
書籍:『ずるい!なぜ欧米人は平気でルールを変えるのか (ディスカヴァー携書) 』→リンク
私も以前から、貿易やスポーツなどで欧米勢以外の人種が勝ちはじめると、必ずと言っていいほど、欧米勢が勝つようにルールが変更され、日本が勝てなくなるケースがあまりにも多いと感じていた。
スポーツでは、
・国際柔道におけるルール変更、
・16戦15勝のF1マクラーレン・ホンダのターボエンジン禁止
ビジネスでは、
・日本二輪車の攻勢に苦しむハーレーダヴィッドソン救済のための輸入関税45%引き上げ
・米国議会の圧力による自動車の対米輸出の自主規制
・日本に厳しい措置がとられた日米半導体協定
などがその代表です。
いやホンマ、まったくや。
オリンピック種目で言えば、スキーのジャンプや、バサロスタートなど他にもいっぱい。経済問題に関しては、BIS規制・WTOなどなど枚挙にいとまがない…
最近も「オレたちの国の車を、エコカー補助指定にできるよう、ルールを変えろ!」と日本に圧力をかけてきているが、悪いけど、GMやクライスラーなどエコカー補助がもらえたからって日本人が買うだろうか?「この車、ごっつエコなアメ車やねん。エエやろ?」などと自慢する奴は、日本では確実にバカにされるだろう。
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著者は、「ルールは不変ではない」という認識を持ち「ルールを変えることを当然と思っている」のが欧米人であると言っている。
どうも、多くの日本人にとってルールとは「誰かがどっかで決めて押しつけられるもの」であり、それを所与の前提としてゲームをプレイするべきもの、になってしまっているような気がする。
我々日本人は「ルールをつくること」について極端に無関心で、そのためにルール改変が自分と関係ないところでなされるため、ルール変更が唐突にも理不尽にも感じられる、ということのようだ。
著者の提案は、以下
1) まずルールの意味と目的を理解する、
2) ルールが実情に合わなくなったら変更を提案する、
3) ルールつくりを率先して行う。
そもそも、戦いはルール作りから始まっているのであって、「ずるい」などといくら文句を言っても無意味である。ルールを上から振ってくるモノ、一方的に与えられる規制ととらえるのではなく、自分たちもルールを作る側に加わるよう戦略をもって行動していくことが必要だ、というのが著者の主張。
そう言われれば確かにその通りである。
市場システムが立ち行かなくなり、大きなパラダイム転換が求められている現在。相変わらず、世界的に見ると特異な欧米人たちの価値観(極めて私権的・個人主義的)に基づいて、欧米人だけが勝って当然のルールに、唯々諾々と従っている場合ではない。
連中が勝手に設定した土俵(例えば「グローバルスタンダード」とか)に乗っかって、その他の国家や民族はむざむざと殴られに行く…ボッタくられに行く…というのを世界は繰り返してきたが、そういうのもそろそろそれも終わらせないといけない。
欧米の「金貸し」どもが勝手に創った金融のルールなど、絶対ではないし、所与の前提などでもないのである。
★Money As Debt(日本語字幕版) http://video.google.com/videoplay?docid=-446781510928242771&hl=en
★Monopoly Men(日本語字幕版)http://video.google.com/videoplay?docid=-845461387975920288&hl=en
制覇力が、「軍事力」<「経済力」<「共認力」となった現在(68683)、新たなパラダイムに基づく新たなルール作りが、世界的に求められている。
日本はそれをリードできる民族性や価値観を備えている(183242野田氏)。
旧い体制の中で搾取し続ける欧米にルール作りを牛耳られている場合ではない。世界の普通の国々(欧米以外)を味方に付けて共認形成 → 新ルールづくり(新たな価値観に基づく社会システムづくり)に取り組んでいくことを日本は世界から期待されているし、市場システムが行き詰まった今、いよいよ日本が腰を上げる時が来たのではないかと思う。
↑ ついったー
















多くの日本人は、このことに気が付いていません。困ったもんです。
現在、学校では、大切な、基本的な事を教えてはいません。
このままでは欧米の奴隷です。
それが現実。