太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

こういう人生もあるのかと

2017-01-13 21:08:55 | 日記

釣り場には色んな人がやってくる。多くは地の人だが大概年寄りである。釣り場には傍に遊歩道のようなものが走っており、リハビリで歩く人、犬のお散歩をしている人、夫婦でやたら腕を振りながらジョギングする人、サイクリングをする人などである。話しかけてくるのは自転車か50ccのバイクに釣り道具を積んで来る人である。近くの海岸への行き帰りが多い。

その日は近くに釣り人も少なく、アタリも無かったのだが、後から「どうだい、釣れるかい」と声を掛けてきた人が居る。50ccのバイクは錆び放題で、顔はしわくちゃで浅黒く、どう見ても80過ぎに見えた。歳を聞くと70少し過ぎだったのは驚いたが。「暖かい日にちょっと来たくらいでは釣れないよ。潮を見て季節によって狙いを変えないと。俺なんかは色んなものを釣って来たよ。」と後に座りこんで如何にも自慢話をしたそうな雰囲気である。こちらは適当に相槌をうっていたらどんどん身の上話に入り込んで行く。身の上話といっても殆どが武勇伝である。

「知ってるかい。この辺で伊勢えび釣りを広めたのは俺なんだから。」と。「テトラの間で釣っているやつですか、でも伊勢えびは禁漁では。」と言うと、「何十年か前は禁漁ではなかった。誰も伊勢えびが竿で釣れるなどと思っていなかった。ある日テトラの間を見たら伊勢えびが一杯見えたのであれやこれやと仕掛けや餌を工夫したら釣れるようになった。多い時は180匹も釣ったよ。クーラーBOXが2杯満杯になったよ。」釣り方を色んな人に教えたら近くの浜に広がってそのうち漁師が禁漁区にしてしまった。なんだい、俺が教えなきゃお前ら獲れていなかっただろうに、このヤローと思ったね。でもこの近くの一部は禁漁区になっていないから今でも獲れるよ。」と言う。「最近もテトラに乗ってやっているの?」と聞くと、「もう駄目だよ、膝が痛くてまともに100mも歩けないんだから。医者に行ったら、もうこれは治らないと言いやがる、人工関節を入れたらと勧められたが、こちとら治しにきていると言うのにもう治らないだと言いやがったから医者と喧嘩になってそのままだよ。」「肝硬変にもなっているし後10年も20年も生きるなら別だが、関節いれて半年や1年もリハビリする時間なんぞ無いよ。おれはこのままでいいんだ。」と。次が武勇伝である。

「この辺りでヤクザと喧嘩するんじゃないよ。」と言うので「地元のヤクザですか、海の近くに居るんですか。」と聞くと「奴らは禁漁区で伊勢えびや蛤、岩ガキなど獲ってるよ。」と言うので「ええっそれが彼らのしのぎですか、大して金にはならないでしょうに。」と聞き返すと「知らねえけど気を付けた方がいいよ。俺はカタギだけどこわくも何ともねえ。喧嘩したらヤクザの方が刑務所に行く事になるからねえ。良くヤクザとも揉めたよ。チンピラ程意気がっているよ。親分は素人以上に大人しいよ。この前知り合いの親分が死んだんだけど、俺より若いのに癌だった。情けねえなあ、鉄砲でやられたなら分かるけど癌かよ、ザマねえなと葬式で言ってやったよ。ところでチャカ1丁幾らするか知ってるか。」と聞いてどうする、買わないよと思いながら「50万くらいですか」と聞くと「2、3万あれば手に入るよ、トカレフだけどな。アメリカのチャカは当たっても死なないけどこれはやばいよ。」「女だってロシアに限るな、それも18以下じゃないと。」一体何時の時代の何処までが本当の話か分からないが、本人は自慢話に大満足のようであった。釣り場あたりはまだ田舎で半農半漁の寂しい町である。地の人にとっては時計は止まっているのかと思ったりした。

小一時間も喋り続けて、こちらは竿先のアタリを見逃してしまった。「帰って酒でも飲むよ。肝硬変だから周りは止めるけど死ぬのは俺だからきかないよ。」と言うので「俺が死んだ時全身に酒が浸み込んでるからマッチ1本で足元から燃える、燃料代を節約してやってると言えば。」と茶化すと「それは良い事を聞いたな、これからそう言おう」とバイクに跨る。キックしよとすると、「ダメだ膝が痛い。キックのバイクはもう駄目だ。」と言ってバイクの右側に降りて左足でキックしてエンジンを掛け、跨ぎ直して帰って行った。話からすると一人もんのようだが終戦直後の雰囲気であった。それでも帰り際に「日本の小型ロケット開発をニュースでやっていたが、、新しいビジネスチャンスとか言ってたけど北朝鮮が同じことをやったらミサイル開発と言うね。」と唯一それらしい事を言っていた。一回りも違わない歳だが世の中色んな人が居るもんだと思った。これまでは同じ種類の人達と交わって来たせいだろうか、この類は結構疲れる。