今夜も本をまくらに。

山歩きが好き、落語が好き、おいしい物が好き、中島みゆきが好き、
でもやっぱり活字がなければ生きていけない私。

蝶が岳からヤッホー!! 2日目

2016年10月29日 | 「山」のひきだし
昨夜は仲間が隣に寝ている安心感からかいつもより早く寝付くことができました。
ところで蝶が岳ヒュッテの布団、ダブルなんです。
これだと混雑時に布団を敷き詰めても溝の数が少ないし、たぶん3人は普通に寝られると思います。
すごく効率が良いと感心しましたが・・・掛け布団のダブルは・・・?
まっ、とにかくこの日は土曜日にもかかわらずダブルの布団2組に三人とゆったり寝ることができました。
山ももうシーズンオフになりつつあるんだなぁ。

朝食は6時15分からと少しゆっくりめなので、朝食は持参の食料を途中で食べることにして、6時前に小屋を出ました。
昨日はお天気が悪くて、すべて明日に託そう!と

その期待に応えるべく見事な日の出が見られました。



振り返ると槍・穂高の大パノラマのはずが、槍の先の雲が惜しい。



そうこうしているうちに、見事に染まり始めた山肌。槍の先は惜しい・・・



やっと蝶が岳山頂に来ました。
ここのほうが展望が素晴らしかった。



八が岳、富士山も見えています。


右端は御嶽やったかな。



この景色いつまでも見ていたい、槍の先の雲が取れるのを待っていたい、でも帰らなあかんのです。
待って~~  帰りは長塀尾根を降ります。



降り始めてすぐに表れる妖精の池、春にはお花がたくさん咲くのだそうです。



目の前に御嶽、乗鞍、最後の展望です。



樹林帯の中に入ります。



しばらく登ると思ったらピークでした。



前も撮ったけど。



ふぅ~



時々木々の隙間から除く岸壁を見ながら。

ジグザグ、ジグザグ、ジグザグ、退屈な樹林帯の中をひたすら降りると

やっと徳澤に降りてきました。

徳澤からは来た道を帰ります。
またカツラロードの始まりです。



昨日も見た景色だけれど



昨日より日差しがあたっていて木々が輝いています。



明神まで帰ってきました。



明神池のほうへ回って帰ります。



橋から見える岩峰に観光客はどよめきます。前穂?



川沿いの遊歩道。大勢の観光客と一緒に歩きます。







あ~やっと河童橋に帰ってきました。



溢れるほどの観光客、多国籍になってきました。



とりあえずバス乗り場にと、カラマツ林の中を向かいます。
12時30分のバスに並びます。
バスはほぼ満席、窓際の席に座り最後の車窓を楽しみます。
昨日は朝が早かったせいか、紅葉もそれほどとは思いませんでしたが、日差しに映えてそれはきれいでした。
今がちょうど見頃かもしれません。
大正池の立ち木がほとんど消えてしまって、上高地のシンボルが一つ無くなってしまったと寂しそうな和さんでした。


これから山々は駆け足で冬へと向かい、あっという間に何もかも雪に閉ざされるのでしょう。
10月の半ば過ぎに北アルプスなんて、思いもよらない素敵な山歩きができて本当に感謝です。

和さん、またまた長い運転ありがとうございました。お世話になりました。




二日目のログが取れていませんでした。



平成28年10月23日(日)

蝶が岳ヒュッテ(5:45)~蝶が岳・2677m(6:18)~長塀山・2565m(7:28)~徳澤(9:38)~明神(⒑:57)~河童橋(12:07)~バス乗車(12:30)


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蝶ケ岳からヤッホーー!!

2016年10月26日 | 「山」のひきだし
秋口に、常念岳~蝶ケ岳を考えていましたが、所用やお天気で叶わず今年は無理か~とあきらめていたところ、
蝶ケ岳に行きますが・・・とのお誘い、願ったり叶ったりで出かけてきました。


あかんだな駐車場に向かう車窓から笠が岳を望む。幸先がいいぞ~~



あかんだな駐車場。そこそこ止まってます。



駐車場を少し階段で降りたところにあるバス乗り場、6時30分の始発に乗ります。



河童橋、この季節に来たのは初めてかも。
歩き始めると、あの甘い香りがそこかしこから、カツラの木がたくさんあるのです。



落ち葉を拾ってクンクンしながら歩きます。
どの葉っぱでも匂うわけだはなく、匂わないのもあります。



明神館に到着。

上高地と言えばお猿さん、でも今日は見かけないなと和さん、するといましたよ。

さあどうぞ、とばかりに木の枝に腰かけてポーズをとってくれました。
すごく人馴れしています。



色付いた木々の中を行きます。


黄葉はほとんどカツラの木です。立派な大木が目立ちます。



対岸の山と紅葉。



法面工事中で迂回路を行きます。



徳澤に到着。
まるでメルヘンの世界です。テントの人たちも寛いでいました。



これは何の木かな。



新村橋。
その昔、ここからパノラマコースを通って、涸沢を日帰りで行ったなぁ、と感慨深げに和さん。







落葉松が出てきました。色付きは8分くらいかな。



登山道に巨大な倒木。



横尾に到着。
山の交差点、たくさんの人たちが思い思いの山を目指して、三々五々歩き出します。



さあ! いよいよ山道ですよ。



カツラは続くよ、どこまでも~♪

樹林帯の中をどれくらい歩いたでしょうか、木々の隙間をふっと見ると・・・

・・・いっぺんに疲れが吹き飛びました。



ベンチがありちょっと休憩です。


う~ん素晴らしい、槍見台より。立ち去りがたいのですが先がまだまだあるので行きましょう。
この先でも見られますよ、と励まされて腰をあげました。

それにしても静かな山歩きです。横尾の分岐からは出会う人は数組です。一瞬鈴鹿の山を歩いているのかと勘違いするくらい。
しかし・・・♪風が違う、木々が違う、景色違う、高さが違う・・・ゴメンね、鈴鹿もこれからどんどん歩くよ♪ (百恵ちゃんのほらあの歌の節でどうぞ)


花は無いな。



がんばれ!



なんちゃって、て 立派な展望地ですよ。開けていてさっきよりいい場所です。


なんちゃってより、ここからは当分望めません。


登山道。


シラタマ。


樹林帯の中をひたすら登ります。長いな~



樹林帯を抜けて森林限界に出ました。


そして後ろを振り返ると

おお~


あの中央のくぼみがキレットですか・・・
ちょっと雲行きが怪しくなってきました。


分岐。
他の人は行ったことがあるので私だけ蝶槍まで行ってきます。ぽつぽつしだしたので超特急で行きます。


こんなところに盆栽のような落葉松。いい色付き加減。


八が岳、




こんな看板があるだけでした。展望もほとんどきかなくなってきたので急いで戻ります。



常念、あの尾根を歩いていくの?見るからにきつそう。


さあ小屋へ急ごう、風も出てきました。
富士山もうっすら見えてたよ、ということでしたが見逃してしまいました。



結構遠いです。まだかなぁ。


やっと見えました。



到着、やれやれ。

あれ? 脇目もふらず必死に歩いてきましたが、右側の展望どうだったんだろう?
槍・穂高の大パノラマ・・・
まあこんな時雨やし、当然真っ白やろ たぶん・・・ そう思いたい。
すべては明日に期待することにして、暖かい小屋でぬくぬくしよう。



平成28年10月22日(土)晴れ/時雨

大垣IC(3:00)~あかんだな駐車場(6:14)~河童橋(7:16)~明神(8:16)~徳澤(9:34)~横尾(⒑:44)~槍見展望台(11:31)~なんちゃって槍見展望台(12:34)~稜線分岐(14:52)~蝶槍(15:20)~蝶が岳ヒュッテ(16:08)


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ゆるい生活

2016年10月19日 | 「本」のひきだし

ブクログより




ある日群さんは、しばしばめまいに襲われるようになります。
気になって知り合いに紹介された漢方薬局で治療を受けることに。

この場合の薬局というのは、単に薬を売るところではなくて、治療院です。

患者の顔色、体のむくみ、そして聞き取りなどから病状を判断し、主にリンパの流れを促す治療と調合した漢方薬の処方です

群さんはかなりの甘党のようで、執筆中も紅茶とおまんじゅうを傍らに常備して、何の制限も無しに食べておられた結果の不調らしいです。
治療と薬の他に、甘いもの断ちと水分摂取の制限を日常的に義務づけられ、様子を見ることになりました。

つい誘惑に負けて、甘いものを食べた次の来院時には、きっと先生に見破られるし、きちんと言いつけを守った日には、調子がいいというふうに、体はとても正直にできているんですね。それを一目で見破る先生もすごい。

こういう症状には、○○がよい、こういうときには○○を飲む、と具体的に漢方薬が記されているけれど、それらは誰にでも当てはまるわけではなくて、体質によって向き不向きがあるんですって。

まさに群さんが体を張って漢方の威力を証明するかのような一種ハウツー本です。
毎週リンパの治療と、各種の薬と、日々の節制のおかげで、群さんは健康を取り戻し、リンパの滞りを解消したおかげで、スリムな体も手に入れられたのでした。

あ~こんな治療院、私も行きたい!!と多くの読者が思われるであろう事を想定してか、巻末には「本書に出てくる治療院は紹介できません」と言うようなことが記されています。ガックリ・・・

と言うことは実在するんですね、私も行きたい~~!




ゆるい生活 / 群ようこ
☆☆☆☆☆






お誕生日ケーキ。



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紅葉はどうかな 黒姫山

2016年10月14日 | 「山」のひきだし
山の記事はなんと37日ぶり、40日ぶりに山へ行ってきました。
お誘いを受け、運動会で(どんだけあるんだか・・・)お断りしましたが、雨で予定変更になり参加させていただきました。
黒姫山・・・調べてみると、近くに2つあります。今回行くのは長野県信濃町の二百名山です。



大橋登山口。すでに車が3台ほど止まっています。
こちらも前日に降ったらしく登山道はぬかるんでいます。最初は木道などなだらかな道です。



ほどなく古池。「古池や 蛙飛び込む・・・」は関係ないみたい。



対岸の景色が映ってきれいなのですが、まわりがコンクリートで囲ってあり、人口池のようです。

池の周りを進むといよいよ山に入っていきます。

立派なブナ。


完璧な自然林です。


ここまではウォーミングアップだそうで、ここからきつい尾根歩き。休憩して腹ごしらえをします。



キノコの季節ですね。ナラタケ。


クリタケ。



大木、あなたはいつからここにいるのですか?





ちょっと色付いています。


木の根っこが張り出した登山道。
根っこの上はすべるすべる。下山がイヤだな。


つい撮ってしまう。


振り返って。




木に名前がついています。



あっ、きれい。


いつの間にか両側は笹だらけになり、


名残のリンドウ。



展望の良いであろう、しらたま平。残念ながら全く展望はなし。


しらたま平周辺のシラタマ。葉っぱはアカモノのようです。


分岐に出ました。池があるそうです、激下ってまた登り返し・・・でも今日の一番のハイライトだよ!! ということで行ってみることに。



笹をかき分けて降りると、苔むした石がゴロゴロした両脇にオサバグサの葉っぱがたくさん。群生してます。
そういえば八ヶ岳の風景とにているなぁ。


ゴゼンタチバナもたくさん咲くみたい。


滑らないように気を付けて、こんなに下りるの?というくらい下りると突き当りの看板が出てきて、まずは左の大池のほうへ行ってみます。

お~~なかなかいい雰囲気ですね。
ダケカンバの白い樹がきれいです。もう落葉したんですね。

ついでに七つ池にも行ってみましょう。樹林帯を抜けると

目の前に広がる笹原、気持ちいい~~ 本当に七つ池があるのか探しに行きます。
奥に伸びている道は西登山道で、そちらからも下りられます。


大小合わせて七つ以上ありました。水たまり見たいのもありましたが。
気持ちが良くて結構ブラブラ散策しました。

分岐に戻って、歩くこと20分ほどで頂上です。やれやれ・・・


青空ものぞいているのですが、すっきりガスが晴れません。

かろうじて妙高、火打。
食事をしながら待ちますが、アルプス方面はとうとう見えませんでした。
帰りのしらたま平での展望を期待しながら下山します。


少し陽が射すだけで彩が増す。


あれ?朝も撮ったかな。


いいな、いいな。ダケカンバの白い幹がとってもきれい。
だけど、歩いているときは滑らないように常に足元に注意を払わなければいけなくて、立ち止まって見上げてはまた歩くといったふうに進みます。


下山するにつれてまたガスが立ち込めてきて、やはり予報通りすっきり晴れることはありませんでした。
約一か月ぶりに歩く山にしては、中々歩きごたえのある山でした。
山を歩いた~~という感じ、充実感でいっぱいです。

和さん、長時間の運転ありがとうございました。お疲れさまでした。










平成28年10月10日(月)曇り
黒姫山(長野県信濃町)・2053m

道の駅しなので前夜泊~大橋登山口(6:00)~新道分岐点(7:45)~しらたま平(9:40)~頂上下分岐(⒑:08)~池に下りる~分岐に戻る(11:47)~頂上(12:06)~~下山開始(12:39)~下山(15:42)



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流転の子 - 最後の皇女・愛新覚羅嫮生

2016年10月08日 | 「本」のひきだし

ブクログより




中国王朝最後の皇帝、愛新覚羅溥儀については、映画などで知ってはいましたが、その弟、溥傑やそのお嬢さんの嫮生さんについてはまったくの無知でありました。

溥傑の妻、嫮生さんのお母さんは日本人(嵯峨家ご出身の浩さん)、最初は政略結婚だったにも関わらず、お互い信頼と深い愛情で結ばれ、二人の子どもをもうけられますが、終戦となり溥傑は戦犯として捕らえられ、五歳の嫮生さんは、日本人ではあっても気持ちは中国人という、確固たる信念を持つお母さんとともに、言い尽くせない辛酸の後、日本に引き揚げてこられたのでした。

時代が時代なら皇女として何不自由なくぬくぬくと暮らしていけた立場の方なのに、戦争により満州国の消滅、日中断絶による家族分裂となんと数奇な運命を歩まれてきたことでしょう。

そんな中にあっても、溥傑や母浩は自身はいつも清貧簡素、自分より他人、そしてなにより日中友好に心を砕いてきました。
そんな両親を見て育ってこられた嫮生さんも日中友好の架け橋となって力を尽くしておられます。

「命さえあればよろしいのでございますよ。生きてこそ、でございます」という言葉、苦労をしてきた人の心に響くなんと重みのある言葉であることでしょう。



流転の子 - 最後の皇女・愛新覚羅嫮生 / 本岡典子
☆☆☆☆☆







保育園の運動会がありました。
何をしてもみんなかわいい~~。



お弁当。




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