音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■私の≪浅田真央&キムヨナさんへの感想≫が、東京新聞「こちら特報部」に掲載■

2010-02-27 17:14:25 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■
■私の≪浅田真央&キムヨナさんへの感想≫が、東京新聞「こちら特報部」に掲載■
                   10.2.27  中村洋子


★昨日お昼前、「バンクーバー五輪、女子フィギュアシングルの演技、

特に、浅田真央さん、キムヨナさんの ≪ 音楽と演技 ≫ について、

感想をお聞かせください」という、突然のお電話が、

東京新聞「こちら特報部」から、ございました。


★普段、ほとんど見ないテレビですが、せっかくのご依頼でしたので、

真剣に2時間あまり、リンクで舞われる美しい演技の数々を、

拝見いたしました。


★本日の東京新聞朝刊、「こちら特報部」の右ページに、

≪芸術性では「浅田真央勝利」≫という見出しで、

私がお話しました内容と、衣装面でのコメントを加えた記事が、

7段で大きく、掲載されていました。


★最初の文は、

「浅田選手の方が、芸術性が高かった。

金選手は大衆性で観衆の受けも良かったけど、

音楽家からすると『無難だが単調な金』より、

『挑戦してミスした浅田』のポイントが高い」。


★お電話では、浅田さんのすばらしいリズム感についても、話しました。

技を出さずに、氷面を滑走している時の彼女の肩には、

音楽の拍子とピッタリと一致した、小刻みな動きが見られました。

これが、観客を飽きさせず、彼女と一体となって、

「4分間」を楽しませる原動力であると、思います。

演技する浅田真央さんの呼吸と、観客の呼吸とが、一致するのです。

観客も、自分自身が演技しているように思ってくるのです。

これが、芸、あるは芸術、技でしょう。

これは、音楽や舞台芸術でも、同じです。


★キムヨナさんも、素晴らしいですが、

大技と大技との間の滑走で、一瞬、

リズムが消える時が、何回かありました。

次の技の準備のために、途切れてしまうのです。


★音楽、例えば、フーガの例を出しましすと、緊張感を伴うのは、

大技に相当します「主題の提示部」、

これは、第一、第二、第三提示部と、続きます。

その緊張を解きほぐすものとして、提示部と提示部をつなぐ、

エピソード(嬉遊部)が、あります。


★実は、ここの処理が、演奏上、一番難しいのです。

聴いている人を、リラックスさせなければいけないのですが、

演奏者自信が、リラックスしてはいけません。


★最新の注意をもって、聴く人の呼吸を、自分の呼吸と、

一致させるような、テンポとリズムを保ち、

次の大技(提示部)へと、向かっていくのです。

キムヨナさんは、この嬉遊部を 

大きな高揚感へと、結び付けることがなく、

平坦な印象を、与えがちです。


★最高得点を獲得した彼女の、次なる課題は、

そこにあると、私は思います。

現状のままを繰り返しますと、すぐに飽きられることでしょう。


★クラシック音楽のコンクールでも、

全く同様なことがいえると、思います。

音楽の場合、コンクール入賞は、単に出発点でしかなく、

その後、どのような音楽を作りたいか、どう燃焼していくか、

本人がコンサートや録音、作品で、一生世に問うていくことが可能ですが、

スポーツの世界は、極めて限られた短い現役期間に、

自分を、表現しなくてはならないうえ、

音楽コンクールと同様、審査員が完全に公正であるとは、

言い切れない面も、あるようですので、

昨日は、美しいものを見た、という感動とともに、

溜め息も、ついたのです。


★クラシック音楽の例えば、ピアノの場合、

ここまで、崇高なレベルに達することができるのかと、

言えるほど偉大な演奏、

例えば、エドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・ケンプなどの

大芸術家が、若干のミスタッチなど、ものともせず、

自分自身の世界を築き上げた、演奏録音に対し、

日本のCDの解説では、相変わらず、

“現代のピアニストと比べると、テクニックが劣っている”などと、

愚かな孫引きを、繰り返し、貼り付けています。


★戦前、戦後直後のころの録音は、現代のように、

修整に修整を重ねた、お化粧美人のような演奏ではなく、

ほとんど、1回勝負です。

そこで、若干のミスタッチがある、ということは、

“若干のミスタッチしかなかった”ということで、

いかに、恐ろしいほどの“テクニック”で

あったか、という証明でもあるのです。


★これは、浅田真央さんの演技を見て、スケートに全く無知な私が、

体が一瞬ぐらついたから、この人のテクニックは劣る、

と論評するのと全く同じであり、不遜である、と思います。


★上記のような批評や、CD解説を読んだ場合、

まず、それを書いた人の名前を覚え、

以降は、その名前で書かれている著作物は、信用しないのが、

無難で、無視すべきでしょう。


★余談ながら、冬期オリンピック・フィギュアとは、

不思議なご縁が、あります。

4年前のトリノ五輪で、荒川静香さんが感動的な金メダルを、

お取りになり、まだ熱気も冷めやらぬ翌々日の土曜日、

exhibitionで、彼女の優美な“イナバウアー”をもう一度、

披露されました。

日本中が、湧き上がっていました。

その同時刻、NHKFMラジオ「名曲リサイタル」で、私の作品が、

放送されていました。

ギターの斉藤明子さんにより、独奏曲「夏日星」が演奏されました。


★30分を越す大作で、斎藤さんへのインタビューもあり、

とても、いい番組でした。

放送後、親しい皆さんに、お電話で感想をお聞きしましたところ、

半数ほどの方が、「家には、いたのよ・・・」。

きっと、“イナバウアー”に酔いしれていらっしゃたのでしょうね。

次回の五輪フィギュアでは、また、新たな面白い出会いが

あるかもしれません。

楽しみであると同時に、どんな観客を魅了できる才能と

出会えるのか、待ち遠しく思います。


                  (東京新聞「こちら特報部」の記事)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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34 コメント

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はじめまして。 (みみ)
2010-02-28 23:08:55
はじめまして。
東京新聞の記事を読んでこちらにたどり着きました。
フィギュアスケートが大好きで、浅田選手も大好きな選手の一人です。
以前どこかのライターさんが音楽との「親和性」と評していて深く納得したのですが、中村さんの文章にも深く頷いております。
浅田選手のすばらしい表現力をこのように分りやすく文章にしていただいて、私自身の頭の中もすっきりと整理されたようです。大変ありがとうございます。

ところで、私はフィギュアスケートファンという個人ブログをやっているのですが、差し支えなければ、こちらの記事をご紹介させていただけないでしょうか。どうぞよろしくお願いいたします。

(このようなコメントが問題があるようでしたら非公開コメントでお願いいたします。)

それではこれからのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。
返信する
コメントありがとうございます (中村洋子)
2010-03-01 22:54:50
このフィギュアに関するこのブログの記事は、私の率直な感想を述べました。ご評価をいただき、ありがとうございました。どうぞ、お使いください。
   10.3.1 中村洋子
返信する
ありがとうございます! (みみ)
2010-03-02 01:34:51
返信とご快諾、ありがとうございます。
こちらのURLを掲載させていただきますね。

これからもブログやお仕事、頑張ってくださいね。
応援しております。
返信する
嬉しぃ!! ()
2010-03-03 23:28:22
フィギュアスケートが大好きな人が集まるブログで、こちらを紹介していただきました。
中村さんのブログを読みながら嬉し涙があふれてきました。
キムヨナの表現力、芸術性が高いという評価が多いけれども、私はどうして心から凄いと思えないんだろう。
真央ちゃんのファンだからって、片目をつぶってみた訳ではないのに…。うまく説明できないけど真央ちゃんの鐘は体の震えがとまらなかった。
中村さんの真央ちゃんへの嬉しい言葉がたっぷりとあふれているて嬉しい記事でした。。
芸術を言葉にして説明できるって素晴らしいです。これからは、時々お邪魔させてください。
返信する
Unknown (こんにちは)
2010-03-04 00:27:56
浅田選手が表現力が足りなくって、
キムヨナ選手の表現力は素晴らしい、って世間の意見にどうも納得がいかないんですよね~。
足りない、どころか圧倒的に鐘を演じたと思うんですけど。素人にとっては。

いつからそれが「通説」になったのかわかりませんが、こちらのブログを見てすっきりしました。

ありがとうございます。
返信する
ありがとう! (まりりん)
2010-03-04 10:40:39
こんにちは!真央ちゃんのすばらしい芸術性を言葉にしていただいてありがとうございます!

真央ちゃんの演技は最初から最後まで一秒も逃さずに音楽を体現しているのに、世間の風評はあまりにレベルが低すぎる、と思っています。

私も音楽が好きなので、ミスタッチの話はとてもわかりやすかったです。晩年のホロビッツが来日した際、あまりにもミスタッチが多くてぼろカス言われていましたが、私は彼のつくりあげる世界に深く感動しました。ちょっと思い出しました。

ちょくちょくこれからのぞかせていただきますね!
返信する
こんにちは。 (A.K)
2010-03-04 11:06:12
中村さん、こんにちは。既にコメントを残されている方々同様に、私も浅田選手の大ファンです。それ以前にフィギュアスケートの大ファンです(とはいえ自分が滑れないんですが)。

芸術家ならではの視点で、非常に興味深く読ませていただきました。

中村さんの感想を読ませていただき、以前、海外のもとスケーターの方が『真央は、彼女自身が音楽になっている』と評していたことを思いだしました。

また、ある人は『踊るようにジャンプしている』と。

よく知られている大衆性のある曲と違って、わかりにくい曲であるからこそ、そうした感覚的なものが重要にあるのではと感じました。

彼女の演技で思うのは、何度も同じ演技を繰り返し見ても飽きないことです。素晴らしい音楽も、何度聴いても飽きるということはなく、しばらくするとまた聴きたくなりますよね。そういうことなのかな、と素人なりに理解しました。

長々と書いてしまいましたすいません。

どうもありがとうございました。
返信する
芸術と芸能 (中田明子)
2010-03-04 12:30:58
私はフィギュアのファンでもあり、自身下手なアマチュアの楽団で音楽を楽しんでいる者でもございます。

先生のこのコラムを読ませて頂き、我が意を得た思いでございます。

昨年の浅田真央選手の仮面舞踏会(今季のショートプログラムではない)今季の鐘、いずれも一般にはなじみが薄く、キムヨナ選手の007などに比べれば、審査員、観客受けしないと見られておりました。
しかし、地から湧きあがる感動を得たとして、あの若さで真央選手は、このプログラムに対するぶれがありませんでした。その時点で私は真央選手の芸術、音楽への理解度に、好感を持ちました。今回、真央選手は「音楽の理解度」というフィギュアの審査部門で、キムヨナ選手に大きく差をつけられた採点をされていましたが、私に言わせれば、この曲を選んだ時点で、すでに音楽を理解していたと思い、大変遺憾に思いました。

先生は、フィギュアにお詳しくはない、と謙遜なさっておられますが、しかし、先生の鋭い芸術家の眼は、まさに核心をついておられます。真央選手と、ヨナ選手のプログラム自体の難度は格段に違うのです。
キム選手は、ここ数年、構成を変えず、彼女の出来る範囲のレベルの演技を、練りに練り、完成度を高めて来ました。
それに対し、浅田選手は毎年、新しいもの、より難しいもの、つまり自分の限界に挑戦し続けてきました。
「技術と芸術の統合」を目指して。

より難しいものに挑戦して、一番やりたかった3A三回という偉業は達成した、そのあとのミスは、本当にミスタッチでした。私も始終、演奏でミスをやり、ノーミスで終わることはなかなかないのですが、それでも難しい曲には挑戦したい。
易しい曲をきれいに弾くことも楽しいのですが、自分でもすぐに飽きてしまうのです。
骨休めにはいいですけれども。

私は、浅田選手のスケートは芸術、キム選手のそれは芸能と思っております。

長文失礼申し上げました。
先生のご活躍をお祈り申し上げます。
返信する
初めまして (まりも)
2010-03-04 13:15:41
私は伊藤みどりさんの頃からフィギュアを見ていて、グランプリファイナルで優勝してから真央ちゃんのファンです。

私も中田さんのご意見に同感するものです。
ヨナ選手は綺麗な滑りをしていると思いますが、毎年同じ構成・一般的に分かりやすい曲で記憶に残るものではありません。
EXを見ていても分かります。あまりEXは力を入れていないようにも感じます。

逆に浅田選手は毎年他の選手がしない曲をし、技術も挑戦し続けています。
一昨年していたステップからのトリプルアクセルがいかに難しいかがわかります。
今回、オリンピックで下位のロシアの選手だったと思いますが、2年前に浅田選手がSPで演技した『ラベンダーの咲く庭で』で滑っていました。
音楽の編曲も不自然でしたが、音と合っていなかったので、いかに音を捉え表現するのが難しいのか分かります。
浅田選手が演技をした時に、初めて聞いた曲ですが、とても大好きになりました。
また、EXもタラソワの振り付けになってから、飛躍的に変わったと思います。
やはり、素晴らしい感性を持った方だと改めて思いました。

フィギュアの話になるとついつい長くなってしまいました。
皆さんのコメントの意見を見ていて、全て自分も感じていたことでした。
返信する
Unknown (moto)
2010-03-04 13:45:52
中村先生の審美眼に、「本物は本物を知る」という言葉を、再確認しました。
なぜか、日本のメディアや北米メディアは、キムヨナ選手の表現力を、持上げます。まるで印象操作をするかように、異常な持上げ方です。
表現力の具体的な説明もないまま。
バンクーバー五輪の閉会式を見て感じたのは、カナダの演出や芸術性と、ロシアの演出や芸術性の違いです。バンクーバー五輪閉会式で行われた、次回開催のソチ五輪の演出と芸術性の繊細さに圧倒されました。この感覚は、キムヨナ選手の直後にすべった浅田真央選手の鐘を見た時にも、同じように圧倒された感覚でした。
そもそも鐘は、警鐘の意味が含まれ、その真意は、危険が迫っている人々の恐怖や不安な心、不条理で理不尽なものに対する怒り、それらを乗り越える炎のような強さを表現する必要があります。そしてそれを、浅田真央選手は、見事に表現していました。身体全体を使い、指先まで神経を研ぎ澄まして繊細なまでに。
浅田真央選手の鐘の演技を見終わった後、鳥肌が立ちました。
この鐘の演技が、演技構成点で、キムヨナ選手のあまりにも雑な、ガーシュウィンの『ピアノ協奏曲』に負けるとは信じられませんでした。
日本のメディアはよく、ジャンプの浅田真央選手と表現力のキムヨナ選手と言います。
私に言わせれば、表現力は間違いなく浅田選手の方が上です。その上というのも僅差で上ではありません。圧倒的に上なのです。
にもかかわらず、世間では、日本のメディアに洗脳されているのか、浅田真央選手の演技力や表現力を評価しません。本当に不思議です。
何か大きな圧力があるかのように、不思議です。
中村先生のような本物の方が、こうして真実を語ってくれる勇気に、私達一般人は救われます。先生、これからも頑張ってください。応援します。
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