■Mozart KV331、「Andante grazioso」のテーマは蜘蛛の糸のような対位法■
2015.9.29 中村洋子
★私のアナリーゼ講座に参加されている方が、オランダへ行かれました。
「Royal Concertgebouw Orchestra Amsterdam
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団」で 、Bach「≪Matthäus-Passion
マタイ受難曲 ≫ を聴くためでした。
お土産に、「マタイ受難曲」のプログラムをいただきました。
★このプログラムには、すべての歌詞が書かれていますが、
ところどころが、赤い文字で印刷されていました。
それは、「コラール」の部分でした。
コンセルトヘボーでは、このコラールを、
聴衆が一緒になって歌うそうです。
そのために、赤く印刷されていたのです。
★オーケストラと聴衆が一体となって歌うのは、
斬新で、素晴らしいことであると思います。
これは、コラール本体の意味に叶っていることでしょう。
★Bach を勉強することは、その勉強の継続により、
逆に Bach のみではなく、全ての第一級の作曲家への扉が、
開かれていくことになるということが、経験から強く指摘できます。
★Bach のインヴェンションと平均律1、2巻全48曲すべてについて、
アナリーゼ講座を開催した後は、
Wolfgang Amadeus Mozart ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
(1756~1791) や Frederic Chopin ショパン(1810~1849)が、
それまでとは異なった相貌に、見えてきます。
そしてその顔こそが、本当の Mozartや Chopin なのである・・・
ということが、分かってきます。
★いまだに Chopin を、サロンを舞台にした情緒的でロマンティック、
装飾的な作曲家と見くびったり、
Mozartの曲は、真珠の玉を転がすような流麗優美な音楽と、
とらえる向きもあるようです。
★いま Chopin の 「Prelude集」について、
Bachと同じ読み解き方で、探求を続けています。
同様に、8月の KAWAI 金沢アナリーゼ講座で、
公開レッスンをいたしましたMozart の「ピアノソナタ KV331」についても、
勉強を深めています。
★この「KV331」は、ピアノ発表会でもよく取り上げられる、
大変に親しまれている曲ですが、
18小節から成る「Andante grazioso」のテーマは、
対位法を蜘蛛の糸のように、複雑に絡み合わせて構成されており、
それを、解きほぐしていくのは、一筋縄ではいきません。
★私は、インヴェンションと平均律のアナリーゼをしたからこそ、
それらを解明するとっかかりを得た、という手応えを感じています。
★Mozart がソナタという題名を付けた曲の中で、
第1楽章が、変奏曲の形をとっているのは、この「KV331」のみでしょう。
ちなみに Beethoven も、その32のピアノソナタの中で唯一、
「第12番 Op.26(1800年-1801年) Andante con Variazioni」 のみ、
第1楽章で主題と変奏をもっています。
Beethoven が、Mozart の「KV331」を強く意識していたことは、
十分にありうるでしょう。
★また、 Beethoven ピアノソナタ第14番 Sonata quasi una Fantasia
「月光ソナタ」(1801年)にも、つながっていくといえます。
月光の第1楽章も、ソナタの第1楽章としては異例の、
ファンタジーに近い性格をもっていますが、見方を変えますと、
Bachの Preludeとの親近性が強いともいえます。
★余談ですが、月光ソナタについては、10月28日(水)
KAWAI 名古屋での「平均律第1巻1番アナリーゼ講座」で、
少々、触れる予定です。
また、2016年1月20日 (水)から KAWAI 金沢で始まります、
新シリーズの講座でも、取り上げます。
★Mozart 「KV331」の第1楽章を、 Wilhelm Kempff
ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)は、
どのように弾いているのでしょうか?
勉強を重ねれば重ねるほど、 Kempff の素晴らしさ、凄さが
理解できます。
★特に、11小節の上声3拍目「a¹」、同6拍目「h¹」、
12小節上声3拍目「a¹」の staccatisimo、
この「a¹ h¹ a¹」の三つの音を、 Kempff はいつくしむように、
同時に“ここを聴いてください”というかのように、
強調して弾いています。
★当ブログで以前、ご説明いたしましたように、
この11、12小節は、13小節目の再現部に入るための、
周到に準備された“頂点”であることが、間違いないのですが、
この三つの音から出来るモティーフが意味するところは、
実は、冒頭第1小節目の上声「cis² d² cis²」のモティーフの、
拡大形である、ということなのです。
★それと同時に、11、12小節上声の「a¹ h¹ a¹」のモティーフは、
13小節下声1~3拍目「a h a」の≪縮小カノン≫として、再現されます。
★このため、頂点である11、12小節で、冒頭のモティーフを拡大し、
13小節からの再現部には、上声「cis² d² cis²」が再現され、
さらに、14小節上声に「h¹ cis² h¹」というように、
同じモティーフが、反復されていきます。
★もし、ここを13、14、15小節目と同型反復で作曲したと
しますと、15小節は「a¹ h¹ a¹」となるでしょう。
もちろん、Mozart は15小節上声を「a¹ h¹ cis² 」としており、
聴く人の耳を、いい意味で“裏切る”のです。
★この15小節の「a¹ h¹ cis² 」は、
17小節バス1拍目から≪カノン≫で現れ、さらには、
18小節上声3~4拍目に、その反行形「cis² h¹ a¹」として、
進化した形で姿を現します。
★この17、18小節は、実は≪コーダ≫です。
テーマ自体は短いのですが、“対位法のるつぼ”といえます。
そして、このコーダはテーマをさらに凝縮した“エネルギーの塊”である、
とも言えます。
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