僕のほそ道   ~ のん日記 ~

   
   ★ 今週の おもしろ川柳 ↓

      たまったなぁ お金じゃなくて 体脂肪 

あぁ また失敗した !

2017年05月24日 | 日常のいろいろなこと

先日人形劇を演じられた「SAYOとわたし一座」の知人女性から、「公演にお越しくださりありがとうございました」とのお礼状が送られてきました(ご丁寧にどうも。こちらこそありがとうございました)。その最後に自筆で「2回も来ていただき、2回もブログで取り上げて頂き本当にありがとうございます(笑)」とありました。えへへ。そうですね~。間違えて2回行きましたね~。でも今から思えば、日を間違えて行ったこともクスッと笑える思い出となりました。失敗は失敗でしたが、まぁご愛敬でしたね。


ところで、人形劇を見た20日の翌日の日曜日のこと。今度はご愛敬とはほど遠い「痛恨の失敗!」をやってしまいました。

話せば長いことながら、なるべく手短に説明しますと

21日の日曜日は3人で中之島にある大阪国際会議場(グランキューブ大阪)へ行きました。その3階のイベントホールで「大阪私立中学校フェア」というのが開催されたのです。「大阪私立中学校高等学校連合会」という組織が主催したもので、大阪の全ての私立中学校62校が参加、ということでした。モミィが最近、私立中学校に強い関心を持っており、学校や塾での友達同士の会話にも、その話題がいっぱい出てくるそうで、この日の催しもモミィの希望で行くことにしたものでした。

広い会場に62校のブースが並び、それぞれにその学校の関係者が座っていました。ここで学校の教育方針や内容、特長などの説明が行われており、僕たちは入口で配られた案内図を見て、モミィが関心のあるいくつかの学校のブースへ行って説明を受け、またパンフレットコーナーで何冊もの学校のパンフレットをもらったりしました。 


 
パンフレットコーナー。府下の市立中学のパンフレットが並んでいます。
その向こう側に、各校のブースが設けられていました。


そうこうするうち、お昼前になったので、会場を後にして地下鉄で天王寺まで戻り、昼食をとることにしたのですが

会場で説明を受けている時から軽い不整脈が出て、心拍が少しだけだが乱れはじめていたのが気になっていたので、天王寺に着いたとき、「ちょっと体調が悪いので先に帰るわ」と妻に伝え、そこで2人と分かれ、自分だけ電車に乗って藤井寺へ戻りました。そして

そのうち、少しマシになってきたので、駅からバスに乗らず、歩いて帰ることにしたのですが、途中、スーパーに寄って、いくつかの食料品を買い込み、リュックに入れて家の近くまで来ました。そしてそこで、大変なことに気がついたのです。ポケットやリュックのどこを探しても、家の鍵が見つからない。そうか。鍵を持って出るのを忘れたんだ!

が~~~~~ん

いつも家族で出かける時は、僕が最後に出て鍵をかけるのが習慣だったのに、この日は妻が町内会の掃除があったので、僕とモミィが一足先に家を出たのでした。だから僕は鍵をかけなかった。その時、家の鍵を別のリュックに入れたままだったことに気付かず出てきたようです。それでも3人一緒に帰っていれば、妻が鍵を持っているので何の不都合もなかったのですが、たまたま、滅多にないことに僕ひとりが先に帰って来た。そして、鍵がないことに気がついたという次第です。なんちゅうこっちゃ❗

これって結構パニックになりますね。わが家を目の前にして、家の中に入れない。お昼ご飯もまだ食べていないので、お腹は減ってるわ、疲れたわ。あ~ん、もぉ~、どうしたらいいのだ~。と、本当にドジな自分に嫌気が差すばかり。

ふ~む、妻とモミィが帰ってくるまで、どうしたものか?

近くの城山古墳公園というところに、休憩所とベンチがあったことを思い出したので、またそこまで歩いて、やれやれと建物の前のベンチに座り、さっきスーパーで買った食料品のうち、そのままで食べられるウィンナーをリュックから出してかじりながら、妻に「鍵忘れた~」とメール。すぐに「食事が終わったのでこれから電車に乗って帰ります」と返信が来た。

「あぁ、もっとアベノで遊んでいたかったのに~」
と、モミィが家に帰って来た時、ボヤかれてしまった。
すんまへんな~。無理に早く帰らせて。

それにしても、最近特に物忘れというか、ボケボケ現象がひどくなった。たとえば先月、自転車でスポーツジムからの帰り、スーパーに寄って、そのまま歩いて帰って来た。家で「あれ?自転車はどこ?」と首をかしげているうちに、スーパーに置いたままだったことを思い出してまた引き返したり…。

おまけに耳まで悪くなったのか、テレビで「おバカ大統領」がどうの、と言っているので、えっ? とよく聞き直してみると、「オバマ大統領」だったり、あるいは大阪が誘致している「万国博覧会」を「万国錯乱会(さくらんかい)」と聞き間違えたり、そんなんばっかりですわ。

万国錯乱会って世界中が錯乱するイベントって、どんなんや。

というより、
錯乱しているのはお前の頭の中やで~
と誰かが叫んでいるような気もしますけど。

 

 


 

 

 

 

 

 

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人形劇 おばはんエレジーから賛歌へ

2017年05月22日 | 日常のいろいろなこと

一昨日、松原へ人形劇を見に行きました。日を1週間まちがって、その前の土曜日に行ったことはブログに書きました。あの後、案内状を送ってくれた知人女性に「1週間早く行ってしまいました。アホやがな」とハガキに書いて送ったものですから、この日、人形劇の会場に着いたら「先週に来はったんですね~」との「爆笑歓迎」を受けました(笑)。

人形劇のメンバーさんたちの中に、その知人女性ともう一人、よく知っている女性もいました。そして会場に入ると、かつて市役所の要職に就かれていた人や前市議会議員のお姿もあり、他にも顔だけは知っている(名前は忘れた)市職員の顔もチラホラと見かけました。

さて、その人形劇ですが

人形劇と言えば何となく子供たちが喜ぶ童話の世界を連想しますが、この劇団が演じるのは、女性の結婚、子育て、家事、介護など、テーマとしては難しい問題を含むもので、まさに「大人向け」なんですよね。その難しい問題を、人形劇という形で、問題の核心をつきながらも、観客を笑いの渦に巻き込み、見終わった後には、ほのぼのとしたものが心に残る…というもので、僕はこの人形劇を見るのは初めてだったんですが、本当によかったな~と思いました。

約1時間演じられた人形劇は「おばはんエレジーから賛歌へ」という大阪弁のタイトルで、そのキャッチコピーは、パンフレットによると、

結婚
出産
子育て
介護
しようが
しまいが
わたしは
わたし
「ふつう」に悩むすべての人へ!

というものでした。

指導されたのは「ねぎぼうずSAYO」こと西宮小夜子さんという方。ネットで検索すると沢山出てきます。その世界では有名な方だったようですが、5年前に故人となられました。ちなみに一座の名称は「SAYOとわたし一座」です。今回は一座の20周年記念公演でした(入場無料)。

劇の内容は、子育てをしながら夫の両親の世話をし、日々の家事にも追われる主婦の話や、定年退職してヒマを持て余し、自分のあとをついて回るうっとしい亭主に悩む主婦の話や、母親から「結婚して子供を産むのが女というもんや」と言われて反発する40歳前の女性の話などがオムニバス形式で進行していきます。

冒頭から僕が大好きな八代亜紀の「舟歌」の曲が流れ、その替え歌を一座のひとりが朗々と歌うシーンから始まるのですが、もう、その瞬間から人形劇の世界に入り込んだ感じでした。替え歌の内容も面白かったし。

たとえば、一つの話を取り上げると、
一人の主婦(もちろん人形です)が、炊事洗濯などの家事に追われつつ、子供の世話もしなければならず、そこに夫の両親が同居していて、姑には「ご飯はまだか?」と催促されたり嫌味を言われたり、また舅は寝たきりで、おかゆを食べさせたり下の世話をしたり、その最中に姑が外で倒れて病院に運ばれたと連絡があり、ドタバタしているときに夫から電話が入り、「大事な書類を忘れてきたので会社に届けてくれ」と言う。「そんなことしてる場合じゃないわ!」と怒鳴って電話を切る。

というようなストーリーが展開されるのです。

人形の一挙一動もコミカルで見ていて楽しいし、セリフも面白い。それに突然挿入される歌も効果的でした。たとえば主婦がバカにされた時「♪バカにしないでよ~」という、山口百恵の「プレイバック2」の歌が流れてくる。

♪ 女はいつも待ってるなんて 坊や 
いったい何を教わってきたの 私だって疲れるわ ♪

この歌が、実にタイミングよく、今展開されている劇の内容とピッタリ。観客たちもその歌で胸がスカッとして笑いが飛び出す、というわけですね。

ほかにも、定年退職して家にいる亭主が、何もすることがなく、妻にいちいち「どこへ行くねん」「わしも連れて行ってくれ」「何をしに行くねん」「ついて行ってええか?」とうるさく付きまとう様子が、いかにもありそうで、面白い。「やめて。ついて来んといて!」と妻はイライラ。最後に「あ~あ。相手、まちごうたわ」と、ひとこと発して消えて行くところでも、観客席は大爆笑だった。

と、書けばキリがありませんが、とにかく思っていた以上に楽しい人形劇でした。いやまぁ「男はつらいよ」ではなく、「女はつらいよ」ですね~

一座の皆さん、ありがとうございました。
そして、人形の皆さんも、ありがとうございました~

 

 
    人形の皆さん(当日のパンフレットから)

 

 

 

 

 

 

 

 

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「アホの坂田」師匠とバッタリ

2017年05月20日 | ウォーク・自転車

坂田利夫という大阪のお笑い芸人がいますよね。現在76歳だそうですが、今でもたまにテレビに出て笑いを振りまいています。この人にちなんだ忘れられない笑い話が僕の若い頃にありました。今日はまずその話から始めたいと思います。

学生時代の友人に坂田という男がいました。下の名前は忘れましたが、利夫ではありません(笑)。彼は大阪府松原市に住んでいました。松原市といえば、僕が住んでいる藤井寺市の隣の市ですが、僕はその松原市役所に38年間勤めたので、今となれば、さまざまな思い出に満ちた町でもあります。

これは、僕がその市役所へ勤め始めた頃の話です。当時、坂田利夫は「アホの坂田」のギャグで、一躍人気が沸騰したころでした。

ある日、友人の坂田クンが松原駅前でパチンコをしていたら、館内放送が流れた。この時代は携帯電話がないので、パチンコへ行っている人に連絡する方法は、その店に電話をかけることだった。店はそれを受けて「〇〇の何々さん。お電話がかかっております。カウンターまでお越しください」という館内放送を流すのである。で、ある時、パチンコに興じていた坂田君が館内放送で呼び出されたのだ。放送で「アホの坂田さん、アホの坂田さん、お電話がかかっておりますのでカウンターまでお越しください」と流れたのである。(ほんまの話です)。

実を言うと、松原市には「阿保」という地名がある。市の中心地で、現に松原市役所の住所は「松原市阿保1丁目1番1号」である。当然その周辺は「阿保」であり、坂田クンが住んでいたのも阿保だった。だからパチンコ店で「阿保の坂田さん」と呼ばれたわけで、まあ例えてみれば「自由が丘の田中さん」というのと同じようなものなのである。

しかし店内のお客さんたちは「アホの坂田さん、お電話が…」という放送を聴いて「えっ?」と思っただろうなぁ。当の坂田クンは、その話を僕にした時、僕が大笑いすると、「笑いごとやないで、ほんまにぃ」と顔をしかめていた。まぁ、確かに本人にとっては笑い話では済まないのかもしれませんね~

と、そんな古い話を持ち出したのは、他でもありません。その「アホの坂田」さんに、先週の日曜日に、ばったり会ったのです。


    


前回のブログ「大阪の清水寺へ」の続きになるのですが

天王寺の清水寺の舞台や玉出の滝を見た後、四天王寺に向かって歩き始めたのですが、近くに母のお骨を納めている一心寺があるので、そこへ寄り、お線香を上げました。大勢の人でにぎわっている中を、境内のベンチに座って少し休憩したあと、さぁ戻ろうと門の方に歩いて行きました。そして門を出たところで、隣に黒い帽子をかぶったおっちゃんが女性と二人連れで歩いていました。ふとそのおっちゃんの顔を見たら、なんとあの坂田利夫さんそっくり。いや、間違いない。ご本人だ。

そう確信して、僕はおっちゃんの顔を覗き込んだ。お互いに目が合った。僕がニコッと笑うと、おっちゃんもニコっと笑顔を返した。そして「日曜日は、人でいっぱいでんなぁ」と僕に声をかけたのである。その声はまさしくテレビで「あ~りが~とさ~ん」とギャグを飛ばしていたあの坂田利夫師匠の声である。「そうですね~」と僕も再度、笑顔を返した。

顔もほっそりとし、体も華奢な感じだったけれど、いいお顔をされていたし、表情もとても優しくて、愛想もよかった。決して「営業用」の愛想ではなく、実際に優しい人なんだろうな、と想像できる。その横にひとり、女性がついていた。この人もニコニコと柔らかい表情を浮かべていた。坂田師匠は結婚はされていないので、これは妹さんかそれに近い身内の人なのだろうか。僕は立ち止まって、記念にと思い、師匠と女性の後姿をスマホで撮影した。


 
黒の帽子、黒のパーカー、黒のパンツの坂田師匠。
ほっそりとしておられたが、なかなか気品の漂う人だった。


道路に出るとタクシーが待っていて、坂田師匠と女性はそこに乗り込んだ。僕はその近くの道路わきに立ち、信号待ちをしていた。そこへタクシーが発進して目の前に来たので、僕は思い切り手を振った。すると、車の中の坂田師匠も女性の方も、窓越しに、僕に向かって会釈しながら満面の笑顔で大きく手を振ってくれた。

今度テレビで坂田師匠が出てきたら、きっと僕は画面に向かって「いよっ、師匠!」と声をかけることでしょう。最近あまりテレビには出られていませんけど、お元気そうだったので、ぜひ出てきてほしいものです。

 

 

 

 

 

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大阪の 「清水寺」 へ

2017年05月18日 | ウォーク・自転車

14日の日曜日に五ツ木の模擬テストがあったので、モミィに付き添って、3人で出かけました。今回の会場は、大阪四天王寺の境内にある四天王寺学園。試験時間は午前8時半から12時までで、その間、妻は「保護者控室」で待機し、僕は学校を出て周辺を散策することにしました。まあ周辺を散策というよりは、実は行きたい場所があったのです。

その場所と言うのは、天王寺にある清水(きよみず)寺でした。

そうです。先日もブログに書いた京都の清水寺と同じ名のお寺が、実は大阪にもあったのです。このブログにコメントをくださっているちひろさんから、去年に教えてもらって初めて知りました。

大阪の天王寺区には上町台地と呼ばれる台地があって、多くの坂があります。そのうち「天王寺七坂」と言われる7つの坂があること、そしてその七坂を題材にした有栖川有栖さんの「幻坂」という短編小説集があることも、ちひろさんに教えてもらいました。そこで、僕も「幻坂」を読んだり、天王寺七坂を歩いたりしたのが去年の6月のことでした。

その七坂の一つが清水坂で、坂を上りきったところに「清水寺」があります。去年歩いたときは、お寺の横を通っただけでしたが、先日のちひろさんのコメントで「舞台」があることも知ったので、その日、モミィの試験場の四天王寺から近いその清水寺をぜひ訪ねてみようと思ったのです。

 
 

  

天王寺七坂のマップです。左が北になりますが、このマップのほぼ真ん中に清水坂があり、その右側に「玉出の滝」と「清水の舞台」とありますが、そこが清水寺です。その右に安居神社とあるのが、真田幸村が討ち死にしたと言われる場所で、さらにその右側に僕の母親のお骨を納めた一心寺があります。

 


  
天王寺七坂を題材にした有栖川有栖さんの連作集「幻坂」。
その第一章に「清水坂」が出てきます。

 

 
ここが清水坂。

坂を上がったところにこんな立て札が。


   

 

そして清水寺へ。 

 


 

この清水寺は正式には「有栖山清光院清水寺」というそうなのですが、以前は有栖寺と呼ばれていたそうです。といっても、有栖川有栖さんとは関係がありません。念のため。

その昔、京都の清水さんから千手観音をいただいたことで、名を清水寺に改められたということです。お寺が高台にあるので、本家を真似して「舞台」を造り、さらに境内に「音羽の滝」とそっくり同じ形の滝をこしらえて、大阪版清水寺ができたということが、「幻坂」に書かれています。


 

お寺に入るとお墓が並んでいます。
その向こうの突き当りが「清水の舞台」です。


 

舞台から大阪の街が一望できます。左の方に通天閣が見えますね。
昔はこのすぐ下まで海で、ここから眺める夕陽が美しかったとか。
このあたりは「夕陽丘」というのですが、地名はそこから来たそうです。


 

舞台から下へ降りると、「玉出の滝」がありました。
先日、京都・清水寺の音羽の滝へ行ったばかりですが、
この玉出の滝も、音羽の滝を模したものです。
筧(かけい)が3本突き出していて、
水がちょろちょろと流れ落ちています。


こちらが本家、京都・清水寺の音羽の滝です。
本当によく似ていますよね~

  


京都の清水寺の舞台や音羽の滝は観光客でごったがえしていますが、こちらの「清水寺」は、舞台も滝も、ひっそりとして、人影はありませんでした。


 

ということで、この「西門」を出て、清水寺を後にしました。


今ごろモミィは、模擬テストの真っ最中で頭をひねっているんだろうなぁ、なんて思いながら、暑い日差しの中を、またぶらぶらと、四天王寺の方に歩いて行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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華麗なる?週末

2017年05月15日 | 日常のいろいろなこと

先週末の13日(土)は午前と午後に別々の予定が入っていた。

午前は、モミィが、本人の強い希望でエレクトーン教室へ再び通うことになり、その第1回目の日だった。

エレクトーンはモミィが幼稚園の頃からヤマハ音楽教室に通っていたが、数年前に塾などで時間が取れなくなり、退会した。が、友だちが家に遊びに来た時に弾いて聞かせたりして、自分なりに続けていた。そして、以前習っていた先生には、その後、行楽地に連れて行ってもらったりして、とても可愛がってもらっていたこともあり、最近また「習いたい」と言い始めたのである。そこで、その先生のご都合を伺い、毎週土曜日の午前10時から、隣接している羽曳野市にある会館で行われているレッスンを受けることになった。で、この日が最初の日だったわけ。場所が少し家から離れているので、これから毎回僕が付き添っていくことにした。

第1回目のレッスンが終わり、帰宅して、午後からモミィは妻に連れられて歯医者の定期健診に行った。僕は僕で別の予定があった。その予定とは

以前勤めていた頃からの知人女性が立ち上げた人形劇一座が、この度20周年を迎え、その記念公演を行うことになったとのことで、先月にその公演の案内状と手紙が送られてきた。人形劇といっても、大人向けのものだというので、どんなものか興味はあった。知人女性とも長い間会っていないので、一度行ってみようと決めた。 


 
 手紙と一緒に送っていただいた案内状の一部です。

そんなことで、午後からひとりで電車に乗って、松原の駅前にある「ゆめニティプラザ」というところへ向かった。

準急に乗ったら5分ぐらいで松原駅に着くのだが、その時、これまで何度も見ている案内状と手紙をもう一度開いてみた。そして僕は、ガク然としたのである。

案内状の日時を見てみると、5月20日(土)と書いてあったのだ。
なんだって! わが目を疑った。今日じゃなくて来週! ???
驚きのあまり、座っていた電車の座席から転げ落ちそうになった。

重ねて言うが、僕はこの案内状を何度も「確認」している。だが、封を開けて最初に見た時、なぜか13日の土曜日だと思い込んだに違いない。なぜなら、それ以降、何度か案内状を確認したが、それは「14時開演、13時30分開場」という部分ばかりを見ていたからだ。その前に公演期日が書いてあるにもかかわらず、僕はそちらを見ず、時間ばかりに気を取られていたのだと思う。特に「13時30分開場」の部分を見て「この時間に行けばいいんだな」と何度も自分に言い聞かせていたのだ。期日はもうてっきり13日だと思い込んでしまっていたのである。

「ありゃぁ、なんということ!」
ガッカリしながら松原駅で降りて、やっているはずもないのに、駅前の「ゆめニティプラザ」へ行ってみたが、もちろん人形劇はやっていない。

なぜ13日だと思ったんだろう。あ、そうか、スマホの予定表に1週間間違えて書き込んでしまったのか。そう思ってスマホを確認したら、なんとまぁ、その予定表にも20日のところに「人形劇」と書き込まれていた。ということは、自分で書き込んだ予定表すら確認していなかったことになる。

う~む。ボケとるなぁ。自分でも自分がわけわからん。これも年のせい?

むかし、スティーブ・マックインの「華麗なる週末」という映画があったけれど、僕のこの週末のボケボケぶりは、「加齢なる週末」とでも言うほかない、
と、へなへなとその場に崩れそうになったのでありました。

 

 

 

 

 

 

 

 

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ノンアルコールを15本??

2017年05月12日 | 雑記

東京ディズニーシーで「ニモ」がオープンしたことが、さっそく今朝のニュースで詳しく報じられていました。

 

東京ディズニーシーがニモだらけ!
新アトラクションに大興奮!
という字幕が右上に出ています。
タコやドリーのキャップを被ったファンたちが映っています。


ところで、ありきたりな感想ですが
毎日ホントにいろんなニュースが流れますね~
中にはワケのわからないニュースも結構あります。

数日前にはこんなニュースが ↓

10日未明、福岡市博多区で、軽乗用車とワンボックスカーが衝突しました。ワンボックスカーには男性と4歳の娘が乗っていましたが、命に別状はありません。 横転した軽乗用車にいた白男川亜弥容疑者(23)は基準値の4倍近いアルコールが検出され、酒気帯び運転の疑いで現行犯逮捕されました。「店で友人とノンアルコールビールは15本飲んだ」と容疑を否認しています。警察は、白男川容疑者の車が対向車線にはみ出して衝突したとみて調べています。

というもの。
えっ? ノンアルコールを15本だって?

見ていたワイドショーでは、男性アナがその話をそのまま受けて、
「ノンアルコールビールでも、微量のアルコールが含まれていることもあり、最大0.9パーセント含まれています。だとしたら、それを15本飲んだら、普通のビールを〇〇ml(数字は忘れました)飲んだのと同じで、基準値を超えるアルコールが検出されても不思議ではありませんよね」
な~んて言ってた。

そういう解説を聞きたいのではない。

ごく普通の感覚を持つ人であれば、「店でノンアルコールビールを15本飲んだ」という不自然さに、まず首をかしげるのでは。

「15本飲んだらアルコールも検出されることがあります」という解説よりも、23歳の女性が店でノンアルコールビールを、本当に15本も飲んだのか、ということのほうに関心が向く。

飲めるわけないでしょ、ノンアルコールを15本も。
と、わたくし「のん」は思うんですけどね。

1本がどれだけの量か知らないけれど、普通で考えたら350mlぐらいと思われる。それを15本ですよ。じゅうごほん! 飲めますか? 本物のビールなら、大酒飲みであれば(僕のことじゃありませんよ)、それぐらいは行くかも知れないけれど、ノンアルコールを15本というのは、ちょっと考えにくい。

基準値の4倍近いアルコールが検出されたのだから、ノンではなく本物のアルコールを何本か飲んでいた可能性も高い。その店に聞いたらすぐわかる話なのだが、マスコミの報道にはそういうことは全く触れられていない。

この程度の事故ならワイドショーなんかで取り上げられないはずだが、容疑者が「ノンアルコールを15本」というようなことを供述するからニュースになり、テレビで報じられ、ネットでも話題になってしまうわけなんですよね。

ネットには、容疑者である白男川(しらおがわ)亜弥という女性のフェイスブックでの顔写真も出回っています。

ところで、白男川というのは、ちょっと変わった苗字ですね。何となく大相撲の親方のような名前です。白男川親方、みたいなね。

そういえば、むかしむかし、お相撲さんで男女ノ川(みなのがわ)という名の横綱がいたことを思い出しました。あまり強くない横綱みたいでしたが、もちろんこの白男川という女性とは関係ないんでしょうね。

 

 

 

 

 

 

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東京ディズニーシーで 「ニモ」 がオープン

2017年05月11日 | 雑記

明日5月12日、東京ディズニーシーで「ニモ&フレンズ・シーライダー」という新しいアトラクションがオープンするそうです。


   

人気のディズニー映画「ファインディング・ニモ」と「ファインディング・ドリー」の世界を舞台に、「シーライダー」という潜水艦に乗って、ニモやドリーたちと一緒に海底の世界を冒険するというアトラクションだそうです。

突然、なぜこんな話題を持ち出したかと言いますと

去年の12月にロサンゼルスへ旅行した時、ディズニーランドへ行きました。

でもね~。そこは、東京のそれに比べると全体にスケールが小さく、建物も古くて、ディズニーランドの「本場」というよりも「古くなってしまった老舗」という感じでした。そりゃまぁ、後から出来たものの方がどんどん規模も大きくなり、アトラクションの内容も進化して行くのは当然ですけどね。

正直言って、ロスのディズニーランドへ入場したとたん、「えっ、こんな狭くて古めかしいの?」と驚いたことを覚えています。ただ、お客さんの数はめちゃ多かったですけど。

で、その時のお話ですが。

事前にガイドブックを調べて、まず最初に、東京にはないアトラクションを体験してみようということで、妻とモミィが選んだのが「ファイティング・ニモ・サブマリン・ヴォヤッジ」というもの。場所はトゥモローランドでした。

これが、いまから思えば、明日、東京ディズニーシーにオープンするアトラクション「ニモ&フレンズ・シーライダー」の原型だったのですね。

僕たちはその時、真っ先にそこへ向かいました。


 

やがて、大きな池の前にたどり着きました。


 

黄色い潜水艦が浮かんでいます。
(これぞビートルズの『イエロー・サブマリン』?)

その潜水艦の船底に入り、窓から海底の様子を見る、という趣向です。潜水艦は数台ありましたが、小人数しか乗れず、そのため大勢の人たちが並んでいて、順番が来るまで、1時間以上も並んで待ちました。

 

 

やっと順番が来て、潜水艦に乗り込み、出発を待ちます。

船が動き出すと、丸い窓から「海」が見え、
海底のいろんな風景が見えます。
 


 

 


 

本当に海の底を散歩しているような気になります。


 
潜水服の人の姿が見えます。 

そこへ、今度はアニメの映像が 


 
 

撮影しましたが、これではよくわかりませんよね。
まあ、イメージとしてはこういうものです
 
(これはドリーですね。あくまでもイメージです)

    

ここからニモやドリー、そしてその仲間たちの冒険が始まります。
 

不十分な説明で申し訳なかったですが、モミィは大いに楽しんでいたようです。僕たちも「夢の国」に来た感触を楽しむことができました。


 

ニモやドリーたちの冒険が終わり、「潜水艦」から上がって来るモミィ。
上機嫌でした~
 

 

ちなみに明日東京でオープンする「ニモ」については、こちらをどうぞ。

http://www.tokyodisneyresort.jp/special/searider/ 

 

この新アトラクションは、
映像とライドシステムの動きを融合させることにより、映画で描かれた海底の世界を体験できる屋内型アトラクション。
というものなんだそうです。

キャビン(船室)に見立てたスタジオに大きなスクリーンがあって、お客さんはそれを見るのだと思います。2キャビンあって、1キャビン122名収容できるということなので、かなり広いですね。投資額は50億円とか。

僕たちが体験した「ニモ」に比べると、東京の新しい「ニモ」は、ケタ外れのスケールだなぁと想像がつきます。ロスの「ニモ」は、それだけ素朴でシンプルだったということでしょう。ただ、実際に潜水艦に乗って船底から窓をのぞくので、そのぶん臨場感はありましたけど。

この次に東京ディズニーシーへ行った時は、ぜひこの「ニモ&フレンズ・シーライダー」へ行ってみたいと思っています。

もし、行くことがあればの話ですけどね。


 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

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京都・清水寺へ行ったけれど…

2017年05月09日 | 旅行

 

  

翌日の朝、ホテルを出るところです。ホテルは五条通に面しており、
そこを、清水寺に向かってそのまま東へ東へ歩いて行きます。
 


 
  五条通。今日はとてもいいお天気です。  

 

五条通が東大路通と交差するところで、細い道に入りました。
この辺に来ると、観光客がどど~っと増えてきました。
正面の上のほうに、清水寺の三重塔が見えます。


 
お寺へ到着。
右端に少し屋根が写っているのが、拝観券の売り場。
正面が「清水の舞台」で有名な本堂への入口です。
 

 

         
              
拝観券の表と裏です。裏のほうには、
「松風や 音羽の滝の 清水を むすぶ心は すゞしかるらん」
という和歌が印字され、その下に、
「観音様を心に念ずれば、観音様はあなたと共に歩まれます」
と書かれていました。


 

 

ところで、清水寺は現在も改修工事中でした。
実は去年の4月、桜が満開だった頃にもここへ来たのですが、
その時も工事中の様子だったので本堂には入りませんでした。
で、もう工事も終わっているかなと思って来たのですけどね~

ま、仕方ありませんわね。
上の写真の右側、足場が組まれているところが本堂から張り出した「清水の舞台」です。ちょうど4階建てのビルの高さにあたるそうです。足場の間から
真下を眺めると、高所恐怖症の僕は、やはり怖いです。モミィも「わっ、コワいな」と言っておりました。

そして、奥の院のほうへ行き、そこから撮った「舞台」の写真がこれです。
 

 

本来はこういう形なんですけどね  ↓

 
         (ネットから拝借)

  

 

それでもカメラを左に向けると、ここからの眺望は最高です。
京都タワーも見えていますし。


石段を下りると「音羽の滝」があります。音羽山中から湧く霊泉が、3本の筧(かけい)から流れ落ちており、ご利益を授かるため大勢の人たちが並んでいました。清水寺の名は、音羽の滝の「清い水」から由来したものと言われています。

 

 
  音羽の滝。 

 

ここには何度も来ていますが、音羽の滝にこれほどの人が並んでいるのを見たのは初めてです。さすがゴールデンウィーク!

 

 

お寺を出ると、参道は人・人・人。
モミィはまた土産物屋さんに入りまくりでした。

 

そして、

 

清水寺から八坂の塔、ねねの高台寺などを通って、八坂神社へ。

ここを最後に、四条通を歩いて阪急・四条河原町駅に戻りました。

その途中、こんな観光バスを見ました。
こういうバスが京都市内を走っているのですね~
知らなかったです。
 

 

 

 

ところで、帰ってから清水寺の工事についてネットで調べると

「清水寺修復プロジェクト全体の工期は11年間の予定ですから、2021年頃には美しく修復された本堂が見られる筈です」とのことだった。2021年とは! まだ4年も先のことではないか。

ということは、清水寺の工事は2010年頃から始まっていたわけ? いくつもの建物があるので全体を修復するのに11年もかかるということでしょうね。そして、本堂の工事は今年始まったばかりだということでした。それなら去年に来た時は別の建物の工事中だったのですね。そんなこと、知らなかったもんね。

じゃぁ去年、本堂に入ればよかったんだと思ってもあとの祭りですわん。

 

 

 

 

 

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ゴールデンウィークは おまけつき

2017年05月08日 | 日常のいろいろなこと

ゴールデンウィークも昨日で終わりましたね。
3日から昨日の7日まで、5連休の方も多かったと思いますが、僕は3日に病院へ駆け込んで、4日と5日は家で過ごし、6日はモミィが志望する私立中学のひとつである大阪女学院でオープンキャンパス(体験授業)があったので、それに付き添ったりしました。

ニュースの特集番組で、この連休をどう過ごしたか、というアンケート調査が行われていました。ベスト10の上位は、実家帰り、宿泊旅行や日帰りのお出かけ、外食、買い物、等々で占められていましたが、最も多かったのは何だったと思われます?

連休をどう過ごしたかの第1位は

ジャジャジャジャーン!

「家でゆっくりしていました」
だったのです。

「出前を取って、テレビばっか見てました」
「ピザを配達してもらって、家でゴロゴロしていました」

実際、この連休はピザ屋さんなどは配達で大忙しだったそうです。

な~るほどねぇ。わかります、わかります。

普段は仕事などで目が回るほど忙しい人たちは、連休ぐらい家でのんびりと過ごしたい、ということなんでしょう(ま、独身の人が多かったようですが)。

一方では僕みたいに、ず~っとこの先「死ぬまで連休」の人間は、ゴールデンウィークだからといって、別にどうということもないですけど。あはは。こんな言い方、身もフタもありませんが。

そしてモミィも今日から学校が始まる! 

と思ったら、そうではなく、今日も学校は休みなのです。「創立記念日」なんだそうです。やれやれ、今日からまた学校へ行ってくれるので静かになるわ~と思っていたのですが、こんな「おまけ」がついていたとはねぇ。

ところで、モミィが通う小学校は、うちの息子たち(つまりモミィのパパたち)も通った学校なので、その当時から5月8日が創立記念日だったんでしょうね(当たり前やがな)。

それを巡ってモミィのパパである長男がこんな疑問を口にしていました。

5月8日が学校の創立日だとしたら、その日から学校が始まったということになるよね。学校は4月から新学期が始まるのに、じゃぁそれまでの間、児童はどこにいたのか? 5月8日に突如たくさんの児童たちがどこから現れたのか? 別の近くの小学校で待機していたのか

不思議やなぁ…と長男がブツブツつぶやいておりました。

そんなことで(どんなことでや?)

今日がモミィのゴールデンウィークの最終日となります。

今日からお仕事や学校に行かれる皆さんは、また頑張ってくださ~い。 

 

 

 

 

 

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京都へ ~その1~

2017年05月07日 | 旅行

さて話題は不整脈からコロッと変わり、先日の京都1泊旅行のことです。

朝9時に家を出て、電車を乗り継いで大阪駅に着いた僕たちは、すぐに阪急電車で京都へ行くことにしていました。が、ちょうど2日前に「阪急三番街」がリニューアルしたということで、テレビでも大々的に宣伝していたこともあり、ちょっと寄ってみることに。ついでに昼食もそこでとった後、昼を過ぎてから阪急電車の特急に乗りました。

終点の四条河原町駅には40数分で到着です。

そこから八坂神社のほうに歩きはじめました。 

  

モミィはさっそく沿道の土産物屋さんに入ります。
とにかくお店が大好きなモミィなので。


 

特にモミィは「おたべ」と「こたべ」が大好き。
早くもこのお店で、自分のおやつ用に「こたべ」を買っておりました。


 

鴨川の橋を渡り、八坂神社に近づいて行きますが…

その時、急に雨が降り出しました。

天気予報でも「午後・一時雨」というか、それも大雨で、雷なども予想されるほどの荒れる天候になるかも、と言われていたので、ある程度覚悟はしていたのですが、風も強くなり、これは大荒れになるかも知れないと思って、Uターンしてあわてて元の道を引き返しました。

四条河原町に戻り、どうしたものかと迷っていたら目の前に京都駅行きのバスが来たので、それに乗ってJR京都駅に行きました。ここなら広い地下街もあり、モミィの好きな土産物店もたくさんあるので、雨でも関係なく楽しめますものね。

 


    

そこでしばらくうろうろしていたら、やがて雨も止んだようで。 

明るくなってきたので、ここから五条通にあるホテルまで歩くことにしました。 

京都駅からホテルまで、遠回りしてかなりの距離がありましたが、3人とも歩くことは好きなので、街歩きを楽しめました。いやぁ、雨が止んでよかった~。

 


 
  

途中、三十三間堂の横の道を通りました。中には入ってませんけど。

ということで、1日はあっという間に終わってしまいました。 

ホテルは京阪の清水五条駅に近い「秀峰閣」というホテル。こじんまりとしていますが、サービスがとても良く、食事も質量とも豊富でした。
 

  

まずこの九種が出て、そのあと、お造り、板屋貝の茶碗蒸し、桜海老と春野菜のかき揚げ、筍ご飯などに加えて、大きな鍋(鴨鍋)も出て、全部は食べきれなかったです。

また体重が、増えそう。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

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“頻脈” はひとまず落着

2017年05月05日 | 心と体と健康と

おとといの5月3日、異常に速い脈拍数が午後になっても収まる気配なく、前日朝から数えて30時間以上という、かつてない長時間の症状が続いていた。これにはホントに戸惑った。

しかし自覚症状としてはそれほど息苦しくもなく、自然に収まるものならこのまま放置してもいいか、という程度の症状だった。で、病院へ行くかどうか、午前中はグズグズと迷っていたけれど、やはり気になるので行った方がいいだろうと、去年まで8年間通っていた松原の徳洲会病院へ足を運んだ。

ここは1年中、24時間いつでも診てくれるので、ありがたい。この日も憲法記念日の祝日だったけれど、病院の玄関は開いたままだったし、中はひっそりとはしていたが、外来の患者さんの姿も何人か見受けられた。

前もって電話はしていたのだが、受付で改めて症状を説明し、診察場所の案内を受けた。不整脈は分野から言えば循環器科だが、今日は内科の先生しかおられない、ということでそちらへ行くと、まず心電図の検査から始められた。

「トントントン」と大きな音が響くが、これが僕の今の脈拍の状態で、やはり脈打つ音は速い。相変わらず120前後のようで、1秒間に「トントン」と2回打つ勘定だ。心電図検査が終わると、診察室に呼ばれた。若い女医さんだった。

心電図の結果を前に、いくつかのやりとりを交わしたあと、医師は、どれだけの量の薬をどんなふうに飲んでいるのか、ということを中心に質問し、僕は「最近、薬の量を1日2錠から3錠に増やしているんですけどね」と答える。医師は「薬が効かなくなってきている傾向もあるようですし、他の薬との飲み合わせの問題もあるので、循環器科の先生と相談されたほうがいいですね」ということだった。「ではこれから脈拍を正常に戻すための点滴をします」ということで診察は終わった。

そのあと、別室へ行き、検査台に仰向けに寝て、点滴を受けた。同時に、先ほどと同様、心電図の検査もした。点滴を受けながら、胸と両手首、両足首に電極を取り付けられて、「トントントン」という自分の脈拍の音を聴きながら、ほとんど身動きのできない状態で、目を閉じた。

やれやれ。今年は、元日早々に休日急病診療所でインフルエンザを宣告されるわ、このゴールデンウィークには不整脈で病院に駆け込むわ…

よりによって日本中が祝祭気分になる時期に、自分はこのていたらく。

駄目やなぁ。

な~んてことを思いながら点滴を受けているうちに眠くなって、うつらうつら。1時間くらい経っただろうか。ふと気がつくと、「トントントン」の音が遅くなっていた。そこに看護師さんがやって来て「収まったようですね」とニッコリ。「あ、そうですね」と僕。

よかった~

こういう時、看護師さんの姿が天使に見える。
『白衣の天使』という言葉そのままですよね。

さて、調子がスッキリと戻り、満たされた気分で病院から出て家路についた。モミィと妻は今ごろアベノの映画館で「美女と野獣」を見ているのだろう。

よしよし。これで、夜は心置きなくビールが飲めるぞ。
な~んて、ことを考えている「懲りない私」がそこにいました。

先ほどの女医さんが「他の薬との飲み合わせの問題もあるので…」と言ってくれましたが、不整脈の原因は、「他の薬との飲み合わせ」よりも「ビールとの飲み合わせ」のほうがもっとモンダイなんだよ! という声が、どこからか聞こえてきそうですけどね。

 

 

 

 

 

 

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脈拍が120から下がらない

2017年05月03日 | 心と体と健康と

ゴールデンウィークだというのに、今日はまた情けない話で

京都への1泊旅行から帰ってから2日後の昨日、朝起きた時から心房細動が出始めた。まぁ、それはよくあることで、朝食のあとに薬を飲んだら、たいていは1~2時間後には収まる。

ところが昨日はそれが収まらなかった。そして、薬が効いてくるはずの時間に、今度は、脈拍が不規則な心房細動から、脈拍の速い頻脈に移行したのだった。不規則な脈拍ではないけれど、1分間で120前後の脈拍数が続くのである。僕は普段は60ちょっとなので、そのおよそ倍の脈拍数である。当然、息苦しい。

これらはいずれも不整脈とされるものである。

心房細動から頻脈に変わっても、それがしばらく続いてやがて収まる
これまでの経験から、そういうケースがほとんどなので、その時はあまり気にしなかった。それに、頻脈自体もよく起きるし、しかも昨日の場合は、いつもより息苦しさや動悸、息切れ、心臓ドキドキ感がまだ少ないほうだったので、そのうち治るだろうと、我慢しながら、午前中はジムへ行き(ストレッチと軽いウオークだけでしたが)、午後からはモミィの授業参観に妻と出かけた。

ただ、やはり普通の状態ではなく、自転車を強くこいだり、階段を上がったりした時は、ドキドキと動悸がして苦しかった。

その頻脈は夜になっても収まらないので、夕食後すぐにベッドに入った。不整脈の薬はもちろん、よく眠れるように抗不安薬のデパスも飲んだ。しかし深夜の12時に目が覚めると、頻脈からまた心房細動に変わっていた。

早朝、目覚めてもまだ心房細動は収まっていなかった。

昨日同様、朝食後に薬を飲んだら、また同じように心房細動が頻脈に変わった。不思議なことに、心房細動の薬を飲んだら、それは収まるが代わりに頻脈が出るという現象なのだ。う~む。わけがわからない。相変わらず1分間に120の脈拍数である。

今日からモミィは5連休なので、妻と2人で午前中に家を出て、阿倍野へ遊びに行った。モミィが行きたがっていた「美女と野獣」という映画も見るという。僕は家で留守番だ。

今もドキドキ動悸がしているが、こうしてこのブログを書けているのだから、それほど重くはない。でも、やはり気分はすぐれない。どこまでこの状態が続くのか、それが最も気になるところだ。もう30時間近くこんな不整脈が続いている。いまだかつてなかったことである。

去年まで8年間通っていた松原の徳洲会病院なら、休日でも診てくれる。

そこへ電話をしようか? どうしようか? と、いま迷っているところです。

 

 

 

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良い夫婦 良い連休

2017年04月29日 | 日常のいろいろなこと

先週の22日は「良い夫婦の日」ということでしたね。

モミィが小学生新聞にそれが書いてあるのを見て「なんで4月22日が『よい夫婦の日』なん?」と聞くので、「4が『よい』で、22が『ふ~ふ』という語呂合わせ、つまりシャレみたいなもんやがな」と教えました。いろんな質問が飛んでくるので、なかなか油断できません(笑)。

最近は何でも数字の語呂合わせで「ナントカの日」というのが多いのですが、この「良い夫婦の日」は、調べてみると、1994年に国連が発表した「国際家族年」をきっかけに講談社が4月22日を「良い夫婦の日」として提唱し、今日に至っている、ということだそうです。

「子供の日」「母の日」「父の日」もあるのだから、「良い夫婦の日」があってもおかしくないのですが、別に「良い」はいらないのではないかと思いますよね。ふつうに「夫婦の日」でいいと思うのですが、それなら22日だけでいいわけで、4月というのが意味がなくなるから「良い」をつけたのでしょうね。

これを見て「おもしろ川柳」のこんな一句を思い出しました。

良い夫婦 今じゃどうでもよい夫婦

あはは。うちの話ではありませんよ~。

さて、「良い夫婦の日」から1週間が経ちました。
きょうからゴールデンウィークが始まりますね。

僕たちは近いところでどこかに泊まりに行こうと思っていたのですが、運よく京都市内でホテルが取れたので、1泊ですが京都めぐりをする予定です。

では皆さま、良い夫婦で、良い連休をお過ごしください!

 

 

ところで、先ほどテレビでニュース速報があり、北朝鮮が今朝、1発の弾道ミサイルを発射をし、失敗したと報じられています。ゴールデンウィークの初日早々、物騒ぎな話ですね。 

 

 

 

 

 

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「東北でよかった」 発言やら 「重婚・ストーカー」 騒動やら

2017年04月27日 | ニュース・時事

今日は、あの今村復興大臣の「(東日本大震災が)東北でよかった」というバカ発言についていろいろと書きたかったのですが、これはもう、僕みたいなものがいくら言葉を並べても無駄なほど、あきれ果てる発言で、いまさら「お詫び」でもないだろ。さっさと消えてしまえ、という思いで一杯です。こういう発言がフツーに出てくるというのは、ふだんから仲間内でそういうことを言い合っているからで、心の中ではいつもそう思ってるんですよね。人間性からして復興大臣の資格なし。大臣辞任は当然です。

それに、あの今村という人は、なんだかえらそうに人を見下したような顔つきをしています。傲慢そうな性格が、あの顔に出ていますね。人を顔だけで判断するのはいけませんが、テレビでは「人は見た目が100パーセント」という題名のドラマも始まっているようですし(関係ないやろ)。

それと、今朝のニュースでは、今村氏が属する派閥の長である二階俊博自民党幹事長が、「政治家の発言の一行でも悪いところがあればマスコミは『これはけしからん。首を取れ』と言う。なんちゅうことですか」と、暗に今村氏を擁護するような発言をしたことがまた波紋を広げている。キリありませんね。こんなことでは。

それにしても、マスコミでも大きく報じられているように、最近は安倍内閣の閣僚やそれに近い政治家たちの失言や失態がやたらに多い。その都度お詫びや反省を口にするのだけど、テレビで同じようなことを毎度繰り返しているニュースを見ると、誰が何をして何を詫びたのか、わけがわからなくなる。

そんな中で、「失言」ではなく「失態」の代表は経済産業政務官だった中川俊直衆院議員だろう。嫁さんも子供もいるのに、愛人の女性とハワイで「結婚式」を挙げたり、また衆院議員の女性とも関係を続けたりしたあげく、愛人と揉め、警察に『ストーカー登録』までされてしまったということが報じられている。

政務官を辞任した中川氏はフェイスブックで「誠に申し訳ない気持ちでいっぱいです。一生をかけて、つぐないます」と詫びた。

「一生をかけてつぐなう」??

死ぬまでその気持ちを持ち続けるということか? そんなことは100パーセント不可能だ。こういうことを起こす人間は、ほとぼりが冷めた頃には殊勝な気持ちも冷め、また何かしらの欲望に支配される身となるというのが常である。

そもそも人の性格など死ぬまで変わらない。よくもまぁ「一生をかけて、つぐないます」という芝居のようなセリフを言えたものである。今はホントにそう思っているのかも知れないが、そんな気持ちが一生続くわけがないということくらい、いい歳をしているのだからわかるべきだろう。なのにそんな歯の浮くような言葉をサラリと出すというのが、この人物の厚顔さと軽薄さを表している。

今村前復興大臣と同様、心の中では何の反省もしておらず、結局はその場限りの口先だけで「お詫びします」「反省しています」と言っているのが見え見えなんである。

それでも、この人たちは国会議員を辞めようとしない。こういう手合が、びっくりするほどの高い歳費(給料)やチョー高額の諸手当てなどを、これからも懐に入れ続けるのかと思うと、ほとほと情けない気分になりますわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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運動会と英検が ・・・

2017年04月25日 | 日常のいろいろなこと

1月末にモミィが英検3級に合格してから3ヵ月が経った。次は準2級にチャレンジするのだが、すでに3月11日から受付が始まっている。で、その日にネットで申し込み、コンビニで受験料を払い込んだ。

この後5月29日に受験票が送られて来て、6月4日に本番の英検が実施される。益々レベルは高くなり、壁が厚くなるが、モミィもECC英語塾で先生から特訓を受けながら、頑張っているみたいだ。

ところが、思いもよらぬことが判明した。

新学期が始まって、どうやら運動会に向けての練習が始まったようで、モミィは帰ってくると「しんどかったわ~」とため息をつくことが多くなった。運動会の中でも最も注目を浴びる団体演技「組み立て体操」の練習が、とてもきついというのだ。そりゃまぁ、こういうことをやるんですからね。みっちり練習を重ねておかなければ、ピラミッドが崩れて児童が怪我でもしたら大変です。

 


 
 去年の組み立て体操。
 モミィは手前のグループの下から3段目の右端。
 背中を向けて立っている先生の左の肩の横です。
 

そんな運動会の話をモミィから聞きながら、ふと頭に浮かんだのが英検のことだった。運動会が6月にあり、英検も6月にある。両方とも日曜日に行われる。

去年、英検3級を初めて受けたのが6月だった(不合格でしたけど)。去年のスケジュールを確認したら、6月12日の日曜日に実施されていた。そして運動会のほうはその1週間前の6月5日に開催されていた。つまり、6月の第一日曜日に小学校の運動会があり、第二日曜日に英検があったということだ。

しかし今年の英検は6月4日に実施される。つまり第一日曜日ということだ。その日って、運動会の日とかぶるのではないか? 不安に思い「運動会は6月の何日にあるの?」とモミィに聞くが、「知らん」と言う。妻も「まだプリントをもらってきていないので、わからない」とのことだった。

そんな折、昨日、6年生のクラスの新しい担任の先生が家庭訪問に来られた。若い男の先生で、応対した妻が、モミィが次に英検の準2級を受けると言ったら、
「へぇ、すごいですね~。僕も英語は好きで、英検2級を持ってますけど、う~ん、すぐに追い抜かされそうやなぁ」と先生は笑った。そこで妻が、「運動会は6月の何日ですか?」と尋ねたところ、「あ、6月4日の第一日曜日です」という答えが返って来たというのである。

あちゃ~。案の定、英検と運動会の日が重なってしまった。それを聞いた先生は「いやぁ、残念ですね~。受験料もすでに払ってるんでしょう?」
そうです。準2級の受験料は5,200円でした。ま、それは仕方ないとして。

モミィの小学校の運動会は、それまで10月に開催されていたのが、4年前から6月に変わった。調べてみると、すべて6月の第一日曜日に実施されている。

一方、英検のほうは、去年は6月の第二日曜日だったが、今年は第一日曜日となり、運動会と重なってしまったのである。

ということで、6月の英検は受けられなくなった。
妻がECCの英語塾の先生にそれを伝えたら、
「えっ、それは残念。でも、まぁ、どのみち6月の
合格は無理なので、あくまでも目標はその次の10月ですよね」
とあっさり言われたそうである。

な~んだ、それ?

 

 

 

 

 

 

 

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