さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 シェーンブルン宮殿 その1

2010年03月16日 | 海外旅行
シェーンブルン宮殿は、ウィーン郊外にあるハプスブルク家が代々用いてきた離宮です。

部屋数は、1,441室あるといわれ、広大な建物になっています。



建物は、テレジア・イエローと呼ばれるクリーム色に塗られています。

本来は、黄金色に塗られるはずだったところ、財政逼迫のおりということで、黄金色に近い黄色に塗られたとのことです。

宮殿には広大なフランス式庭園が付属したおり、ともに世界遺産に登録されています。



建物内部は撮影禁止のため、お土産スライドからの写真を載せておきます。少し色が退色してきてしまっています。

中国の間

中国からはるばる運ばれてきた陶磁器はヨーロッパでは珍重され、いろいろな宮殿で、陶磁器を並べた小部屋が設けられています。

初期は中国の景徳鎮でしたが、時代がうつると、日本の古伊万里焼きも見られるゆになってきます。



古い漆の間

日本からの渡来品の漆器が飾られた部屋もあります。



ミリオンの部屋

ペルシャの細密画が飾られ、ロココ形式の部屋の中でも最も絢爛豪華なものになっています。



ゴブランの間

別の部屋でのことになりますが、鏡の間では、6歳のモーツアルトは、女帝マリア・テレジアの御前にて演奏家を行います。つまづいて転んだモーツアルトを、1才年上の王女マリーアントワネットが助け起こします。モーツアルトは、「あなたはよい子だね。ぼくと結婚しようか」といったという伝説が残されています。



ナポレオンの間

ナポレオンの2番目の夫人のマリー・ルイーズは、ハプスブルク家出身で、ナポレオン失脚後はナポレオン2世をつれてウィーンに戻りました。



大広間

フランス革命とナポレオン戦争終結後のヨーロッパの秩序再建と領土分割を目的としたウィーン会議が、メッテルニヒの議長のもとで行われます。各国の利害が対立して議事ははかどらず、舞踏会だけが盛んに行われ、「会議は踊る、されど進まず」と言われるようになります。ナポレオンがエルバ島を脱出したとの報によって、各国の間で妥協が成立し、ウィーン議定書が締結されることになります。

この歴史を背景に、映画、「会議は踊る」が作られており、歴史と映画の場に立つことができたという感動を覚えました。
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2 コメント

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Unknown (ウイーン)
2010-03-20 17:48:01
やっぱり、ウイーンは良さそうです。
「会議は踊る」など、今でも使える名フレーズです。
いつか歴史と映画の場に私も立ちたい。
宮殿 (さすらい人)
2010-03-24 23:11:53
今晩は。
シェーンブルン宮殿は、ヴェルサイユ宮殿のモデルとしても興味深いですね。現在はヨーロッパの中心地ではありませんが、ある時期は歴史の中心舞台となった街ですので、是非訪れてみてください。

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