音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「平均律1巻」第3番「Cis-Dur」、調号に♯が7つも付いている異様性■

2018-05-31 22:45:56 | ■私のアナリーゼ講座■

■「平均律1巻」第3番「Cis-Dur」、調号に♯が7つも付いている異様性■

~「Cis-Dur」にした理由は、後世三人の天才作曲家の作品から分かります~

    ~次回「第4回平均律1巻アナリーゼ講座」のご案内~

                    2018.5.31  中村洋子

 

 

 
★5月26日は、第3回「平均律1巻アナリーゼ講座」でした。

会場は満員で、遠方からはるばるお出で下さいました方も、

たくさん、いらっしゃいました。

4時間の長丁場でしたが、大変に充実した講座となりました。


★まず「平均律1巻」第3番Prelude & Fuga のご説明を、

各1時間以上当てました。


★その後、何故、この曲が「Cis-Dur」、

つまり≪♯が7つも付いている調号≫

一見、"異様な調性"
でなくては、ならなかったのか?

異名同音調の「Des-Dur」にすれば、≪♭が5つの調号≫で、

もっとスッキリと記譜でき、演奏も容易であるのに、

Bachは何故、あえて≪♯7つの調号≫にこだわったのか?

という、どなたでも抱かれる疑問に対し、

絶対に、≪♯が7つの調号≫でなくてはならなかった理由を、

詳しくご説明いたしました。


★また、この3番≪♯が7つの調号≫の謎を徹底的に分析した、

三人の天才作曲家、

Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)と

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)

 Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937) が、

その勉強と分析の成果として、音楽史上に残る傑作を産み出したことも

分かりやすくお話いたしました。

 

 


★「Cis-Dur」がいかに異様であり、「Des-Dur」ならば、

当時の常識でも通用する調性であったことを、

少し、ご説明いたします。


★3番は、「Cis-Dur」(嬰ハ長調)の Prelude & Fugaです。

≪♯が7つの調号≫ということは、

音階「ド レ ミ ファ ソ ラ シ ド」の、すべての音に、

「♯」が付いている調、ということになります。

これだけでも、驚きです。

 

 

★「Cis-Dur」の主音「嬰ハ音」は、「Des-Dur」の主音「変ニ音」と、

異名同音です。

 

 

★「Des-Dur」(変ニ長調)の調性を見てみましょう。

「♭」が5つの調号で、「レ ミ ソ ラ シ」に「♭」が付きますが、

「ファ」と「ド」に「♭」は、ありません。

 

 

★異名同音調は、英語では「enharmonic key」、

異名同音の調号は「enharmonic key-signature」です。

 

 

 

 


★「Cis-Dur 嬰ハ長調」 Prelude & Fugaを、

異名同音調の「Des-Dur」に、書き換えてみます。

 

 

★何の問題もないばかりか、むしろ弾きやすく、馴染みやすくなります。

更に言いますと、例えば「C-Dur ハ長調」ならば、

「ファ♯」がたくさん出てきます。

「C-Dur ハ長調」が、属調「G-Dur ト長調」に転調することは、

ごく普通のことですが、その際、属調の導音は「ファ♯」です。

 

 

★これが「Cis-Dur 嬰ハ長調」ならば、

どういうことが起きるでしょうか?

属調「Gis-Dur」の導音が、「重嬰へ音」即ち、「fisis X」、

ダブルシャープという、当時ほとんど使われることのなかった、

臨時記号が頻繁に出現することになります。

 

 


Bachの「Manuscript Autograph 自筆譜」でも、

現在のダブルシャープ記号は使われておらず、

「ファ」に、臨時記号「♯」を記しています。

これは、そもそも調号の「ファ♯」に、さらに「♯」を付け加える、

即ち、ダブルシャープということになります


★Bachの「Manuscript Autograph自筆譜」を、勉強される方は、

このダブルシャープには、気を付けてお読みください。

 

 


★なおかつ、Bachの記譜で臨時記号は「1音」のみ有効で、

現在のように、「1小節」有効ではありませんので、

1小節に「ファ♯」が、何度も出てくることになります。

それらは、すべて「ファ・ダブルシャープ」を意味します。

 

 


★これほど面倒な調を選ばずとも、「Des-Dur」で記譜すれば、

調号は「♭5つ」で、属調「As-Dur」の導音は「G」ですから、

調号「Ges」を、「♮」で「G」に戻すだけですので、

弾く人は、何のストレスも感じないでしょう。


★何故、バッハが「Cis-Dur 嬰ハ長調」にしたか?

その答えは、前述の三人の天才作曲家、

Beethoven、Chopin、Ravel が創造した曲を、

詳しく分析することから、明確に一点の曇りもなく

分かってきます。

今後の講座でも、逐次取り上げていく予定です。


★講座の前夜は、国立能楽堂で、

私が尊敬します山本東次郎先生の狂言「禰宜山伏」を、

鑑賞いたしました。

本物の芸術に触れることで、心と身体が活き活きとし、

平均律講座の充実につながったように、思います。

次回ブログで、この狂言について少し書く予定にしております。


山本東次郎先生については、私の著作

≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の

251ページ「新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ」を、

ご覧下さい。

 

 

 

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★「平均律第1巻」アナリーゼ講座第4回のご案内です。
https://gigaplus.makeshop.jp/academiamus/pc/news/4_Analyse.pdf
https://www.academia-music.com/news/33

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~ 第4回 平均律第1巻第4番 cis-Moll プレリュードとフーガ ~
●講座内容   4番 cis-Moll は、1巻全24曲の中での最初の頂点
         第1巻全24曲は、6曲1セットを土台として構成されていく大宇宙
●日時     平成30年7月21日(土) 14:00~18:00 ※途中休憩あり
●会場     エッサム本社ビル 4階 こだまホール
●定員     70名 ※定員になり次第、締め切らせていただきます。

第4回のお申込みは、6月1日10:10より受付いたします

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★2017年に出版しました《ベーレンライター平均律第1巻楽譜》添付解説
(Bachが自ら書いた『序文』の詳細な分析と解説、前書きの翻訳と注釈)
のP2~8で、詳しく解説しましたように、この最初の6曲セットは、1、2番と
5、6番が両方からあらん限りの力で押し合っているイメージです。
その真ん中の曲が、3番Cis-Dur、4番cia-Mollなのです。

★この4番フーガは、5声部で114小節にわたる大規模なフーガです。
最後は"嘆きの湖"に沈み込むかのように、深く、豊かで荘重な歌で終わります。
その後、弾けるように、5番D-Durの「フランス風序曲」風のプレリュードが
始まります。 この構成をどこかで記憶されていませんか?
そうです!、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」全30曲の前半最後の
15番から16番への転換です。受難を象徴するような沈痛な15番g-Mollの後、
後半冒頭の16番は、豪華で陽光に満ちたフランス風序曲のG-Durでした。この
「ゴルトベルク変奏曲」の15番と16番との関係を、平均律第1巻の4番と5番に
見ることができるのです。Bachはこの4番にどんな意味を込めたか、詳しく
ご説明いたします。

■プレリュード
33小節目の属音「Gis」から主音「cis¹」に一気に11度音程を駆け上る音階は、
「Matthäus-Passionマタイ受難曲」第1曲目のバスの音階と共通しています。
(私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫のP314参照)
Bachは、このエネルギーを1小節目からどのように蓄え、この音階まで発展
させたのでしょうか?

■フーガ
プレリュードの巨大なエネルギーが、わずか五つの音で形成されている
「主題」へと、滔々と流れ込みます。この「主題」は、3種類の「対主題」を
従え、順々に発展させ、渾然一体、大河の様相を呈します。大地を揺るがす
ようなオルガンの響きも髣髴とさせ、第1番から4番までを登りつめてきたその
頂点であることを実感させます。

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■講師: 作曲家  中村 洋子
                           東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
 「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
  自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
  10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
                ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

  「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
  「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
     チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
     ドルトムントのハウケハック社  Musikverlag Hauke Hack  Dortmund
       から出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
       無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
              (disk UNION : GDRL 1001/1002)
                      「レコード芸術特選盤」

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
  ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
    ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
            演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
 バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
 「訳者による注釈」を担当。

    CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
     (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)

・2017年「チェロ四重奏のための10のファンタジー(第2巻、6~10番)」を、
  ドイツ・ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack Dortmund
  から出版。

・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
   平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
     ≪「前書き」日本語訳≫
     ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
     ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
     ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
                       詳細な解釈と解説≫を担当。

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■平均律1巻3番の調性が「Cis-Dur」であるのは、必然性あってのこと■

2018-05-20 16:20:15 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻3番の調性が「Cis-Dur」であるのは、必然性あってのこと■
~3番と24番との緊密な連携から、その必然性が解明できる~
~平均律1巻3番アナリーゼ講座~
          2018.5.20  中村洋子

 

 

★≪大空も見えず若葉の奥深し≫ 北枝

冬枯れの広葉樹には葉一枚もなく、大空は限りなく無限の広さを

感じさせられます。

春は梅桜桃の薄紅色が若葉の緑と一体となり、

色彩の交響を奏でます。

そしていま、日に日に濃くなる緑の若葉、

まるで大空をも両手で隠しそうな勢い。


★立花北枝(?-1718)、蕉門十哲の一人です。

芭蕉が「奥の細道」の途上、山中温泉に逗留した際、

北枝に語った、俳諧論を北枝がまとめたものが

「山中問答」です。


★蕉門十哲には、入っていませんが、

同じく芭蕉門下の、八十村路通(1649-1738)

≪そら豆の月は奈良より出でしかも≫

前書き「やまとの国におもひいづる人ありて」

お月さまを「そら豆の豆」のようだと、譬えるところなど

洒脱です。

若葉の緑、そら豆の緑、清々しい五月です。

 

 


5月26日の「平均律1巻第3番」アナリーゼ講座の勉強中です。
https://www.academia-music.com/new/2018-03-27-105139.html

平均律曲集は、「聖書」に譬えられますが、

いままで当たり前のように、この譬えを受け入れていました。

しかし、今回Bachが平均律1巻に自ら書きました≪序文≫

の解釈を手掛かりにして、もう一度、この3番を新しい目で勉強しますと、

全く新しい展望が開けてきました。

これまでの平均律の世界が一回転するほどの驚きでした。
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/


★クリスチャンは、「the Bible 聖書」を繰り返し読みます。

音楽を学ぶ私たちは、Bach「平均律」を繰り返し学ぶべきでしょう。

「聖書」を読むことと、平均律を読むとは、

ほどんど同じ営為なのでしょう。


Bach「序文」を基に、「3番 Prelude Cis-Dur」 を解釈しますと、

この偉大な作品が、「8小節単位でできている」という、

単調で機械的な解釈から、完全に逃れることができます。

一にも二にも「序文」を読みこなし、まずは3番を1、2番および4番との

関係から解釈していきますと、

目にも鮮やかな色彩の世界が現出します。

 

 


★Bach「自筆譜」の≪レイアウト≫を、詳細に見てみましょう。

Bachは、プレリュード全104小節について、

左ページは、53小節目まで書き、

右ページは、54小節目から始めています。

下の譜例は、自筆譜のをそのまま写したものです。

 

 


上声はソプラノ記号での記譜です。

54、55小節目の上声は、初稿に近い「a2稿」の上に、

最終稿「A4稿」を、重ねて書いています。

「A4稿」は、濃い黒のインクです。

「a2稿」を、ト音記号の記譜で写譜しますと、

以下のようになります。

 

 

「A4稿」を、ト音記号の記譜で写譜しますと、

 

 

発展していった最終段階が「A4稿」なのですが、

赤字の部分が「A4稿」で書き加えられたところです。

 

 


★この54小節目を左ページの最後、つまり、6段目右端に書き込めば、

右ページは、55小節目から始まります。

55~62小節目は、1~8小節目に対応していますので、

もし、55小節目が右ページの冒頭に来ていますと、

楽譜はすっきり、こぎれいに整います。

 

 


★1~7小節目と54~61小節目は、全く同一の譜で、

8小節目と62小節目は、異なっています。


この54、55小節が、3番プレリュードの「要」です。

Bachが何故、54小節目を見開き右ページの冒頭に配置したか?

この疑問を解いていきますと、何と、この「3番 Prelude Cis-Dur」 は、

平均律1巻の最後「24番 h-Moll Prelude」 と、

がっちりと、手を繋ぎ合っていることが、

分かってきます。

 


大きく隔たったこの二曲が、深い深い関係を有する、

これこそ、後年の「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」の

構造に他ならないのです。


★そして、この3番  Prelude & Fugaが、

≪ Cis-Dur ≫であって、何故≪Des-Dur≫でないのか?

という疑問が、氷解するのです。

≪Des-Dur≫で記譜しますと、読譜は、大変容易になります。

 

 


★Bachは音楽史上初の≪ Cis-Dur 嬰ハ長調 ≫の曲を、

作曲するという"功名心"から、この調をそこに設定したのでは、

全くないのです。


平均律1巻全24曲を構成するための、

必然から、生まれた調性だったのです。

講座で、分かりやすくご説明いたします。


★そこを更に深く探求するためには、

「Klavierbüchlein für Wilhelm Friedemann Bach
   ヴィルヘルム フリーデマン・バッハのためのクラヴィーア小曲集」

にある、3番 Preludeの初期稿が示しているヒントが、欠かせません。


★≪Bärenreiterベーレンライター版「平均律第1巻」楽譜≫に添付の

「翻訳、解説と分析」10ページを、お読みください。
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/

Bach「平均律第1巻」が発展していく途中の「a2稿」について、

説明しています。

 

 


★Bachは、言わずもがなのことですが、

即興演奏の大天才でもありました。

当時のどの作曲家も追随を許さない、一瞬にうちに、

卓越した作品を演奏しながら、創造できた人です。


★その即興演奏の大天才Bachが、少なく見積もっても、

20数年間も、熟考に熟考を重ね、推敲に推敲を重ね、

手直しを、延々と続けて完成させたのが、

この「平均律第1巻」です。


★5月26日の「平均律1巻・第3番」アナリーゼ講座では、

3番の壮大なる調性設計を、学び尽したことによって、

Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)、

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)が、

どんな傑作を、果実として結実させたかについても、

お話いたします。


私の著作「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」

の25~29ページ「ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように、

乱雑なのでしょうか?」を、是非お読みください。

 

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
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■春の黄金週間:P・ Rösel レーゼルのリサイタル、独でチェロ四重奏の初演■

2018-05-07 18:10:18 | ■私の作品について■

■春の黄金週間:P・ Rösel レーゼルのリサイタル、独でチェロ四重奏の初演■

                            2018.5.7 中村洋子

 




★≪五月の朝の新緑と薫風は私の生活を貴族にする≫ 朔太郎

風薫る5月のゴールデンウイークでした。

大輪の牡丹、花びらが散ったと思うと、

雌蕊がもう、ふっくらと孕んでいます。


★≪ちりてのち おもかげにたつ 牡丹かな≫ 蕪村

あでやかな花びらの残影が、散った後も、

まぶたから離れません。


★コンサートで、良い演奏に巡り合った時に感じる、

心からの幸福感と陶酔にも、同じことが言えそうです。


★五月を色に譬えますと、若草色。

牡丹の咲く前の四月は、淡い桜色かもしれません。

連休前に、山桜の花びらを塩漬けにしました。

 

 

★季節を先取するのも粋ですが、振り返るのも素敵です。

このピンクのガラス瓶を見ては「花の四月」を、

懐かしんでいます。


★塩漬けの桜の一片、

冬に向かう木枯らしの日、

この花びらを、白磁のお茶碗に沈め、

白湯をそっと注いでみましょう。

春が浮かび上がってきます。


★連休中に、Peter Rösel ペーター・レーゼル(1945- )の、

ピアノリサイタルに行きました。

曲目は、

・Mozart Piano Sonata 第11番 KV331 A-Dur

・Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)                                                                       版画(1903)

・Mozart Piano Sonata 第13番 KV333 B-Dur

アンコールは、 Debussy 「Children's Corner 子供の領分」より

「Golliwogg's Cake walk ゴリヴッグのケークウォーク」


★ドイツが東西に分かれていた頃、

VEB Deutsche Schallplatten Berlin シャルプラッテン

レーベルで、旧東ドイツの音楽家の演奏を聴いていました。

Dieter Zechlin ディーター・ツェヒリン(1926- 2012)

シューベルト Piano Sonata 全集は、かけがえのない

音楽体験でした。

 

 


★そのシャルプラッテンから、Peter Rösel ペーター・レーゼル

CDも出されていたのを、記憶しています。


★今回、コンサートに出かけました最大の動機は、

私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫

http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955

で書きました『 Mozart  KV331 の自筆譜見つかる、

エレガントでなく、劇的な音楽だった』(P242~246)を、

確かめたかったためです。


2014年秋、ハンガリーで発見されました KV331

(Piano Sonata11番、第3楽章は有名なトルコ行進曲)の、

自筆譜から分かりますように、

いままで、常識という"灰色のヴェール"に覆われていた

2楽章の3小節目、8小節目、24~26小節目の三ケ所を初めとする、

Mozart の「これぞ真実、真筆!」という、

作曲家本人の書いた音を、Rösel レーゼルは、

どのように演奏するか?という期待感でした。


この三ケ所を Mozart 自筆譜による彼自身の意図通りに

演奏しますと、2楽章全体の設計図も変更されるはずです。

少なくとも、2楽章は全く新しい相貌を呈することになります。

 

 


★どのような相貌かは、P244~245の「従来の小奇麗で、

エレガントな曲ではなく、ドラマティックな音楽だった」を、

お読みください。


★P243に書きましたように、

初版譜」では、 Mozart の自筆譜通りの革命的な音楽

でしたが、その後、校訂者により、ドンドン改竄されていった

のですから、罪深い話ですね。


★それはさておき、 Rösel レーゼルの演奏は残念ながら、

従来通りの "改竄version" でした。

「自筆譜の発見」で明らかになった

2楽章の3小節目、8小節目、24~26小節目の計三ケ所での

大きな改竄、さらに、

この三ケ所を含め、19、21、22、28小節目の計7か所は、

昔のままの "改竄version" 版による演奏でした。

 

★マエストロが率先して、 Mozartの意図に沿った

演奏がなされることを、楽しみに待ちたいと思います。


面白い発見もありました。

KV331の第1楽章Variatio Ⅴ 第5変奏の108小節第2括弧の

最後の音(譜例の赤い枠)は、このようになっています。

 

 


A-Durの主和音のソプラノ声部は、「根音a¹」

テノール声部は「第3音 cis¹」です。

 

 


バス声部の「a」とアルト声部の「e¹」は、

8分の6拍子の4拍目に打鍵され、

そのまま6拍目まで、鳴り響いています。


4拍目のバス声部は「A-Dur イ長調」の主音です。

4拍目のテノール「d¹」、アルト「e¹」、ソプラノ「gis¹ と h¹」

により、「A-Dur 」の属七の和音を形成します。

 

 

主音と属七の第7音が11度音程を形成しますので、

このような和音を「Ⅰの11」と、言うこともあります。

主音上の属七という意味です。

これは、4拍目の属七の和音バス声部に、

属七によって解決するであろう主和音の根音(a)が、早くも、

滑り込んでいるのです。

Mozart の終止和音に、この「Ⅰの11」が使われることは、

とても多く見受けられます。

 

 


4拍目のバス声部の「a」で、主和音を期待させ、

6拍目のテノール声部「cis¹」で、主和音に着地します。

今回、Rösel は、たまたまこの「cis¹」音を、少し弱く弾き過ぎたため、

この6拍目では、「a e¹ a¹」の三つの音しか、はっきり聴こえず、

「空虚5度」(3音が存在しない)のように、聴こえてしまいました。

 

 


★それが、2番目の曲目、 Debussy 「版画」の「空虚5度」に

つながって聴こえ、音楽史を音で聴く楽しさを、

偶然にも体験してしまいました。


★「空虚5度」が、なぜ空虚なのかと言いますと、

3度音程が不在のため、この場合ですと、長調(A-Dur)か、

短調(a-Moll)かを、規定できないからです

 

 


★≪3度音程≫こそ、調性体系の根幹を成す音程です。

それを、Bachは「平均律クラヴィーア曲集第1巻」の『序文』で、

高らかに、宣言しているのです。

 

 


私が書きました「Bach序文の解釈」の

P2~8を、お読み下さい。
https://www.academia-music.com/shopdetail/000000177122/


★Rösel のリサイタル2曲目、Debussy 「Estampes 版画」は、

3楽章から成っています。

その2楽章 「Soirée dans Grenade グラナダの夕べ」

冒頭4小節は、このようになっています。

 

 


★この4小節間は、音高はまちまちですが、嬰ハ音(cis) と、

嬰ト音(gis)しか、聴こえてきません。

 

 

★つまり、三和音の根音は嬰ハ音(cis) で、

第5音は嬰ト音(gis)ですが、

第3音がホ音(e)即ち短三和音なのか、

第3音が嬰ホ音(eis)即ち長三和音なのか、

耳で聴く限り、判断できません。

(楽譜を見ていれば、調号は♯三つですので、類推はできます)

5、6小節目も、依然第3音は顔を見せません。

 

 


第3音がホ音(e)なのか、嬰ホ音(eis)なのか、分からない。

その≪もどかしさ≫が、スペイン・グラナダのアンニュイ(物憂い)な

夕暮れに、ピッタリの効果をもたらします。


気をもたせた末、やっと「eis¹」が現れるのは、13、14小節です。

Debussyの優れた作曲技法です。


 

★アンコールの「Golliwogg's cake walk」も、楽しい演奏でした。

Rösel の演奏では、楽譜に書いていない音が随分とたくさん

"登場"したのですが、その書いていない音を基にして

作り上げた和音は、秀逸でした


和声、対位法がきちんと頭と心に入っているから

臨機応変に対応できるのです。


★≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!≫の、

『ドビュッシー「子供の領分」は、どこの何版を使うべきか」

(P269~274)を、是非ご一読ください。

 



★日本で楽しい連休を過ごしているとき、5月5日、

ドイツのNordrhein-Westfalen ノルトライン ヴェストファーレン

(ドイツ西部の州、州都はデュッセルドルフ)と、

Honnover ハノーヴァ―の、Celloの先生方約30人による、

会議が、Dortmundの音楽学校で、開催されました。

その会で、この度、Hauke Hack社 から出版されました、

私の「Zehn Phantasien für Celloquartett(Band2, Nr.6-10)

チェロのための10のファンタジー 第2巻、6-10番」から、

3曲が先生方によって、初演して頂けました。

・Ⅶ Abent dämmerung-Evening twilight
・Ⅷ Spanischer Garten- Spanaish garden
・Ⅹ Postludium,Krokusblüte-Crocus blossom


★この中の第8番「スペインの庭」は、

前回ブログでご紹介しましたように、

4月8日ドイツ・Mannheimマンハイムで、

Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生のCello、

Ursula Trede-Boettcher  ウルズラ  トレーデ=ベッチャー先生の

のPianoによる、「Duo for Cello and Piano version 二重奏版」が、

初演されました。


★5月5日にお集まり頂いた先生方は、きっとこれから、

たくさんのお弟子さんたちと、私のチェロ四重奏を

楽しんでいただけると思います。

明るく楽しいゴールデンウイークも終わり、

五月の新緑は、日に日に濃くなっていきます。

 

 

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