやれると言っていて、これはそのとおりな気がしました。

久美子は一年生でトランペット奏者の高坂麗奈から誕生日プレゼントに進藤正和という日本を代表するユーフォニアム奏者のCDを貰いました。
プロローグでも名前が出ていて、今作で重要な意味を持つ人です。

全国大会の高校Aの部は10月26日に名古屋で行われるとありました。
かつては東京で行われていて、その場所は「吹奏楽の甲子園」と呼ばれ当時の吹奏楽部員達の聖地だったとあり、これは普門館のことだと思います。
三年生達は全国大会が終われば引退になるともありました。

久美子の姉の麻美子が突然大学を辞めると言い出し、今までずっと部活を馬鹿にされ勉強をしろと言われ続けていた久美子はどういうつもりなのかと追及します。
私もなぜ辞めようとしているのか気になりました。

久美子が宇治商店街を歩いている時、抹茶コロッケというメニューがありました。
抹茶で有名な宇治らしいなと思い、食べたことがないのでどんな味になるのか気になりました。
また花屋の前を通りがかった時に滝に遭遇し、その左手に結婚指輪をしているのが目に留まりましたが、詳しいことは聞けませんでした。

当初滝が掲げた目標は全国大会出場でしたが、今は部員達が全国大会金賞を目標にするようになったとありました。
当初の目標の達成だけで満足せず、より高いところを目指すのは素晴らしいことだと思います。

久美子は職員室であすかの母親が来て激怒している騒ぎに遭遇します。
あすかは難関大学を受験する予定で、母親は「うちの子が受験に失敗したら、どう責任取ってくれるんですか?」と言っていました。
さらにあすかを今日をもって退部させると言っていて久美子は動揺します。
滝は退部を望んでいない本人の意思を尊重すると言い、教頭先生もかなり気を使った言い方ですが本人の意思を尊重すると言っていました。
母親の「私への当て付けのためにあんな楽器吹いてるんやろ?」という言葉が気になり、ユーフォニアムに因縁があるのだなと思いました。

あすかの母親の噂はすぐに広まり、久美子が低音のパート練習の教室に行くと騒ぎになっていました。
全体での合奏ではみんなあすかのことが心配で上の空になっていました。
久美子は「彼女はこの部活の精神的支柱だ。もし本当にあすかが退部してしまったら、いったいどうなってしまうのか。」と胸中で語っていました。
部長の小笠原が真剣に思いを語り、これまでにない強さを感じる姿が印象的でした。

滝が花屋で買っていた花はイタリアンホワイトという黄色を帯びた白色のひまわりだと分かり、花言葉は「あなたを想い続けます」とありました。
久美子と麻美子の小学校時代の回想があり、麻美子は六年生の時に勉強に専念するためにトロンボーンを辞めました。
本当は続けたかった楽器を久美子が伸び伸びと続けていることへの妬みがあり、きつい当たり方になっているのだろうなと思いました。

あすかは部活に来るとは言いますが、詳しいことは話してくれないです。
しかし部活を休むことも増え部員たちは不安を隠せません。
滝とあすかが職員室で話し込んでいる姿も何度も目撃されます。
麗奈が久美子に「全国まで一カ月切ってるわけやし、演奏以外のとこでもめんのは嫌やなあ」と言っていて、本筋ではないところで揉めるのが嫌なのはよく分かります。

駅ビルコンサートに向けての練習の時、「同じ楽器でも、それぞれ異なった役割が与えられている」とありました。
実際の演奏会でもたくさん見たことがあり、主旋律とそれを支える旋律によって厚みのある音になっています。

久美子はある日、二年生のユーフォニアム奏者でB編成(全国大会には出ない)の中川夏紀が居残って練習するようになったのが目に留まります。
麗奈が久美子に、あすかはコンクールにちゃんと出られるのかと疑問を言い、さらに練習に来られないようでは部の士気にも関わると言っていました。
一年生にしてトランペットのソロ演奏を担う麗奈はあくまで全体のことを見ているのがよく分かる場面でした。

迎えた駅ビルコンサートで、久美子は小笠原の演奏が普段とは比べものにならないほどノリノリで格好良くて驚きます。
「コンサート」のステージに立つと人格が変わるタイプのようでした。
注目の清良女子高校はプログラムの最後に「マードックからの最後の手紙」という曲を演奏しました。
マードックは豪華客船タイタニック号の一等航海士で、船が沈む最後の瞬間まで乗客の救出にあたりました。
航海中に家族へ手紙を書くのを日課としていて、この曲は彼の手紙をアイリッシュ調のメロディーで綴ったとあり、どんな曲なのか気になりました。
「マードックからの最後の手紙」の演奏は今作の象徴的な場面で、他校なのにかなり詳しく演奏の様子が描かれていて、北宇治高校にとって格上の相手なのがよく分かりました。
久美子は北宇治高校が演奏した時より清良女子高校が演奏した時の方がお客さんの反応が熱く大盛り上がりだったのを見て、次のように思います。
自分と他者の力量の差を直視するには、ほんの少し勇気が必要なのだ。
印象的な言葉で、これまでの努力で得た自信も木っ端微塵になりかねず、直視するのは大変なことだと思います。

久美子は進藤正和の演奏する「パントマイム」という曲の収録されたCDを聴き、あすかの音色が進藤の音色に似ていると思います。
あすかは母親の目を盗んでこっそりと部活に出ていましたがある日母親にバレてしまい、今度こそ駄目かも知れないとの噂が流れます。
全体演奏ではパーカッションが専門のコーチ橋本真博に今日はユーフォニアムの演奏が駄目だと言われ、久美子はあすかとの実力差を感じます。
さらに滝から今週末までにあすかが部活を続けられる確証が得られなかった場合、全国大会には夏紀に出てもらうと話があります。

休日練習の朝、久美子が「朝日は美しいけれど、決して暖かくはない。」胸中で語っていました。
良い表現だと思い、秋の朝と、あすかのことで揺れる久美子の心境の両方が表現されていると思いました。

久美子はあすかが出場出来ない場合に備えて努力する夏紀を見て、もしあすかが戻ってくれば夏紀の努力は無駄になってしまうことを考えていました。
周りの人のことをよく見ていると思います。

久美子が居残り練習を終えて音楽室の鍵を返しに職員室に行くと、疲れた滝が寝ていました。
その時に机の上にある写真立てが目に留まり、見たことのない女性が映っていて、久美子は滝のかつての奥さんかもと思います。
それを聞いてしまい気まずい雰囲気になっていて、謎が明らかになるのは読んでいて嬉しいですが、なぜ聞いてしまうのだろうとも思いました。

ある日久美子はあすかと1対1で話して全国大会に出場してほしいと説得しますが、あすかはろくに部活にも出ていない自身がのうのうと出るわけにはいかないと言います。
またあすかは久美子に、あなたは自身が傷つくのも相手を傷つけるのも嫌で毎回なあなあで済ませて見守っているのに、どうして相手が本音を見せてくれると思い込んでいるのかと言っていて、かなり鋭い言葉だと思いました。
あすかの鋭さにたじろぐ久美子でしたが、諦めずにこれまでにない気迫であすかに思いをぶつけます。

久美子は幼馴染みでトロンボーン奏者の一年生、塚本秀一との帰り道でそばを通る車の音に混じって川の流れる音が聞こえていることに気付き、普段意識していなかったその音を次のように思います。
当たり前すぎて、その音がそこに存在していることを久美子はつい忘れてしまうのだ
この感性はよく分かります。
木立が風に揺られる音も、車の音に気を取られて聞こえなくなっていることがあります。
久美子が「私たち、ただの友達だもんね」と言い、秀一が否定してくれるのを期待する場面がありましたが、秀一はそうは言ってくれませんでした。
しかしこのやり方は、気持ちは分からなくもないですが大事な部分を相手に押し付けていて良いとは思えなかったです。

いよいよ全国大会を迎えます。
宿舎では久美子と秀一が一転して良い雰囲気で話している場面があり、この二人は付き合うことになるのだろうなと思いました。
演奏の当日、朝食を食べている時に夏紀が「それにしても、ついにこの日が来たな」と言い、緊迫する一言でした。
いよいよ始まるのだなと思いました。

滝は部員達を前に次のように語ります。
「春に全国大会出場という目標を掲げ、私たちはここまでやってきました。私自身、全国大会に出るのはこれが初めてです。ほかの強豪校の先生と違って、右も左も分からないことだらけでした。頼りないと思われたこともあったかと思います。そんななかでこうして結果が残せたのは、ひとえに皆さんの頑張りの成果だと思っています。いままでよくついてきてくれました」
北宇治高校吹奏楽部の春から始まった戦いの最後の演奏が始まって行きました。


「響け!ユーフォニアム」の三部作最終巻ということで、この巻で春からの全国大会を目指した戦いが終わるのが分かっていました。
「全日本吹奏楽コンクール」の、第1巻が京都府大会、第2巻が関西大会、第3巻が全国大会で、どの巻でも様々なことが起こり、なかなか順風満帆には行かないのだろうなと思いました。
高校生が全国大会を目指すのはまさに青春で、爽やかさや他の人との軋轢、大会へ向かっていく盛り上がりなどが合わさり、読んでいてワクワクしました。
久美子が二年生になってからの三部作、三年生になってからの三部作も出ているようなので、いずれそちらも読んでみたいなと思います


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初秋の訪れ

2021-09-05 10:58:58 | ウェブ日記
9月を迎えました。
気象庁の区切りでの夏(6~8月)が終わり、秋(9~11月)が始まりました
秋の始まりの9月は「初秋」の時期で、真夏の暑さの名残を感じる日もありながら、徐々に秋の気配が強まって行きます。

セミの鳴き声は今や、ツクツクボウシとアブラゼミの二種類だけになりました。
それらのセミの鳴き声も真夏の勢いはなくなり、過ぎて行った夏を名残惜しんでいるかのように、寂しく鳴いています。
毎年セミの鳴き声が完全になくなるのは10月冒頭頃で、その頃には空気も今よりかなり爽やかになります。

9月に入ってから、半袖で外を歩いている時に肌に当たる風が心地良くなってきたのを感じます
晴れた時の日差しにまだ力強さはありますが、真夏のような暑い上にモワッとした空気はなくなりました。
初秋が終わって中秋になる頃には、長袖を着るようになります。

鈴虫やコオロギなどに代表される「秋の虫」は、実際には夏の終盤の8月~秋の始まりの9月が一番賑やかな気がします。
毎年秋が進むとどんどん鳴き声が少なくなって行き、秋の中で最盛期の時期は意外と長くはないです。
聴けるうちに美しい音色を出来るだけ聴けたらと思います。

空を見ると真夏の時期は入道雲が主役だったのが、今では薄い筋状の雲が主役になった印象があります。
晴れて気温の上がった日でも空にそんな雲が出ているのを見ると、もう夏は終わったんだなという寂しさと、爽やかな秋への期待の両方の気持ちが湧いてきます。
日々少しずつ色濃くなっていく秋の気配を感じ取りながら、季節の移り変わりを楽しめたらと思います