読書日和

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「夜行」森見登美彦

2016-11-06 17:16:32 | 小説


今回ご紹介するのは「夜行」(著:森見登美彦)です。

-----内容-----
旅先で出会う謎の連作絵画「夜行」。
この十年、僕らは誰ひとり彼女を忘れられなかった。
彼女はまだ、あの夜の中にいる。
森見登美彦10年目の集大成!
『夜は短し歩けよ乙女』『有頂天家族』『きつねのはなし』代表作すべてのエッセンスを昇華させた、森見ワールド最新作!

-----感想-----
10月下旬、秋の京都を舞台に物語が始まります。
冒頭の語り手は大橋という男です。
物語は次のように構成逸れています。

第一夜 尾道
第二夜 奥飛騨
第三夜 津軽
第四夜 天竜峡
最終夜 鞍馬

学生時代に通っていた英会話スクールの仲間たちと「鞍馬の火祭」を見物に行こうという話になり、当時の仲間たちが京都に集まります。
大橋の呼びかけでみんなが集まりました。
中井、藤村、武田、田辺と続々と仲間が集まります。
この5人に長谷川さんという女性を加えた6人は10年前の秋、一緒に叡山電車に乗って鞍馬の火祭りに出掛けました。
その鞍馬の火祭りで長谷川さんが忽然と失踪してしまいました。
残る5人で集まって鞍馬の火祭りに行くのはその時以来です。
5人で集まったこの日大橋は昼間長谷川さんに似た人を見かけていました。
長谷川さんによく似た人物は柳画廊いう画廊に入っていき、そこでは岸田道生という画家の個展が行われていました。
驚いたことに大橋以外の4人もみんな岸田道生という画家のことを知っているようで、その名が出ると気まずい雰囲気になっていました。
この画家には何かあるなと思いました。
そこからそれぞれが岸田道生にまつわる過去のことを語っていきます。


第一夜の語り手は中井。
今から5年前のこと。
妻が家を出て行ってしまい尾道に滞在しているため、中井は様子を見に行きます。
高台にある古い一軒家で知り合いの女性が経営する雑貨店を手伝っているとのことです。
中井がその雑貨店「海風商会」に行くと、妻そっくりの妻ではない人がいて驚くことになります。
雑貨店を後にして宿泊のために予約してあるホテルに行くと、ロビーで岸田道生の銅版画に遭遇します。
その銅版画は天鵞絨(ビロード)のような黒の背景に白の濃淡だけで、暗い家々のかたわらをのぼっていく坂道が描き出されていて、坂の途中に一本の外灯があり、その明かりの中にひとりの顔のない女性が立ち、こちらへ呼びかけるように右手を挙げています。
顔がないというのが不気味だと思いました。
中井は「見ていると絵の中へ吸い込まれるような気がした。」と胸中で語っています。

中井の妻は家を出ていく前、怖い夢を見ていました。
その妻の見た夢と、現在の海風商会の女の人の状況がそっくりなのです。
ホラーな、怖い雰囲気の物語でした。


第二夜の語り手は武田。
武田は大橋より一つ下で、メンバーの中で最年少です。
4年前の秋、武田は増田さんという勤め先の先輩に誘われ増田さんとその彼女の川上美弥さん、そしてその妹の瑠璃さんの4人で飛騨高山へ出掛けます。
その道中、講演会に行くミシマという初老の女性が車の故障で困っていたため同乗させることになります。
ミシマは顔を見るだけでその人の未来を見ることができる特殊な力を持っています。
そのミシマが4人のうち2人の方に死相が出ているから今すぐ東京に帰れと言います。
しかし4人は真に受けず、そのまま飛騨高山に行き、民芸品店で働く美弥の先輩の内海のところに行きます。
内海もミシマのことを知っていて、本名は三島邦子だと教えてくれました。
飛騨高山ではそれなりに知られた人で、2人に死相が出ていると聞き、先輩は心配します。
この2人が4人のうち誰と誰なのかが気になるところでした。
語り手の武田は今回の鞍馬の火祭りに行く集まりに生きて参加していることから、残る3人のうち2人が死んでしまうことが予想されました。

増田と美弥は付き合っているのですが頻繁に険悪な雰囲気になり、飛騨高山でもそうなってしまいます。
内海さんと話している時、途中で増田が席を立ってしまい、なかなか帰ってこない増田を探しに瑠璃も外に行きます。
その二人を探して武田と美弥が歩いていると、喫茶店で増田と瑠璃を見つけます。
そしてそこで「夜行ー奥飛騨」の銅版画に遭遇します。
またしても目も口もなくマネキンのような顔の髪の長い女性が立っていて、こちらを招くように右手を挙げています。

やがて男性陣と女性陣で二手に別れて岐阜と富山の県境にある猪谷という駅に向かうことになります。
ミシマが言っていた2人の方に死相が出ているという言葉とグループ分けの人数が一致していて嫌な予感がしました。
死相が出ているというので、どのタイミングで人数が欠けることになるのかハラハラしながら読みました。
また、トンネルの入り口の横では白い服を着た美弥にそっくりな女性がこちらに向かって手を振っています。
4人が宿泊する宿も他の客が誰もいない妙に静かな宿で、これも嫌な予感がしました。


第三夜の語りは藤村玲子。
三年前の2月に青森へ行った時の話です。
藤村の夫は鉄道が好きで、藤村と夫、夫の同僚の児島君の三人で「あけぼの」という寝台列車に乗り、上野から青森に行くことになります。
ちなみに第三夜は文章の雰囲気ががらっと変わって女性らしい語りになっていて、この変化ぶりが上手いなと思います。
三人が児島の個室に集まってワインを飲んでいると、窓の外に火事のようなものを見ます。
そして児島君は燃える家の隣に女の人が立っていて、手を挙げて自身を招いているように見えたと言っていました。
青森に着くと児島君の様子がおかしくなり、まるで最初から知っていたかのように藤村と夫を緑色の屋根と白い壁の二階家に案内します。

藤川は銀座の画廊に勤務していて、昨年末、岸田道生の銅版画の展示会を開催したことがあります。
藤村が岸田道生のマネージメントを担当していた京都の「柳画廊」と打ち合わせをしていました。
その時展示されることになった「夜行」という連作の中に「津軽」というタイトルの銅版画があり、児島君が案内した家はその絵に描かれていた家にそっくりなのです。
絵の中の三角屋根の家では二階にある窓の一つから顔のない女性が身を乗り出して手を挙げています。
「夜行」の連作では常に顔のない女性が手を挙げているようです。
そして現実の世界でも絵とリンクするかのように謎の女性が手を挙げてこちらを招くような場面が出てきます。
やがて恐ろしい展開になったのを目の当たりにして、藤村は長谷川さんが失踪した時のことを思い出します。
また、岸田道生には「夜行」と対になっている、「曙光」という秘密の連作があるとのことです。
「夜行」が永遠の夜を描いた作品だとしたら「曙光」はただ一度きりの朝を描いた作品だと岸田道生は語っていたようです。
しかし生前、岸田道生はその「曙光」を誰にも見せなかったとのことで、どんな絵なのか興味深かったです。


第四夜の語り手は田辺。
二年前の春、愛知県と長野県を結ぶ飯田線に乗った時の話です。

長野県の伊那市に行った帰り道、田辺が飯田線にいると、反対側のボックス席で女子高生とお坊さんが語り合っているのが目に留まります。
そのうち田辺は女子高生に声をかけられ、会話に加わることになります。

お坊さんは他人の心を見ることができるとのことです。
信じていない田辺に対し、お坊さんはかなり具体的なことを言い田辺を驚かせます。
ただしこれにはからくりがありました。

田辺は岸田道生と知りあいでした。
しばらくは会わなくなっていましたが長谷川さんの失踪事件のあった年の暮れ、田辺はバーで岸田道生と再会します。
長谷川さんについて「どちらかといえば内気で、自分だけの「夜の世界」を胸に秘めているような人」と言う田辺に対し、岸田が興味深いことを言います。

「そういう人は『神隠し』に遭いやすい感じがする」
「天狗にさらわれたとでも言いたいのか?」
「場所が場所だからね。それに祭りの夜でもある」
「俺は信じないからな、そういうの」
「まあ、たとえばの話だよ」

天狗にさらわれると聞くと「有頂天家族」の弁天が思い浮かびます。
元々は鈴木聡美という人間ですが琵琶湖畔で天狗にさらわれ天狗の力を身に付けることになりました。

田辺が飯田線に乗ったこの時、岸田道生が死んでから5年が経っているとありました。
お坊さんは女子高生に得体の知れない雰囲気を感じているらしく、田辺にそのことを言っていました。
たしかにこの女子高生には世間一般の女子高生とは違う異質な雰囲気があります。

やがて「夜行」の連作の一つ「天竜峡」が登場。
この銅版画の中にも女の人がいました。
お坊さんは本名を佐伯と言い、佐伯も岸田のことを知っています。
そして銅版画の中の女の人について恐いことを言っていました。

「岸田の描いた女はみんな鬼なのさ。だから顔がない。こいつらは岸田の魔境で生まれた怪物で、最後には絵から抜け出して岸田を喰っちまったんだ。あいつには本望だったんだろうがね」

絵から抜け出してというのが貞子を思わせるものがあり恐かったです。
さらにこの話ではまた「曙光」の名が登場していました。田辺も佐伯もその名前は知っていますが実際の絵を見たことはないとのことです。


最終夜の語り手は大橋。
大橋以外の4人が岸田道生にまつわる過去のことを語り終わったところです。
貴船の宿で語り終わったメンバーは叡山電車に乗って鞍馬駅に行きます。
この話でも「曙光」の名前が登場し、大橋はこの日の昼下がりの画廊で画廊主の柳さんから「岸田さんには謎の遺作があるんですよ」とその名を聞いていました。

長谷川さんのことがありみんな鞍馬に出かけるのを躊躇っていて出発が遅れたため、鞍馬の火祭りは終わり、観光客たちが帰ってくるところでした。
5人もその流れに乗って帰るのですが、またしても失踪事件が起きます。
今度は複数の仲間が消えてしまいました。

途方に暮れた大橋はかつて長谷川さんと四条大橋から鴨川に沿って歩いた時、彼女が「世界はつねに夜なのよ」と言っていたのを思い出します。
この言葉は作品内で何度か出てきていて重要な意味を持つ言葉のようです。

一体何が起きているのか、宿に電話をしてみると、何と大橋名義でしていたはずの宿の予約までなかったことになっていました。
最終夜は驚きの展開です。

そして大橋は柳画廊のショーウィンドウに展示されていた「夜行ー鞍馬」という作品のことを思い出します。
これが謎を解く鍵と見た大橋は柳画廊に行きます。
そこでついに夜行と対をなす「曙光」の謎が解けることになります。


森見登美彦さんの作品は笑える楽しい作品が多いのですが、この作品はミステリーとホラーの要素がありなかなかシリアスな作品でした。
そこは「きつねのはなし」を思わせるものがあります。
そしてシリアスな雰囲気の中にこの先の展開はどうなるのだろうと興味を持つ面白さがありました。
作家生活10年を迎えた森見登美彦さんのこの先の活躍にも期待しています。


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2 コメント

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Unknown (ビオラ)
2016-11-24 00:55:39
記事読んだだけで、めっちゃ怖くなってきました~(苦笑)

季節感があったり、観光地が舞台になっていたりして、情景が想像しやすいので、入り込みやすそうな感じがします。
そこに、黒の背景に、白の濃淡だけで描かれている銅版画が、出て来るのがかなり不気味ですわ~^^;

はまかぜさん、こんな怖いの読んで、夜・・・、怖くならないですか~^0^;
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ビオラさんへ (はまかぜ)
2016-11-24 17:28:32
やはり怖いですよね
銅版画はどの話にも出てきて不気味でした。
描かれている顔のない女の人が絵から出てきて岸田を喰ってしまったというのが、貞子がテレビから出てくるのと重なり特に不気味でした。
幸い夜怖くはならずに済んでいます。
「宵山万華鏡」という作品も最初の話が結構ひやりとする内容で、森見登美彦さんはたまに怖い話を書くことがあります。
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