尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

自己申告書①-シリーズ東京の教育

2011年12月12日 23時37分31秒 |  〃 (東京・大阪)
 今年の漢字が「」と発表された。始まったのが95年で、最初が「震」、中越地震の年(04年)が「災」なんだそうだ。しかし、被災地の学校では不登校の中学生が大幅に増加しているとNHKのニュースで言っていた。家族や家を失いながら、他の学校に転校してもなかなかなじめずに子供が不登校になり、親も自分の生活で精一杯で子供を支えきれない様子が映し出されていた。

 そんなときに、学校からますます「絆」を失わせるのが、大阪の教育基本条例案である。相対評価で教員を評価し、下位が続くと免職だという。これでは教師が学校で頑張る意味が変わってしまう仕事を頑張って成果が上がると他の教員の職を奪うことになってしまうではないか。教員の「絆」はどこにある?

 しかし、「東京」が「大阪」を論評することはできない。石原都知事を4回も当選させる都民が、大阪ダブル選の結果をあれこれ言っても説得力がないと思うから、僕は何も書かなかった。教育政策に関しても、競争と選別の教育を全国に先がけて進めてきたのが都教委である。

 まず、管理職の中で「都教委の評価によってボーナスに差をつける」ところから始まり、やがて2000年4月から全教職員に「勤務評定」(人事考課制度)が導入された。この時はSABCDの5段階評価だった。その後、2006年から校長による査定結果が給与そのものに連動するようになった。その時からABCDの4段階評価になっている。つまり真ん中にあたる評価がない。A評価になると昔の「特昇」で、Bは通常の昇給、Cで昔の「昇給3か月延伸」、Dで昔の「昇給6か月延伸」だったと思う。最後のころは、関係ないのでよく覚えてない。(「主任教諭」制度導入以後、主任に応募しなかったため、「教諭」の最高号俸以上だった自分は「現給保障」で、どう頑張ろうが昇給がなくなった。)

 全国的にここまでやっているところは少ないはずである。他はどうなっているのかな。異動や「業績評価」制度の問題を抜きにして、東京の教育は語れない。教員は知ってるけど発信できない。

 ということで、ここに「自己申告書」というものを示しておきたい。関係ないから最後の2年は不提出。最後の年の途中のもの。僕は適当に文章を書き連ねるのが得意な方なので(このブログを書き続けていることに明らかなように)、それほど苦にしなかったし、文章も直されなかった。「自己申告」なんだから、文章を直すのはおかしいと思うけど。おかしなことを書いた人は評価を下げるだけかと思うと、都教委に最終提出する前に校長のチェックが入る。文章を書くのが苦手な人は、とても大変そうだった。今後ますます、自己申告書や研修等の文章をまとめるのが教師の最大の仕事になっていくから、子供を教えるのが好きとか、一緒に部活をやりたいなどの理由で教師になると後悔するだろう。


 表裏があり、表は完全に個人情報なのでここでは示さない。異動カードが付いている。昔は異動希望のカードは別だったが、「自己申告書不提出」戦術は「異動希望者と扱う」ために、くっつけられてしまった。こんな人事査定制度は認めない、と突っ張ると、翌年は強制的に転勤である。そういう先生は何人もいた。ここで示すのは、パソコン作成書式を家に送れた時代があったからで、今はできない。その後キャリアプラン(研修の計画)等も加わり、さらに複雑化しているらしい。都庁にあるコンピュータにアクセスして、そこに保存してある自己申告書を取り出して作成するしかない。自分のパソコンには保存できないようになってしまったということだ。個人情報なんか(住所とか)、毎年同じなんだからコピー&ペーストすれば早いのに、それができない設定になっているという話だけど、ホント?さらにその都庁のシステムが9時~21時までしか稼働せず、それ以前・以後は使えないらしい。定時制勤務の教師は授業の後では使えないではないか。ま、それはともかく、こういうものを毎年書くようになったのが21世紀の東京の学校。これで学校がよくなったのか。そう思っている現場教員は誰もいないと思うけど。
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