音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■バルビゼ&フェラスのブラームスViolinソナタ3番、白眉の名演■

2020-12-31 21:17:49 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■バルビゼ&フェラスのブラームスViolinソナタ3番、白眉の名演■
  ~Pierre Barbizet The Complete  Recordings を聴く~
            2020.12.31  中村洋子

 

 

 


★2020年もあと数時間で暮れようとしています。

≪十二支みな闇に逃げ込む走馬灯≫  黒田杏子


★走馬灯は夏の季語、この句は夏の句なのでしょうが、

私は、年末になるといつもこの句を、思い浮かべます。

今年の干支はネズミ、来年は丑年です。


★幼い頃は、一年一年くっきりとその一年の時間を

感じていましたが、年齢を重ねますと、ネズミも牛も

どんどん闇に逃げ込み、熔け込むように感じます。

大晦日は、特にその感が強いです。


★今年は、Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)

生誕250年、

葛飾北斎(1760-1849)生誕260年の、記念すべき年でした。

Beethovenは、12月17日がお誕生日でした。

コロナ禍がなければ、世界各地でお祝いの行事やコンサートが、

華々しく催されていたことでしょう。


★また、今年は名ピアニストの Pierre Barbizet ピエール・バルビゼ

(1922-1990)の没後30周年でもあります。

それを記念して発売された

『Pierre Barbizet The Complete Erato & HMV Recordings/

エラート&EMI録音全集』01900295187620

CD14枚のBoxセットを、毎日聴いております。
https://tower.jp/item/5102620/%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%88%EF%BC%86%E6%97%A7EMI%E9%8C%B2%E9%9F%B3%E5%85%A8%E9%9B%86

 

 


★バルビゼの演奏は、昔から聴いてきたつもりでした。

Ernest Chaussonエルネスト・ショーソン(1855-1899)の

≪Chanson perpetuelle 終わりなき歌 

(ソプラノとピアノの弦楽四重奏) Op.37≫は、ソプラノの

Andree Espositoアンドレ・エスポズィートに、

心奪われてきました。


MauriceRavel モーリス・ラヴェル(1875-1937)の

Ma Mère l’Oye マ・メール・ロワは、Samson François 

サンソン・フランソワ(1924-1970)との連弾ですが、

フランソワの自由闊達でありながら、これほど誌的で、正鵠を射た

演奏はない、と感嘆してきました。

このフランソワの第1ピアノ(PRIMA)を支えられる第2ピアノ

(SECONDA)は、親友のバルビゼぐらいだろう、とも思ってきました。


★しかし、バルビゼの演奏を網羅したCD14枚を聴きますと、

「何という偉大なピアニスト!」と、あらためて驚嘆しました。

気付くのが遅すぎた、とも思っています。

皆さまも是非、この全集をお聴きください。

その中でも、近頃毎日1回は聴いてしまうのが、

14枚セットの最初の「CD1」です。

BeethovenのViolin Sonata第5番 Op.24 「スプリングソナタ」と、

BrahmsのViolin Sonata 第3番 Op.108の組み合わせです。

 

 


「スプリングソナタ」はF-Dur、Brahmsのソナタはd-Mollで、

互い平行調の関係にありますので、まるでこの二曲で、

1セットの大曲のように、違和感なく聴けてしまいます。


★スプリングソナタのこの演奏は、閉塞した灰色の冬に

生きている私たちに、明るく香しい春風を送ってくれます。

氷のように固まった心を、やさしく溶かしてくれるヴァイオリン

このヴァイオリンを演奏する Christian Ferras 

クリスティアン・フェラス(1933-1982)、

弱冠20歳の時の録音です(1953年)。

「何という天才!」。

10歳ほど年長のバルビゼの、ピアノあってこその名演です。

 

 

 


Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)の

ピアノ、Wolfgang Eduard Schneiderhan

ヴォルフガング・シュナイダーハン(1915 - 2002)の

ヴァイオリンによる「スプリングソナタ」は、

このブログを始めた時に書きました、思い出深い曲です。

この二人の演奏は、私にとっては唯一無二の演奏でしたが、

「スプリングソナタ」の山脈には、別の美しく気高い頂

存在するのですね。

Beethoven に聴かせてあげたいな、と思いました。


★作曲家は、曲の設計図を創りあげるだけです。

それを生身の「音楽」にするのは、演奏家だからです。

建築家と建造物との関係に似ているとも言えましょう。


★Brahms (1833-1897) のヴァイオリンソナタはOp.108です。

1886年から88年にかけての作品ですから、晩年に

さしかかった頃の作品です。

それを十分承知していながらフェラスとバルビゼの演奏を

聴いていますと、「この曲は、ピアノ五重奏Op.34(1862年作曲)を

書いたころの作品だったかしら・・・」と、錯覚してしまいます。

生きる喜びが、その演奏からひしひし伝わってくるのです。

 

 

 


★このブラームス「ヴァイオリンソナタ第3番」を、諦観に満ちた

枯れて萎えていく花のように表現する演奏が、時々あり、

いつも満たされない思いでいました。


★機会がありましたら、この演奏の凄さや素晴らしさについて、

解説したいと思いますが、2楽章Adagio は、白眉の演奏ですね。

心に沁み入ります。

幼子イエスを抱くマリアの子守歌のようです。

まるで、Bachのアリアです。

涙腺が緩みます。


★私にとっては、Bachクリスマスオラトリオの第19番アリア

「Schlafe,mein liebster,genieße der Ruh 

お休み 私の愛し子 安らかに」のイメージと重なります。

これはクリスタ・ルードヴィヒの名演(カール・リヒター指揮)が、

あります。


★今年は困難な一年でした。

収束の時期も分かりません。

しかし、本物の芸術に接する喜びは、しっかり両の

掌の中にあります

どうぞ、明るい新年をお迎えください。

 

 


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■シューマンの指使いから、Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む■

2020-12-09 21:48:30 | ■私のアナリーゼ講座■

■シューマンの指使いから、Bachの対位法がこぼれ落ち、奏者の心を刻む■
~「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番、「ルードヴィヒのための子守歌」~
            2020.12.9 中村洋子

      

 


★12月は21日が冬至です。

一昨日12月7日は暦の上では「大雪」でした。

いよいよ冬も“白い底”に向かって、歩を進めています。

≪冬ごもり 心の奥の よしの山≫ 蕪村(1716-1783)


★以前も当ブログでご紹介した句ですが、

コロナ禍の今年一年は、春、夏、秋、そして冬と

「籠りの一年」でした。

以前、それほど深く感じなかった「心の奥のよしの山」

痛切に、胸に響きます。

皆さまも、心の奥の吉野の満開桜を思い描きながら

この一年を過ごされたのではないでしょうか。


★前回ブログで取り上げましたRobert Schumann

ロベルト・シューマン(1810-1856)

「マリーのためのピアノ小曲集」の第1番

「ルードヴィヒのための子守歌」フィンガリングは、

このようになっていました。

 

 

★この曲は、少しの変更を経て「子供のためのアルバム

(ユーゲントアルバム)」の第3番「ハミング」となります。

「ルードヴィヒのための子守歌」1小節目右手の

1、2、3拍目の「4. 3. 1」のフィンガリングは、

どんな意味あるのでしょうか?


常識的には「3. 2.1」としてよい筈です。

 

 

「4. 3. 1」とすることにより、冒頭音「e²」を、

(「3」の指ほど器用ではないものの)デリケートで、

柔らかい音色に適した「4」の指で、弾くこととなります。


「3」の指は中指、「4」の指は薬指です。

常識的な「3」指でなく、「4」指で冒頭音「e²」の音を

タッチしますので、これを弾く子供(大人も)、注意深く

「e²」の音に耳を傾けながら、打鍵すると思います。

 

 


★右手2拍目「d²」の「3」指は、順当な指使いですが、

右手3拍目「c²」が「2」指でなく、わざわざ「1」指で

あることが、要注意です。

「2」指は人差し指、「1」指は親指です。

力強い「1」指を使うことで、「1」指の「c²」から、

何かが始まる予感がします。


★その「何か」とは、1小節目3拍目1指の「c²」から、

「c² d²  e²  f²  g²  ド レ ミ ファ ソ」の、伸びやかな旋律が

浮かび上がることでしょう。

 

 

この旋律の頭部「ド レ ミ」は、左手2小節目3指「c¹」と

2指「e¹」とで、「カノン」を形成することが、

幼い子供にも、頭からではなく、指の感覚から、

体験できるのです。

 

 


★更に、この2小節目左手1、2、3拍目の「c¹ d¹ e¹」は、

1小節目右手1、2、3拍目の「e² d² c²」逆行形にも

なっています反行形とも言えます)。


 


★それでは、1小節目左手の1、2、3、4拍目

「c¹-h-a-h」の「3-4-5-4」指は、何を意味している

のでしょうか?

Schumannは、この曲を何故か、1段目5小節、2段目5小節、

3段目5小節、4段目1小節で、記譜しています。

全16小節ですので(Da Capo部分を加えますと全24小節)、

もし1、2、3、4段をすべて4小節で記譜しますと、

とても区切りがよいのです。

しかしSchumannは、そうはしていません。

 

 


1段目の右端4、5小節目を見てみましょう

(5~8小節は、1~4小節目の変化を加えた反復です)。




大変興味深いことに、右手には、2~8小節間全く

フィンガリングが、記載されていません。

しかし、Schumannは1~8小節目までの左手に、克明に

フィンガリングを、書き込んでいることです。


★これはシンプルな見かけとは裏腹に、豊かな対位法に

満ちたこの曲を弾くためには「いつも左手(下声)に耳を

傾けなさい」というSchumannの気持ちの現れ

だからでしょう。


4小節目3拍目から5小節目3拍目までは、

「a - h - c¹」と「c¹ - h - a」の逆行形(反行形)が、

形成されています。



 

この逆行形の中心となるのが「1点ハ音c¹」です。

見事です(見事の理由は、この文章の最後に書きました)。

これにより、1小節目3拍目から2小節目1拍目までの

「a - h - c¹」に、「5 - 4 - 3」のフィンガリングが付けられて

いた理由が、分かります。

 

 


★目を3小節目左手部分に戻しますと、驚くことに、

3、4拍目「c¹-a」に「4-5」のフィンガリングが、

付いています。

 



 

これは明らかに、1拍目の左手部分の「c¹ - h - a」から、

展開されています。

 

 


★まとめますと、1小節目冒頭で提示された左手

「c¹ - h - a」は、3小節目3、4拍目で圧縮されて、

「c¹-a」となり、4小節目3、4拍目で逆行「a - h - c¹」

に変化する。

5小節目は、1小節目の反復ですが、あたかも4小節目の

「a - h - c¹」の逆行のように、「c¹ - h - a」を再提示する

という、曲の構造です。

これが、 Bachを源流とする「対位法」です。

 

 


★そして、2段目冒頭小節が、6小節目となることにより、

1小節目右手「e² d² c²」と、6小節目左手「c¹-d¹-e¹」の

逆行(反行)の関係が、より鮮明に伝わるのです。

 





★6小節目は、2小節目の反復なのですが、

ここで注意したいのは、

2小節目の左手2拍目にはなかった3指のフィンガリングを、

Schumannは、6小節目に新たに付けていることです。

 

 

これによって、弾いている子供は、より強く「c¹-d¹-e¹」を

指から直接、感じ取れることでしょう。

この「ド レ ミ」こそ、Bachが平均律1巻序文で、

高らかに宣言した『調性とは何か』を、

解き明かす≪長3度≫なのです。

 

Das Wohltemperierte Klavier I, BWV 846-869 解説日本語訳付
平均律クラヴィーア曲集第1巻 BWV 846-869
校訂/編曲: A. Durr/訳・解説:中村洋子
(Urtext der Neuen Bach-Ausgabe) : Barenreiter(ベーレンライター)
https://www.academia-music.com/products/detail/159893
 
 
 


 

「見事」と先ほど書きましたのは、≪長3度≫「ド レ ミ」

の中心である「ド c¹」を、1、6小節で明確に中心に据える

ことで、「ド c¹」を強調しているからです。

Schumannの「子供のためのアルバム」を弾くには、

「マリーのためのピアノ小曲集」の勉強も是非、

加えてください。

https://www.academia-music.com/products/detail/23286


「冬の底」より、更に美しい音楽の奥底を、

旅することができます。

Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845-1924)

校訂版については、また次回ブログでご説明いたします。

 



 

※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
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