夏休みが始まりました

2017年07月21日 | 日常のいろいろなこと

さて今日から学校は夏休みに入りました。

いつもは6時半に起床する2人ですが、今日からは7時起きにしています。

この夏休みは、これまでとは大きく日課が変わりそうです。

モミィも今までだったら、たまに登校日があるくらいで、それ以外はフリー。だから、宿泊を伴う旅行以外にも、プールに連れて行ったり、日帰りであちらこちらへ連れて行ったりと、僕たちも結構忙しい日を送り、自分のスポーツクラブ通いも半分ぐらいは休んでいました。

しかし6年生になって迎えたモミィの夏休みは、私立中学受験をめざしているので、受験勉強が中心の日課になりそうです。で、日曜日とお盆期間を除く毎日、塾へ通って授業を受けたり自習をしたりして、来年1月に行われる入学試験に臨む態勢を固める、というわけです。モミィがずっと家にいたら、僕たち(特に妻ですが)の生活リズムも結構ややこしくなってきますので、その意味で言えば、塾に行ってくれていたら「やれやれ」という心境でしょうか。

今夏は近いうちに1泊で、奥琵琶湖のマキノというところにあるホテルへ行く予定です。目の前にプライベートビーチもあるので、海水浴ならぬ湖水浴を楽しめそうです。次男の子でモミィの仲良しのケイも連れて、4人の旅行になりますが、これがわが家の夏休み唯一のお泊り旅行となり、あとはモミィが勉強の日々を過ごす夏、ということになります。

モミィも決して勉強がよくできるとまでは言えない成績なので、この夏休みにどれだけ頑張れるかによって、第一志望の中学校へ行けるかどうかの分かれ道にもなるでしょうね。受験まであと半年。どうなりますことやら。

それにしても、つい最近までテレビの前で、プリキュアを見ながら踊っていた幼い子が、今や中学受験とは早いですね~。いや~ホント、早い。

一昨日も、近所のスーパーで買い物をしていたら、一人の若い女性(と最初は見えた)が立ち止まり、じっと僕を凝視していたので、「はぁ?」と思ってその女性を見た。するとその女性は「モミィちゃんのおじいちゃん」と、小さな声でつぶやくように言ったので、もう一度よ~く見てみると、「あっ」と思い出した。モミィの友だちの〇美ちゃんだったのです。

モミィの幼稚園時代、毎日送り迎えに行っていたので、その子のことはその頃からよく知っていたし、小学生になっても家にも何度も遊びに来ていた。活発で可愛い子どもだった。僕に「髪の毛多いねぇ。私の爺ちゃんはツルッパゲやのに」なんて言ったこともあり、大人に対しても物怖じしない子だった。スーパーで会ったのは、その〇美ちゃんだった。しばらく会わないうちに、すっかり様子が変わり、おしとやかになり、外見ではとても小学生には見えなかったので、最初は誰なんだろ? と思ったのです。僕などは5年くらい前なんて先月のことみたいに思ってしまうのだけど、子どもの成長というのは、ほんの数年であっても、これほどの変化があるのですね~

早い、早い。

と言っているうちに、あっという間にモミィの受験の時も訪れますよね。

 

 

 

 

 

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サマージャンボは 「僕のほそ道」?

2017年07月19日 | 日常のいろいろなこと

このブログのアクセス数が本文の右側の欄に出ていますが、毎日ほぼ200~300くらいの数の方々が訪問してくださっている。ところが

松居一代ネタを書いてから、その数が増えたので驚いている。7月9日に初めてその話題を取り上げると、その後300の後半から400台に上がり始め(400台なんてめったになかったです)、昨日などは訪問者数が523まで上がり、ランキングも 約274万3千ブログ中、804位でした(通常は2000位台)。今日も426という訪問者数が出ています。

TVでは連日松居ネタが流されているが、中には「こんな私的な恨み話、不愉快だし、もうやめたら?」という意見を言うコメンテーターもいるけれど、何せこれをやると視聴率が上がるらしいので、テレビ局もやめられないのでしょう。

こんなブログでも松居ネタで訪問者数が急上昇するのだから、視聴率が生命のテレビ局なら、そりゃぁやるでしょうね。わかるわかる。

しかし僕はもう、あの松居一代の顔を思い出すとぞぉ~っとするので、今後はなるべく避けて通ります(と言いながら、また書くんだ、きっと)。


さて、話は変わって、宝くじのことです。

昨日から、サマージャンボ宝くじが発売されました。宝くじは、うちの嫁さんは時々買っていますが、僕はこれまで一度も自分で買ったことがありません。だから、昨日のニュースなどを見るとびっくりしてしまうのです。

東京の銀座だったのかどうかよくわかりませんが、宝くじ売り場の人気ナンバーワンと言われる場所では、長蛇の列ができ、気温が31度にも上がる中、なんと13時間も並んでいる人たちもいたとのこと。そんな長時間、並ぶか?

それに、一度に10万円分買いました、というお客さんも映っていました。それ以上買うお客さんも沢山いるとか。ふ~む。

川柳に「宝くじ バカにしながら 根は本気」というのがありますが、こういう人たちは決してそんなものではありませんね。「当てるぞ!」と、真っ向から真剣勝負を挑んでいる。ネットをいろいろ見てみると、宝くじの当選確率を上げる方法というのが確かにあるようです。たとえば、一等を多く出している売り場で買うとか、大きな売り場でしか売っていない「特バラ」という買い方をするとか。

その道はその道で、いろいろあるのですね~

ところで、その道はという言葉をここで出しましたが、その道はどの道だ? と聞かれたら、答えは、このブログのタイトルです。

何それ? 

言うまでもなく、このブログのタイトルは「僕のほそ道」です。

そして宝くじ売り場の映像を見ていたら「僕の細道」と書かれた幟(のぼり)があちらこちらに見受けられたのです。
「はぁ?」と思って、テレビ画面をよく見ると、

「億の細道へ ようこそ!」

と書かれていました。

のほそ道」じゃぁなくて「の細道」でした。
つまり億万長者へとつながる道なんですね~

な~るほど。

 


 

 


 

 こんな感じですね。

なにせ「1等5億円! 前後賞合わせて7億円!」ですから。
それを「億の細道へ ようこそ!」とはうまく言ったものです。
確かにその道は、細い細い、ほとんどの人が通れない道ですしね。

この発売は8月10日まで続くそうで、抽選日は8月20日だとか。

「僕のほそ道」をお読みくださっている方が、この宝くじを買われ、そして「億の細道」を突破されるご幸運を、心からお祈り申し上げる次第です

 

 

 

 

 

 

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「男はつらいよ・寅次郎相合い傘」 と 船越英二

2017年07月17日 | 映画の話やTVの話など

いま、またBSテレビで毎週土曜日に「男はつらいよ」のシリーズが放映されています。一昨日の土曜日は、第15作「寅次郎相合い傘」が放映されました。

僕も寅さんファンの一人ですが、2013年から14年にかけても同じTV局で全シリーズが放映されており、当時のブログにも寅さんのことを書いています。

その時、僕がもし全48本の寅さんシリーズの中で一番好きな映画はどれ?と尋ねられたら、浅岡ルリ子が出ていた15作目の「寅次郎相合い傘」を挙げる、と書きました。

浅丘ルリ子演じる旅回りのキャバレー歌手・リリーがとてもいいんですよね~。

リリーは第11作「寅次郎忘れな草」で初登場し、「相合い傘」の後も第25作「寅次郎ハイビスカスの花」、そしてシリーズ最後となった48作目の「寅次郎紅の花」も、寅さんの相手役だった。このシリーズに4本も出演したのはリリーだけですね。

中でも「寅次郎相合い傘」はシリーズでの最高傑作だったと思います。


  

で、一昨日の土曜日、その「寅次郎相合い傘」が放送されました。

もちろん僕も見ました。もう何度も見ているんですけど、やっぱり見てしまうんですね。

中でもクライマックスはこういうシーン ↓

それまで女性にフラれ続けていた寅さんだけど、リリーは寅さんのことを本当に好きになる。それを察知した妹のさくらが、リリーに、
「リリーさんがお兄ちゃんのお嫁さんになってくれたらどんなに素敵だろうなぁって。ま、冗談だけど」
と言う。するとリリーは真剣な顔になり、
「いいわよ、私みたいな女でよかったら」
と答えるのだった。さくらは目を丸くして驚き、大喜びする。

寅さんの「結婚」が手に届く瞬間だった。
そしてそれに続く名場面…

そこへ寅さんが帰ってくる。
さくらは寅さんに飛びつくようにして、

「リリーさんがね、お兄ちゃんと結婚してもいいって言ってくれたのよ!」
と伝える。リリーは奥の部屋で、真剣にそのやりとりを見ている。

しかし

「オレと?」と、ここからの寅さんのリアクションは、まあ寅さんらしいと言えば言えるが、素直に喜ばない。
「えっ? えっ?」と戸惑いながらも、すぐに目が覚めたような顔になり、
「あ、あんな気性の強いしっかりした女が、俺みてえなバカとくっついて、幸せになれるわけがねえだろ!」
と言い放つのである。

そしてリリーのほうを見て「こっちへ来いよ」と呼び、
「お前、冗談なんだろ?」
と、少し戸惑いながらも、リリーに問い詰める。

リリーはそんな寅さんの顔をしばらくじっと見つめながら、フッと笑い、
「そう…、冗談よ。冗談に決まってるじゃない」
と言うのだった。

あぁ~。映画館でこのシーンを見た時、寅さんって本当にバカだ、これじゃ誰とも一緒になれないのは当たり前じゃんと、思ったことを覚えています。後にも先にもこれほどのチャンスは巡ってこなかった。それを照れてしまい、まぜっかえしてしまい、せっかくの話を壊してしまうのでした。

そのシーンを再現します。


 
さくらが「リリーさんがお兄ちゃんのお嫁さんになってくれたら」と。


 
「いいわよ。私みたいな女でよかったら」とリリー。


 
そこへ寅さんが帰ってくる。
「リリーさんが結婚してくれるって」とさくらが興奮。


 
しかし寅さんは照れ臭いのか、
リリーに「おまえ、冗談なんだろ」と。


 
一瞬、リリーの顔がこわばる。
このシーンは見ていてハラハラ。


 
次の瞬間、
「そう、冗談よ。冗談に決まってるじゃない」

あぁ、万事休す。でした。

 

そういう映画だったのですが。
寅さん、ほんと、絶好のチャンスを逃してしまったなぁ。

さて、この映画の前半も、なかなか面白いのです。

映画の始まりは青森。そこで寅さんは、冴えない中年男と知り合います。寅さんは彼を「パパさん」と呼んで一緒に旅を続けます。パパさんはどうやら一流企業に勤めるエリート社員で、資産家のようでしたが、会社や家庭でしっくりいかず、グズグズしながら昔好きだった女性を訪ねて、はるばる東京からやって来たのでした。なんだか頼りなく優柔不断な性格のパパさんは、寅さんの奔放な生き方に惹かれています。そして2人は北海道に渡り、函館のラーメン屋の屋台で、寅さんは、なんと2年前に恋をしたことのあるリリーと再会し、パパさんを含め3人で気ままな道中を楽しむ、というところから物語が展開して行きます。

そこから、後半は、前述のような寅さんとリリーとの話になるのですが、東京へ帰った後もパパさんは柴又の「とらや」にやってきたりして、この映画を盛り上げる重要な役柄を演じていました。

そのパパさんを演じていたのが故・船越英二でした。あの気の弱くて人のよさそうなパパさんは船越英二だからこそ、あれだけの味が出せたのだと思います。

言うまでもありませんが、船越英二は、船越英一郎の父親です。

そして息子・船越英一郎は、ご存知のように、今や松居一代というヒアリより恐ろしいと言われている女の夫です。(実際にワイドショーで『松居一代とヒアリのどちらが怖いか』というアンケート調査を行い、6~7割の人が『松居一代』と答えたそうです。ホンマでっせ)。さらにこのヒアリより恐ろしい女は、英一郎が住むマンションの前に、紙袋に入れた船越英二らの位牌などを捨てて行った、ということです。う~む。よう、そんなことするなぁ。バチ当たるで。

折も折、そんな騒動の真っ最中の時期に「男はつらいよ・寅次郎相合い傘」が放映され、船越英二が登場するとはね~。つい先日のこのブログで、お父さんの船越英二は「男はつらいよ」でも名脇役を演じた、と書いたばかりでもありましたので、今日もまたこの話に触れることとなった次第です。

最後に、話はまた変わりますが、「相合い傘」は昭和50年に公開されたので、今から42年前になります。浅丘ルリ子は今、僕も見ていますが「やすらぎの郷」という倉本聰の連続ドラマに出演しています。最近はその顔が目に焼き付いてしまっているので、この「相合い傘」を久しぶりに見て、あまりにも浅丘ルリ子が若いので、ビックリしました。まぁ、42年も経っているのだから当たり前の話ですけどね。

ということで、今日はこれで終わります。

ちなみに本日のブログに登場していただいた人物は

寅さん
リリー
船越英二
船越英一郎
松居一代
現在の浅丘ルリ子
そして 
特別出演 → ヒアリ

の皆さんでした。
チャンチャン。

 

 

 

「寅次郎相合い傘」の1シーンです。
2分ほどですけど、よろしければご覧ください。

函館のラーメン屋で、寅さんとリリーが再会するところです。
真ん中にパパさん(船越英二)がいます。


 

 

 

 

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松居一代 いつまで続く?

2017年07月15日 | ズレズレ草

いま芸能界では、松居一代が起こしている騒動で持ちきりである。

週刊誌も、週刊文春、週刊新潮、女性自身、週刊女性、女性セブンなどが毎週のように書き立てている。松居のおばはんにとっては、実にワクワクするほど嬉しい毎日ではないだろうか。まんまと思惑通り、自分がこれだけ注目をされているんだから。

ブログや動画で夫・船越英一郎との関係について暴露を続けているわけだが、毎日のようにそれらを更新し、ネタを小出しにしながら自分の話題が途切れないようにしているのは、さすが~「役者」ですね。

でも見ている人の大半が不快な思いを抱きながら見ているということが、きっとわかっていない。「このおばはん、アホとちゃう?」とつぶやきながら、もう見飽きたわ、という人が大勢いると思うけど、こういう演出を続けられるとつい続きが気になって、テレビを見てしまう。そんなケースが多いのではと思う。僕もその一人です(もともとミーハーだし)。

船越英一郎が不倫をしていた相手というのは、松居一代によると、「ハワイ在住のエステティシャン」で、昔「恋のから騒ぎ」に出たこともある成田美和という女性だったそうだが、彼女は名誉棄損で訴える、と激怒しているそうだ。

そして今回、松居のおばはんは、また新たに、夫がエッセイストである大宮エリーとも不倫をしていたと動画で言い、彼女が船越にあてた手紙も公開している。大宮エリーといえば僕もファンの1人である。週刊文春に連載していたエッセイなどは、ず~っと楽しく読ませてもらっていた。あの軽妙な文体のエッセイは、僕のお手本でもあった。その大宮エリーが登場するとは

それにしても松居のおばはんの、あの動画の演技は何なのだ。得意そうな表情をしたり、時には同情を誘うように泣き顔になったり、意味深な言葉を口にして気を引こうとしたり、急に画面を睨みつけたり、ニッコリ笑って週刊誌に「ごくろうさま」と嫌味を言ったり、「応援してくださっている皆さま、ありがとう!」と感極まったような顔をしたり、

しかし、船越のマンションのドアを、自分は鍵を持っていないから業者を呼んで無理に開けさせたり、そしてそこから夫のパスポートを持ち出したり、女性からの手紙と言われるものを持ち出したり、そしてその中身をそのまま動画で公開したり、と、やっていることは犯罪に近いのではないか。

「特ダネ」の小倉智昭は、昨日の番組の中で「こんな動画、番組の中だから仕方なく見ているけど、家にいたら絶対に見ない」と、あからさまに不快感を示していた。

テレビや週刊誌で、この話題はどこまで続くのだろうか。
そして松居のおばはんは、いつまでこんなことをやり続けるのだろうか。

もはや、不倫があったとかなかったとかの問題ではなく、松居のおばはんの、公共のネットとテレビを駆使して、個人のプライバシーを次々暴露していくやり方に、どんどん非難が高まって行くことは必定で、それに加えて、演出面などで手を貸している「チーム松居」と呼ばれるメンバーも、やがて名前が表に出され、世間から大きなバッシングを受け、後悔することになるだろう。

おかげで、これまた世間から注目を浴びたがっている森友学園の籠池のおっさんが、このごろマスコミは松居・松居ばかりで、ちっとも自分の所に取材に来てくれない…と怒っているそうです。
(というのはウソです・笑)。

では皆さま。
今日から3連休の方も多いと思いますが、良い連休をお過ごしください。

連休初日からこんな下世話な話題を取り上げてしまいましたが、やはりこれについて、溜まったものを吐き出したく、書いちゃいました。何せ僕はミーハーなので。あしからず。

 

 

 


 

 


 

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今年の夏休みは

2017年07月13日 | 日常のいろいろなこと

つい数日前に7月に入ったと思ったら、もう中旬である。早い。ホント早い。
でも中旬と言っても、今日は何日でしたっけ?

よく認知症のテストなんかで、「今日は何日ですか?」とか「昨日の晩御飯は何でしたか?」というような質問をしている風景を見るが、僕はこういうのはとても苦手で、特に、今日は何日かがわからない。曜日ならモミィの日課と関わっているのでわかるんですけどね~(曜日によって塾の時間が異なり、それに合わせてわが家の夕食時間も異なるので)。

まあ、日がわからないからと言って、特に困ることはないけれど、ひとつだけ困ることがある。それはスーパーで買い物をする時に「賞味期限」を確認するときです。今日が何日かわからなければ賞味期限が書いてあっても、あと何日いけるのかわからない。先日も、スーパーの店員さんに「すみません、今日は何日ですか?」と聞いてしまいました。時にはそばにいるお客さんにそれとなく、「え~っと、今日は何日? でしたっけねぇ?」と尋ねたりする。「私もわからないのよ」なんて返事されたりしたことも(笑)。

そんなこんなで、7月も中旬となり、今日は13日でございます。木曜日なので、スポーツクラブは休館日。だいたい木曜日は妻と2人でランチへ行くのが習慣で、さて今日はどこへ行くか? などと考えてたりしているところです。

その7月といえば、間もなく夏休みが始まります。例年、2回ほど宿泊旅行をしますが、今年の夏休みはモミィが中学受験態勢に入るので、次男の子・ケイ(小学2年生)も連れて、4人で近場へ1泊旅行に行く予定だけです。

塾の先生から「夏休みに頑張るか頑張らないかで決まるのよ!」とハッパをかけられているようで、モミィもすっかりその気になっています。このごろは受験対象となる中学校も、友達や塾の先生らといろいろ話をするうちに、また新しい学校を志望するようになってきているようだけど、とにかく今のモミィの一番の関心事は中学なのです。

モミィがPCのインターネットで大阪府下のいろんな私立中学のホームページを閲覧しているのを覗くと、特に制服の写真をあれこれ見ているのです。お気に入りの制服があると、それをじ~っと見つめているモミィなのです。「そんなん見てるヒマがあったら勉強しいや」と言いたいところですが、もちろん言いません。女の子だからそれも仕方ないんでしょうね。

そんなモミィが通っている塾のチラシが、先日配達された新聞の中に入っていました。そのチラシに、モミィの顔写真も載っていました。事前に塾の先生から写真掲載の許可を求める連絡を受けて了承していましたので、びっくりはしませんでしたが、かつてヤマハで一緒だったモミィのお友だちのお母さんからメールが来て、「モミィちゃん、写ってますよ」と、チラシの写真まで添付してくれていました。今はチラシの現物がどこかへ行ってしまったので、その、送ってもらった添付写真をここに掲載します。

 

   

上の段の真ん中の写真に、モミィが写っています。
(3人のうちの一番左側です)


まあ、今年の夏休みはそういうことで、ず~っと塾へ行ってくれるので、妻も「ゆっくりできるわ」と喜んでいます。モミィはよくしゃべる賑やかな子なので、毎日家にいたら、うるさいですものね~(笑)

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


 

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松居一代は気持ち悪い !

2017年07月09日 | ズレズレ草

こうして定期的にブログを書いていると、テレビのワイドショーで興味のある話を見たら、やたらにそれについて「書きたい書きた~い」という衝動が起きます。でもね。このブログのテーマというのは特にありませんが、いちおう「日記」ということなので、毎回ワイドショーネタを続けていると、こいつは毎日、家でテレビばかり見て過ごしているのかと思われてしまいそうです。まあ、別に思われてもいいんですけど、やっぱりいろんな話題をバランスよく提供できたらな~と、僕としては思っているところです。

そう思いながら、ここ数日、書くことを我慢してきた話題があります。でも、どうしても抑えられなくなりました。だから、やっぱり、書きます。今日は日曜日だしね~(日曜は関係ないやろ)。

あの、松居一代さんのことです。

何日か前、寝る前にベッドの中でスマホを見ていると、この女性のユーチューブが出てきました。それを見て、ぎゃぎゃ~んと驚きました。もうご存知の方も多いでしょうから内容は書きませんが、夫、船越英一郎さんの「浮気?」を責めまくり、プライベートなことを次々暴露し、夫を「ヤツ」と言い、およそ考えられないような罵詈雑言を重ね続けています。こんなこと、いくら今は腹が立っていても、ついこの間まで「大好きだった」という夫に向けて、言うかなぁ??? それも芝居がかった抑揚をつけて、思わせぶりたっぷりな言い方で、もう、いやらしいといったらありゃしない。気持悪いわ。


         

ま、当然、ワイドショーにはもってこいのネタで、この松居一代おばさんもそれは百も承知で、自分がこうしてウサを晴らしながら全国の話題になることを計算して次々と刺激的な文言を発しているのだと思います。どういう意味で話題になるのかはわかっていらっしゃらないかも知れないが、やはり、こういう粘着質な性格で、過去にチヤホヤされてきた人間というのは、いつまでたっても目立ちたいのですね~

船越英一郎の父である船越英二は、僕らが子供のころから知っている俳優さんであり、「男はつらいよ」でも名脇役の演技を見せてくれた。その人が、息子と松居一代の結婚には大反対し、一代には最後まで会わなかったという。船越英二が亡くなったとき、松居一代は「やっとくたばったか、クソじじい」と言い放った、と週刊文春に書かれていた。真偽はわからないにしても、あの人だったらいかにも言いそうだというのは、何となく感じます。

ひとつのことを告げる前に、必ず「大変なことが起きたのです」とか「恐怖のノートが見つかったのです」とか、「驚くべき事実がわかりました」とか、思わせぶりで大げさな前置きを付ける。で、よく聞いてみると大変でもないし、恐怖でもないし、驚くべきでもないようなことがそのあとに続く。

聞く人が「え~っ?」と思うような大げさな表現を繰り返し使い、いかに自分が悲劇の主人公かということを訴えようとしている様子は、哀れにも見えます。

なんで船越英一郎がこんな女性を好きになって結婚したのか? 不思議ですが、そこは男女の仲。他人には到底わかりませんよね。

言うまでもありませんが、結婚生活にはいろんなことがあります。それこそ、夫婦でないと知りえないことも少なからずあります。その、夫婦だけしかわからないことを、何から何までネットで暴露するというのは、いったいどういうことなのか? しかも、ブログで夫を「大悪党」と書く。単に節度がないというだけではなく、人間としてどうなのか? と思わざるを得ませんね。

松居一代をウィキペディアで見てみると、
「女優、タレント、投資家、実業家、エッセイスト、大学教授(特任)、ライフスタイル(家事)アドバイザー」
などという多彩な肩書を背負っているようで、資産も100億とか言われていますが、これも秘書に暴言を吐いた「豊田真由子サマ」と同様、いい気になり過ぎていた感がありますね。

連日、テレビで松居一代の画像や映像を目にするたびに、

松居一代の、おんな一代(いちだい)、最後の大芝居!

な~んていう言葉が浮かんだりしています。

まあ、この話題もこの辺までですかね。

森友学園の籠池のおっさんとおばはん同様、
もう、これ以上テレビに出てきて欲しくないですけど。

それとも、まだまだ「松居砲」という空砲を打ち続けるのでしょうか?

 

 

 

 

 

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民主党→民進党→民退党 ?

2017年07月07日 | ニュース・時事

東京都議会議員選挙で自民党が「歴史的大敗」を喫した時、
国民のほとんどが、

「やっぱりなぁ」

と思ったことでしょうね。

「このハゲ~!」と叫んだ女性議員やら、稲田防衛相の失言やら、下村都連会長の闇献金問題なども影響したと言われています。

が、そもそもからして小池都知事が就任の時に、自民党所属の都議会議長のもとにあいさつに訪れた折、議長のおっさんが知事と写真を撮ることを拒んだあのニュースを見て、「自民党はえらそうにしとるなぁ」という印象を都民でない僕も持ったものです。今回の大敗は、小池都政のスタート地点から決まっていたと言ってもいいほどです。

しかしまぁ、自民党が都議選でこれだけ惨敗したというのに、民進党もまた議席数を減らす敗北。普通だったら自民党に逆風が吹くと、民進党あたりが多くの票を集めるはずなのに、いくら都民ファーストの存在があったとはいえ、あそこまで負けるとは情けないですね。

国会では、加計学園問題はじめ、打倒安倍政権に躍起となっている民進党ですが、どうも最近はパッとしませんね。

昨日の新聞にもこんな一コマ漫画が載っていて、思わず笑っちゃいました。



   

 

民進党という名前もねぇ。

今となっては、他の政党との統合があったとはいえ、民主党から党名変更したのがケチの付き始めみたいな気もします。「民主党」のままで良かったんではないかなぁ、と思うのです。


こんなお店も、店名の根拠を失い、さぞ残念がっているでしょう。

           


  


民主党が頑張っていた時代にはウケても、
今となってはシャレにもならん店名です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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厳粛に 厳粛に 厳粛に

2017年07月05日 | ズレズレ草

先日、朝日新聞の「声」の欄に、19歳の女性のこんな投稿がありました。

つき合っている彼がいるのだけれど、彼は2人で道を歩くとき、いつも自分をかばうように車道側を歩く。そして、食事などの代金はすべて支払ってくれる。うれしい気持もある反面、なぜ自分が守られてばかりなのかと思い、彼に見下されているような気持にもなる

というような内容でした。

そして今日の「声」の欄に、その投稿に対しての賛成、反対の両方の意見が掲載されていました。

まあ女性もいろいろ、男性もいろいろですから、この19歳の女性のように感じる人もいるのは特に不思議なことではないかも知れないし、男性が無意識のうちに「男性上位」の思いを抱いていたということがあったのかも知れません。

でも僕は、相手の男性が彼女を見下しているとは思えないんですよね。彼女への愛情や優しさが、そのまま行動に出ているだけ、というように感じるわけです。それはなぜかというと、ま、むずかしい話は別として、自分の若い頃のことを思い出すからです。

   ……………………………………………………………………

僕は大学生の時に今の妻と知り合いました。その時、妻はすでに社会人でした。夜間の速記学校で知り合ったのですが、その帰りに毎日のように喫茶店に寄って遅くまで話し込んだものです。そのときは、ほとんど妻がお金を払ってくれました。そんな時、僕は「守られている」とか「見下されている」な~んて、絶対に思いませんでしたものね(男女があべこべになってますが 笑)。

その後、大学の卒業式直前に結婚式を挙げ、僕は、とある小さな和楽器店に就職しました。しかしすぐに転職を決め、妻の勧めで公務員になろうと思い、6月には和楽器店を退職しました。わずか3ヵ月ほどの就職でした。

そして家でぶらぶらしながらチャンスを待っていたら、7月のある日、新聞の求人欄に小さく「松原市職員募集」というのを見つけました。中途採用の職員募集でした。あの頃は市役所も人手不足だったんでしょうか。

当時僕たちが住んでいた柏原市から、松原市はそう遠くないので受けることにしました。そして8月に合格通知をもらい、その月から松原の市職員としてスタートしたわけです。

で、前職場を6月に辞めてから、8月下旬に市役所に勤め始めるまでの約2か月間、妻は働いていましたが、僕は家で、家事も何もせず、ぶらぶらしていました。つまり養ってもらっていたわけ。

ごく一時期ですが、そんな生活もあったのですが、それでも僕は「なぜ自分は守られなければならないのか」な~んて、むろん考えなかったし、見下されるなんてこと、思いもしていません。第一、妻はそういう人ではなかったですしね。

という経験談なのですが、

なんだか
冒頭の話とはちょっと意味が違ってきていますか?
そうそう。全然別の話になっちゃっているみたいですね~

「あのなぁ、それはあんたの場合、ただのヒモやがな」
という声が、どこからか聞えてきそうです。

そうですね。ヒモでしたね。
ヒモ
う~ん、懐かしい言葉ですねぇ。

それで、ヒモが、
「なぜ自分は守られてばかりなのか? 見下されているのか?」

な~んて疑問を、持つわけありませんわね。

しかしまあ、こう言ってはナンですが、
ヒモの生活も、なかなかええもんでっせ~。

と、どうも品性に欠けるオチでした。
まことに申し訳ございません。
厳粛に、厳粛に、厳粛に受け止めたいと思います。
(ここ、稲田防衛大臣の真似です)

 

 

 

 

 

 

 


 

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目がまぶしくなる原因は?

2017年07月02日 | 心と体と健康と

前回の続きですが

目の前がまっくらになる、とか、
頭の中が真っ白になる、とかは、よく言いますけど、
目の前が真っ白になる、なんて、あまり言わないですよね。

一時的だけど、目にそんな異変が起きたのが木曜日の朝で、その日と翌日の金曜日、眼科へ行こうかどうしようか迷っていました。妻は行った方がいいよ、と勧めてくれたのですが、面倒くさがりの僕なのでグズグズしているうちに金曜日が終わり、土曜日になりました。

すると、朝、ブログにコメントが入っていたので、見るとコバヤシ君でした。至急、眼科受診してください。一刻も早くお願いします」とありました。以前から僕の体を気遣ってくれていたコバヤシ君なので、これでグイと背中を押されました。「やはり行かなければ」という気持ちになり、その日の午前中に眼科へ行きました。

かかりつけの眼科ですが、最近はずいぶんとご無沙汰です。このブログで調べてみると、2014年の1月に「飛蚊症」で行っていました。今から3年半前になりますが、その時にも「2年余りご無沙汰だった」と書いているので、ここ5年半で2回行っただけということになります。

さてその眼科ではまず検査から始まったわけですが、検査の女性に2日前に目がまぶしくなったことを伝えた後、視力検査をはじめ、何通りかの検査をしてもらい、いったん待合に戻り、そのあと、医師に呼ばれて診察室に入りました。その医師からも、機械の中を覗いて、目の玉を上に上げたり、左右に動かしたり、下に下げたりする検査をされて、それからやっと問診に入りました。

「朝起きた時、視界が真っ白でまぶしく、壁の時計の針も見えない状態でした。しばらく目をつぶると元に戻りましたけど、びっくりしましたわ」と、僕。
「それ以降、この2日間は異常はありませんでしたか?」と、医師。
「はい。その時だけでした」

「それは両目でしたか? それとも片方?」
「最初は左目だけだったのが、そのあと両目ともまぶしくなりました」
「なるほどね」
医師は一呼吸置いて、
「検査結果を見てみますと、以前からの白内障はありますが、症状は軽いです。他もいろいろ検査してみたのですが、まあ、視力もそれほど落ちていませんし、眼圧もまずまずで、今のところ特に心配な点はないと思います。ということで、まぶしくなったのは、目が原因ではありませんね」と言った。
目がまぶしくなったのに、目が原因ではないとは。なんで…?

「で、その時に」と医師は続けた。
「頭痛とかは、なかったですか?」との質問。
「いいえ、なかったです」と僕。
「何か、吐き気とか気分が悪くなるということは?」
「ありませんね」
「そうですか。う~ん。まぁ、こういうことも、考えられますが」
と、腕組みをしながら、次のような説明をしてくれた。

だいたい、こんなふうなことだった。

「物を見るのは、目ではなく脳なんですよね。脳が感じ取るのです。それで、脳に支障が起きると、目に異変が起きることがあります。つまり、目の病気でなくても、脳に流れる血流が、何かの拍子に滞ったりして、血の流れが悪くなった時に、たとえば脳の血管が詰まれば脳梗塞になったりしますよね。それはまあ最悪の状態ですが、一時的に血流に異変があったり、動脈硬化のような症状があったりしたときに、目に影響が来ることがあります。つまり、あなたのように、まぶしくなったり、あるいは目の前が暗くなったりすることがあるのです。この種の症状は、なかなか原因は、検査でわかりにくいのですが、念のため、今、心房細動(不整脈)で通われている医院で、頸動脈のエコーの検査をしてもらうことをお勧めします。動脈硬化を起こすと、血管の壁が厚くなったり硬くなったりしますから、もしかすると、そういうことが原因で目がまぶしくなったことも考えられますのでね」

というような話でしたが、細かいところまで正確に記述できているかどうかは、自信はありません。

でも、まあ、目の病気ではなかったので、とりあえず一安心です。いろんなことも教えてもらえたし、お医者へ行ってよかったです。

頸動脈のエコーは、今通っている医院ではなく、以前通っていた総合病院でやってもらったらいいかな、と思ったりしています。

あぁ、それにしても、耳鳴りや心房細動や腰痛には悩まされっぱなしだし、去年の8月に痛めたヒジも、いまだに痛んだりしているし、他にもあちらこちらに違和感を覚えたりしている昨今、また目に変な症状が出たことに関して動脈硬化の検査を薦められたりと、いろいろ、大変ですわ。やはりこれも老化現象なのでしょうか。

やれやれ


いま五木寛之さんの「養生のヒント」という本を読んでいるのですが、五木さんの健康法のひとつは、「大きなため息をつくこと」なんだそうです。

大きなため息をつくことで、人間は悲しみを乗り越えていく。
笑うことも、生きがいを感じることも大切ですが、年を重ねると、プラス思考よりも、悲しんだり、泣いたり、「あ~あ」とため息をつくことで、免疫力が増大し、自然治癒力を高めると信じています、と五木さんは書いています。

そういうことなら、僕も、これから、大きなため息をつきます。

 

 あぁ~あ

ターザンではありませんよ(笑) 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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目が まぶしい

2017年06月30日 | 心と体と健康と

昨日の朝、起きて間もない時のことだった。

なにか、目がおかしい。かすむような感じである。
ま、寝起きには時々こういうことは起きるんだけど。

洗面所へ行き、顔を洗いながら、丹念に目を洗ってみる。そのあと、目薬もさして、そしてまたリビングのテレビを見るのだが、やっぱりいつもより見にくい。

壁の上の方にかかっている時計を見ると、白っぽく光って、時計の針が見えにくい。ためしに手で片目ずつふさいで見てみると、右目では普通に見えるけれど、左目がまぶしかった。

「おかしいなぁ」と思いながらもそのうち治るだろ、と思いつつ、その日はゴミの日だったので、各部屋のゴミを集めて玄関に置き、妻とモミィが朝食中のリビングに戻った。その時、さらに猛烈に目がまぶしくなった。光がまぶしい、というより、光と関係なく、目に入るもの全てがまぶしいのだった。そして、まぶしいのは左目だけでなく、両目ともになっていた。

時計を見ても、丸く光っているだけ。時計の針は見えにくいどころか、まったく見えない。いや、時計自体、ボンヤリとした輪郭しか目に映らない。妻やモミィの顔も、テレビの映像も、まぶしくて見えない。部屋の中全体が、強い光に反射しているようなのだ。どうなってるの?

これはひょっとして重大なことなのかも、と恐怖感が湧いて来た。それをそのまま口に出すと妻が心配するので、ムニャムニャという感じで別の部屋に行った。視界はほぼ真っ白だ。「白内障?」という言葉が、ふと浮かんだ。白内障が一体どんな病気なのか詳しくは知らないが、なにか「まぶしい」ということは聞いたような記憶がある。

数分間、その状態が続いた。

そして、目に疲れを感じ始めたので座り込んで目を閉じた。目を閉じたまま、このまま眠ってしまうのではないかと思うほどかなりの時間、じっとしていた。

何分ぐらい経ったかわからないが、そっと目を開けてみると、まぶしさは消えているように感じた。用心深く周囲を見渡す。あぁ。見える。普通に見える。あの太陽光に反射したような白い景色は消え、少しはかすむけれど、まあまあいつも通りには見えている。

あぁ、よかった。
ホッと胸をなでおろした。

それが昨日の朝のことだった。そのあと、丸一日経った今朝も、普通に見える。もう心配はなくなったのだろうと思いたい。それにしても、こんなふうな、わが人生で初めての異常事態に直面すると、ホントにうろたえますね。一体あれは何だったのだろう、と今から思えば不思議で仕方がありません。

僕には境界型の糖尿病もあることだし、以前から「眼圧の検査は定期的に受けた方がいいですよ」と言われていたので、もう4、5年ほど行っていない眼科へ行ってみた方がいいのかな、と思っている。もともと医者へ行くのは大嫌いなので、そう分かっていても、なかなか重い腰は上げられないんですけど。

 

 

 

 

 

 

 


 

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仰天の14歳・藤井聡太クン フィーバー加熱

2017年06月28日 | ニュース・時事

僕は将棋のことはよく知りませんが

14歳の中学3年生で将棋のプロ棋士・藤井聡太クン。
今、日本で最も注目されている人。すごい人気です。
昨日の新聞には、一般紙からスポーツ紙まで、
1面に藤井クンの写真と記事がデカデカと。


 


何しろ将棋界で前人未到の29連勝の新記録ですからね~
マスコミが騒ぐのも当然でしょうね。しかもまだ中学生。
最近は一戦一戦、対局の場所に大勢マスコミが押しかけ、
バシャバシャとフラッシュを光らせたりしていますけど、
戦っている2人は集中力が保てるのか?と気になります。
でも、藤井クンは慣れてしまってますから大丈夫でしょ。
それより相手の棋士の人が、慣れない異様な空気の中で、
普段通りの力が発揮できないこともあるかも知れません。
加熱報道に巻き込まれて、思考力も微妙に狂ったりして。

それにしても、14歳の少年相手に次々敗れていく棋士たちは、
ちょっと不甲斐ないんじゃないの、という気がしなくもない。

でもまあ、いずれにしても藤井クンはすごい。
こういうのを「彗星のごとく現れる」というのでしょう。
「天才」という言葉が、これほど当てはまる人も珍しい。
風貌も、下手なタレントのような自己主張顔が全くない。
ちょっと憂いをおびながら、生真面目な性格が見える。
なかなか、絵になる顔である。これも人気の秘密かな。

さて、29連勝を達成した藤井クンはチョー有名になり

CM出演のオファーが将棋連盟に殺到しているそうだ。
対局中の食事やおやつなどに関連した食品業界が主で、
「これが藤井クンが対局中に食べたチョコです」とか、
「これが藤井クンも食べている炒飯です」な~んてね。

また、学習塾やIT業界も興味を示しているというし、
複数の芸能事務所も関心を示している、との話もある。

「大志」と書かれた扇子にもすごい高値が付いている。

自らの将棋人生を語る本を出版する企画もあるそうだし、
地元・愛知県瀬戸市では巨大な垂れ幕で藤井クンを称え、
安倍総理大臣も、会見の中で藤井クンの偉業を称賛した。

対局を生で見られる「将棋チャンネル」の加入が急増。
普段めったに売れない将棋盤が飛ぶように売れている。
子どもの「将来なりたい職業」に「棋士」が急増した。
藤井クンがいつも持っている英国製リュックが大人気。

などなど。
「藤井聡太フィーバー」は加熱する一方です。

次は4日後、7月2日(日)に、
22歳の佐々木勇気五段と戦い、
30連勝の大台を目指します。

ここで藤井クンが負けてしまったら、
過熱報道はこの先少しはマシになるんでしょうけど、
やはり今後も根強い人気を保ち続けるのでしょうね。

佐々木五段にも、先輩の意地にかけて頑張ってほしいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

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明石家さんまの一言に大爆笑

2017年06月27日 | ズレズレ草

昨日の夜7時半からのNHKテレビ「第2回明石家紅白!」という番組がとても面白かった。明石家さんまのトークが相変わらず冴えてますね~

山口百恵の長男・三浦祐太朗が、母のヒット曲『プレイバック Part 2』を、横で作曲者の宇崎竜童が弾くギター伴奏で歌う場面もありました。

歌のほぼ最後の方で、
「♪ 坊や いったい何を教わってきたの~」
と歌うところがありますが、それを百恵ちゃんの息子が歌ったものだから、
さんまが、
「坊や…って、お前が『坊や』やないかい!」
と突っ込むところなど、大笑いした。


その明石家さんまが、若いころ、スポーツクラブへ通った一時期があったという。そこは森高千里が通っていたところで、さんまは「森高さんのファンやったから、そのクラブで偶然に会うことを楽しみに入会しましてん」と言っていた。

と、そこまでは、よかった。しかしそのあと、

「そのスポーツクラブを、ボクは強制的に退会させられましてん」
と言ったのだ。何があったのか? なぜ強制的に退会させられたのか?

…と、同じくスポーツクラブに通う僕は、実際、他の人に対する迷惑行為が多い会員が辞めさせられた例をいくつか知っているだけに、ここは興味津々だった。

そしてさんまが発した言葉に、お腹をかかえて笑い転げてしまったのです。

「なんで辞めさせられたかと言うたらな…」と、さんま。
「プールの中をおばちゃんらが歩いてはるやろ」と続ける。

そうです。僕も週に4日ほどプールで泳いでますが、泳いでいる人よりも、隣のレーンで「水中歩行」している人のほうが圧倒的に多く、それも大半が70歳を過ぎた女性たちなのです。黙々と歩いている人、おしゃべりをしながら歩いている人など、いろいろですが。

さんまは、年配の人たちがプールを歩いているのを見て、

「みんなここで『三途の川』を渡る練習をしてはるんやな~」

と、大きな声で叫んでしまったそうなのだ。

そのひとことで、さんまはスポーツクラブを退会させられたとのこと。

実際の話かどうか分かりませんけどね。

僕は今日もプールへ行って泳ぐつもりです。
でも

プールを歩いているおばさんたちを見ても、
決してその話を思い出してはなりません。
ブーっと吹き出してしまいそうですから。

そして、誰かにそれを話すのもダメです。
話はすぐに尾ひれ付きで広がりますので。

クラブを追放されたくありませんしね~

それにしても、さんまは面白い。
面白すぎるわ。

 

 

 

 

 

 

 


 

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ブログのタイトルで四苦八苦   ~「僕のほそ道」へ至る道~

2017年06月24日 | 日常のいろいろなこと

初めてブログなるものに手を染めたのは2005(平成17)年の7月でした。
もう12年前のことになります。

ブログを開設するに当たって、何よりもまず最初にタイトルを決めなければなりませんよね。そこで考えたのが、何かをもじったタイトルでいってみよう、ということでした。あの時はいろいろと考えたものです。

まず、四字熟語を思い浮かべて、「空前絶後」をもじった「空言舌語」というのを考えてみた。うむ、なかなか面白いじゃん、と自画自賛。念のためネットで検索してみたら、同じ題名のブログがすでにいくつかあった。へぇぇ、同じようなことを考える人たちがいるんだ、と感心し、そのタイトルはあきらめた。

次に古典文学をもじってみた。

「平家物語」をもじった「平気物語」はどうだ、と検索してみると、これも使っている人が数多くいた。ふーむ、みんな考えることは一緒かぁ、とこれまた感心して次にチャレンジ。もっと人の思いつかないようなものを考えなくっちゃ。

しかし人の思いつかないものを考え出すというのは至難の技だった。「徒然草」にひっかけた「常々草」はみんな使っていたし、まさかなぁと思った「ズレズレ草」もいくつかあった。「十六夜日記」をもじった「いざ酔い日記」など、数え切れないほど使われていた。う~ん、みんな、手ごわいぞ~。

さらに頭をヒネる。
「土佐日記」にヒントを得て、「ドサ日記」。これは、どうだ!
しかし、あったんですねぇ、これも。

「枕草子」をもじって「枕のそうじ」。
まさかこれは、ないだろ!
いいえ、ありました。

僕はこれら自分の発想をひとつずつYahoo検索で確認していったのだが、そのすべてがブログのタイトルとして使われていたのではなく、それ以外で使われている場合もあったのだけど、それにしても、これでもか、これでもかと次々繰り出す珍タイトルは、すべて検索で出てきたのである。やはり、世間は広い。これを思いつくのは自分だけ、という認識が甘かったのである。

それでも僕はあきらめずに考え続けた。

川端康成「伊豆の踊り子」からの連想で、当時人気のあったお笑いコンビにひっかけて「伊豆のココリコ」っていうのが浮かんだ。が、調べてみたら、こんなものですら先客がいたので、僕は腰を抜かしそうになった。誰が考えるんだろうね、こんなアホなこと。ま、僕も考えたけど…。

太宰治「走れメロス」を「恥知れメロス」にアレンジしても、すでに使っている人がいる。くぅぅ。どんな人や!

最後に映画の題名をもじろうと思いついて、そのころ話題になっていた「ラストサムライ」という映画。これをもじって、
「ラスト寒ない?」をヒネり出した。これでどうだ~
う~ん。信じられないことに、これもね、1件出てきました。
もう脱帽でした。

結局、もともと好きだった芭蕉の「奥のほそ道」にひっかけた「僕のほそ道」というタイトルに決めたのですが、どうせこのタイトルもすでに使っている人が沢山いるんだろうと思い、検索もしませんでした(笑)。

今、テレビで「酒のほそ道」という番組をやっていますが、昔から「ナントカのほそ道」というのはよくありますよね。でもね、そんなこと考えていたらキリがないので、まあそんなことはどうでもいいや、という開き直りで、あ~でもない、こ~でもないと思い迷っていたタイトル思案に終止符を打ったわけです。

あれから12年が経ちました。
そのブログを開設した3か月後にモミィが誕生しました。

最初のブログは2年ほど続けましたが、2007(平成19)年の8月に不整脈(心房細動)のカテーテル手術が失敗に終わり、さらに1か月後には耳鳴りが発症して、心身ともに落ち込んでしまいました。それで最初のブログはやめましたが、同じ年の12月、いつかまたいい日が来るだろうという願いを込めて、「日はまた昇る~のん日記~」というタイトルのブログを始めました。それがこのブログです。途中でタイトルを「僕のほそ道」に変えましたが、ほぼ10年が経ちました。早いですよね~

このブログの編集画面を見ると、昨日「ブログ開設から3500日」という表示がありました。そして記事の総件数は1383件なんだそうです。たいしたことも書いていませんけど、しかし件数だけはこれだけ積み重ねてきたことを思うと、これぞまさしく「空言舌語」ということになりますね。

やっぱり、このタイトルにしておけばよかったのかも(笑)

 

 

 

 

 

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生ビール飲み放題 3時間半

2017年06月23日 | 日常のいろいろなこと

先日のお昼に、妻と妻の姉と3人でホテル阪神のバイキング料理へ行った。ホテルの場所はJR大阪駅から環状線で1駅の福島駅の前。レストラン名はマルシェダイニング 「ネン」というところだ。

義姉が開店時間である11時半に予約を入れておいてくれたので、その15分ほど前にホテルの2階にあるレストランに着き、ベンチに腰掛けて開店を待った。僕たちはここへ来るのは初めてだったが、人気の店らしく、かなりの人たちが周囲で時間待ちをしていた。

平日ということもあり、たいていは女性のグループだったが、中に一人で来ていた女性がいて、義姉に写真を撮ってくださいと頼んだようだ。義姉はそういうのは苦手なので僕に「写真を撮ってあげて」とこちらへ振る。僕は「あ、いいですよ」と腰を上げ、その30代くらいの女性からスマホを受け取り、写真を撮ってあげた。女性はレストランのドアの前で、ニコッと笑い、Vサインでポーズを取ったり、「もう1枚撮りましょうか」と言うと、今度はお店を右手の指で差し、左手で自分の頬を差し、身体を斜めに曲げ、満面の笑顔てポーズを取った。思わずこちらが引いてしまうような派手な動きである。
今どきの若い女性って、物怖じしないんですね~

そうこうしているうちにレストランのドアが開き、店の人が出てきて予約している人の名前を呼び始めた。僕たちは5番目くらいに呼ばれて中に案内された。

席に着くと、男性のスタッフがやってきて、「初めてのご利用ということで、誠にありがとうございます」と、とても丁寧な物腰で挨拶。さすがにホテルのレストランは従業員の所作からして違うなぁ、と感心する。

そしてレストラン内の説明を一通り終えた後、「アルコールドリンクは飲み放題もございますが」と言ったので、もちろん僕はすぐに反応し「あ、じゃぁその飲み放題を1人分お願いします」と頼んだ。するとそのあと、男性は「ではごゆっくり。お時間は3時までありますので」と言った。「えっ?」と僕は耳を疑った。「3時までですか?」と念を押した。普通、バイキングは90分と相場が決まっているものだし、ここのHPでも90分と書かれてある。それが3時までとは。つまり3時間半もある。「はい、3時までです」とその男性。

「へぇ、3時までOKなんですか」と僕はつぶやくように男性に向かって言い、「でも、飲み放題は90分ですよね」と確認したら、なんと「いえ、飲み放題も3時まで大丈夫でございます」という返事が返ってきたのである。

げげげ~っ。3時間半、飲み放題!

僕がびっくりしたような顔をしたからか、スタッフの男性は柔らかな表情で、
「はい。そうです」と返事した後、小さな声で、
「へべれけになってください」とちょっと笑いながら言った。

そう言ってきちっとお辞儀をし、テーブルから離れて行ったのである。
なんとも洒落た男性だった。

義姉とは1、2か月に1度、梅田界隈のバイキングへ行くのだが、これまでいくつものレストランへ行って、僕はその都度、義姉に勧められるまま、生ビールの飲み放題を注文した。むろん、どこの店でも90分である。それが

11時半から3時までとは、びっくりした。

結局、ここには1時半ごろまでいた。つまり2時間いた(さすがに3時間半は無理だ~)。その間、僕は肉や魚や野菜をつまみながら、どれだけ生ビールを飲んだことだろう。セルフサービスで、自分でジョッキーを持って入れに行くんだけど、5杯目ぐらいまでは数えていたものの、もうそのあとは数えていない。だいぶ飲みましたね~

で、「へべれけ」になったのかって?

いいえ、そうはならなかったですね。
ビールだけなら、僕はそれほど酔わないのです。
(他の酒とチャンポンをすると危ないですがえへへ)。

まぁ「へべれけ」にならず、スタッフの男性の “ご要望” に応えられなかったのは残念でしたけど(笑)

 

 

 

 

 

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キムタクが追突事故

2017年06月21日 | ニュース・時事

元SMAPのキムタクこと木村拓哉が、昨日の夕方、東京都内で乗用車を運転中、信号待ちをしていた男性のバイクに追突する事故を起こしたという。前日に元SMAPの3人がジャニーズ事務所を出るという騒ぎがスポーツ紙などに大きく報じられたばかりなのに、またSMAPの、それもキムタクかいな? と、第一報を聞いた時は少し驚いた。

事故は、バイクの前にいた車も巻き込む玉突き事故となったそうだが、怪我人はなく、事故後キムタクはすぐに警察に通報して対応に当たったそうだ。同乗者はおらず(妻以外の女性なんかが助手席にいたら、えらいこっちゃ)、飲酒などもなかったので、まあ事故としては軽く済んでよかったですね。

タクシーにぶつかって運転手に怪我を負わせて逃走したノンスタ井上の事件は記憶に新しいところですが、同じSMAPの稲垣吾郎が、十何年か前、車のトラブルから婦人警官にけがを負わせて、道路交通法違反と公務執行妨害で逮捕されたような事件からみると、今回はそういう悪質性はないものね。

で、なぜあの冷静そうなキムタクがそんな追突事故を起こしたのかと思ったが、ニュースによると、その時は赤信号で、前のバイクや車が信号待ちで停車していた。その道は坂道(下り坂)だった。そこへキムタクの車が来て、いったんは停車した。しかし「考え事をしていてブレーキが足から離れてしまった」とのことで、クルマがす~っと前に進んで、バイクに追突し、そのはずみでバイクが前の車に当たった、ということだったようだ。

運転中に何かに気を取られると、ふとそんな不注意な事故を起こしがちである。

僕自身も、これとよく似た事故を起こしたことがあった。
むかしむかしそのむかし。車を運転していた頃の話です。

僕は妻を乗せて、大阪から京都に向かっていた。
京都府に入り、宇治に近いところで信号が赤になった。
この信号待ちの道路は上り坂だった。
僕はブレーキを踏み、停車した。
「さて、このあたりで右折するはずだったが
と僕は手元の地図を広げてみた。そのとき、である。

隣に座っていた妻が、
「あっ、車が下がってる」と言った。
「えぇ? 下がってる?」と僕が聞き返すと同時に、
ガチャン!
と音がして、背中に衝撃を感じた。
「なんだ、なんだ」と後ろを向くと…、
僕の車は、後方の車にぶつかっていた。
地図に気を取られて、ブレーキから足を離してしまったのだ。

上り坂だったので僕の車はスーッとバックして、
後ろの車に当たってしまったというわけ。

その車から降りてきた年配の男性は、僕を見て、
「あの~、あなたねぇ…免許証、持っているの?」
と、呆れ表情で言った。面目ないことですわ。

当たり前のことですが、運転中は考え事をしたり、
他のことに気を取られたりしてはダメということね。

僕はだいたい注意力散漫なので車の運転には向かない。
この事故でそういうことをはっきりと自覚しました。
そのあと、少し経ってから運転するのは辞め、
それ以来ずっとペーパードライバーの状態。

そして今は免許証も返上し、「運転経歴証明書」を持つ身である。

車の運転というのは怖いですよね。
一瞬で人生が変わってしまうこともありますし。

あのキムタクでもこういう過失があるんだから、
皆さん、運転にはくれぐれも注意しましょう。
と、えらそうなことを言ってます)。

 

 

 

 

 

 


 

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