音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■平均律1巻6番前奏曲の半音階進行は、指の練習曲にあらず■

2018-10-29 20:41:56 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻6番前奏曲の半音階進行は、指の練習曲にあらず■
~半音階の和声を理解すると、美しい調性進行が、整然と姿を現す~
   ~平均律1巻6番d-Moll アナリーゼ講座のご案内~


            2018.10.29 中村洋子

 

 

★秋も深まりました。

月の光が皓皓と、夜空に冴え渡っています。

≪秋をしむ戸に音づるる狸かな≫ 蕪村

「秋をしむ」は「秋惜しむ」、「音づるる」は「訪れる」の意。

月の光に誘われて、戸口に立っている狸さん。

トントンと木戸を叩いたのでしょうか。

なるほど「音づるる」ですね。


★≪戸を叩く狸と秋を惜しみけり≫ 蕪村

狸と並んで月を眺め、秋を惜しむ蕪村先生、

はて、本当に一緒に座って眺めたのか、

でも、その光景が目に浮かぶようですね。


★俳諧と絵画に、屈指の才能を発揮した、

天才・与謝蕪村(1716-1783)。

彼の蕪村自賛像(自画像)、

かじかむような寒い夜、抜け落ち、まばらになった歯で、

凍った筆先を噛みながら、筆を構えている横顔。

暖を取る炭にもこと欠いた生活だったのでしょう。

しかし、その芸術はなんと伸びやかで、

心の豊饒の産物だったことでしょう。

 

                     (むかご飯、お茶碗:松本芳実)


★私の方は、秋を惜しむ狸さんと交流する余裕もなく、

11月17日(土)の、「平均律第1巻」6番 d-Moll アナリーゼ講座

勉強中です。
https://www.academia-music.com/news/74


★今回は、「平均律第1巻」1~6番までの、総まとめとなります。

この6番の中に全24曲のエッセンスが、凝縮しているともいえます。

講座では、再度基本に立ち戻り、Bachにとって、「和声」とは何か、

「フーガ」とは何かを、具体的に分かりやすくお話する予定です。


Bachの和声は、 「counterpoint 対位法」 と

がっちり、手を結んで形成されています。

それを読み解くには、「機能和声(functional harmony)」に

立ち戻り、

Bachの和声を凝視し、和音の連結を解釈する必要があります。


★しかし、それは決して難しいことではありません。

恐れることでもありません。

「機能和声」とは、何かといいますと、

例えば「音階の第7音(導音)は主音に進行する」という機能がある、

という規則のことです。

 

 

★その機能は、属和音の第3音である導音に受け継がれ、

「属和音Ⅴは、主音を根音とする主和音Ⅰを、強く志向する、

という

 

 

耳で聴けば、当たり前過ぎるほど、当たり前のことなのです。


★ただし、20世紀の「十二音技法twelve-tone technique」

による「十二音音楽 twelve-tone music」で、使われる

「十二音音階 twelve-note scale」になりますと、

 

 

1オクターブの中に存在する12の音階は、どれも機能をもたず、

対等です

このため、導音も属和音も存在しません。

 

 


★例えば、「cis 嬰ハ音」と「des 変ニ音」は、異名同音ですが、

機能和声では、「cis」と「des」は全く違う機能をもちます

 

 

★しかし十二音音楽では、この音が「cis」と記譜されようが、

「des」と記譜されようが、何ら違いはないのです。


★お話を戻しますと、今回の「平均律第1巻」6番d-Moll の

プレリュードを詳しく、分かりやすく和声分析し、

それをピアノによる音で耳から、そして、その分析した和音を

テキストにより、目からご説明する予定です。

それにより、Bachの機能和声がBachの対位法と、

表裏一体であることを、深く実感できると思います。


★「平均律第1巻」6番 d-Moll プレリュードの和声について、

少し、ご説明しますと・・・

24、25小節目の絶壁から深い滝壺へと、ほとばしる奔流となって

流れ落ちるような「半音階」、

 

 

これを24小節目上声16分音符10番目の「h²」から、

和声を要約し、三和音にまとめますとこのようになります。

 

 


★先ほど、十二音技法のことを書きましたが、

この技法は、機能和声から逃れるため、1オクターブを構成する

12個の半音(この場合、音高は問いません)を、使い切るまで、

もう一度その同じ音を使わない、というお約束があります。

 

 


★一つの例を挙げますと、

冒頭の「c」音を使ったら、残りの11個の半音階の音を使い切った後に、

やっと「c」音を、再度使うことが出来ます。

残りの11個を使い切る前に、その「c」音を登場させますと、

その「c」音が、聴く人にとって強く意識され、何らかの「調性」を、

感じさせてしまうからです。

 

 


★ところが、三和音にまとめたプレリュード24~25小節目の上声は、

(赤い線を引いた音を重複していますが)12の半音を、

ほぼ、満遍なく使い切っているのです。

 

 


★それでは、これは機能和声ではなく、十二音技法のような「無調」と

とらえるべきなのでしょうか

答えは「否」です。

この半音階的に連続して下降する三和音は、

一つ一つ立派な調性の役割を担っているからです。


譜例冒頭の「f²-gis²-h²」の三和音を、説明いたしますと、

このプレリュードの主調「d-Moll」の、ドッペルドミナント

(属々和音)の属九であり、正確にはその属九の根音を

省略した第4転回形です。

 

 

★続く「e²-g²-b²」の三和音は、同じ主調d-Mollの「Ⅱの和音」。

 

 


★次の「dis²-fis²-a²」の三和音は、主調d-Mollの「属調a-Moll」の

ドッペルドミナント(属々和音)の属七で、

その属七の根音を省略した第一転回形です。

 

 


★このように三和音を、丁寧に一つ一つ解明していきますと、

なんとも美しい調性の進行が、整然と姿を現します。

この半音階進行による、急峻な滝の流れのような16部音符を、

「それ! 指の練習曲だ」とばかりに、

何の分析もなく、弾き飛ばすことが、

いかにBachの世界からかけ離れているかが、

よく、実感できると思います。

 

 


★知人からよく聴く話ですが、日本の多くのコンクールでは、

平均律1巻5、6番を「オリンピック競技のように、速さを競って弾く」

そうです。

解釈の仕方によっては、速く弾くことも十分あり得ることです。

しかし、そうではなく、和声への無理解を糊塗するための

"スピード違反"は、反則であると思います。

これは、コンクールに生徒を"出品"した先生の「音楽」に対する、

つまりは「Bach」に対する不勉強、無理解、尊敬不足、

さらに名誉欲からくる傲慢さとも言えるでしょう。


★このように日本では、「指の練習曲」のような"Bachもどき"

はびこっているのが、現実です。

この和声進行を一例としまして、全26小節から成る

6番プレリュードの和声を、一音一音つぶさに理解し、

体得することこそ、Bachの演奏法に直結する勉強法です。

それを、11月17日講座で詳しくお話いたします。

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■平均律クラヴィーア曲集は、book ではなく globe です■

2018-10-21 16:34:27 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律クラヴィーア曲集は、book ではなく globe です■
~「第6回平均律第1巻6番・アナリーゼ講座」のお知らせ~
              2018.10.21   中村洋子

 

 

★私の好きな句
 ≪新米はまだ艸(くさ)の実の匂い哉≫   蕪村

深山からの清冽な清水で育った新米を、いただいております。

農薬はもちろんのこと、肥料も有機のみ化学肥料ゼロの、純血米です。


★炊飯器から蒸気が立ち始めますと、部屋が、香ばしく黄あるいは

青みがかった穀物の香りで満たされます。 
                                                     

完熟した穀物の香りです。

育った田がまるごと、お釜で茹でられているみたい。

陶酔。


今日は「十三夜」、そして明後日はもう「霜降(そうこう)」。

実りの秋 闌(たけなは)に冬が忍び寄っています。


★昨年上映されました映画「人生フルーツ」が、

リバイバル上映されましたので、二度目の鑑賞。

この映画は不朽の名作です。

これからも上映され続けると、思います。

皆さまも機会がございましたら、是非ご覧ください。

 

 


★この映画については、たくさん書きたいことがございますので、

これから、少しずつブログで書いていきたいと、思っています。

津端修一さん90歳、奥さまの英子さん87歳、

お二人の日常を描いたドキュメンタリーです。


★この映画の撮影途中で、修一さんが亡くなられます。

そして、心に染み入るナレーションを担当されました

樹木希林さんも先ごろ、旅立たれました。

実りある人生の後、なんと爽やかで、かぐわしい香りと感動を

残されたことでしょう。

http://life-is-fruity.com/trailer/

 

≪稲かれば 小草(をぐさ)に秋の日の当たる≫ 蕪村

 

 


生きていく糧を与え続けてくれるBachの

平均律クラヴィーア曲集。

その第6回 第6番 d-Moll プレリュード&フーガ アナリーゼ講座

を、11月17日(土)開催いたします。
https://www.academia-music.com/news/74


★私の書きました解説 
https://www.academia-music.com/products/detail/159893

では、1番 C-Dur から、この6番 d-Moll までを、平均律第1巻の核

となる曲としております。

その論を更に進めますと、平均律クラヴィーア曲集は、

「 book ではなく globe 」という結論に、達します。


平面的に積み重ねられていくのではなく、

スケルトン(透明)の地球儀のように、

例えば、5番 D-Dur から、10番 e-Moll へと、

一気にビームが飛び出すように、

あるいは、4番 cis-Moll が、24番 h-Moll へと、

真っ直ぐに向かって行く、というように、

複雑な多面体を形成していくからです。


★今回で、ことし1月から始まりました

「平均律第1巻アナリーゼ講座」の第1期が、終わります。

1番から6番までの"豊饒の秋"を、刈り取ることができるよう、

勉強を続けます。
https://www.academia-music.com/images/pc/images/6_Analyse.pdf

 

 


--------------------------------------------------------------------

■第6回「平均律クラヴィーア曲集 第1巻第6番
         d-Moll Mollプレリュード&フーガ」 アナリーゼ講座

● 平均律 1巻は、「全音階」」「半音階」は、「長・短 3度」で形成される
巨大な球体

●6番プレリュード&フーガは、6曲1セットの統括であり、第2セットの船出

-----------------------------------------------------------------------


■日時:2018年11月17日(土)  14:00~18:00  ※途中休憩あり
■会場:エッサム本社ビル 4階 こだまホール
 住所 :東京都千代田区神田須田町1-26-3 ℡:03-3254-8787
  (JR神田駅 北口 徒歩3分 ※エッサム1、2号館ではありません)
■≪申し込み 申し込み ・お問い合わせは≫
  アカデミアミュージック企画部 ℡03-3813-6767
  E-mail:kikaku@academia-music.com
------------------------------------------------------------------------

 

 ■なぜ、平均律クラヴィーア曲集がクラシック音楽の根源なのか

★「平均律1巻全24曲」は、巨大な一つの変奏曲集と解釈することができます。
 Bachはここで、24の調性すべての Prelude & Fugaを作曲しました。
 これを完成させた後、同じ変奏曲集をたった一つの調で試みようと、舵を
 切ったのは当然の帰結でしょう。それが、G-Dur(同主短調のg-Mollを
 三つ含む)の30曲の変奏曲から成る「Goldberg-Variationen
 ゴルトベルク変奏曲」です。

★平均律1巻の中核をなす「1~6番の大きな変奏曲」を、どのように解釈し、
 その理解を演奏と鑑賞にいかに結び付けていくか、そのカギは、
 この6番 Prelude & Fugaを読み解くことにあります。
 ≪ベーレンライター版「平均律第1巻」楽譜の添付解説(中村洋子)≫の
 P4~P6『5番、6番で「調性とは何か」という問いを投げ掛けている』を、
 併せてお読み下さい。


■「平均律クラヴィーア曲集第1巻 第6番 d-Moll 」プレリュード
 平均律1巻1~6番セットの総仕上げとなるプレリュードです。
 ここで5番プレリュードとの関連性を精査することにより、平均律1巻
 の大構想が浮かび上がってきます。右手上声で絶え間なく動く
 「三連符」によって描かれる緊迫した対位法。
 24、25小節目から流れ出た滝の水が、ほとばしる奔流となって
 下っていく、見事な「半音階」。この「半音階」も、平均律1巻を揺るぎなき
 ものにする横の支柱といえます。  

■「平均律クラヴィーア曲集第1巻 第6番 d-Moll 」フーガ
 1小節目冒頭の主題( Subject )は「レ、ミ、ファ」の短三度で始まります。
 Bachの「序文」に則る鮮やかなフーガの開始です。この「レ、ミ、ファ」は、
 7番 Es-Dur の幕開けとも重なる重要なモティーフです。
 この冒頭主題( Subject)と次に続く応答( Answer)により、完全な
 「全音階」が見事に形成されていきます。平均律1巻は、「全音階」、
 「半音階 」、「長三度」、「短三度」によって形成される、広大無辺な
 球体なのです。

 

 


-------------------------------------------------------
講師: 作曲家  中村 洋子
                           東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
 「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
  自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
  10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
                ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

  「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
  「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
     チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
     ドルトムントのハウケハック社  Musikverlag Hauke Hack  Dortmund
       から出版。

・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
       無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
       ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
              (disk UNION : GDRL 1001/1002)
                      「レコード芸術特選盤」

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
  ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
    ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
          演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。

・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
 バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
 「訳者による注釈」を担当。

    CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
     (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)

・2017年「チェロ四重奏のための10のファンタジー(第2巻、6~10番)」を、
  ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
                                  Musikverlag Hauke Hack
Dortmund から出版。

・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
   平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
     ≪「前書き」日本語訳≫
     ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
     ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
     ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
                     詳細な解釈と解説≫を担当。

 

 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする