尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

藤岡陽子『リラの花咲くけものみち』ー不登校から獣医師へ、感動の小説

2024年05月15日 22時07分57秒 | 本 (日本文学)
 藤岡陽子リラの花咲くけものみち』(光文社)はとても感動的で心打つ小説で多くの人にお薦め。2024年の吉川英治文学賞新人賞受賞作品。発売(2023年7月)当初の評判(書評)で買ったが、しばらく読まなかった。なんか「感動」するに決まってる小説を読みたい時と読みたくない時がある。この本は不登校になった中学生が祖母に引き取られて生き直してゆく物語である。というと梨木香歩西の魔女が死んだ』みたいだが、この小説はもっと長い人生を語っている。そして東京都大田区に住む主人公は、都立の「チャレンジスクール」に通うのである。(明記されてないが、世田谷泉高校だろう。)これは読まなくちゃ!

 世に「不登校」を語る言説は多く、小説にもかなり書かれていると思う。しかし、主人公岸本聡里(さとり)の陥った過酷な状況は今まで読んだことがない。こういうこともあるのか。多くの場合、「不登校」なんだから学校で嫌なことがあるのである。聡里は小学校4年の時に母が死んで、2年後に父が再婚して妹が生まれた。その後、父は九州に単身赴任し、新しい義母は妹にしか構わない。それどころか、娘が動物アレルギーだったら困ると言って、愛犬パールを手放すように迫るのである。学校に行ってる間にパールが捨てられたら大変だと思って、聡里はそれ以後部屋に引きこもって一瞬もパールから離れなくなったのである。
(藤岡陽子)
 新しい家族とうまく行かないという設定はあるけど、犬を守るために学校へ行けなくなるなんてあるのか? しかし、犬を飼っていた思い出があるなら、この気持ちはよく判るはず。そんなひどい義母がいるのかと思うし、父も何してるんだと思うが、パールを守れるのは聡里しかいないんだから、彼女はよく闘ったのだ。しかし、その代償として不登校どころか、すべての人間関係をなくし髪を切ることさえ出来なくなった。母方の祖母、牛久チドリは可愛がっていた孫から突然何の連絡もなくなって悲しい思いをしていた。ついに中三の誕生日に聡里の家を訪ねて真相を知り、聡里とパールを引き取ると宣言したのである。

 祖母チドリはそこから大車輪でチャレンジスクールを調べ、入学後は夢を持てない聡里の進路として動物好きの彼女に「獣医」を勧めたのである。東大は無理だから、東京の国立大で獣医学部のある東京農工大を受験したが失敗。聡里はそれからでも間に合う私立として北海道の北農大学に合格したのである。札幌近郊の江別市にあるその大学は、酪農学園大学がモデルになっている。(後書きに謝辞が書かれている。)そして北の大地の真っ只中にある大学の女子寮に今しも入寮するために、聡里とチドリはやってきたところである。友だちもいず、人間関係に臆病な聡里は果たして大学生活を送っていけるのだろうか?
(酪農学園大学)
 そこで営まれている学生生活は、思った以上に過酷である。何度も挫折を繰り返しながら、それでも祖母の期待を裏切れないから頑張り続ける聡里。青春小説だから友だち問題もあれば、恋の悩みもある。だけど、獣医学部にはもっと本質的な大変さがあった。犬や猫ならまだしも、「産業動物」である牛や馬になると大きすぎて女子大生には大変だ。そして「命を預かる」という仕事で、人間相手の医師と同じく獣医師にも究極の選択を迫られる場面もある。実習を重ねる中で何度も壁にぶつかるのだ。そしてただ一人の味方の祖母は、授業料を捻出するために一軒家を売ってしまった。祖母ももう高齢でホントはそばについていてあげたいけど…。

 作者の藤岡陽子(1971~)の本は以前『手のひらの音符』を読んで紹介したことがある。(『確かな感動本、「手のひらの音符」を読む』2016.7.28)とてもよく出来た感動作だったけど、今度の本はそれ以上の魅力がある。それは北海道である。聡里にとって「冬の寒さ」も大きなハードルだが、それ以上に花や動物たちの天地である。各章には花の名前が付けられている。「ナナカマドの花言葉」「ハリエンジュの約束」「ラベンダーの真意」…といった具合である。それがまた魅力になっている。それにしても獣医への道は厳しい。人間の場合と同様に、6年間の勉強が必要でその後に国家試験がある。
(ナナカマド)
 僕は藤岡陽子さんの小説は題名がどうなんだろうと思うことがある。『手のひらの音符』もよく判らないけど、『リラの花咲くけものみち』も事前にはよく判らない。この本を書店や図書館で見て、題名で手に取って貰えるだろうか。終章から取られた『リラ…』より、第一章の『ナナカマドの花言葉』でも良かったのではないか。その花言葉というのは、「私はあなたを見守る」である。聡里も何人もの人に見守られていたが、聡里もパールを見守っていた。そして、聡里が多くの人を、動物を見守れるようになれるんだろうか? 展開にお約束が多いとは思うが、感動の小説である。特に犬、猫、馬、牛などが好きな人は涙なしに読めない。

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