音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■私の新しい著作が、間もなく刊行されます■~Debussy「2つのアラベスク」は、春風に舞う天女の世界~

2022-04-24 01:47:38 | ■私の作品について■

■私の新しい著作が、間もなく刊行されます■
 ~Debussy「2つのアラベスク」は、春風に舞う天女の世界~

             2022.4.24 中村洋子

 

                                苧環(オダマキ)


●ゴールデンウィークも間近です。

前回ブログの日付を見ましたら1月末でした。

もう3ヶ月も経ってしまったのですね。

その間、近く出版します本の執筆で忙しい毎日でした。


●最後になって、新たに「バルトーク」の章を追加することになり、

全部で計11人の大作曲家について、有名な作品一曲を、

「自筆譜」を基にして、詳細な分析を施しました


★一人の作曲家につき、30近い「譜例」を、私が手書きで写譜し、

添付しましたので、とても時間がかかります。

文章だけでも十分ご理解いただけると思いますが、

「譜例」があるとさらに鮮明に、イメージが湧くことでしょう。


★原稿と譜例は、ゲラ刷りの段階に到着しました。

校正を重ね、万全を期して皆様にお届けしたいと思います。


★11人の大作曲家の作品は、前回ブログで書きましたように、

モーツァルト「Sinfonie g-Moll 交響曲40番ト短調」KV550 や、

ブラームス「Sinfonie Nr.4 交響曲第4番 e-Moll ホ短調」Op.98

のように、オーケストラ作品や、Bartók Bélaバルトーク・ベーラの

「Sonata for solo violin無伴奏ヴァイオリンソナタ」の室内楽、

バッハの「フーガの技法」のように楽器編成不明の曲等、

多岐にわたっています。

 

 

                  水芭蕉

 


★モーツァルトやブラームスの交響曲、バルトークの晩年の傑作、

バッハの畢竟の大作は、その巨大な作品のどこを取り上げるべきか、

書く前から身構えたのですが、ドビュッシーのピアノ独奏のための

「Deux Arabesques 2つのアラベスク」は、ほんの少し息抜きの

気持ちがあったことは否めません。


ドビュッシー初期の、優雅でエレガントな「アラベスク」の

自筆譜は、曲想通り、流れるように美しく、見ているだけで

うっとりします。
http://www.academia-music.com/products/detail/159002

しかし、分析しながら書き始めますと、豈図らんや(あにはからんや)

想像を絶する大建造物でした!


★シューマンが、ショパンを評する言葉のChopinをDebussyに

置き換えるだけでよいのですね。

Chopins Werke sind unter Blumen eingesenkte Kanonen“

"Chopin's works are guns buried in flowers." Robert Schumann

ショパンの作品は花々の陰に隠れた大砲だーロベルト・シューマン

(直訳:ショパンの作品は花の下に埋もれた大砲である)

"Debussy's works-Deux Arabesques are guns buried in flowers." 
                                                           -Yoko Nakamura


★冗談はさておき、「Deux ArabesquesⅠ」は、著作で

微に入り細に入り考察しましたので、このブログではほんの少し

「Deux ArabesquesⅡ」について書きましょう。


★ドビュッシーの自筆譜を見ますと、「ArabesqueⅠ」、「ArabesqueⅡ」

というタイトルの書き方はしていません。

1曲目は「Deux ArabesquesⅠ」、「2曲目は Deux ArabesquesⅡ」です。

日頃、気にも留めていなかったのですが、自筆譜を見ますと、

ドビュッシーは「C.A.Debussy」という自分の名前の署名より、

タイトルの方を、とても大きく、そして目立つように書いています。


★ドビュッシーの「この曲はアラベスク1番、アラベスク2番、という

二つの曲ではなく、“二つのアラベスク”という、一曲の曲なのです」

という声が、聞こえてきそうです。

 

 

                     ショウジョウバカマ

 


★それでは「二つのアラベスク」の調性の関係はどうでしょう。

1番は「E-Dur ホ長調」、2番は「G-Dur ト長調」です。

「E-Dur」の主音と「G-Dur」の主音は、「3度の関係」にあります。

 

 


 

 


★「3度の関係」の調性につきましても、本で詳しく論じましたが、

バッハ由来の、意外性もあるうえに、実に美しい転調です。

ショパン、シューベルト、ブラームスの、「3度の関係」の転調は、

一度聴いたら忘れられないほど、強い印象を与えます。

 

★この譜例に書きました二つの三和音を、是非、

続けて、弾いてみてください。

それだけでも、この美しさを実感できると思います。

 

★ドビュッシーは「Deux ArabesquesⅠ」で、徹底した

motif 動機」による構造設計を試みています。

この曲の、麗らかで雅な外見からは、想像もつかないような

峻厳な構造です。

その中の一つ、「Deux ArabesquesⅠ」の冒頭1、2小節で、

さりげなく登場するバス声部の motif「cis¹ h a ド♯、シ、ラ」は、

「Deux ArabesquesⅡ」では冒頭1、2、3小節では堂々

全音符の「c¹ h a ド シ ラ」に、成長しています。


★ただし、この2番は「G-Dur」ですので、「cis¹ ド♯」は、

「♯」のない「c¹ ド」になっています。

細い蔦の枝が成長し、見事な「アラベスク」模様を

形作るかのようです。

「アラベスク」という語の意味するものについても、

本でご説明しました。

 

 

 


★もう一つ、この曲の特徴として挙げられるのは、いくらか憂愁を

帯びたような、魅惑的な響きは、「Ⅲの和音」によるもの

でもあります。

「Deux ArabesquesⅠ」の1、2小節を、和音要約しますと

こうなります。

 

 

 


「E-Dur のⅣ、Ⅲ、Ⅱ、Ⅰ」の和音第一転回形「Ⅳ¹ Ⅲ¹ Ⅱ¹ Ⅰ¹」の

並行移動になりますが、その2番目の「Ⅲ¹」の魅惑的なこと!

この和音要約も、是非音に出して弾いてみてください。

「Deux ArabesquesⅡ」では、2小節目の和音が、

「G-DurのⅢ」の和音です。

 

譜例4

 

 

長調の「Ⅰ」の和音が「長三和音」なのに対して、

長調の「Ⅲ」の和音は、少し陰のある「短三和音」です。

 

★その点も、はっきりした色彩ではなく、マリー・ローランサン

Marie Laurencin (1883-1956)のパステル画のような

淡い色調になるのですね。

ちなみに、ドビュッシーは1862年生まれ、ラヴェルは1875年生まれ、

ローランサンはその少し後の世代ですね。

 

 

 

 

★そういえば作曲家のアントン・ヴェーベルン 

Anton Friedrich Wilhelm von Webernも1883年生まれでした。

ドビュッシーとヴェーベルンが、20歳しか年齢差がないのは、

少々、意外な気がします。

この二人が、20世紀の音楽の行く末を決定付けた作曲家です。


★お話を戻しますと、ドビュッシーは、天女が春風に吹かれて

空中で舞うような「Deux ArabesquesⅠ」と、

春の光を一杯浴びて、蝶や小鳥が舞い飛び回るような

「Deux ArabesquesⅡ」という、夢のような世界

作り上げました。

 

★しかし、その世界は、少しの風で、もろくも揺らぐような

脆弱な土台ではなく、盤石な石組みの上に、その夢の世界を

繰り広げたのでした。

“Es ist des Lernens kein Ende.”―Robert Schumann

シューマン曰く「学びに終わりはありません」ですね。

 

 

 


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