音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■チャイコフスキー「四季」の真正な楽譜の見分け方、 その2■

2018-09-11 18:15:43 | ■私のアナリーゼ講座■

■チャイコフスキー「四季」の真正な楽譜の見分け方、 その2■
~「10月ー秋の歌」は、「6月―舟歌」と直結、それがチャイコフスキーの作曲法~
              2018.9.11 中村洋子

 


  

★9月11日は二百二十日。

立春から数えて220日目です。

9月に入ってからこの10日間、何と災害の多かったことでしょう。

4日の21号台風(チェービー/Jebi)襲来、6日の北海道胆振大震災。

被害に遭われた方々に、心よりお見舞い申し上げます。

この秋が穏やかであることを、心から願います。


★≪月々に月見る月は多けれど
          月見る月はこの月の月≫ よみ人しらず

十五夜は9月25日、まだ先ですが、高い空にかかる月を

静かに眺めたいと思います。


★前回に続き、

Tchaikovsky チャイコフスキー(1840-1893)の、

「四季」の真正楽譜についてです。

今回は、「10月ー秋の歌」です。


★この春、クラリネット奏者の Wenzel Fuchs

ヴェンツェル・フックス(1963- )
さんの、

「Mozart クラリネット協奏曲 K.622」
演奏会に出かけました。

名演奏でした。

リッカルド・ミナーシ指揮のザルツブルク・モーツァルテウム

管弦楽団も、
素晴らしく、久しぶりに Mozart を堪能しました。


★その時のアンコールが、この「四季ー10月」でした。

ピアノ独奏曲を、クラリネットで演奏する是非はともかく、

この曲が類稀な旋律の美しさに、溢れていることは、

間違いありません。

 

 


★しかし、Tchaikovsky チャイコフスキーの自筆譜に基づく

真正な楽譜と、巷間で流布しています実用譜との差異には、

驚かざるを得ません。

この曲の命でもある旋律が、ほとんど全曲にわたって、

ズタズタにされている、と言っても過言ではありません。

 
★例えば、Tchaikovskyの自筆譜は、冒頭こうなっています。





有名な実用譜では、こうなっています。



 

その楽譜に、更にお節介な編集者が手を入れ、

このようになっている楽譜もありました







★それでは、Tchaikovskyの真正楽譜と巷間の実用譜との違いは、

どこにあるのでしょうか。

まず、自筆譜では、1小節目と3小節目の上声

2拍目2分音符と4分音符に、「スラー」は付いていません。

 





★よくある改竄譜は、1、3小節目2拍目から「 slur スラー 」を

加えている
ばかりか、2拍目2分音符に tenuto テヌートやア

クセントを、書き加え、
華やかに見えます。

一見しますと、親切そうです。

さらに、2小節目3拍目には、Tchaikovsky が書いていない、

アルペッジョまで追加されています。







★その上、お節介な編集者は、1小節目2拍目の上声開始音「f²」の

2分音符のさらに前、つまり、1拍目の4分音符から「 slur スラー 」

始めている版すら、存在します。






★この編集者は、よほどChopinがお気に入りだったのか、

あるいは、見当違いのChopinかぶれだったのでしょう。

Chopinのフレージングにつきましては私の著作

「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の148ページから

183ページにかけての≪Chapter5≫

・ショパン・ナショナルエディション「エキエル版」は、
                          本当に原典版か?

・ChopinのPolonaise ~ Fantasie幻想ポロネーズを、
                         自筆譜から読み込む

・作曲家の「自筆譜」について
                      ーーーーーで、
    
詳しく解説しておりますので、じっくりとお読み下さい。

 




★しかし、Tchaikovsky チャイコフスキーは、

Chopinではありません。

二人は全く別の個性をもった大作曲家です。

旋律の構築法が、両者は180度異なりますので、

このChopinかぶれの編集者のように、1拍目から「slur スラー」を、

掛けますと、Tchaikovskyの音楽にはなりません。


ただただ弱弱しい≪ムード音楽≫に堕するのです

勿論、Chopinも弱弱しいムード音楽ではなく、強靭な、

Robert Schumann ロベルト・シューマン(1810-1856)に

言わせますと、
≪大砲≫のような音楽です。

 

 


★それでは、Tchaikovsky はなぜ1、3小節目の2拍目2分音符と、

4拍目4分音符に「 slur スラー 」を書かなかったのでしょうか?


前回ブログ「四季ー6月 舟歌」をもう一度、お読み下さい。

チャイコフスキー 自筆譜は、冒頭上声旋律が始まる2、3、4小節を、

このように記譜しています。






巷間流布の実用譜は、こうなっています。






★両者がどのように違うのか、前回ブログでもご説明しました。

「10月ー秋の歌」でも、事情は似ています。

改竄版は、チャイコフスキーのスラーを記入した後、

さらにその上に、重たく厚ぼったい黒雲のような「スラー」を、

1~3小節にかけて、括りにしています。


よほど1小節目の「f²」 「e²」音が、作曲家が意図した通りに

単独で独立することが、怖いのでしょう。







曖昧模糊とした情緒の霧の中に、この「f²」 「e²」音を

埋め込みたいようです。







★しかし、チャイコフスキーはこの「f²」 「e²」音を、

一括したスラーに従属した音として、作曲していません。

丁度、「6月―舟歌」の冒頭2小節目「d¹-e¹-fis¹」のモティーフが、

3小節目「g¹ a¹ b¹ c² d² g² fis² g²」から、

独立しているのと同じです。







★「6月―舟歌」4小節目1拍目の2分音符「d²」が、

どのスラーからも独立して、単独で配置されているのも、

「10月ー秋の歌」の3小節目1拍目の「b¹」音が、単独で置かれている

のと、全く同じです。






★ここでもう、お気づきになられた方もおいでになるでしょう。

「6月―舟歌」と「10月―秋の歌」の冒頭旋律の構築法が、

極めて類似していること

これは、この曲に限らず、チャイコフスキーの個性でもあります。


オーケストラ作品や室内楽に共通した、あのうねるように力強く、

情緒を揺さ振るような、旋律の作り方です。

 

 


★この12曲から成る「The Seasonsー四季」は、Bach平均律の

緻密かつ壮大、宇宙的規模をもつ世界とは、比べるべくもありませんが、

構造は、Bachを踏襲しています。

つまり、「6月―舟歌」の冒頭「d¹-e¹-fis¹」は、

拡大反行形として「10月ー秋の歌」の「f²-e²-d²」に、展開していきます。


★このようにして、12曲を1曲として、まとめていくのです。







これは、作曲の基本ともいえます。

この基本は、Bach平均律クラヴィーア曲集で、盤石の礎として、

確立されました。


チャイコフスキーは、「10月ー秋の歌」冒頭の「f²」 「e²」を、

一つの長く括られた、大きなフレーズに従属する音として、

考えていなかったのです。


★「10月ー秋の歌」の調性「d-Moll」は、平均律では、第6番です。

必然か偶然か、

≪ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊
Bach平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版≫に添付、
『Bachが自ら書いた「序文」についての
              中村洋子による詳細な解釈と解説』

の4~7ページで、この「d-e-fis」の長3度と、

「d-e-f」の短3度についても、
詳しく論じています。
https://www.academia-music.com/products/detail/159893


★「d-e-fis」の長3度については、9月22日のアカデミアミュージック

「平均律第1巻 5番」アナリーゼ講座で、







「d-e-f」の短3度については、11月17日の平均律講座でも、

お話いたします。





平均律1巻「6番プレリュード d-Moll」の冒頭1小節目を、

和声要約しますと、

「10月ー秋の歌」と、なにやら和声が大変よく似ているのは、

気のせいでしょうか?

 

 

★なお、25、29小節目上声 3拍目の3連符 3番目の音は、

「♯」の付いた「his¹」が正しく、「スラー」も、

このように1拍ずつ分割されています




 

以下のように、流布版の「♮」がついた「h¹」は、

正しくありません。

 

 

 

 







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