今日は朝から外出して、ルーチン化したブログを午前中に書くことが出来なかった。今日の出来ごとは明日に回して、今日は夜も遅いので軽い話題を。それが間違っているとか、悪い事と言う意味ではなく、偏見とも言って良い程の個人的感覚である。それは苦手な人に関することである。
頑なに何かを信じている人は苦手である。多くは仕草や外見から来るもので、ときには口癖の時もある。
ラグビーの選手のお祈り風の姿とか関取りの海老反りとかのルーチーンと言われる仕草。科学的には精神を平静に保つという効果があるという専門的解説を聞いたこともあるが、つい、それをやらなかったらどうなるの、と本人に聞けないもどかしさがある。何よりも他人が一切入り込めないような鉄壁の守りに対して自分の非力を嘆かざるを得ない。
どう見ても昔は違ったろうと思われる年配の人が長髪を後ろで束ねた髪型や若いミュージシャンが目の前に簾を掛けたような髪型、太い黒ぶちの眼鏡を掛けた女性歌手、何だか強烈な拘りを感じてしまい、年相応に普通の髪型にしたらとか、サラリーマンのように73に分けたらどうなるのとか、眼鏡市場で探せばもっと良く似合う眼鏡があるんではなどと、余計なおせっかいを考えてしまう自分の勝手さに呆れてしまう。
議論をしている時に枕詞、接頭辞の如く必ず「逆に言えば」と言うヤツ。対義語は「順」だろうから、「一度順に言ってみたらどうなる」と聞き返したかったが一度も言えず後悔しきり。
パチンコ台で「念力」宜しく盤の前面ガラスを妙な仕草で撫でまわすおばさん。「念力があるならパチンコより儲かることあるんでは」と言いたかったが喧嘩になるので止めた。
水虫はコールタールをつけた後、海水に入ると治ると言い張って聞かなかったヤツ。聞けば油で汚れた後海岸を歩いたら水虫が治ってしまったという男。本気である。そんなことは無いと言っても絶対自説を曲げなかった。騙されたと思ってやってみたがやっぱり効果は無かった。因みに歳が行った今は中年の誉れとも言える額のテカリも衰え、足も脂など出ないで乾燥してしまい水分補給が出来なくなった水虫は壊滅してしまった。
本人に言わせれば「ほっとけ人の勝手や、お前が苦手と思おうが知るか」と言われるのがオチだが、兎に角、頑なに何かに拘り、信じている人は苦手の範疇に入る。