僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

京都府立医大病院事件とハヤシライス

2017年02月18日 | 思い出すこと

京都府立医大付属病院が、暴力団の組長の虚偽診断書を作成したという容疑事件の報道を毎日見ているうちに、ふと、遠い遠い記憶がよみがえってきた。もうすっかり記憶の奥底に埋もれていたような記憶ですが。

僕は京都市上京区で生まれ、幼稚園の途中までそこで過ごした。そのあと、母に連れられて大阪に出てきたわけですが、小学校の休み期間に入ると必ず、自分が生まれ育ち、祖父母もいる京都の家に遊びに行き、休み期間中のほとんどをそこで過ごした。そんな頃の思い出です。

京都の家は自転車屋だったので、祖父は1日中、店…つまり家にいた。そして、初孫でもあった僕をとても可愛がってくれて、自分の用事でどこかへ出かけるときは、よく僕も一緒に連れて行ってくれた。それはいいのだけれど、祖父は持病(たぶん糖尿病だったような…)があって、定期的に病院へ通っていた。その病院へ行くのも、僕を連れて行くのである。ジイちゃんも病院ぐらい一人で行けばいいのに…とは、小さかった僕は思わなかった。いや、むしろ僕はその日が楽しみだったのだ。なんで…?

それは、祖父が病院の診察を終えた後、帰りに食堂に連れて行ってくれるのが楽しみだったのだ。病院のそばの食堂で、必ずハヤシライスを注文してもらって食べた。その店のハヤシライスが、当時の僕にとっては、この世の中で一番おいしい食べ物だった。

祖父が「今日は病院の日やで。一緒に行くか?」と聞いたら、もちろん僕は「行く行く。ハヤシライスやろ」と返事をしていたに違いない。病院では、待合で座っているだけで面白くもなんともなかったと思うのだが、帰りのハヤシライスは決して逃してはならないのだ。そしてその病院の名前が「府立病院」だった。祖父がいつも「“ふりつびょういん”へ行くで」と言っていたのを思い出す。あれは正式には「府立医大付属病院」だったんだなぁと、いま初めて知ったのである。

そんな古い昔の話を、今回の同病院の偽診断書容疑事件が報じられたことで、思い出した。ハヤシライス→府立病院、という連想で思い出したわけである。それにしても、昔、祖父が通院していたあの「ハヤシライスの病院」が、これほど大きなニュースとして突然自分の目の前に登場してくるとは。…ホントに驚いた。

病院の近くにあったあのハヤシライスのおいしい店は、今もあるのだろうか? なくなっているだろうな、たぶん。

 

 

    
  祖父は僕が12歳の時に亡くなった。


   
このころの僕はハヤシライスが大好きだった!

 

 

 

 

 


 

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4 コメント

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この感覚。 (yuriyuripencil)
2017-02-19 23:14:57
のんさん、とってもとってもお久しぶりです。
コメントは控えていましたが折に触れ勝手に参加させて頂いていました。
この感覚すごく共感しました。
なんとも言えず温かく懐かしくてキュンてなる。
ボキャ貧ではずかしいですが。。。
それだけお伝えしたくて。。。
僕も心温まります (のん)
2017-02-20 21:07:15
ありがとうございます。

温かいお気持ちをお伝えいただき、嬉しいです。
コメントを拝見し、僕も心が温かくなります。

またお越しくださいね~

耳鳴りのこと (メイム)
2017-02-20 21:27:01
のんさん初めまして。自分は今突発性難聴にかかって激しい高音の耳鳴りに気が狂いそうになる毎日です耳鳴りは慣れろと医者に言われて絶望しています死も考えてしまうほど辛いです・・・
のんさんも激しい耳鳴りがしていたようですが今は大丈夫ですか?
辛いでしょうね (のん)
2017-02-20 21:48:58
突発性難聴は「疾病」なので、その治療の過程で耳鳴りも改善する場合があります。
僕の場合は原因不明の耳鳴りなので、元の「疾病」がないので治りようがありません。で、慣れるしかない、と言われているわけです。
あなたも、突発的難聴が治っても、もし耳鳴りがず~っと残った場合、やはり慣れるよりない、ということになるかも知れません。
耳鳴りが発症した頃(9年少し前)、僕も気が狂いそうになりましたし、今も相変わらず激しく耳鳴りがしています。が、そんな過酷なことも、人生のひとつとして受け入れるほかありません。
今少し、時間の経つのを待ったらいいかな、とも思いますけど。

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