■平均律1巻第7番プレリュードは何故、フーガになっているのか?■
~ KAWAI 名古屋「平均律1巻・第7番」アナリーゼ講座~
2017.8.23 中村洋子
★蛼(コオロギ)のふと鳴き出しぬ鳴きやみぬ
夏目漱石
雨の多い8月になりましたが、季節はゆっくり、
秋に向かって廻転しています。
★コオロギ、気がつくと鳴いています。
耳を澄ましてじっと聴いていますと、ぱたっと、鳴き止みます。
鳴き止んだ後に発する言葉は、「ああ、秋が来た」。
★最近見ました映画は、
≪静かなる情熱 エミリ・ディキンスン(原題:A Quiet Passion)≫
≪ファウンダー(原題:The Founder)≫です。
★Emily Dickinsonエミリー・ディキンソン(1830 - 1886)は、
アメリカの女性詩人です。
Johannes Brahms ブラームス(1833-1897)と、生きた年代が、
ほぼ重なっています。
生前に発表した詩は、10篇のみ。
その後半生は、自宅屋敷に引き籠り、死後、
家族により発見された詩が約1800篇ありました。
当時の常識からは外れていますが、超一流の芸術作品群です。
★映画はディキンスンの自宅を撮影場所に選んでいることから、
期待して観ましたが、設定した架空の人物(彼女の友人)が
ステレオタイプで、描き方がテレビドラマのようでした。
ディキンスンを演じた俳優も、やはり、
私には「詩人」に見えないのです。
映画で芸術家、思想家を描く宿命でしょうが、
女優(男優)は、女優(男優)の顔しかもちえないのでしょうね。
思考し、思索する顔ではないのです。
★いままで映画で演じられた、実在の芸術家、思想家、
例えばBrahms、
Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)、
Hannah Arendt ハンナ・アーレント(1906-1975)・・・
を観ての感想は、次のようなものです。
★彼女や彼らが演じる表情は、
芸術家のプロフィールやデータから推し量った、
作為性が目立つものです。
巨大な宇宙に匹敵する世界を創造するのが芸術家ですが、
データで頭が一杯の学者さんが現れたような感じなのです。
★しかし、少し古いのですが、2010年に上映された
≪セラフィーヌの庭(原題:Séraphine)≫は、見事でした。
女性画家・Séraphine Louis セラフィーヌ・ルイ(1864-1942) を
演じたYolande Moreau ヨランド・モローは、
"この人ならこういう絵画を描いたかもしれない"と、
思わせるような、見事な演技でした。
★セラフィーヌは、63歳(1927年)で作品が世に出るまで、
ほぼ人生の四分の三を、家政婦などをしながら、孤独に、
慎ましく、嘲笑の対象となりながら貧窮の中で、
絵を描きました。
★セラフィーヌ65歳(1929年)の時、
税関吏Henri Rousseauアンリ・ルソー(1844-1910)の
作品と並んで展示され、束の間の成功を味わいますが、
67歳(1931年)から錯乱が始まり、精神病院に翌年入院、
再び、絵筆を執ることなく一生を終えます。
★エミリー・ディキンスンもセラフィーヌ・ルイも、一生を孤独に、
営々と創作を続けた女性です。
その人物を描き演ずるのは、至難としか言えないのでしょう。
★≪This is my letter to the World
That never wrote to Meー
これは世界に向けての私の手紙です。
その世界は、一度も私に手紙を書いてはくれませんー≫
(岩波書店 亀井俊介訳)
ディキンスンの詩の一節。
セラフィーヌにも、共通するかもしれません。
★≪ファウンダー≫の主人公は、彼女たちと正反対。
待たずに買うことができる「マクドナルド ハンバーガー」の
システムを編み出したマクドナルド兄弟を手玉にとり、
挙げ句の果てに兄弟を追い出し、しかも、
"マクドナルド"という名前はそのまま商標として使い、
現在の世界的フランチャイズチェーンを築き上げた事業家
レイ・クロックの伝記物語。
★クロックを演じたマイケル・キートンがインタビューで、
「僕はある時までは彼(クロック)にすごく感心して、それから後、
あまり称賛できなくなったけれど、そういうところを描くのが、
この映画の面白いところだと思う」と、語っていますように、
ハンバーガーチェーンを次々と拡大し、栄華を極めるにつれ、
クロックは、どんどん嫌な男になっていきます。
本性、地が現れたとも言えましょう。
その「嫌らしさ、野卑さ、汚さ」を、観客に忌まわしく思わせる
キートンの演技は、見事です。
★役者然としながらも、キートンは、
ちょうど、指揮者兼ピアニストのダニエル・バレンボイムのように、
目に、怪しく卑しい光を湛えています。
「虚実皮膜」、すなわち「映画の真実は、事実と虚構の
微妙な接点にある」ともいえる、楽しめる映画でした。
★私の短い夏休みは、これらの映画を観て終わりです。
★9月16日(土) の「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
アナリーゼ講座・最終回
http://www.academia-music.com/new/2017-07-10-113903.html
と、
10月25日(水)の第7回名古屋・ KAWAI 「平均律第1巻アナリーゼ講座」
≪第7番 Es-Dur Prelude & Fuga≫ の勉強をしています。
http://shop.kawai.jp/nagoya/lecture/nakamura.html
http://www.kawai.jp/event/detail/1034/
★近く出版予定のBärenreiter ベーレンライター社「平均律第1巻」
付属の日本語解説書の中で、私は、特に詳しく、
この≪第7番 Es-Dur Prelude & Fuga≫ を、論じました。
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/af1974414bb103cd488ce72aa1ef4a65
★この≪第7番 Es-Dur Prelude & Fuga≫の最大の謎は、
プレリュードが、フーガの二つの主題(Subject)をもつ二重フーガ
であることです。
★何故 Bachが、そのような異例の構造にしたのか、
その理由が理解できますと、ストンと腑に落ちるように、
平均律クラヴィーア曲集第1巻を、俯瞰できる手掛かりと
なることでしょう。
この曲集がますます身近に感じられ、
演奏することが、喜びとなります。
★ 7番プレリュードを、 Bachの「Manuscript Autograph 自筆譜 」facsimile
で見ますと、14ページ右側の4段目から、始まります。
決して、ページの最初から書き始められてはいません。
★冒頭1小節目の16分音符のモティーフは、
ページをめくった15ページ冒頭10小節目から、
3段目24小節目までは、別のモティーフが始まります。
1~9小節目の16分音符によるモティーフは、
「蛼(コオロギ)のふと鳴きやみぬ」コオロギさんのように、
ふーっと、鳴きやみます(姿を消します)。
★ところがどうでしょう、3段目真ん中に位置している25小節目を
見ますと、10小節目のモティーフは、立派なフーガの主題(Subject)に、
1小節目のモティーフは、その対主題(Counter-subject )に、
変容しているのです。
講座でじっくり、ご説明いたします。
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■中村洋子 バッハ「平均律第1巻7番 Es-Dur 」アナリーゼ講座■
平均律 1巻24曲の構成をも暗示する前奏曲と、
魔法のような魅力的和声のフーガ
~ベーレンライター版、平均律1巻「翻訳と解説」刊行記念講座~
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■日時:2017年 10月25日(水)10:00~12:30
■会場: KAWAI 名古屋2F コンサートサロン「ブーレ」
■予約:052-962-3939
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★ 1巻7番の前奏曲は、全70小節の堂々たる「フーガ」です。
まずは曲の冒頭で「対主題(Counter-subject )」が提示され、
その後、すれ違うようにして「主題(Subject)」が顔を見せます。
「主題」と「対主題」がそろって顔を見せるのは、
やっと25小節目になってからです。極めて変則的です。
★ バッハは何故、このような大規模なフーガを「前奏曲 prelude」としたのか・・・
その理由を、講座でご説明します。そのカギは、1巻24曲の構成にあります。
平均律1巻は、「6曲1セット」で作られています。
その「第1セット(1~6番)」に続く「第2セット」の始まりが、
この第7番 だからです。
そして、冒頭の「対主題部分」、続く「主題部分」、「両者を総合する部分」を、
どう演奏し、弾き分けるかにつきまして、分かり易くご説明いたします。
★ 立派な前奏曲に続く、軽やかで清澄なフーガは一抹のメランコリーを
たたえています。その魅力の源泉は、バッハの魔法のような「和声」にあります。
「和声」の色彩を、ピアノのパレットにどう配置するか、バッハ演奏の醍醐味です。
「前奏曲」と「フーガ」のピアノの音色は、和声と対位法の裏づけの基に、
決定しなければなりません。
それをピアノで実際に音を出しながら、お話いたします。
★ 「新バッハ全集」を編纂していますBärenreiter-Verlagベーレンライター社は、
「平均律第1巻」Urtext原典版を出版していますが、
現在、「前書き」の日本語訳が付いた楽譜は発売されていません。
今回私は、その「前書き」の翻訳に加え、
≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫、さらに、その
≪バッハの「序文」についての解釈と、詳細な解説≫を、書きました。
それらは「平均律第1巻」の付属解説書として、楽譜と一緒に近日発売されます。
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■講師: 作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。
・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
「10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。
「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack Dortmund
から出版。
・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
disk UNION : GDRL 1001/1002)
・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。
・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
「訳者による注釈」を担当。
CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
(アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)
・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
≪「前書き」日本語訳≫
≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
詳細な解釈と解説≫を担当。
(近日発売)
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