さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 成田からデリーへ

2011年12月20日 | 海外旅行
今回参加したパック旅行は、阪急交通社「インド7つの世界遺産紀行 9日間」

日程は、以下のようなものでした。

2011年
12月8日(木)
 成田空港発 11:45 JL749
 デリー着  18:25 時差 3時間30分)
 (デリー泊 カントリーイン&スイーツ)

12月9日(金)
 デリー発  10:30 AI406
 バナーラス着 11:45
 バーラト・マーター寺院観光
 ガンガー夜の観光
 (バナーラス泊 クラークス)

12月10日(土)
 ガンガー朝の観光
 トゥルガー寺院
 ムルガンドゥ・クティ寺院
 考古学博物館
 ダメーク・ストゥーパ
 一般家庭訪問
  シルク店ショッピング
 (バナーラス泊 クラークス)

12月11日(日)
 バナーラス発 12:15 9W-723
 カジュラホ着 12:55
 東の寺院群
 南の寺院群
 カジュラホ民族舞踏ショー(OP)
 (カジュラホ伯 クラークスカジュラホ)

12月12日(月)
 西の寺院群
 ジャンシー駅へバス移動(190km 4時間30分)
 ジャンシー駅からアグラへ列車移動(3時間)
 (アグラ泊 クラークス・シラーズ)

12月13日(火)
 対岸からのタージ・マハル
 タージ・マハール
 アグラ城
  大理石店ショッピング
 タージ・マハルショー(OP)
 (アグラ泊 クラークス・シラーズ)

12月14日(水)
 ジャイブールへバス移動
 ファテープル・シークリー
 ジャンタルマンタル
 シティパレス
 アンベール城
  宝石店ショッピング
 (ジャイブール泊 レッドフォックスホテル)

12月15日(木)
 風の宮殿
 デリーへバス移動(250km 5時間30分)
 クトゥプミナール
 フーユマーン廟
 デリー発 10:20 JL740

12月16日(金)
 成田着 7:10

成田空港への集合が朝のため、前日に「アパホテル京成成田駅前」に泊まりました。部屋は狭いものの安さ優先、大浴場があるのもメリットです。

一階部にローソンが入っているため、朝になってからデリー到着後の夜食のおにぎりとおやつを買いました。

一番のバスで空港へ。飛行機の座席は、ウェブ上でチェックインして座席を確保してあったので、気分も楽でした。長旅に備えて、通路側を選択してありましたが、窓側が良かったかなと、後で少し後悔することになりました。

デリー往復の航空会社は、日本航空でした。



成田・デリー間は、二回食事が出ます。

一回目は二種類の食事が用意されていました。

“東京洋食物語” ビーフハンバーグステーキ ピペットリガーテパスタとサフランライスのコンボ、蒸し鶏の胡麻風味マリネ 青パパイヤとツナのエスニックマリネ添え、みそチーズラスク、フレッシュサラダ

“和みの和風膳” 鰤照焼きと彩り野菜の含め煮、ほうれん草胡麻和え、ピリ辛牛蒡煮、蒲鉾、数の子山葵漬、らっきょうワイン漬、みそチーズラスク、茶そばと八割そば

ウェブ上で機内食のチェックができるので、内容を知っていましたので、和食を選びました。帰りは、カレーがでるようなので、それを食べることができたらインド食に対して勝ちで、和食に逃げれば負けと思っていました。行きのこの食事は、JAL便に乗ったことを記念しての、和食選択です。

日本航空の国際便では、食事と飲み物を同時に配っているので、ビールとワインを同時にもらいました。ワインは、デリーに到着後のホテルでの寝酒に飲みました。

インドは、食事の際にビールを飲めますが、ホテルの外からビールを買ってくることはできなかったので、持参したウィスキーが寝酒に役立ちました。



デザートに、ハーゲンダッツ・アイスクリーム

これにて、しばらく氷類ともお別れです。



飛行機は九州で日本を離れ、中国を西に横断していきます。



デリー到着前の二回目の食事

【創作二色彩り御膳シリーズ】

ポークロースカツと唐揚げチキンのよくばり御飯、親子海鮮玉子麺、胡瓜赤かっぱ漬、かぼちゃと小松菜のモンブランケーキ



帰りの便の機内食もまとめて出しておきましょう。

これは、洋食として、ベジタブルカレー、インド風アペタイザー、サラダ、インド風小菓子、ソフトロール

なお、もう一品の和食は 赤魚白醤油焼き 野沢菜御飯添え、サラダ、日本そば、デザート。

ベジタブルカレーのうち、左の黄色のものは、カッテージチーズ入り、右の緑はホウレンソウ入りです。

インド人の食事は、肉入りのノンベジと野菜だけのベジに厳密に分かれていますが、機内食では面倒を避けるためにベジに統一されているようです。

この選び方で判るように、腹もこわさず、インドの食事に負けることはありませんでした。ただ、このカレーは、インドで食べたものと比べると、美味しくなかったですがね。



成田到着前の朝食

フレッシュ カットフルーツ、フルーツヨーグルト、クロワッサン サンドウィッチ

インドでは、カットした生野菜や果物がまな板や包丁で汚染されていて、腹を壊す危険性があったため食べずにいました。

朝で、食欲が無かったため、サンドイッチは、新潟へ戻る途中の列車内で食べました。



デリー到着まで2時間を切ってコルカタ(カルカッタ)を過ぎる頃には、進行方向右手の遠くに、ヒマラヤの山々が見えてきました。最後部の窓から眺めました。

ひと際高い山が、エベレストでしょうか。



そのアップ。



ヒマラヤの山並みが続いているのが見えます。インドを体験したら、次は登山者の聖地であるネパールに行きたいですね。



途中、ヒマラヤの眺めを楽しんだりしていたため、10時間ほどの時間もあきずに過ごすことができました。飛行機の遅れやトラブルも無く、デリーに到着しました。

これは、トイレの入り口。男女の区別は判りますが、その前にトイレということが判りにくいという問題があります。



デリー到着は、日本を出発したその日の夜です。

デリーの空港は、正式にはインディラ・ガンディー国際空港と呼ばれて、2010年7月に英連邦のスポーツ大会に合わせて開港された新しいものです。



バスに移動すると、さっそく乞食に物乞いされることになりました。



地元ガイドのグプタさんから歓迎の花飾りをかけてもらいました。若い女性からの花飾りなら良いけど、おっさんからではねえ。

ヒンドゥー教徒にとって、マリーゴールドは生命や永遠、健康の象徴で、インド人は、寺院の祭壇や神殿、神々の像に飾るようです。



市内に向かいましたが、車やオートバイ、オートリキシャの無法状態の運転に、まず、度肝を抜かれました。クラクションは鳴らし続けでした。ただ、国民性によるものか、脇からの割り込みは、される方も当然と思っているようで、中国人のようなけんか腰ではありませんでした。

デリーの中心地に入ると、ライトアップされたインド門を眺めることができました。

高さ42mの第一次世界大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑です。インドは、独立を条件に、イギリスに協力して参戦しました。壁面には、戦没者1万3500人の名前が刻まれています。

デリーでの観光予定には入っていませんでしたが、おまけ的にインド門の観光ができました。



ホテルに向かう途中、電気屋が集まった街を通過しました。



泊まったカントリーイン&スイーツは、外人観光客でにぎわうホテルでした。ベッドルームはきれいでしたが、バスのお湯の温度設定ができず、ぬるま湯のシャワーをあびることになりました。

この旅を通して、夜は涼しく、平均気温を見て持参した、ユニクロのマイクロ・フリースの部屋着が寝間着として適当な状態でした。インドは暑く、Tシャツにパンツで眠れると思っていたのは誤りでした。

日本から持ってきた少し硬くなった鮭おにぎりを食べてワインを飲んで、無事にデリーに到着したことに感謝して寝ました。
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