悪貨は良貨を駆逐する

2016-12-07 09:30:14 | 雑記

昨日のブログの一番最後に、
「悪貨は良貨を駆逐する」という成句を使いました。
ふと頭に浮かんだままに、これを使ったわけですが、
考えてみると、こういう言葉を使うのは初めてでした。
(このブログの記事も、今日で1296回目ですけど…)
念のため、画面右下のほうにある「検索」で調べても、
昨日のほかは、一度も出てこない言葉でした。

それだけなら、それでおしまい…という話ですが。

それが昨日の朝の7時25分にアップした記事でしたが、
その約1時間後、「羽鳥慎一モーニングショー」で、
コメンテーターとして出演していた青木理(おさむ)氏が…

インターネットの医療情報に関して、医師の資格も何もない素人たちが、
ネット記事を寄せ集めて加工し、間違った情報を伝えていることに触れて、
「こういう記事を鵜吞みにしては大変危険です」と警告を発しつつ、
「ネットではこういうふうに『悪貨は良貨を駆逐する』わけで…」
と述べたのでした。

テレビのコメントでも、この言葉はめったに聞かないけれど、
自分がブログで書いたばかりの言葉が、テレビで発せられると、
何だか妙な気持ちになってくるものですね。

しかしその時に、改めて思ったのですが、
この番組で話題になったネット情報でも、
検索の上位に来ている情報ほどガセネタが多いそうだし、
テレビ番組にしても、お笑い芸人がキャッキャと騒ぐだけ…
…という中味のないものが、どんどん増えてくるし、
(それをまた、僕も見ていたりするんですが…)
いい加減なものが、ただ目立つというだけで大衆に受け入れられ、
真面目なものほど端に追いやられる風潮になってきていますね。

その他の世界でも、地味で真面目な努力家より、
目立つ人のほうが成功する率が高いんだろうし。

そんなことを思うと、今の世の中、まさに
悪貨が良貨を駆逐する時代…と言えるのでは?

…と、エラそうに、ぶつぶつと、つぶやいている僕です。

 

 

 

 

 

 

 

 

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餅つき禁止令…?

2016-12-06 07:25:28 | 雑記

つい先日の話だけど…
一部の自治体で、年末年始の風物詩の「餅つき行事」を禁じる、
…という信じられないような話を聞いた。理由は食中毒だった。

「餅つき」は、手に触れる工程が多いため、
餅に菌やウイルスがつきやすく、注意が必要です。
餅つきでノロウイルスなどを原因とする食中毒が全国で起こっています。

という解説がついていた。

しかし、何も餅つき自体をやめてしまうこともないだろう、と思う。
手洗いやマスク着用等で万全の予防をして、実施すればいいのでは。
それと、生のままではなく、そのお餅を調理して食べればいいのだ。

それよりも、あの「大食い大会」や「早食い大会」のほうが問題だろう。
一部で「わんこそば」の早食いという「伝統的行事」はあるものの、
最近は、無闇やたらと食べまくるTV番組などが多くて閉口する。
TV番組と関係なくても、全国各地でそんな催しが行われている。
あんなことをして、何が楽しいのか(ぶつぶつ…)

11月中旬に、滋賀県のJA(農協)が開いたフェスティバルで、
「おにぎり早食い競争」というのが行われ、
それに出場した28歳の男性が、のどにおにぎりを詰まらせて、
救急搬送され、意識不明のまま3日後に死亡した、という。

こういうことが実際に起きたのだから、これに懲りて、
「早食い」とか「大食い」の大会は自粛するように…
という空気が全国に広がっても不思議ではないと思うのだが、
その「事故」が起きた直後にも、「大食い選手権」
などという番組が新聞のTV欄に載っていた。

なのに「餅つき」のほうは禁止令を出す自治体まで現れた。
餅つきをなくそうというより、こちらをなくせ…と言いたい。

餅つきをする地域が徐々に減少していって、
逆に
大食い、早食い大会がどんどん増えていくと、
それこそ、「悪貨は良貨を駆逐する」
を地で行く話になってしまいそうで…。

 

 

 

 

 

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JR・留萌~増毛間が廃線に

2016-12-05 07:55:28 | 映画の話やTVの話など…

昨日のセレッソ大阪と岡山との1昇格プレーオフ。
後半7分にコーナーキックから取った1点を守り抜き、
セレッソ大阪が3年ぶりに1に返り咲きを果たした。

長男は長居のスタジアムへ足を運んでいた。
僕はいつものようにテレビ観戦である。

試合直前、長男にメールを送ると、
「今は試合前、ビールを飲んでいます。
 雨は少しきつくなってきました」
という返信が来たので、僕も、
テレビの前でビールを飲み始めた。
(何のこっちゃ?)
…そのビールが結局、勝利の美酒となりました(笑)。


さて、話はコロッと変わりますが…

北海道の日本海沿岸を走るJR留萌(るもい)線の、
留萌~増毛(ましけ)間が、昨日を最後に廃線となった。

増毛駅で鉄道ファンたちが最終列車にライトを振っているシーンを、
今朝のテレビのニュースで見られた方も多かっただろうと思う。
そして、この増毛駅は、高倉健さんの映画「駅」の舞台だったことも、
しきりに報じられていたので、これもご存知の方も多かっただろう。

去年の11月、高倉健さんが亡くなられたときのブログ 

http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/139d8e99fb8473641bc8dd891558a8dd

ここで、
健さんの映画では「駅」が一番好きだった…と書いた。

健さん扮する警察官の英次は、雄冬というところが実家である。
お正月などに帰省する時は、札幌から増毛まで列車で移動し、
増毛港から連絡船に乗って雄冬に戻る。
海が荒れていると欠航となり、戻れない。

ある時、増毛まで戻ったが、海が荒れて船が出ないので、
英次は仕方なく増毛の居酒屋に立ち寄って時間をつぶす。
その居酒屋を女手一つで切り盛りしていたのが、
倍賞千恵子扮する桐子だった。

ここから桐子との付き合いが始まり、
2人は留萌へ行き、映画を見たあと、結ばれる。

前回のブログでも書いたけれど、
居酒屋のカウンターで2人きり、無言で肩を寄せ合い、
紅白歌合戦を黙々と見続けるシーンは、何度見てもいい。
(テレビから流れてくる八代亜紀の「舟歌」がまた最高!)


  
  

そんな物語だから、増毛とか留萌とかの地名を聞くと、
いやが上にもこの映画のことを思ってしまうのである。
手元にDVDがあるので、近いうち、また見てみたい。
もう、これまで、10回近く見ている映画ですけど…。


 

 

 

 

 

 

 

 

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セレッソ大阪 J1昇格なるか!

2016-12-04 07:45:06 | スポーツの話題

僕は昔からスポーツ観戦大好き人間だった。
野球は巨人に、相撲は貴乃花に入れ込んだ時代が懐かしい。

ま、一番ワクワクしたのはマラソン中継でしたけど…。

それにしても、

今の巨人には、かつての魅力を感じなくなったし、
相撲と言えばモンゴルばかりで面白くもなんともない。
わが大阪の豪栄道の綱取りで久々に期待した九州場所も、
結局、9勝6敗という冴えない成績で、横綱はオジャンに。

そんな中で、今はサッカーが、見応えがあっていい。
W杯予選の日本代表の試合はもちろん欠かさず見るが、
リーグも、なかなか面白い。特に今の時期は。

昨日、チャンピオンシップ決勝の第2戦が埼玉で行われた。
浦和はリーグ年間1位。一方鹿島は年間3位。
まず、鹿島は年間2位の川崎と戦って1対0で勝利した。
そして浦和に挑戦した決勝第1戦は1対0で負けてしまった。
これで、鹿島は圧倒的に不利な立場に追いやられた。
昨日の試合は、引き分けでももちろんダメなのだが、
もし鹿島が1対0で勝っても、合計スコアで浦和が優勝だ。
つまり2点以上取って勝たなければ、鹿島は優勝できない。
しかも、戦うのは、浦和の本拠地の埼玉スタジアムである。

それが昨日、浦和に先制されながら、1対1の同点に追いつき、
しかも後半の34分には、PKを奪ってついに逆転に成功!
見事2対1の勝利で、チャンピオンシップを制覇したのだ。

いや~、手に汗握る試合でした。
鹿島アントラーズは、リーグが誕生したころ、
ジーコがいて、秋田がいて、相馬がいて…と、
僕の好きだった選手が多く、懐かしのチームだった。
(今も、小笠原選手のファンですしね)

浦和ファンの方には申し訳ないが、鹿島が勝ってよかった。
昨日の試合結果に、拍手喝采を送りたいです。

しかし…。
それよりさらに楽しみなサッカーの試合が、今日、行われる。

昇格するためのプレーオフが、
大阪長居のキンチョウスタジアムで行われるのだ。

セレッソ大阪対ファジアーノ岡山の対戦である。
セレッソは、リーグの「二軍」である2に落ちているが、
今日の大一番に勝つと、3季ぶりに1に復帰する。
それはもう、大事な、大事な一戦なのである。
むろん岡山にとっても初の昇格を目指し、必死だろう。

2では、年間1位と2位のチームは自動的に1に昇格し、
3位から6位までの4チームで、最後の1ワクを争う。
4位だったセレッソは、先日、5位の京都と戦った。
ホームの長居での戦いで、結果は引き分けだったが、
元々の順位が上なので、決勝に進んだ。
もう一つは、3位の松本と6位の岡山だった。
予想に反して岡山が大健闘、3位の松本を破った。
その「おかげ」で、決勝のセレッソと岡山戦は、
セレッソのホーム・キンチョースタジアムで行われ、
しかも、引き分けでも昇格が決定することとなった。

ただ、ホームの試合でしかも引き分けでも昇格、
…と言っても、昨日の浦和の例もあることだし、
決して楽観できるものではない。

死力を尽くして、1昇格を果たしてほしい。

セレッソ大阪の熱狂的ファンである長男は、
すべての試合に競技場へ出かけて応援しているのだが、
今回も、3位の松本が6位の岡山に勝つと思っていたので、
自分もセレッソを追っかけて松本へ行く準備をしていたという。
「ちょっと拍子抜けしたわ」と笑っていた。

きょう、午後3時半からテレビ中継(BS)もされる。
勝つと負けるとは天国と地獄。

どうか、どうか、残念な結末になりませんように!


 

 

 

 

 

 

 

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いざ、大阪城へ

2016-12-01 06:38:17 | 日常のいろいろなこと

今日から12月ですね。
もう口癖になってしまいましたが、早いですねぇ。
最近特に、月日は実に驚くべき速さで過ぎていきます。
今年も、あっという間に1年の最後の月となりました。

そして、NHK大河ドラマ「真田丸」も大詰めに。
あの徳川家康の、なんとも憎たらしいこと…。
内野聖陽さんの演技、メチャうま過ぎです。

モミィもこのドラマをずっと楽しんで見ています。
しかし時々、突拍子もない質問をするので、困ります。

その一例が…
ドラマの中で、殿様の「側室」という女性が出てきますね。
これがモミィには不可解らしく「この人、何?」と聞きます。
たとえば、秀吉に寧々という妻がいるのに、茶々の存在がある。
信繁(幸村)にも、兄信幸(信之)にも、
むろん、この時代だから、側室がいる。

モミィには、お嫁さんらしき女性が何人もいる…
というのが、不思議でならない。

「昔はねぇ、奥さんと、また別の女の人がいてはったんや」
と、僕は、自分でも何を言っているのかわからないことをウダウダ言う。
するとモミィは、
「それやったら『ふりん』やんか。『ふりん』は、あかんねんで!」

やれやれ…
モミィももう11歳だからね。
「不倫」という言葉も知ってるんだ。

「え~っと、不倫とは、また違うわけで…」と僕は言いかけるが、
こんなこと、いくら言ってもモミィにはわからないだろうから、
もう、返事はせず、知らんぷりを決め込むのである。
往生しまっせ~

 ………………………………………………………………

そんなことで、11月23日の祭日に、モミィを連れて3人で、
「真田丸紀行」に出かけた。
最初に大阪城へ行き、天守閣に登ったあと、
そこから歩いて真田山にある真田丸顕彰碑や、
幸村のお墓のある心眼寺、大阪城への「抜穴」が
あると伝えられている三光神社など、ゆかりの地をめぐった。

大阪城以外は、少し前にひとりで歩いたのと同じコースである。

それにしても、大阪城には大勢の人が来ていた。
普段から外国人観光客で賑わっている所だけど、
今は「真田丸」のブームで、日本人も押し寄せる。
その分、余計に観光客が増えているようである。

僕は、大阪城にはよく行くけれど、城内に入って、
天守閣まで登ったのは2回か3回くらいだと思う。

今回はモミィがお城の中に入りたいというので、
何十年ぶりがわからないほど久しぶりに入城した。


  

料金は大人がひとり600円で、中学生以下は無料。
チケット売り場にはズラ~ッとお客さんが並んでいた。
チケットを買い、中に入ろうとしたが、長蛇の列である。
エレベーターに乗るために並んでいる人たちの列だった。
その右側に狭いスペースがあった。こちらは階段用である。
階段で上がる人はほとんどいないのか、誰も並んでおらず、
ずらりと並んでいる人たちの横をスイスイ通り抜けて階段へ。

2階、3階…と、狭くて急な登り専用の階段を上って行く。
何階まであるのかというと、8階まである(しんど~い)。
だから階段を上がっている人は、ほとんどいない。しかし…
下り専用の階段を下りる人たちはぎっしりと列を作っている。
つまり、みんな、エレベーターで最上階まで上がり、
そこから階段を下りながら、各階を巡るのだろう。

大阪城の各階は、ここに詳しく載っています。
http://www.osakacastle.net/exhibition

回廊になった展望台から見た景色は、なかなかのものであった。

ところで、僕が撮った写真は、帰宅後パソコンに移したはずが、
何を寝ぼけていたのか、間違って全部消去してしまった。
だから、ここで撮った写真をご紹介できないのが残念だ。

やむを得ず、ネットの写真を拝借しました 

 

 
 これらの写真は新緑の季節のものですよね。
 僕たちが行った今回は、木々が赤く染まっていました。

さて、展望台から階段を1階ずつ下りて行った。
それぞれの階に、いろんな展示品が飾られているが、
何しろ人が多いので、じっくり見て回ることはできない。
まぁ、モミィが雰囲気を感じ取ってくれたらいいので、
あまり詳しく眺めたりすることなく、巡回する程度。

この大阪城は、外観はむろん立派なお城であるけれど、
その中は、展示場という感じで、お城の頃の面影はない。

言わばお城の形をした鉄筋コンクリートのビルと言ってもいい。

その点、以前に入った高知城は、
城内も「いかにも、お城」という感じだったなぁ。

大阪城は観光客も多いし、中は完全に展示場だもんね。
ある階では、「試着体験」というコーナーがあり、

秀吉や幸村や後藤又兵衛の兜を身に着けて、
写真を撮ってもらっている人たちもいた。

とにもかくにも、人が多すぎましたね~

あ、そうそう。
お城の裏側(北側)に、淀殿や秀頼らが、
ここで自害したということを示す碑があります。
その写真も、ネットから借りて載せます。

 

碑面には「豊臣秀頼 淀殿ら自刃の地」と刻まれていて、
豊臣秀頼とその母・淀殿および臣下の武将や侍女たち30余名が、
大坂夏の陣で自決した場所だとされています。
 

 ………………………………………………………………

この日、モミィに、もう一台のデジカメを持たせていました。
モミィが撮った写真は、少しですが、無事に残っていました。 
最後にそれを掲載しまして、おしまい! としま~す。

          

 
  紅葉を楽しみに大阪城公園に入ったら、
  紅葉ではなく、イチョウが全開でした。

 

 
  大阪城をパチリ。
  
右端に写っている「黄色い男」は僕です。

 

 

 

 

 

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和田アキ子「紅白」落選 あの鐘を鳴らすのはどなた?

2016-11-28 07:54:20 | 映画の話やTVの話など…

今日もまた芸能ネタですけど。

紅白歌合戦の出演者が発表されたとき、
最も騒がれたのが和田アキ子の落選だった。
過去39回出場し、今年が40回の記念すべき紅白…
であったはずが、どういうわけか落選してしまった。
これがマスコミを大いに騒がすことになったのである。

和田アキ子といえば、昭和44年の僕の自転車旅行のとき、
北海道・襟裳岬に向かって「黄金道路」を走っている途中、
前も見えないほど、ものすごい雨に遭ったことがある。
びしょ濡れになり、たまらず道端にあった小屋に入った。
目の前の豪雨を眺めながら、携帯ラジオを聴いたら、
当時、まだデビュー間もない19歳だった和田アキ子の
「どしゃぶりの雨の中で」という歌が流れてきた…。

和田アキ子とは、それ以来のおつき合い(?)である。
(実に…今から47年も前の話です)

その時の様子を書いたブログです。
記事の最後の方に、その話が出てきます。
http://d.hatena.ne.jp/domani07/20070811

さて、その和田アキ子がなぜ落選したのか、と話題になっている。

僕は和田アキ子がそれほど歌がうまいとは思わないし、ヒット曲も少ない。
歌よりも、存在感というか、ムードメーカーとしての人気が高いのだろう。
むしろ、過去39回も出場してきたことのほうが驚きであると言ってもいい。

しかし、それだけの過去を持っていることは事実であり、
紅白歌合戦の歴史に残る歌手であることは疑う余地がない。
本人が卒業宣言したわけでもなく、今回も意欲満々だったろう。

それが落選とは…
「新旧交代」の一環ということだったんでしょうか。

その報を受けた和田アキ子のコメントが報じられているが、
総体的に当たりさわりのないおとなしいコメントであった。
しかし内心は「こんちくしょうめ!」と思っているだろう。
ああいう感じのお方ですからね。

ところで、
日曜のお昼に「アッコにおまかせ」という番組がある。
時事ニュースの話題などを織り込んだ生放送の番組だ。
家にいる時は、お昼ご飯を食べながらこの番組を見ることが多い。

昨日の日曜日はず~っと雨だったこともあり、家にいたので、
「この番組で和田アキ子は、どんなことを言うのだろう?」
…と興味津々でテレビをつけたのだった。

しかし、なんとまぁ…
女子駅伝の中継のため「アッコにおまかせ」はお休み。

なんだ、それは?
…と、気が抜けてしまった。

仕方なく、NHK総合の「のど自慢」に変えた。
秋田県大仙市というところからの生中継だった。
地元の老若男女の皆さんが自慢ののどを披露する。
そのなかで、鐘が乱打された出演者は8人だった。
8人のうちの1人が、今週のチャンピオンになる。

そしてそのチャンピオンに選ばれたのが…
「あの鐘を鳴らすのはあなた」を歌った男性だった。

この歌、言うまでもなく和田アキ子のヒット曲で、
紅白でも何度もこれを歌っているのは周知の通りだ。

僕が聴いていた限りでは、他にも上手な人がかなりいた。
「あの鐘…」が決して抜きん出ていたわけではない。

この「のど自慢」は誰が審査しているのだろうか?
鐘ふたつとか、乱打とか…ねぇ。一緒に見ていたモミィは、
「あの鐘を鳴らしてるおっちゃんと違うん?」と言うけど。
まさかねぇ…。審査員は別の人やろ。

ちなみに、この「のど自慢」のチーフ・プロデューサーは、
今年の紅白歌合戦のチーフ・プロデューサでもあるそうだ。
…ということは、和田アキ子を落選させた一人なのだろうか。

今回の、このタイミングでの「のど自慢」で、
和田アキ子の歌を歌った人をチャンピオンにしたというのは、
NHKが和田アキ子を紅白から消してしまったことに対しての、
せめてもの「供養」だったのかも知れない…な~んて思ったり。

そんなことを思いながら過ごした、昨日の雨の日曜日でした。

 

昨日のその歌のシーンです ↓

 

 

 

 

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アイム・ソーリー 明石家さんま

2016-11-27 07:49:46 | 映画の話やTVの話など…

先日、テレビで、
「バカのアホ炒め」
という料理名を耳にしました。
何、それ…? とわが耳を疑いました。
で、よ~く聞いてみると、スペイン語で、
バカ(BACA)は牝牛、アホ(AJO)はニンニク、
…という意味で、つまり牛肉のニンニク炒めというわけ。
(もちろん、正式な料理名ではないようですが)

日本語のわからないスペイン人が聞いたら、
「バカのアホ炒め」の何がおもろいねん!
…というところでしょうけどね。

しかしまぁ、外国語と日本語の
「発音同じお笑いネタ」は面白いですね。

たとえばオランダにはスケベニンゲンという都市があります。
オランダは元々「〇〇ニンゲン」という地名が多く、
スケベの他にも、エロニンゲンとかバカニンゲン…
…という町が、実際にあるそうです。
(ほんまかいな?)

ロシアにオモロイ川という川がありますが、これもロシア人なら

「なにがおもろいねん!」と不思議に思うことでしょうね(笑)。

さてその外国語と日本語の「発音同じお笑いネタ」といえば、
数日前にNHK総合で放送された、明石家さんま司会の、
「第1回明石家紅白!」という音楽&トーク番組が面白かったです。

欅坂46、ピコ太郎、泉谷しげる、槇原敬之、
いきものがかり、八代亜紀らが出演していました。

大阪弁丸出しの槇原敬之とさんまとのトーク、
僕の大好きな「舟歌」(八代亜紀)はさんまも大好きという話、
欅坂46が伴奏なし(アカペラというらしい)で、さんまとの
「しあわせって何だっけ」のコーラスを披露したことなど、
…想像していた以上に楽しい番組でしたね。

その中で、いきものがかりのメンバーの1人が、明石家さんまに、
「サンマというのは英語でソーリー(saury)というんです」
と伝えるくだりには、大いに笑わせられました。
僕の好きな「発音同じお笑いネタ」だったのでね~

「へぇ~、そうか…? 知らんかったわ~」と、さんまが応じると、
「だから、さんまさんが自己紹介する時は、アイム・ソーリーです」
と続けたので、な~るほど、と僕も感心して聞き入った。
さんまも、
「ひぇっ『私はさんまです』は、アイム・ソーリーって言うんだぁ」

と、白い歯をむき出しにしてゲタゲタと大笑いした。

そして、そのあと、いきものがかりは、
「アイム・ソーリーという自己紹介ができる人は、
 日本人では、さんまさんと総理大臣だけですよ」
と言って、その場をしめくくったのである。

いやぁ~、このオチには、思わず拍手を送りました。

ぱちぱちぱちぱち。

絶品のユーモアですよね。

いつか、元総理大臣・竹下登氏の孫であるタレントのDAIGOさんが、
「爺ちゃんが総理になった日、アイム・ソーリと言いながら帰ってきました」
という笑い話を披露していたことを思い出します。

今回は「第1回明石家紅白!」ということですから、
次の第2回目もあるはずなので、大いに楽しみです。

いつまでたってもミーハーなわたくしですが…

しかしまぁ、ここまでお読みくださった皆さんに、

この記事のなにがおもろいねん!

な~んて言われちゃったりして。

 

 

*ここで「お詫びと訂正」です 

本文中、「欅坂46が伴奏なし(アカペラというらしい)で」
のくだりで、
欅坂46」とあるのは誤りで、正しくは
Little Glee Monster(リトル・グリー・モンスター)
でございました。コメントでご指摘いただきました。
どうも、こういう若い子たちのグループには弱いもんで。

アイム・ソーリー!

 

 

 


 

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耳鳴り よもやま話

2016-11-25 07:29:06 | 心と体と健康と

耳鳴りについて、その後どうですか? 
というコメントをいただきましたので、
今日は少し、その耳鳴りのことを…

 …………………………………………

思えば9年前→平成19年(2007年)9月26日の夜、
風呂から上がって体を拭こうとしたそのとき、
左耳の奥の方からキーンという音が響いてきた。
それが耳鳴りとの“くされ縁”の始まりである。
以来、24時間ずっと休みなしに鳴り続けている。

耳鳴りが発症した頃は、このままだとノイローゼになる…
…と、本気で思ったほど、事態は深刻なものだった。
何しろ「静寂」というものが一切失われたのだから。
とくに夜、寝る時が辛い。音が気になって眠れない。

どの医者も「耳鳴りです」と言ったら顔をしかめ、
「治すというより、慣れることです」としか言わない。
病院でTRT療法というのも受けたけれど、
これも「気休め」程度の効果しか感じなかった。
今はもう、耳鳴りで医者にかかろうとは思わない。

耳鳴りで死ぬことはない…ということで、
一般的にこの症状が軽く見られているんだろうけどね。
それと、医師には耳鳴りの苦痛がわからないようだし。
「世の中にはもっと大変な人がいっぱいいます」みたいな。

何年か前、僕がアレルギー性鼻炎で診てもらった医師は、
信頼のおける医師だったけれど、僕が耳鳴りの話をすると、
「これまで耳鳴りが治る薬というのは、聞いたことがないですね」
と、正直に述べたおられたのが、深く印象に残っている。

そんなことで、
耳鳴りの薬や確実な治療というのは存在しない。
やはり、結局は「治すより慣れよ」というのが、
耳鳴りで悩む人たちがめざす方向であると言える。
いや、それしかめざす方向がない…というべきか。

しかし、僕も「耳鳴り歴」10年目を迎えるのだが、
この「慣れる」という言葉の解釈が難しいと、つくづく思う。

それが日常化して、気にならなくなった…
…というのなら「慣れ」なんだろうけど、
やはりキーンという音はうるさいし、気になるし、
睡眠障害も続くし、大きなストレス源となるわけで、
気にならないわけがない。つまり慣れることはできない。
でもこいつと付き合っていかなければならないんだから、
これはもう、「慣れ」というより「あきらめ」である。

慣れることはできないから、あきらめなければしょうがない。
…それも広い意味で言えば「慣れる」かもしれませんけどね。

それと、今は1日1錠までと心掛けているけれど、
デパスという精神安定剤を服用し続けている。
あえて薬といえば、安定剤しかないのだろう。
これだけは、今後も手放せないと思っている。

ところで…。2年ほど前のブログに、
「近頃また耳鳴りの音が大きくなったように感じる」
と書いたことがあったが、最近さらに大きくなった気がする。

心房細動などで体調がすぐれないとき、
キーンという音が、耳というより脳の奥で鳴り続ける。

確かに「耐える力」というものは身に備わってきたと思う。
それと「これで死ぬわけじゃないし」と自分に言い聞かせ、
「ふん、勝手に鳴っていたらいいやん。知るか!」
とぶつぶつ独り言で自分をごまかしたり。

沢田研二の「勝手にしやがれ」をもじって、
「勝手に鳴ってやがれ」というところでしょうか(笑)。

それと、耳鳴りが気にならないほど、
他に何か熱中することがあればいいんですけどね。
なかなか、ず~っとその状態というのも難しいですが。

で、今の心境は…
耳鳴りはあきらめが肝心、ということ。
あきらめてこそ、何か得るところが…

あるのかどうか、わかりませんけど…。

…と、つい愚痴を並べてしまいましたが、
最後に余談で締めくくりたいと思います。
お急ぎの方は、ここでご退席ください(笑)。

さて、
僕の耳鳴りが発症した平成19年9月26日という日は、
自民党の福田康夫氏が首相に就任した日だった。

つまり、福田さんと僕の耳鳴りは『同期生』なのだ。

翌年9月、わずか1年で福田氏は退陣し、
次に麻生太郎氏が首相になった(平成20年)。

しかし耳鳴りは、退陣してくれなかった(笑)。

その麻生氏もまた1年後(同21年)の9月に退陣し、
政権が交代して、民主党の鳩山由紀夫氏が首相になった。

その新政権の鳩山氏も1年足らずで退陣。
次は菅直人氏が首相になった(同22年)。

さらに菅氏も1年余りで退陣して、
次に野田首相が就任したのが同23年の9月だった。

そして同24年に安倍政権となり、4年が経ったわけだが、
その前に5年間で5人の首相が退陣しているというのに、
僕がこの耳鳴りに対してどんなに強く退陣要求をしても、
こやつは知らん顔して頑固に居座り続けているのである。
まさに今の韓国の朴槿恵(パク・クネ)状態である。
でも朴槿恵も、いつかは必ず大統領を退陣するしね。

でも、この耳鳴り野郎だけは、退陣しそうにない。

また、ご存命の間は退位されないはずだった天皇陛下も、
どうやら生前に退陣(退位)される空気が出てきている。

そんなことで…

僕の耳鳴りも、なんとか生前退陣してくれないものかと、
奇跡が起きる期待を、実はまだ持っているところである。

だから、声を大にして、こう言いたい。

耳鳴りよ、退陣せよ!
僕が生きている間に退陣してくれ~

…やれやれ。
耳鳴りについて書くことと言えば、
もう、こんなことぐらいしかありませぬ。トホホ。

 

 

 

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人生のパスワード

2016-11-21 07:11:27 | 映画の話やTVの話など…

この間、DVDで

イエスマン ~“YES”は人生のパスワード~

という映画を見た。

ジム・キャリー演ずる銀行員が、
これまでは仕事でもプライベートでも何でも「NO」と言って、
あらゆることを断るネガティブな生活を送っていたけれど、
あることがきっかけで「YES」と言わざるを得なくなり、
しかしそのおかげで、素敵な彼女とめぐり合ったり、
仕事で休日出勤に「YES」と答えたら昇進したり、
その後の人生が急に好転するという映画だった。

ま、ストーリーはともかく、この映画の中で、
素敵な彼女が主人公にこんなことを言うシーンがあった。

「この世の中は遊び場よ」…と。

人生を暗く深刻に考えがちだった彼に、
彼女はそう語りかけるのである。

比較的軽いタッチのセリフだったけれど、
この言葉が、映画を見終えた後も、
なぜか心の中で響き続けた。

ふむ。
つまり、生まれてから死ぬまで、
僕らは遊び場にいると思えばいいんだよね。
なら、いろんなことに深~く悩まなくて済む、
…ということなんだ。

映画の中の何気ないセリフに、
強く気持ちを動かされることがある。

この映画の一言にも、気楽に生きていけば…?という、
何か「生きるヒント」みたいなものが感じられた。

映画のサブタイトルは
「YESは人生のパスワード」だったけど、

僕にとっては、
「この世の中は遊び場よ」というセリフこそ、
「人生のパスワード」のような気がしたのであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヒジが痛い

2016-11-18 20:50:19 | 心と体と健康と

ここ2~3ヵ月ほど、ずっとヒジが痛い。

右腕と左腕の両方ともである。そのうち自然に治るだろうと思って放っておいたけれど、一向に良くならず、数か月間が過ぎた。

特に日常生活に支障があるのは、右腕のヒジのほうである。手のひらを上に向けてピンと腕を伸ばしてみて、内側のほうが痛い。で、左腕のほうは、その逆に外側が痛い。でも、右ヒジほどの痛さはないから、やはり右のほうがモンダイなのだ。

どういうふうに痛いかと言えば、たとえば、顔を洗う時。ヒジを曲げ、顔を洗うと、手のひらを手前に向けて力を入れるので、右ヒジの内側が強烈に痛むのだ。イテテテ…となって、右手の力を抜き、あとは左手だけで顔を洗うことになる。ほんと、困ったもんですわ。

いつまで経ってもよくならないので、仕方なく先日、島田病院というところへ行った。去年の6月に大腿から膝の裏が痛んだ時と、そしてその後の9月にふくらはぎに肉離れを起こした時の2度、治療とリハビリを受けた病院である。この地域ではプロのスポーツ選手も来る、有名な病院だ。

その病院で「2~3か月前から痛いのです」と医師に告げたら、「何か心当たりはありませんか」と聞かれたので、気になっていたことを話した。つまり、それは…スポーツジムで、ふだんは水泳が主で、筋トレはあまりしないのだが、その時は、思いついたように無理をして筋トレをした時期があった。どうもそのあとに、この両肘の痛みが出たような感じだったのだ。

それを話すと、医師から「念のためレントゲンを撮りますが、たぶん、骨には異常はないと思います」と言われ、両ヒジのレントゲンを撮ってもらった。そしてその後の診察で、レントゲンの結果は、医師が言ったとおり異常はなく、結局「筋肉の炎症ですね。ストレッチなどで治していくしかないでしょう」ということだった。さらに医師は「水泳はやられてもいいですが、腕を使う筋トレはしばらく禁止ですね」と言った。

そのあと、リハビリ室へ案内され、リハビリ師の人から、何種類かの腕のストレッチのやり方を教えてもらった。これから最大3ヵ月間、週に1度のリハビリに通いながら、毎日、言われたとおりのストレッチを1日3回繰り返して、このヒジの痛みを治す訓練をすることになったわけです。

…やれやれ。

人一倍元気なはずだった自分の体も、あちらこちらと故障が出てくる。

これまでも不整脈(心房細動)と耳鳴りに悩まされてきているので、もうそれだけで十分…と思っているのに、年齢を重ねるにつれ、いろんな症状が出ては消え、消えは出て…という繰り返しで、また今回のように、経験したことのないような症状が新たに出てくる。う~む、悔しいけれど、それが現実なんだなぁ、としみじみ感じる今日この頃です。

ついつい愚痴になりましたけど、

これもまた歳のせいでしょうか…?

 

 

 

 

 

 

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日本 サウジに勝った! W杯予選

2016-11-16 09:29:19 | スポーツの話題

昨日のサッカーW杯のアジア最終予選はハラハラドキドキ。
B組3位の日本が埼玉で1位のサウジアラビアと対戦した。
もしこの試合で敗れたりすれば、W杯出場は一挙に遠のく。

テレビの前にかじりついて、声援を送った。その結果は、
日本が2対1で勝って、やれやれ…と一安心したところだ。

これで全日程の半分の5試合を終了し、3勝1敗1分けの勝ち点10。
同成績ながら得失点差で上回るサウジアラビアに次いで2位となり、
2位のオーストラリアはタイと引き分け、勝ち点9で3位に落ちた。
この順位で、来年の後半戦に臨むことになる。
なんとしても2位以内に入らなければならない。

昨日は本田、香川、岡崎がそろって先発メンバーから外れた。
かつての日本代表の3本柱だった選手が全部抜けての試合。
その思い切った選手起用が、結果的によかたのだと思う。
特に香川は、代表戦ではいつも精彩を欠いていたから。

昨日も、試合後半に出てきた本田も香川もいいところがなかった。
一方、清武や原口、大迫の活躍ぶりには目を見張るものがあった。
「原口は海外へ行ってから進歩したなぁ」と長男が言っていた。

明らかに世代交代の時期が来ていることを感じさせられた。

それにしても、2対0と日本がリードした後、
そのまま逃げ切るかと思えば終盤に1点を取られ、
さらに試合終了間際に強烈なシュートを放たれて、
「うわっ、やられた!」と目を覆うシーンもあったが、
これはGキーパーが好捕して、なんとか凌ぐことができた。
あんまりヒヤヒヤさせてくれるなよ。僕は心臓が弱いんだから(笑)

さすがサウジアラビアは、動きが躍動感に満ち、
いかにもパワフルという感じで、日本はよく勝てたと思う。
これがアウェイだったら、勝てる見込みはどれほどあったか?

さて、アジア最終予選の後半の日程と対戦相手は…

次はもう、来年なんですが、

3月23日 アラブ首長国連邦(アウェイ)
3月28日 タイ(ホーム)
6月13日 イラク戦(アウェイ) 
8月31日 オーストラリア(ホーム)

そして最後が9月5日、サウジアラビアとの対戦である。
場所は敵国。何とかこの試合までに2位以内を確定させ、
W杯の切符を手に入れておかなければ、かなり危ない。
なにしろ「中東の笛」の本場での戦いである。
日本に不利な判定で振り回される可能性が大である。
しかもその時期、この地の気温は40度以上と言われている。

とにかく、それまでに絶対W杯出場を決めてほしい。

気になるのは、アラブ首長国連邦戦もイラク戦も、
そして最後のサウジ戦も、全部中東のアウェイで戦うということだ。

その意味でも、最初のアラブ首長国連邦戦が、
それ以後を占う大きな戦いとなるのだろう。

…というようなことで、昨日の試合が終わった後も、
TVで選手のインタビューや試合のハイライトを見ていたが、
それをチラチラと見ていたモミィが、不思議そうな顔をして、
「ワールドカップて、いつあるん?」と聞いたので、
「次の次の年、つまり再来年やねぇ」と答えると、
「なんでそんな先やのに、今、予選なんかしてるん?」と聞き返す。

それは僕にもわからん。
そういうことになっているからそうなる…としか言えない。

なにしろ、サッカーW杯は五輪以上の世界一のイベントと言われる。
だから本大会が近づいた頃に短期間で予選をするよりも、
こうして何年もかけてやって、より盛り上げるのだろう…
とモミィに説明したけれど、あまり納得できないようで、
「ふ~ん? 変やなぁ」などと言ってテレビから背を向けた。

かつて、うちの息子たちは熱烈なサッカーファンで、
地元のサッカー少年団などにも所属していたけれど、
まだ日本がW杯に一度も出られなかった頃から必死で応援していた。

あと一歩でW杯初出場が決まったはずのイラク戦で、
同点のゴールを許し、涙を飲んだあの「ドーハの悲劇」(1993年)
の時は、家族4人でテレビを見ていたが、あまりの無残な結果に、
息子たちが放心状態になっていたことを、今でも克明に思い出す。

まあ、女の子にもサッカーや野球のファンがいるんでしょうけど、
男の子と女の子はこれだけ違うのか…と、思っているところです。

さあ、ともあれ次は来年の3月です。
がんばれ、ニッポン代表!

 

 

 

 

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高齢者の自動車事故

2016-11-14 08:05:45 | ニュース・時事

ここのところ、高齢者の車の運転による事故が、ますます増えている。

ついさっきも、千葉県で県道を歩いていた男性が、81歳の男の運転する乗用車にはねられ死亡したというニュースを、ネットで見た。

昨日は東京の小金井市で82歳の男が運転する車が、自転車に乗っていた女性をはねて死亡させた事故があった。

そして一昨日は、東京の立川市の病院で83歳の女が運転する車が暴走し、歩道を歩いていた30歳代の男女2人が死亡した事故が報じられ、今日のワイドショーなどでもこの事故を特集しているTV局が多い。

さらにその前には横浜で、87歳の男が運転する軽トラックが暴走して、集団登校中の小学生の列に突っ込み、1年生の男の子が死亡した事故が起きたことも、記憶に生々しい。

この種の事故は、いよいよ大きな社会問題になってきた。

いずれも、運転者に認知症の症状があったのか、なかったのか…などと言われているが、認知症がなくても、やはり年齢による集中力の減退とか、2つのことを同時にできなくなるなどの運動神経の衰えとか、とっさの判断力がきかなくなるとか…そういう老化現象の影響が大きいことは明白だ。

悪質の度合いからいけば、飲酒運転や無法運転による事故のほうが、はるかに悪質なことは言うまでもないけれど、高齢者事故がこれだけ多くなると、こちらのほうも何とかならないものか、と思ってしまうのが人情だろう。

もちろん、80歳を超えてもシャキッとしておられる方も多い。僕が通うスポーツジムにも、70代80代で車で通っている人が結構いる。だから一概に、たとえば80歳を過ぎたら免許を強制的に返納させよ…ということを強く主張するつもりはないが、それでもやはり、何か対策を講じなければ、被害に遭った人が浮かばれないし、これからも益々それで貴重な生命が奪われるケースが増えてくる。高齢者が増え続ける時代になって、本当に難しい問題だと思う。やはり、かなり高齢になれば、免許証は自主返納すべきでは…と考えるほかはない。

僕は、ちょうど1年前、去年の11月に免許証を自主返納した。

http://blog.goo.ne.jp/non-ap/e/c991297acbc21cb26ddbe163fc526eaf

まあ、僕の場合は、年齢と関係なく、もうずいぶん前から運転はしていないペーパードライバーだったわけで、ちょっとケースは違うけれど。

なんというか、僕は運転が下手くそで、その昔…上り坂の信号待ちの時にうっかりブレーキを踏んでいた足をはずして車がバックし、後続車にゴツンと当てたり、勤め先の市役所の車を車庫に入れるとき、後方の柱にぶつけたりして、これはもう、車の運転が自分に向いていないということを自覚したから、今後は運転はしないでおこうと決めたのだった。

それ以後、車を運転しないことに不便を感じたことはほとんどない。歩いたり自転車に乗ったりするのが好きだし、あとはバスや電車、地下鉄に乗ればいい。何より、車を運転すると、外食した時にビールが飲めないしね(なんだ、それは?)。

おかげでモミィも、家族で外出しても歩く機会が多いので、足腰が強くなった。遠足でも、ほかの子が長い距離を歩くと「しんどい~」と言うような場合でも、モミィはいくらでも歩く…と先生が感心しておられた。

ところで、高齢者が起こす事故の中でも、ブレーキとアクセルを踏み間違えたというのが多い。やはり足元の感覚が鈍ってきていることや、一瞬の判断力の狂いみたいなものが出てしまうのだろう。

繰り返しになるが、原則80歳くらいの高齢になったら、免許証は自主返納すべきだと思う。もしも、人を死傷させるような事故を起こしてしまったら、これはもう、取り返しがつかない。転ばぬ先の杖…ということわざを、この際かみしめたい。


さて、それとは全く関係のない話ですが…

アクセルとブレーキといえば、トランプ氏を思う。

トランプ氏は、選挙期間中には思い切りアクセルを踏み、当選したら今度は一転してブレーキを踏んでいるように見える。70歳の彼は歴代大統領就任時の最高齢者だけど、こちらの“高齢者”は、アクセルとブレーキの踏みどころを、しっかりと心得ているようである。

これも、経営者や政治家の、ひとつの大きな才能かもしれない。

 

 

 

 

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いま話題の人と四万十川ウルトラマラソンとの奇妙な関係

2016-11-12 07:43:08 | ランニング

毎日いろんな世界のいろんな出来事が次々と起きるので、
新聞、テレビ等のニュースも連日、大忙しのことだろう。

その一つに、山本有二という農林水産大臣の話題がある。
ま、「話題」というより「問題」というべきだろうけど、
10月中旬の某政治家のパーティでTPP承認案をめぐる
「強行採決」発言をして「不適切だ」と責任追及をされ、
謝罪をした後、また今月1日の某政治家のパーティでは、
「冗談を言ったらクビになりそうになった」
と凝りもせずに、それをネタにした発言をして、
またまた野党などから大批判を浴びることとなり、
あげくに2日前、国会で不信任決議案を出されて、
まあ、それは与党が数の力で否決したけれど、
「よくもまぁ、アホなことばっかり言うわ」
…と、世間で評判になっている人物である。

そして、この人物の名前を最初に聞いた時、
「あっ、あの、高知県の山本有二か!」
と、口に出してしまうほど、思い当たることがあった。

あれは1996(平成8)年のことだから、今からちょうど20年前である。
30代から50代までの僕のマラソン人生の中でも、特に印象深いレース、
高知県の四万十川ウルトラマラソンに出場した時のことである。

今年は10月16日に開催されたようで、第22回だった。
僕が走ったそのレースは、96年の10月20日に行われ、
当時はまだ第3回で、参加者も今ほど多くなかった。

そしてそのレース当日は、衆議院議員総選挙の日だった。
(これが、今日のテーマと密接に関係しているのです)

四万十川ウルトラマラソンは、100キロを走り抜くマラソンである。
午前5時にスタートして、僕のタイムは13時間余りだったので、
ゴールしたときは、午後6時を過ぎていた。
スタート時は日の出前で、ゴールした時は日が暮れていた(笑)。
そのあいだ、ず~っと走り続けるのである。気の長い話ですよね。

コースは次のようになっている 

http://www.shimanto-ultra.jp/course/

くねくねとしたコースで、いくつもの山中や村を通り抜ける。
30キロ地点を過ぎたところで、四万十川が見えてくる。
そこから、川沿いの道をトコトコと走り続けるのだ。

なにしろ13時間も走り続けるのだから、これほど単調なことはない。
脚にはどんどん疲労がたまってくるが、頭の中は常にヒマである。
ボンヤリしたり、完走後のビールを楽しみにしたり、
まわりの人たちを見て「みんなしんどいねんで」と、
自分に言い聞かせたりして、ひたすら黙々と走る。

そのとき、衆議院議員選挙の高知選挙区候補者のポスターが、
あちらにもこちらにも、いっぱい貼ってあるのが目についた。

たいてい、そんなものは無視するのだが、
一人、目についた候補者がいた。
それが「山本有二」だった。

なぜなら…僕は中学の頃から大学の頃にかけて、
本ばっかり読んでいたのだけど、中でも山本有三の、
「女の一生」とか「路傍の石」とか「真実一路」とか、
そういう小説に魅せられて、何度も繰り返し読んだものだった。

だから「山本有三」の名前を見るだけでハッとするのだ。
そこへ「山本有二」という4文字が目に飛び込んできたのだから、
最初は「あの山本有三か」と思って驚いた(そんなわけないやろ!)。

それから、長~い長~いコースをひた走りながら、
僕はどれだけ多くの「山本有二」のポスターを見たことか。
走っても走っても「山本有二」のポスターばかり目につく。
70キロ、80キロと走り続けていると疲労も激しくなってくる。
するとそんなポスターも、目ざわりな存在になってくるのだ。

だからこの名前は、僕の記憶の奥底に染み込んでいたのだろう。

…そんなポスターのことは、忘れていたはずなのに。

あれから20年…

その山本有二という人が農林水産大臣になったのも知らなかった。
もう、すでにその名前すら、すっかり忘れていたのでね~

知ったのは、今回の「失言騒動」があってからである。

初めてこのニュースでその名前を耳にしたとき、
「はぁ? これって四万十川の山本有二じゃないか」と思い、
ネットで調べたら、やはり高知県から出ている国会議員だった。

やれやれ…。こんなことで「20年ぶりの再会」だなんてね~

この人は自民党の衆議院議員として、すでに9期も務めている。
政治家として大ベテランで、こうして大臣にもなっているのに、
なんでそんなつまらないことを言ったのだろうか、と思う。
長いこと「先生、先生」とチヤホヤされていると、
知らず知らずに気が緩んでくるんでしょうかねぇ。

ま、おかげでこのブログにひとつネタができて、
四万十川の思い出にも浸ることができましたけどね。


さて、終わりに、せっかくですので、
(何がせっかくなのかわかりませんが)

その時の写真を載せます。

山本有二のポスターは写っていませんけど(笑)

 

 
 40キロ地点の給水所で。この時はまだ余裕がありそう。
 同行した妻か長男かどちらかが撮ってくれた写真です。

 

 
  ここが何キロ地点なのか、よくわかりませんが、
  
主催者が撮影してくれたのを購入した写真です。
  

 

 

 

 

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トランプが大統領! ウソやろ

2016-11-10 06:14:07 | ニュース・時事

昨日の各TV局は、米大統領選挙の開票速報でてんやわんやだった。
その結果「絶対負ける」と思っていたトランプのほうが、当選した。
これには驚いた。「えっ、ウソやろ」と言いたいような結果でした。

これで思い出すのは…
大阪の読売テレビで約1か月前に放送された
かつて、やしきたかじんの看板番組だった
「そこまで言って委員会」という番組に、
あの木村太郎が出ていたことである。

こういう東京の大物が関西のテレビに出てくるのは珍しい。
で、そこで「トランプとヒラリーのどちらを応援するか?」
…という質問が出て、みんな「ヒラリー」と答えるのかと思うと、
何人か「トランプ」と答える人がいた。木村太郎もその1人だった。

木村太郎はその理由を、こう語っていた。

ヒラリーやクリントン財団の数々の悪行…
たとえば国務長官の地位を利用して、いろんな企業に、
クリントン財団へ多額の金を入れるよう指示したとか、
(私用のメールを使っていたのもそのためだ、という)
数え切れないほどの多くの不正を働いている…と言い、
メディアは報じないが、国民はそれを知っているとし、
「ヒラリーは嘘ばかりで、トランプのほうが正直です」
と、きっぱり言い切ってスタジオ内を静まり返らせた。
司会者の辛坊治郎も、思わぬ意見に戸惑い気味だった。

むろん僕なんかも、そんな話は、初めて聞いたわけで。
でもやはり当選するのはヒラリーやろ、と思っていた。

しかし、トランプが大統領になったら世界は混乱する、
…というようなことが言われている最中に、
こういう意見を堂々と言う木村太郎に、
見ていた僕も、かなり衝撃を受けた。

あれから約1か月後、木村太郎の思いは現実となった。
これはもう、さすが~と感心するほかはない。

つまらない意見しか言えないコメンテーターばかりの昨今、
久々にプロとしての迫力あるコメントに接した気分だった。

まあ、僕は米国初の女性大統領の誕生を楽しみにしていたので、
この結果は予想もできず、あ~あ、とガッカリしているんだが。

しかし、木村太郎が言っていたように、日本政府としても、
これで、日米安保の問題をはじめ、さまざまな国際情勢に、
どう対応していくかが試されて、国民にもわかりやすくなる
…ということで、「怪我の功名」になればいいと思っている。
いや、そうとでも思わなければこの結果は受け入れられない。

ともあれ、昨日の結果には、驚いた。
今年驚いたことの多くの出来事の中でも、とくに驚いた。

トランプさんは来年1月20日に第45代大統領に就任する…
ということだが、年齢が70歳というのは、
歴代で、就任時の最高齢記録だという。

一方、惜しくも念願叶わなかったヒラリーさんも69歳で、
2人とも、この年齢で世界中を注目させるんだから、
これはもう、すご~いことだと言わざるを得ませんね。

アメリカの高齢者パワーというものを見せつけられました。

その点でも、興味深かった今回の大統領選挙でした。

 

 

 

 

 

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真田幸村最期の地・安居神社

2016-11-08 06:23:20 | ウォーク・自転車

11月6日の夜に「真田丸」を見ていたら、
番組の終わりに流れる「真田丸紀行」で、
真田山公園、心眼寺、真田丸顕彰碑、
そして三光神社の映像が流れました。

その日の朝にアップした自分のブログでの写真風景が、
夜にテレビで流される…というのは、なかなか楽しかったです。

さて、今回は真田幸村が戦死した安居神社です。

真田山地区をあとにして、再び上町筋に出ました。
ここから南を向いて四天王寺方面へ戻って行きます。
  

   

 

「大阪上本町」から西へ歩いて谷町筋に出て、
「谷町九丁目」から谷町筋を南に向かいます。

安居神社と向かい合わせに一心寺があります。
去年亡くなった母のお骨を納めたお寺ですが、
ここには、徳川方の本田忠朝の墓があったり、
(忠朝は、藤岡弘演ずる本田忠勝の次男です)

幸村に追い詰められた家康を守ったと言われる
「霧降(きりふり)の松」というのがあります。

 
 一心寺にある霧降(きりふり)の松(資料写真)
 霧を吹いて家康の窮地を救ったという伝説の松です。 

…というわけで、
一心寺も
真田丸ゆかりのお寺なんですよね。
 

安居神社から国道25号線を挟んでその一心寺があります。

せっかくここまで来たのですから、お寺に入って、
納骨堂へ行き、お線香をあげてきました。
 
  境内の左側に納骨堂があります。

そして、安居神社です。 

 

大坂夏の陣で真田幸村が戦死したのが安居神社境内といわれています。

慶長20年(1615年)の5月7日、幸村は徳川軍との激戦を繰り広げ、
兵の数が圧倒的に多い相手方に、さすがの幸村も力尽き、
この神社の境内で休んでいた時に敵の武将に討ち取られた、
…と伝えられています。

幸村もこの時すでに50歳近い年齢で、
屈強な体力も、落ちてきていたのかもしれません。


 

先の写真から見て左側にあるこの細い道が参道で、
そこを歩いて行くと右手に階段があって、
上がったところが神社の正面です。


 
 正面から見て右側に…


 
  向こうの方に小さく見えていますね。幸村の像が。


 
 そこへ行く前に、この立て札が立っています。


   

幸村は、前日、藤井寺の道明寺で伊達政宗の兵と戦った後、
この日、ここで松平忠直の軍と戦って、ついに力尽きた…
…というようなことが、説明文に書かれています。


 

さて、お目当ての像の所へ行きます。

真田幸村の像と、その横に「真田幸村戦死跡之碑」があります。

それぞれアップしてみますと…


   


 

…ということでした。
 

繰り返しになりますが、幸村は亡くなる前日に、
わが町藤井寺の道明寺から、この天王寺に戻って来ました。

ウォーキングが好きな僕は、藤井寺から天王寺までよく歩きます。
その道すがら、志紀長吉神社という所があるのですが、ここは、
幸村が道明寺から退却する途中、軍旗や刀剣を奉納し、
戦勝を祈願した神社であると伝えられています。

この神社の写真を載せて、ひとまず「真田丸」シリーズを終わります。

なお、以下の写真は約半月前の10月24日に撮影したものです。

 
 
 大通りにこんな標識が…。以前はなかったのに。
 大河ドラマの影響というのは大きいですね~


 
  ここが志紀長吉神社です。


   
   「真田幸村公軍旗奉納の宮」というのぼり旗が、
    あちらこちらに、たくさん並んでいました。

 

 

 

 

 

 

 

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