ワンダースター★航星記

写真を撮るとは、決して止まらない時間を止めること。旅や日常生活のインプレッシブな出来事を綴ったフォトエッセイ集です。

紫陽花の咲くころ 般若寺 ② ~石仏との邂逅

2021-06-30 | 花めぐり~6月

紫陽花の咲くころ 般若寺 ② ~石仏との邂逅

 

 般若寺境内にはシンボルともいえる高さ14.2mの十三重石塔や国宝の楼門、そして、巡礼を身近に感じさせる三十三観音石仏が並んでいる。

 四季の花に囲まれて、幸せそうな石仏さまたちをみていると微笑ましく思えてくる。

 

 

 

 ガラスボールを手水鉢に見立てるアイデアは秀逸だが、シャボン玉もなかなかの仕掛けである。

 

 

 

 般若寺は飛鳥時代に創建され、天平のころ平城京の鬼門を鎮護する寺となる。

 以来、般若経の学問寺として栄え、数々の文化財を今に伝える。

 コスモス寺として有名なお寺だが、四季を通じて極楽浄土を思わせる花々に包まれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紫陽花の咲くころ 般若寺 ① ~アジサイ・ガラスボール

2021-06-28 | 花めぐり~6月

紫陽花の咲くころ 般若寺 ① ~アジサイ・ガラスボール

 

 冬の水仙、春の山吹、そして、秋のコスモスのころと、来訪者を楽しませてくれる花の寺・般若寺。

 春咲きのコスモスと紫陽花のコラボが見られると聞き、今回は初めて、初夏に訪れた。

 花の見せ方には、こちらも趣向を凝らされているようで、紫陽花を丸いグラスに入れた“アジサイ・ガラスボール”が見事だった。

 

 

 十三重石塔がグラスにリフレクション。

 

 

 

 

 

 手水鉢もうまく使われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

  

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南都七大寺・大安寺 ~だるまさんが見ていた!

2021-06-27 | 花めぐり~6月

南都七大寺・大安寺 ~だるまさんが見ていた!

 

 大安寺は南都七大寺の1つで、奈良時代から平安時代前半は東大寺、興福寺と並ぶ大寺であったという。

 がん封じ、病気平癒、あらゆる病を封じてくれるというご利益があるお寺として知られている。

 笹酒授与で有名な割に境内は殊の外、狭いが近辺街中には、大寺だったころの面影を見ることができる。

 いつのころからか、だるまが溢れる寺となった。

   このだるまさんたち、実は”おみくじ”である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なら検定の問題に「南都七大寺」は何処か?というのがあったように思うが、さて、どこでしょう?

 大安寺のほか、東大寺、興福寺は前述しているが・・・・

 

 

 朝廷の保護を受けた東大寺、西大寺、法隆寺、薬師寺、大安寺、元興寺、興福寺の7ヶ寺が南都七大寺(なんとしちだいじ)。

 平城京にあったが、鑑真の私寺であった唐招提寺は含まれないというのが、通説。

 

 追録

 <西大寺>

 西大寺は称徳天皇(孝謙天皇)の勅願により、765年に創建された。

 当時は広大な寺域(現在の約60倍)に多数の堂塔が建ち並び、東大寺と共に栄えていたが、数多の火災にあい、創建当時の建物はほとんど焼失した。     

 江戸時代築の本堂の横には西塔跡が残る。境内は今でも、広大である。

 

 

 

 

 

 

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紫陽花の咲くころ 長谷寺 ② ~隠国(こもりく)の初瀬詣で

2021-06-24 | 花めぐり~6月

紫陽花の咲くころ 長谷寺 ② ~隠国(こもりく)の初瀬詣

 

 古来より「隠国(こもりく)の里」と呼ばれる初瀬。

 『万葉集』では「こもりくの泊瀬」と歌に詠まれ、泊瀬にかかる枕詞「こもりく(隠国)」は、三方が山に囲まれた奥まった場所を指す。

 また、「花の御寺」と呼ばれる長谷寺には、紫式部・紀貫之・松尾芭蕉など多くの文人が訪れたと云われている。

 紫陽花色に染まった境内はしっとりとした風情に包まれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紫陽花の咲くころ 長谷寺 ①  ~アジサイ・ステップス

2021-06-23 | 花めぐり~6月

紫陽花の咲くころ 長谷寺 ①  ~アジサイ・ステップス

 

 

 長谷寺の創建は686年、道明上人が天武天皇のために銅板法華説相図(千仏多宝仏塔、国宝)を西の岡に安置したことが始まりとされている。

 奈良時代の神亀4(727)年、道明上人の弟子である徳道上人が聖武天皇の勅願により、東の岡に約10mもの高さを誇る日本最大の木造の十一面観世音菩薩を造立して以来、観音信仰の聖地とされてきた。

 長谷寺には「だだおし」や牡丹の頃に何度も訪れたが、紫陽花の頃は初めてだった。

 各地の紫陽花名所も最近は花の見せ方に工夫を凝らしておられるが、長谷寺は階段をうまく使われていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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紫陽花の咲くころ ~近隣逍遥

2021-06-19 | 花めぐり~6月

紫陽花の咲くころ ~近隣逍遥

 何時のころからか、被写体として一番多く撮影するのは、花の写真となった。

 季節をもっとも、感じやすい被写体であり、時さえ合わせれば、動かずに待っていてくれる被写体だからかもしれない。

 その花の中でも、紫陽花の撮影数は桜や紅葉と同等に多い。

 毎年、デジスケッチしながら、この”AJISAI・BLUE”に魅せられている。

 (ならまち・御霊神社)

 

 

 

 

 (ならまち・元興寺塔跡)

 

 

 

 

 けいはんな記念公園・水景園

 

 

 

 

 

 

 

 

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妖怪書家・逢香さん個展 ~妖かしの瞳

2021-06-16 | 奈良の催事・イベント

妖怪書家・逢香(おうか)さん個展 ~妖かしの瞳

 

 猿沢の池近くの「ホテル天平ならまち」で妖怪書家・逢香さんの個展「現代の妖怪を描く展」が開催されている。

 

 逢香さんは奈良教育大学で書道を専攻。

 在学中に江戸時代の小説本「草双紙」の挿し絵に描かれた個性豊かな妖怪たちに魅了され、墨と筆を使い模写を続ける一方でオリジナルの妖怪も描くようになり、現在は「妖怪書家」として活動している。

 逢香さんが描く現代の妖怪は「互いに認め合って自分も認められる妖怪」で生き辛い現代を巧みに風刺した添え書きも魅力的。

 私も「人間の心に潜む妖怪の方が、ある意味、本物より怖い」と感じており、観覧していると共感するものが多い。

 私が初めて、逢香さんを知ったのは、昨年、ワンダースターで「アマビエ」を描いたとき、参考にさせていただいたのが、キッカケ。

 

 

 全長3mの大作「般若」。

 

 

 鳥獣戯画を彷彿とさせるようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こちらは妖怪ではなくて、逢香さんの瞳。魅力的な”妖かしの瞳”である。

 この瞳を何処かで見たと思ったが、どうしても思い出せない。

 記憶中枢を総動員した結果、今、やっと、思い出した。

 昨年秋の「東大寺参詣」!!

 

 

 

 天平行列で聖武天皇の女官役をされていたのですね。 バックナンバーどうぞ。東大寺参詣①∼④」

 

 

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睡蓮の咲く頃 ~モネが愛した風景

2021-06-13 | 花めぐり~6月

     睡蓮の咲く頃 ~モネが愛した風景

              

 池には睡蓮が浮かび、いくつかの日本風の太鼓橋がかかっていた。
 その画家のアトリエは外界とは隔絶された水の世界だった。

              

              

 「やあ、よく来たね。わがガーデンにようこそ。」
 その画家は柔和な笑顔で迎えてくれた。
 老いたりといえども、鋭く光る眼光に飽くなき探求心が宿っている。
 「こんにちは。素敵な庭園ですね。」
 「ありがとう。日本の方じゃな。
  ワシは今、睡蓮に凝っていてな。
  それも日本庭園の池に咲く睡蓮を描きたくてな。
  とうとう、自分で日本庭園を造ってしまったんじゃ。」
 「印象派の大家と云われた貴方が、何故、睡蓮ばかりを描くようになったんですか?」
 「それはな・・・」


 
 モネは生前に認められた画家である。
 信じられないような価格で絵が売れ、数々の展覧会にも出品された。
 しかし年老いたモネは決して幸福ではなかった。
 長年ともに過ごしてきた画家仲間、妻、子供達に先立たれた。
 その上、白内障を患い、失明の不安を常にかかえていた。

              

 「わしは睡蓮に人生の意味を見出したんじゃ。」
 「人生の意味?」
 「わしは朝から夕方まで、移動式イーゼルに載せたキャンバスに向かっておる。
  時とともに移り変わる池の様子、水面の反映と鮮やかな花の美しさをここに捉えようとしているんじゃよ。」
 「そこに人生の意味があるのですか?」
 「その通りじゃ。じゃがな。ワシの一番の作品はこの庭園、そのものなんじゃよ。」



 画家はそう言い残したまま、突然、止まってしまった。
 どうやら、時間が来たようだ。
 彼はロボットだった。
 しかし、その画家の魂は確かに、ここにある。
 睡蓮を見ていると、そう思えてきた。

              

              

              

              

              

              

              

              

              

(撮影場所:ガーデンミュージアム比叡、大山崎山荘美術館。)  
 
 

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倭迹々日百襲姫命、またの名を「卑弥呼」?

2021-06-11 | 奈良の旅

倭迹々日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメ)、またの名を「卑弥呼」?

 

 最古の前方後円墳である「箸墓古墳」は、三輪山を背景に静かに佇んでいた。

 古墳の前に小さな石造りの鳥居があり、「倭迹迹日百襲姫命 大市墓」とある。

倭迹々日百襲姫命(ヤマトトトヒモモソヒメ)・・・舌を百回くらい噛みそうな名である。 

 何度か舌を噛みながら、その名ヤマトトトヒモモソヒメと繰り返していると・・・。

「 「日巫女」(ひみこ)でいいんですよ。」と、どこからか、声がした。

「 あかん。寝不足な上に、この暑さ。熱中症かもしれない!」

「 私はシャーマンだったから、日巫女でいいんですよ。」と何処からか再び、声がした。

「 とうとう、俺にも、きたか!まあ、ええわ。あんた、ここの主?」

「 そうよ。なんべんも、私の名を呼んだじゃあない!」

「 古代のそんな高貴なお方が、現代の俗人みたいな話し方をするかい!」

「 あなたの脳波レベルに合わせただけよ!」

「 なんちゅうことを!!

  ところで、あんた、帝のそばに仕える巫女のような存在だったときくけど。」

「 そうよ。 ただ、当時の巫女は、帝より権威があってね。

  私は霊力を駆使して、乱れた国を平らに治めたわ。

  私は王になりたかったんだよ。

  だから、あちゃらの大国に使節を遣わしたんだ。

  王として、認めてほしくってね。」 

「 あちゃらの大国って、魏のことだね。」

「 金印や三角縁神獣鏡をたくさん、賜ったわ。

  方向音痴の使節だったんで、デタラメの記録を残して、後の世に物議を醸したけどね。

  三角縁神獣鏡は今でも、天理市の黒塚古墳館に展示されてるわ。」

「 そういえば、纒向遺跡(まき むくいせき)で、大量の桃の種が見つかったと 報道されていたな。

  古代シャーマンに使ったと思われるとしていた。」

「 そうよ。当時の桃は食用じゃなくて、祭儀用だったから。」

「 しかも、その種を放射性炭素(C14)で年代測定してみると、“西暦135~230 年の間に実った可能性が高い”との分析結果が出たらしい。」

「 そりゃあ、私がシャーマンしてたころの桃だもの。

  今のJR巻向駅近に私が祈祷していた宮殿があってね。」

「 ”ヒミコ”と言えば、”ぶさいくなヒミコの邪馬台国!”を思い出す。」

「 誰がぶさいくよ!」

「 学生のころ、“ぶさいく(239年)な、ヒミコ”と語呂合わせで年代を憶えてたんだよ。」

「 もっと、いい語呂合わせ、考えてよ。」

「 倭迹迹日百襲姫命は三輪山の神、大物主と結婚したという伝説がある。」

「 それがね、夜しか、来ないのよ。彼。 蛇みたいにいろいろと、シツコイ人、実は本当に蛇だったの。

  それで、嘆き悲しんだあげく、箸であそこを突いて自害した。・・・だから、箸墓。

  ということになっているけど、実はこの話、帝の作り話よ。」

「 作り話?帝の?」

「 本当は、纒向の宮で、帝の兵たちの焼き討ちにあったの。祭儀用の桃もろともね。

  たくさんの人が嘆き悲しんで、全長160mある、大市の墓に「親魏倭王の金印・銀印」や「三角縁神獣鏡」と一緒に葬られたわ。

  帝は第10代ではなく、初代だってこと。

  西麓の王朝の歴史を闇に葬ったこと。

  私が一時期でも、倭の王のように思われていたこと。

  そして、私を殺めたのは帝だってこと。

  これは、2000年間の秘密!

  帝はその秘密を封印するために、2000年間、私の墓はけっして、あばかせないようにした。」

「 あんたは、やっぱり、卑弥呼 ?」

  もう、それっきり、声は聞こえなくなった。  同時に頭痛が・・・。

「 今のは白昼夢か? 伝承の年代とも合わんしなあ。

やっぱり、熱中症かも。早く帰って、寝よ!」

 纒向石塚遺跡の丘の上を心地よい悠久の風が吹き渡っていた。

 

 (内容はフィックションです。)

 

 


蝶類学者になればよかった ~蝶類図鑑 

2021-06-08 | 

蝶類学者になればよかった ~蝶類図鑑 

   

   登山道の途中で、滅多にお目にかからない珍しい蝶に出会ったとする。

  その瞬間、狂喜して、道を外れてでも、その蝶を追いかけてゆく。

  そんなことって、誰にも共通する行動パターンなのだと永らく思っていた。

 でも、どうやら、そうではないらしい。

 まず第一に蝶に興味なければ、その存在なんかに目がいかない。

     何蝶かなんて、考える由もない。

 これは小さな頃から、蝶が大好きで暇さえあれば、ネット片手に走り回っていた人にだけ見られる現象なのかもしれない。

 思い起こせば、私の少年時代は、蝶類図鑑をバイブルのように毎日、眺めていたものだった。

 

 蝶の翅の図柄はアートのようではないか。

 よく見ると、なかなか、愛嬌ある顔をしている。

 (ゴマダラチョウ)

 

 子どものころ、きっと殆どの人と同じように、身近なモンシロチョウから、蝶デビューした。

 

   次にアゲハ蝶の仲間の優雅な飛翔に胸躍らせた。

 キアゲハは何故か陽気そうにみえる。 

 

 黒に金属光沢をあしらったような、ミヤマカラスアゲハ。

 少年時代から今まで、憧れの蝶でもある。

 

 タテハ蝶の中でも、目を引くアカタテハ。

 旅する蝶。アサギマダラ。

ヒョウモンチョウ。確かに豹柄だ。

ツマグロヒョウモン。

言わずと知れた国蝶。オオムラサキ。

八重山諸島で見たオオゴマダラ。

ジャコウアゲハは黒コートの紳士のようではないか。。

ナガサキアゲハ。南方系のアゲハのはずが関西でも見るようになった。

アオスジアゲハの飛翔。清々しいエメラルドに癒される。

越冬する蝶、ムラサキシジミが紅葉に一休み。

 群れ遊ぶキアゲハとアゲハチョウ。似たもん同士だから、恋する相手をまちがった。

定番アゲハともいうべき、アゲハチョウ(ナミアゲハ)。

 素晴らしき蝶類。

 人生も後半になって、本当にやりたいことがみえてくるとは。

 蝶類学者になればよかったなんて。

 

 

 
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花菖蒲の咲く頃 ~星野富弘さんの詩

2021-06-06 | 花めぐり~6月

 花菖蒲の咲く頃 ~星野富弘さんの詩

              

 花菖蒲の季節がやってくるたび、思い出す詩がある。

 『黒い土に 根を張り
 どぶ水を吸って
 なぜきれいに咲けるのだろう
 私は
 大ぜいの人の
 愛の中にいて
 なぜ みにくいことばかり
 考えるのだろう』
               
 不慮の事故により、突然、身体の自由を失ってしまった星野富広さんの「花菖蒲」という詩。

 己のおかれた環境に屈しないで、毅然としていることは難しい。

 でも、どぶ水の中でもがき苦しんで、不幸を嘆いてばかりいては、いつまでも前に進めない。

 そこから、綺麗な花を咲かせてみせよう。
 
 花菖蒲をみるたび、そんな勇気を貰うような気がする。

             

             

             

             

             

             

             

             

 写真は奈良県宇陀市室生区の「花の郷 滝谷花しょうぶ園」アーカイブから。 


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「ボヘミアン・ラプソディ」 ~”伝説のワンダラー(彷徨人)”

2021-06-04 | 音楽

「ボヘミアン・ラプソディ」 ~”伝説のワンダラー(彷徨人)”

 この映画は、単なるサクセス・ストーリーではない。

 一人の彷徨人(ワンダラー)の魂の遍歴の伝記である。

 そのころ、クラスの仲間たちは、ディープ・パープルやレッド・ツェッペリンなど、ハードロックに夢中だった。

 私はあまり、ロックを聞かない、わからない人だったので、彼等の話題にはついていけなかった。

    が、そんな折、突如、登場したクイーンはポップでメロディアス、そして、オペラを意識したという煌びやかなサウンドで私を魅了した。

   クイーンは、いつの間にか、私のお気に入りロックバンドとなっていった。

 

 特に「ボヘミアン・ラプソディ」は一度、聞いたら忘れられないユニークなコーラスが印象的だった。

 当時としては、珍しい多重録音を駆使したものだということが、映画中、エピソードとして、出てくる。

 「ドンドンパ、ドンドンパ、ドンドンパ・・・」観客とアーテイストが一体となる「ウィー・ウィル・ロック・ユー」。

 初めて、聞いた時の胸の高まり、高揚感は、今も変わらない。 

 そして、なんといっても、ラスト21分にも渡るライブ・エイドのシーンは感動的だった。

 「レディオ・ガ・ガ」や「伝説のチャンピオン」といった名曲が披露される。

     それらの歌詞がフレディの愛の苦悩やエイズに冒された心情を吐露していることに誰もが気付いて涙するのである。

     時代は、まだまだ、LGBTに寛容ではなかった。

 ちなみに、”ボヘミアン”はチェコの地名であるが、彼の地に世界を放浪するジプシーが多かったことから、彷徨人を意味する。

    You are not alone.

    All  right.

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紫陽花とカタツムリ

2021-06-03 | 心の旅

  紫陽花とカタツムリ


              

               


 雨上がりの午後、咲き誇る紫陽花の狭間にカタツムリを見つけた。
 子どもに戻って、ちょっと、イタズラしたくなって、角をツンツンとつついてみた。
 カタツムリは角に見える目をいったん、引っ込んでみせたが、また、ニョロと出して、迷惑そうにこちらを覗った。
 「もう!何するの!」
 「いやいや、これは失敬。久し振りに君たちを見かけたんで挨拶したかったんだよ。」
 「全く、いらぬお節介ね。天敵がいないようだから、のんびり、散歩に出かけたのに。」
 「天敵?」
 「鳥とマイマイカブリとフランス人よ。最近は韓国人。」
 「鳥とマイマイカブリとフランス人は何となくわかるけど、何で韓国人?」
 「私たちを絞って、化粧品を作る輩が出始めたのよ。エスカルゴだって、身の毛がよだつのに。(毛はないけど。)人間は油断も隙もない。」
 「それはお気の毒。でも、僕はちょっと、話したかっただけだから。」
 「ふん!私たちは寄生虫がいて、恐いんだぞう!」

                          

              

              

 「わ、わかったよ。ところで、君たちはナメクジと似ているけど、殻取ったら、ナメクジになるの?」
 「やっぱり、失礼な奴だな。あんな連中と一緒にしないでくれるかな。」
 「あんな連中!?どちらも陸生の巻貝だって、習ったけど。」
 「そうだよ。でも、進化の過程が全然、違うんだよ。ナメクジはカタツムリから進化したなんて、昔は言われたものだったけど、本当は違うんだよ。」
 「へぇ!そうなんだ。聞いてみるもんだな。もうひとつ、さっきから、気になってたんだけど、君は男?女?」
 「うふっ!実はオネエなの。って、やっぱり、あんた、失礼すぎる。それに今はLGBTの時代よ!男、女とすぐ決めつけないの。」
 「てことは、やっぱり、オネエなの?」
 「だからあ、オネエじゃなくて、あるときは男。あるときは女。まあ、LGBTとも、また違うのよ。」
 「意味わかんねえな。」
 「要はね。私たちはあまり、移動しないんだよ。だから、千載一遇の出逢いを大切にして、男になったり、女になったりして、子孫を残すんだよ。」
 「それは大変そうだね。それにしても、何だか、君たちと久し振りにしゃべったような気がするんだけど。」
 「それはね、あんたが一瞬だけでも、子どもの頃の心を取り戻したからだよ。」
 「子どもの頃の心?」

 カタツムリは、それっきり、自分の殻の中に閉じこもって、もう、出てこようとはしなかった。


               

               

               

               

               

               

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