ほそかわ・かずひこの BLOG

<オピニオン・サイト>を主催している、細川一彦です。
この日本をどのように立て直すか、ともに考えて参りましょう。

ロシアは北方領土の実効支配を強化

2016-05-13 08:45:34 | 国際関係
 安倍晋三首相は5月6日ロシアを訪問し、プーチン大統領と首脳会談を行った。両首脳は、北方領土問題の解決に向けて、従来のアプローチとは違う「新たな発想」に基づいて交渉することで一致した。問題を「現首脳間で解決する」という方針でも一致した。安倍首相は、プーチン大統領との交渉を加速化させたい考えのようである。
  「新たな発想」とは何を意味するか。日本政府は、北方四島の帰属を確認する立場に変わりはないと強調しているので、4島返還の基本方針を転換するものではないだろうが、もしその方針を換えるような発想ならば、認めることはできない。
 プーチン政権は、平和条約の締結後に色丹、歯舞の2島を引き渡すとした日ソ共同宣言をもとに問題を解決するという立場を変えていない。ロシア側が日本側の主張に歩み寄ることのないまま、「新たな発想」による交渉を進めると、領土問題は譲らずに日本の経済協力を取り付けようとするロシアの思惑に乗せられる恐れがある。
 なにより近年ロシアは北方領土の実効支配を強化してきている。プーチンが権力を掌握して以来、ロシアは一貫してプーチン主導の体制にある。プーチンは、外敵の内政干渉に対して団結を訴える「愛国主義」で国民の支持を拡大し、また国防費を増やし軍拡を進める政策を打ち出している。その政策のもと、ロシア政府は北方領土への実効支配を強化しているのである。
 平成22年(2010)11月、旧ソ連及びロシアの国家元首として初めてメドベージェフ大統領が北方領土に入り、国後島に上陸した。24年(2012)5月7日、プーチンが首相から大統領に復帰すると、入れ替わりに首相となったメドベージェフは、同年7月にまた国後島を訪問した。その際、日本を意識した発言を連発し、「一寸たりとも領土は渡さない」「日本の反応は全くどうでもいいことだ」「日本と何を議論しなければならないのか。ロシアの首相がロシアの領土にいることを議論するのか」と述べた。プーチンとメドベージェフは、北方領土について、ともに「第二次世界大戦の結果であり譲歩する必要はない」と述べている。歴史認識において、日本とロシアは真っ向から対立している。
 現在ロシア政府は、不法占拠するわが国の北方領土を含むクリール諸島(千島列島と北方領土)の開発計画を急ピッチで進めている。開発計画は経済、軍事両面にわたるもので、わが国の領土返還交渉は一層困難になっている。
 まず経済開発の面から見ると、平成27年(2015)7月、ロシア政府は、2016~25年に700億ルーブル(約1236億円)を投じる「クリール諸島発展計画」を承認した。計画には、空港などのインフラ整備や光ファイバーの敷設などを集中的に進めるほか、人口を25%増やし2万4千人規模とすることなどが盛り込まれた。
 北方領土を事実上管轄するロシア極東サハリン州は、国後、択捉、色丹の3島と、千島列島のウルップ島を「新型経済特区」としている。サハリン州は同地域は希少金属が豊富で石油、天然ガスも発見され、ロシアの海産物の5分の1が採れると主張している。その上で主な開発領域を(1)漁業・養殖(2)観光(3)鉱工業の3つに分類し、各島ごとに詳細なプロジェクト名を挙げている。
 新型経済特区は、極東の特定地域で優遇税制や規制緩和を実施し企業進出を促す制度で、外国資本、主にアジア企業を呼び込もうとしている。大規模に中国、韓国等の資本が流入すれば、わが国の領土交渉に大きな障害となる。
 また、ロシア政府は、本年(28年)2月11日、北方領土を含む極東地域の土地を今年5月1日からロシア国民に無償で分け与える制度を始めると発表した。この制度は、極東地域の人口を増やし地域を新興することが目的で、北方領土の実効支配を強める狙いがあるとみられる。この制度では、国や自治体に属する遊休地を国民一人当たり1ヘクタール、無償で借りることができ、5年間の活用実績が認められれば土地が譲渡される。選定できる区画は、近隣居住区が人口5万人以上であれば最低10キロ、人口30万人以上であれば20キロ離れた場所とされる。対象となる地域には北方領土の4島も含まれる。
 次に、軍事強化の面を見ると、ロシアは択捉、国後両島に新たな駐屯地を建設するなど、北方領土の軍事拠点化を急速に進めている。
 プーチン大統領は、27年(2015)3月、クリミアを併合した。この暴挙は、米ソ冷戦終了後の世界で武力によって現状変更を行うものであり、国際社会から強い非難を浴びた。米欧を中心に経済制裁が行われている。だが、ロシア国内ではプーチンの支持率は約8割に上がった。また、同年9月プーチンがシリアでの空爆を開始すると、さらに9割近くとなった。
 平成27年(2015)8月22日、メベージェフ首相は、北方領土への三度目の訪問をし、択捉島に上陸した。同島で首相は、この地域には「近代的で戦闘力がある軍部隊が必要だ」と述べ、北方四島に展開する軍事力を強化する方針を示した。
 この方針のもと、ショイグ国防相は27年(2015)12月1日、択捉、国後両島の新駐屯地に計392の軍関連施設を建設していると述べた。本年1月には、年内に220以上の施設を完成させる必要性を強調した。施設は兵員や家族のための宿舎など、部隊が安定的に長期駐留するための生活基盤が中心となる。
 さらに国防相は、本年3月25日、択捉島と国後島を含むクリール諸島での海軍基地の設置を検討すると述べた。同諸島に太平洋艦隊の艦艇を配備するためものである。2種類の地対艦ミサイル「バル」と「バスチオン」を配備し、新型の無人機を導入する方針も明らかにした。実戦部隊が配備されている北方領土が念頭に置かれているとみられる。
 ロシアは2020年までの長期的な軍備刷新計画を進めており、クリミア、北極圏とともに、北方領土に重点が置かれている。ラブロフ外相らは最近、日本との平和条約交渉は北方領土問題解決と「同義でない」と述べるなど、領土問題の存在を否定するかのような発言を繰り返している。
 冒頭に書いたように、安倍首相は5月6日にプーチン大統領と首脳会談を行って、「新たな発想」に基づいて交渉することで一致した。だが、ロシアでは、北方領土で土地の無償分与を実施する。また、択捉島と国後島では、軍関連施設の建設が突貫工事で進められている。このようにロシアによる不法な実効支配の強化が進められているなかで、わが国は安易な妥協をすべきではない。ロシアがもっと経済的に行き詰まり、わが国が有利に交渉を進められる状況になるまで、じっくり待った方が良いのではないか。なによりわが国はまず憲法を改正し、国家の再建を進め、自主防衛力に裏付けられた外交力を発揮できる体制を整えることが先決である。

関連掲示
・拙稿「領土問題は、主権・国防・憲法の問題」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
 目次からA04へ
・拙稿「クリミア併合で、北方領土返還交渉は困難さを増した」
http://www.ab.auone-net.jp/~khosoau/opinion12.htm
 目次からD14へ