■「ゴルトベルク変奏曲」の頂点・25変奏、言葉を失うほどの深い内容、しかし実用譜に改竄多し■
~「ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座、25、26、27変奏は8日~
2017.7.4 中村洋子
★銀座教文館で「ジョー・オダネル 写真パネル展」を見てきました。
19歳だったオダネルさんは1945年、米海兵隊のカメラマンとして、
原爆投下直後のナガサキに入りました。
被曝者などを個人的に撮影してはならない、という軍の規則に背いて、
焦土地獄で生き残った人たちを、こっそりと撮っていました。
「この世のものとは思えないものを見た。
それは本当に酷かった。 死んだ人、子どもたち、その母親、
間もなく死ぬ人、飢えている人、そして原爆症……。
あまりにも多くの傷ついた人々を撮影しているうちに、
日本人に持っていた憎しみが消えていった。
憎しみから哀れみに変わった。
なぜ人間が、同じ人間に、こんな恐ろしいことをしてしまったのか。
私には理解できない」(オダネルさん)
★≪焼き場に立つ少年≫
亡くなった弟を背中におぶり、
唇をグッとかみしめながら遠くをみつめ、
焼き場で順番を待っている裸足の少年。
まだ小学校低学年でしょう。
こらえるかのよう両手を腿に強く押し当て、直立しています。
涙をこらえられない写真です。
http://www.kyobunkwan.co.jp/xbook/archives/info/49f4c1fe
★7月8日は、「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」
アナリーゼ講座です。
http://www.academia-music.com/new/2017-02-21-142146.html
★今回は、「第25、26、27変奏 Variatio 25、26、27」です。
「ゴルトベルク変奏曲」全30曲中、「ト短調 g-Moll」は3曲だけ存在します。
15、21、25変奏です。
「25変奏」は、その最後の変奏曲です。
★言葉を失うほどの深い内容、
Bachはもしかして、この「25変奏」を導き出すために、
「ゴルトベルク変奏曲」を書いたのかしら・・・と、思うほどです。
★講座では、この「25変奏」がなぜ、これほど心を打つのか、
徹底的に、ご説明いたします。
★「25変奏」を勉強しておりますと、
≪Matthäus-Passionマタイ受難曲≫が、浮かび上がってきます。
同時に、思いがけず、 Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875-1937) 、
Wolfgang Amadeus Mozart モーツァルト(1756-1791)が、
顔を覗かせます。
彼らが、何を学んでいたか、それが見えてきます。
★「25変奏」の主要モティーフを、Bachの声楽曲にある同様のモティーフと、
重ね合わせますと、「weinen 泣く」という言葉が、ぴったりです。
★全ての音が考え抜かれ、磨き抜かれ、
どの音も寸毫たりとも動かせない緻密な世界の「25変奏」。
「Bachが所有していました初版譜」で見ますと、
3小節目上声の最後の音である16分音符「g¹」と、
4小節目上声冒頭16分音符「g¹」は、独立した二つの音となっており、
タイでは結ばれておりません。
★しかし、定評ある楽譜では、タイで結んだものが多く見受けられます。
例えば、「©1978の Rudolf Steglich 編集のHenle ヘンレ版」は、
タイで結ばれている版と、結ばれていない版が存在します。
「Henle版」は、「第何刷」であるのかの記載がありませんが、
タイのない方が古いと見られます。
いずれにしましても、タイを新たに付け加えるのでしたら、
何故付けるか、その理由を注釈などで明確に書き込むべきでしょう。
しかし、何も書かれていません。
すました顔です。
★「Bärenreuter ベーレンライター版©1977 12th Printing 2015」では、
その場所に、「点線でタイ」が付けられています。
点線のタイを見て、演奏しようとする方は、
どう解釈すべきか、大変戸惑い、困惑されることでしょう。
★Bärenreuter版と同じ編集者Christoph Wolffの
「©1996のウィーン原典版」は、タイを付していますが、
そのタイを、[ ]で囲っています。
括弧で囲った理由については、何も書かれていません。
★「Hans Bischoff版」
と、
「©1938のKirkpatrick版」
は、
正しく、タイは付いていません。
★「Hans Bischoff版」は古い版で、長らく絶版でしたが、
最近、再版されました。
Bischoffの見識は高く、そのFingeringは、
Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーや、BartókのFingering
と同様に、アナリーゼとしてのFingeringですので、
私は、信頼を置いております。
この立派な版が蘇り、私はとても喜んでおります。
★「では、日本の楽譜はどうですか?」
という質問を絶えず受けますが、一言で申しますと、
「海外の版のパッチワークですから、論評にすら値しません」と、
お答えしております。
★8日のアナリーゼ講座では、
Bischoffの「26変奏」Fingeringについても、
それをどう解釈し、演奏に生かすか、お話する予定です。
★それでは何故、楽譜によって、
このような齟齬が生じているのでしょうか?
「初版譜」には、前述のように、
この3小節目最後の「g¹」と4小節目初めの「g¹」に、
タイはありません。
★Bachが所持し、Bachが全曲にわたり、
訂正や追加を細かく、書き込んだ「初版譜のファクシミリ」を見ましても、
タイは存在していません。
★何故、20世紀後半の編集者は、ここに「タイを加えたい」という、
"改竄の魔力"に抗えなかったのでしょうか。
★これは、≪1小節目上声最後の16分音符「cis²」と、
2小節目上声最初の16分音符「cis²」が、タイで結ばれ≫、
≪2小節目上声最後の16分音符「h¹」と、
2小節目上声最初の16分音符「h¹」がタイで結ばれている≫、
≪3小節目最後の16分音符「g¹」と、4小節目最初の16分音符「g¹」も、
タイで結べば、「同型反復3回」となり、
綺麗に形も整うのではないか≫、
≪engraver製版技術者が、タイを彫り忘れたのであろう≫、
だから、≪編集者の私がタイを付けてあげましょう≫
という、お節介、あるいは功名心が働いたのでしょう。
★しかし、彼らが思い込んでいる1、2、3小節目は、
「同型反復」ではありません。
20世紀後半(21世紀も含む)のこのような実用譜の、
レイアウトを見ますと、1~3小節目までを、
1段の中にきれいに、収めています。
★それを見る限り、1小節単位の同型反復と、理解しても、
不思議ではありません。
そのレイアウトを見た人は、知らず知らずのうちに、
同型反復のようだから、3回目の「g¹~g¹」もタイではないか、
初版譜はきっと、タイを付け忘れたのであろうと、
誘導されていくことでしょう。
★しかしながら、「Goldberg-Variationenゴルトベルク変奏曲」の
初版譜は、≪驚くべきレイアウト≫となっています。
上記の安易な考えを、キッパリと否定しています。
★初版譜を詳しく見てみましょう。
まず、「25変奏」は、ページの最初から始まってはいません。
25ページの≪3段目途中≫から、始まっています。
「25変奏」が始まる前、つまり、3段目冒頭は、
「24変奏」最後の32小節目4拍目、
たった8分音符3拍分だけが、記譜されています。
2段目をよく見ますと、この3拍分を記譜することが
十分可能な余白が、存在しています。
つまり、Bachは極めて意図的に、3拍目冒頭に、
32小節目4拍目を置いたのです。
★その32小節目4拍目が終わり、そして、約1.3センチほどの空白をあけ、
直ちに「25変奏」が、始まります。
これと同様のレイアウトは、「10変奏」~「11変奏」、
「20変奏」~「21変奏」でも存在しますが、
極めて異例な始まり方です。
★Bachが、どのような意図、構造の基で、
このようなレイアウトで始めたか・・・につきましては、
講座で、≪Matthäus-Passionマタイ受難曲≫との関連を
指摘しながら、ご説明いたします。
これは、「25変奏」をどう演奏するか、とも関わる
大変に重要なシグナルです。
★そして、3段目の途中から始まった「25変奏」は、
3小節目1拍目で、3段目を使い切り、
3小節目2拍目は、4段目から始まります。
★誰が見ましても、1小節目と2小節目は、同型反復。
しかし、3小節目はそもそも、
1拍目が終わったところで段落を変えることにより、
1拍目と2拍目以降が、分断されており、
3小節目2拍目以降は、1、2小節目とは全く異なった、
構造上の役割を、担っているのです。
★3小節目が、1、2小節目の同型反復3回目でない、とするなら、
前述のタイを、3小節目最後の「g¹」と、4小節目冒頭の「g¹」に
付ける意味はなくなりました。
★Bachは、この「25変奏」を、「ゴルトベルク変奏曲」全曲の
頂点としていることは、間違いありません。
3~4小節目の「g¹~g¹」は、実は、独立していることで、
さらに重要な、二つの役割をも担っているのです。
この点については講座で詳しく、お話いたします。
★それを理解されますと、「ゴルトベルク変奏曲」を
演奏されるうえで、鑑賞されるうえでも、きっと、
新たなる地平が開けていくことでしょう。
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■第9回(第2期第4回)「ゴルトベルク変奏曲」アナリーゼ講座
第25、26、27変奏
・ゴルトベルク変奏曲の「頂点」であり、イエスの受難を悼む第25変奏
・サラバンドに小鳥のさえずりのようなパッセージが絡みつく第26変奏
・二声カノンの究極の簡潔さを示している第27変奏
第25変奏は、ゴルトベルク変奏曲の白眉と言える曲です。
第15、21変奏に続くト短調です。
全30変奏で、ト短調は3曲のみです。ゆっくりとした半音階のバスは、
重い十字架を担いで歩むイエスを象徴するかのようです、
その上に覆いかぶさるように、受難を悼む悲しみのアリアが歌われます。
第26変奏は、ゆったりと満ち足りたサラバンドが二声部で奏され、
それに絡まるように、16分音符の速いパッセージが、
軽やかに小鳥のさえずりを聴かせます。
第27変奏は、ゴルトベルク変奏曲の中で最後のカノンです。
全30変奏の中でカノンは9曲ありますが、唯一の二声カノンです。
超新星の爆発のように光り輝く第28、29変奏の前の、
簡潔な心安らぐインテルメッツォと言えましょう。
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■講師: 作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。
・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、東京で開催。
「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。
自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、
「10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、
ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。
「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、
「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)
チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・
ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack Dortmund
から出版。
・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表
disk UNION : GDRL 1001/1002)
・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した
≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫
~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、
演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。
・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した
バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と
「訳者による注釈」を担当。
CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。
(アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)
・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ
平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の
≪「前書き」日本語訳≫
≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫
≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫
≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、
詳細な解釈と解説≫を担当。
(近日発売)
★SACD「無伴奏チェロ組曲 第1~6番」Wolfgang Boettcher
ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、disk Union や
全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
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■日時:7月8日(土)13:30~16:30
■会場:文京シビックホール 多目的室(地下1階)
■お申込み:アカデミア・ミュージック企画部 ☎03-3813-6757、
✉fuse@academia-music.com
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