読書日和

お気に入りの小説やマンガをご紹介。
好きな小説は青春もの。
日々のできごとやフォトギャラリーなどもお届けします。

「なかなか暮れない夏の夕暮れ」江國香織

2017-03-04 17:13:05 | 小説


今回ご紹介するのは「なかなか暮れない夏の夕暮れ」(著:江國香織)です。

-----内容-----
「人生」と「読書」が織りなす幸福なとき。
本ばかり読んでいる稔、姉の雀、元恋人の渚、娘の波十、友だちの大竹と淳子……
切実で愛しい小さな冒険の日々と頁をめくる官能を描き切る、待望の長篇小説。

-----感想-----
冒頭、ラースという58歳の男がゾーヤという女の人と連絡が取れなくなったところから物語が始まりました。
帯に書いてあった内容紹介と随分違うなと思いながら読み出すとすぐに文章が途切れていました。
一瞬乱丁かと思いましたが違っていて、稔が小説を読んでいたところに幼馴染で税理士の大竹道郎が来たので途切れたのでした。
稔は資産家の生まれの50歳で、アパートやマンションの管理人をいくつもしていますが、実際の業務は大竹にやってもらっています。
稔には淳子という幼馴染もいて、大竹と会った後すぐに淳子に会うために庭園ビヤガーデンに出掛けていました。

場面が変わり、チカ、庄野さやか、真美の登場する話になります。
チカは居酒屋の店主で52歳、さやかは高校の教師で56歳、真美はさやかが紹介したチカのお店のアルバイトであり、去年までさやかの教え子でした。

今度は大竹の視点になり、どんどん語り手が変わっていきました。
大竹は再婚していて、年若い妻は彩美(ヤミと呼んでいる)と言います。
物凄く妻に心酔している大竹は一日に何度も電話をかけたりメールをしたりしているとあり、それは心酔し過ぎではと思いました。

大竹はいつも稔に「お前は存在していることが仕事だ」と言っているとのことです。
物凄い資産家のようで、財団関係者、地元の自治体の人たち、政治家たち、美術品収集家たち、画廊経営者たち、短歌関連の人たち、動産および不動産の管理者たち、美術館関係者たちなどとよく関わることになるようです。
ただしそういったことが嫌いな稔はあまり会いたがらず、顧問税理士の大竹が定期的に「今現在なら最低限この人たちには会うべき」というリストを作ってあげています。
稔には雀(すずめ)という姉がいて、雀は大学を卒業するとドイツに行ってしまいました。
ベルリンに住んでいて現在は学校の講師をしています。
稔とはよくスカイプで話すことがあり、またたまに日本に帰ってくることもあります。

さやかとチカは同性愛らしく、ハイツ・ドゥーエというアパートで一緒に暮らしています。
家賃は二人で半分ずつ払っていて、大家は稔です。

渚(なぎさ)と波十(はと)が登場します。
渚はかつて稔と付き合っていて、波十は稔との子です。
稔とは別れ現在は別の人と結婚しているのですが、比較的普通の態度で波十を連れて稔と話したりもしていて、なかなか特殊な関係のようでした。

淳子による語りもあり、淳子は出版社で雑誌の編集長をしています。
この語りが次々変わっていく中で、冒頭で稔が読んでいたラースとゾーヤが出てくる本の物語も進んでいきます。
そしてその本を読んでいるのは稔だけだと思っていたのですが、木村茜という人も読んでいました。
本の物語から稔たちのほうの物語に戻ってきた時、その本を閉じたのが稔ではなく茜だったため一瞬戸惑い、そうか、他にも読んでいる人がいるのかと気付きました。
茜はソフトクリーム店で働いていて、そのソフトクリーム店は稔と雀がオープンさせたお店です。

稔は渚から「もう養育費は払わなくていい」と言われます。
渚の結婚相手が「ごく普通の家族がみんなそうしているように、自分の妻と娘を、自分の収入で養うようにしたい」と望んでいるからでした。
そして渚は「波十はこれからもあなたの娘だし、これまでどおり会ってくれていい」と言いますが、稔は養育費を受け取って貰えないことにショックを受けます。
「養育費を払う権利はあるのではないか」とまで考えて大竹に相談したりもして、この辺りの考え方はだいぶ変わっているなと思いました。

稔の読んでいる本のほうの物語で、ゾーヤは国家的な一大事に巻き込まれていました。
ラースもゾーヤを探すうちに巻き込まれていくことになります。
ソヴィエト時代のKGBが活動しているとあり、ネットで調べてみるとKGBは「ソ連国家保安委員会」のことで、旧ソ連の情報機関・秘密警察とのことです。
読んでいるうちに段々ラース達の物語も気になるようになりました。
また、「一杯の紅茶で解決できない悩みなどこの世にはない、と言ったイギリス人がいた」という言葉があり、この言葉を言った人は実在するのか気になるところです。

由麻という人が登場します。
由麻は茜の前にソフトクリーム店で働いていた人で、茜とは親友です。
藤枝という、短大時代にアルバイトをしていたファミリーレストランの本社勤務の人と付き合っていて、ソフトクリーム店で働くようになりほどなくして妊娠します。
しかし何と藤枝は妻子がいるのを隠して付き合っていたため認知しませんでした。
そこで代わりに稔が生まれてきた子、雷留(らいる)を認知して書類上の父親になり、養育費も払ってあげているとありました。
あまりに人が良すぎであり、価値観がおかしいと思いました。
そんな稔を茜は「底ぬけにいい人」と評し、由麻はそれは違うと言い、「(自分をいい人だと)思ってないところがね、あのひとはひどいんだよ」と評していて、この言葉は印象的でした。

ある時、チカとさやかが部屋にいるところに大家の稔が来て、チカの誘いでそのまま三人でご飯を食べることになりました。
そして稔が以前見た星空の話をしてさやかが「行ってみたい」と言うと稔が「なら今から行こう」と言い出し、車を運転できる茜に頼んで四人で日光の山奥に星を見に行っていました。
いきなり日光まで行くのが凄いなと思い、やはり稔はだいぶ変わっていると思いました。

波十の語りもあります。
波十はまだ8歳なのですが現在の父親である藤田に気を使ってあげていて大人びているなと思いました。
稔のことは稔くん、藤田のことは藤田くんと呼び、どちらもお父さんとは読んでいないところに波十の微妙な心理状態が表れている気がしました。

稔はあまりに人が良すぎるなと思う場面がまたありました。
由麻のことを「真面目で一本気で、神経質なところもある由麻のことが、稔は心配だった。妻子ある男の子供を産んで、一人で育てようとしているいまはなおさら―」と、本気で心配しています。
しかし由麻のほうは、雷留を育てるためなら養育費を払うと言っている稔を最大限利用しようと考えていて、何だか稔が不憫でした。
ただし稔は致命的なまでに他人の心の機敏に疎いところがあり、相手がかけてほしいであろう言葉とは全然違うとんちんかんな言葉を、本人は気を使っているつもりでかけてしまうようなことがあります。

大竹は妻の彩美との間に亀裂が生じます。
やはり大竹の頻繁に電話をかけたりメールをしたりして妻の行動を常に監視しようとする態度は異常と思われていたようです。
ただ大竹は自分の行動は至って正当なものであり何ら悪くなく、それなのになぜ妻は嫌がるのかと考えていて、大竹本人はそれを愛と考えているようですが、明らかに狂気だと思いました。
思いが強すぎると相手の気持ちを無視した一方通行の愛になってしまうことがあるのだと思います。


この作品を読んでみて、文章の雰囲気がいかにも江國香織さんらしいなと思いました
登場人物のほとんどが退廃的なのですが、物語が淡々としているので何でもなさそうに見えるのが凄いです。
そしてタイトルの「なかなか暮れない夏の夕暮れ」のとおり、夏の夕暮れの暑さとヒグラシの鳴き声の切なさが混ざったやるせない雰囲気のある作品だと思いました。



写真はネットから拝借したもので、2004年の第130回芥川賞、直木賞の授賞式の時のものです。
左から京極夏彦さん(直木賞)、江國香織さん(直木賞)、綿矢りささん(芥川賞)、金原ひとみさん(芥川賞)です。
この時、同じ1984年生まれで興味を持ち綿矢りささんの芥川賞受賞作「蹴りたい背中」を読んでみたら物凄く面白くて以来ファンになったのですが、江國香織さんの小説は特に読もうとは思い立たないまま数年が経ちました。
しかし2015年夏についに「思いわずらうことなく愉しく生きよ」という作品を読み、今回の作品を入れて現在までに5冊ほど読みました。
2004年当時は興味を引かなかった作家さんが今は興味を引くようになり、年月が経つうちにそんなこともあるのだなと感慨深くなりました。


※図書レビュー館(レビュー記事の作家ごとの一覧)を見る方はこちらをどうぞ。

※図書ランキングはこちらをどうぞ。


最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ビオラ)
2017-03-05 15:45:45
今日は。
稔が読んでいる小説を、茜と言う人も読んでいるとの事ですが、稔が読んでいる小説も、起承転結があり、なかなか暮れない夏の夕暮れの話の節目節目に出て来て、アクセント又フレーズ的な役割をしているのでしょうか。ラースとゾーヤの話がうまい具合に、お話に効果音的に挿入されているのかな。

ウダウダしたそれぞれの、ぱっとしないある日々のお話?
ウダウダしているだけに、ラースとゾーヤのお話の展開が、スピーディーに進行して行き、お話を盛り上げているのでしょうか。
返信する
ビオラさんへ (はまかぜ)
2017-03-05 16:55:21
こんにちは。
稔が読んでいる小説、結構なアクセントになっていました。
この小説を読んでいる途中に誰かが話しかけてきて話が途切れることも何度かありました。
たしかにラースとゾーヤの話は良い効果音になっていたなと思います。
稔たちの話は基本的にウダウダしているのですが、それをいたって淡々と、涼しく書いているのが特徴でした。
なので意外にもそんなにウダウダとは感じずに読んでいました。
ラースとゾーヤの話はかなり緊迫していくので、稔たちの話とは全く違う雰囲気で興味深かったです。
返信する
Unknown (ビオラ)
2017-03-05 23:37:28
今晩は。

昔読まなかった作家さんの本を読むようになったとの事。
最初は好きな作家さんだけに絞ったり、興味が強いジャンルのものを、好んで読みますが、沢山読破していくうちに、自分自身の器も広がり、嗜好も変化があったり、色々な作家さんのも自然に、読むようになったのではないでしょうか。
人は、人との出会いにしろ、作家さんや本との出会いにしろ、良いきっかけやご縁は、大切にしたいですね♪
返信する
ビオラさんへ (はまかぜ)
2017-03-06 17:24:22
こんにちは。
本格的に読書をするようになったきっかけは綿矢りささんで、最初は綿矢さんのお勧めの小説から読んでいきました。
そこから徐々に読む作家さんの範囲が広がっていきました。

ほんと良いきっかけや縁は大切にしたいです。
本屋でふと目に入った小説が興味を引いたり、他のブロガーの方が紹介している小説や作家さんが興味を引いたりと、色々なきっかけがあって良いなと思います
返信する

コメントを投稿