ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

メモを貫くテーマ~富田メモ17

2006-08-10 08:10:04 | 靖国問題
●政治家の名前を伏せる日経

 私は、先に書いたように、天皇の靖国ご親拝中止は、憲法問題を含む政治問題を生じることを避けるためと考えている。元「A級戦犯」の合祀に問題があるのではなく、天皇の靖国ご親拝が憲法上の問題と問われる状況、またご親拝を政治問題化する動きや、外国からの干渉に同調・譲歩するような政府の姿勢に問題があると見ている。
 昭和天皇が靖国ご親拝を中止されていたのは、昭和50年の三木首相の私人参拝表明によって、天皇の靖国ご親拝が憲法上問題になる状況となったことが決定的原因だ、と私は思う。53年秋の元「A級戦犯」の合祀も関係があったとしても、それが決定的なものではないと考えている。前者が主要因、後者が副次因と言ってもよい。副次因が原因として機能するのは、主要因に条件付けられる。
 憲法上問題になる状況で、合祀がされたので、ご親拝を差し控えられた。憲法上の問題が解決すれば、合祀についても問題がなくなる。ご親拝を可能とする憲法解釈が確定されるか、または憲法の関係条項が改正されるか、どちらかの実行が、根本的な課題である。
 私はこのように考えている。私案は、連載の最後に述べる。

 私の観点から見ると、富田メモにおいて、「A級」云々の前に、戦争の思い出、「奥野」「中曽根」「藤尾」への言及があることは、重要な意味を持つ。富田メモは、4枚目の下段だけでなく、3枚目からの全体の流れを踏まえて理解を試みるべきだと思う。以前にも書いたことだが、日経8月3日号の記事に照らして、繰り返しこの点を強調したい。

 奥野誠亮元国土庁長官、中曽根康弘元首相、藤尾正行元文部大臣――日経8月3日号の記事は、彼らの名前を伏せて報道している。政治家の公人としての言動だから、名前を出さないのはおかしい。現役の政治家は中曽根だけゆえ、主に彼への配慮だろう。そのため、多くの読者は、奥野・中曽根・藤尾という名前が、どういう問題にかかわっているか、気づかないだろう。しかし、そこを貫いているのは、わが国の歴史認識や独立主権国家としての根本にかかわる重大問題なのである。(註)

●富田メモを貫くテーマ

 富田メモの3枚目には、「戦争の感想を問われ、嫌な気持と表現した」という文言がある。さらに「“嫌だ”と云ったのは奥野国土庁長の靖国発言中国への言及にひっかけて云った積りである」とある。奥野は、昭和63年、靖国神社公式参拝についての小平の発言を批判し、大東亜戦争について日本には侵略の意図がなかったと発言した。4月28日の時点は、奥野発言が政治問題化していた時である。
 仮にこのメモを昭和天皇のご発言だとすると、天皇は、大東亜戦争を侵略戦争だとする見方や、中国の指導者が靖国神社について批判的に言うことについて、「嫌な気持」を持っておられた、それを奥野の発言にひっかけてご発言されたのだ、と理解することが可能だろう。

 次に富田メモの4枚目には、「中曽根の靖国参拝もあったか 藤尾(文相)の発言」という文言がある。「中曽根の靖国参拝」とは、昭和60年8月15日に中曽根首相が靖国神社に公式参拝したことに対し、中国政府が抗議し、中曽根がその後、参拝を取りやめたこと。
 続く「藤尾(文相)の発言」とは、昭和61年7月から秋にかけての藤尾文部大臣の発言を指すものだろう。高校日本史教科書『新編日本史』の内容を、韓国政府が批判したことに対し、藤尾は、南京虐殺はなかったとし、日本の韓国併合は韓国の合意のもとに行われたものであり「韓国側にもやはり幾らかの責任なり、考えるべき点がある」等と発言した。これに対して周辺諸国の再批判が高まるなかで、中曽根首相は藤尾を罷免した。『新編日本史』は一旦、文部省の検定に合格していたにもかかわらず、追加修正をさせられた。これは、昭和57年の教科書誤報事件以後、「近隣諸国条項」によって、はじめてわが国の教科書に外国の内政干渉を許した事件である。

 これらの事件に共通しているものはなにか。わが国の歴史の評価と、それに関する周辺諸国の批判である。すなわち、靖国参拝、歴史教科書、日韓併合・南京事件・大東亜戦争等に関する認識と、周辺諸国、特に中国・韓国による批判、それに対するわが国の政府の内政干渉を許すような対応。これらが、一貫したテーマなのである。
 そして、昭和天皇は側近との間で、中曽根・藤尾・奥野らの名前が出たとするならば、昭和天皇は、中国・韓国の政府のわが国に対する批判や干渉を、快く思っておられないことをお述べになったり、側近がそのように申し上げたりすることを、首肯的に聞いておられた可能性があるということである。

●全体の流れを踏まえた理解を

 それゆえ、私は、もし富田メモを昭和天皇のお言葉とするならば、全体の流れを踏まえて理解しないとならないものだと考える。そして、全体の流れを踏まえるならば、昭和天皇は、戦前・戦後のわが国の歴史、周辺諸国との関係、わが国の国としてのあり方について、強い関心をお持ちだった。その中で、靖国問題を考えておられた、と推察することが出来ると思う。そのような試みをしないと、真意を表面的にしかとらえられず、場合によっては誤解してしまうおそれがあると思う。

 すべて昭和天皇のご発言を伝えるものだとするならばという仮定の上で言うのだが、戦前・戦後のわが国の歴史、周辺諸国との関係、わが国の国としてのあり方について強い関心を持っておられた昭和天皇が、一体、元「A級戦犯」の合祀だけをもって、靖国ご親拝の可否をお考えになるものだろうか。
 私には、昭和天皇が、卑屈な謝罪外交をよしとし、近隣諸国の内政干渉への譲歩をよしとされていたとは、非常に考えにくい。天皇の御心は深い。国民を思い、遺族をいたわり、戦前からの歴史を見すえ、諸外国にも目を配っておられる。部分のみを取り出して引用し、これが天皇の「心」だと断定的に報じるのは、重大な誤りだと思う。


・詳しくは拙稿「富田メモを検討する2~3」をご参照のこと。

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3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (アフロ)
2006-08-10 08:29:10
小泉も安倍もペテン師だ

安倍が総理になったら、アメリカ追従型の固定した格差社会がつづくじゃねーかー?

どうしてくれるんだよ!!
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さすがに・・ (エセ男爵)
2006-08-12 01:46:00
すばらしい「分析」からなる「論旨の構築」!

実は、私自身の想っていることを見事に整理整頓し、卓越なる文章表現にて理路整然と述べておられる。

脱帽!

且つ、

大きな感銘を覚えます。

手前、一番の弱点は、政治と憲法問題なのです。

最近何故か、一番苦手な政治問題が気に係り、胸の内と拙き頭脳に霧がかかり、欲求不満やるかたなき状態であります。

そんな中、

ほそかわ先生の素養と博識から滲み出る説得力ある論立て、いかにも納得です。

私自身、「この件」に関する問題点の整理整頓手法をご指導頂いたものと(勝手ながら)、思っております。

たいへんありがとうございます。
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re:Unknown (ほそかわ)
2006-08-12 23:00:37
アフロさん



 安倍さんは、新著の「美しい国へ」に基本的な考え方を書いていますが、具体的な政策については、まだよくわかりません。ただ同書を見る限り、小泉首相よりもセイフティネットや再チャレンジに配慮した政策が期待できそうに思います。

 
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